サウラの変化
サウラの異変に気がついたのはカリナだ。
ルーシウスの魔力の気配が異常に高まった余りから、両手で口を押さえ、震えながら何かを必死に耐えているように見える。顔色は真っ白で、ルーシウスのみを凝視している。
陛下を見れば、表情は苦しそうで、顔色はどんどん悪くなって行く。この状態を心配されているのか?他の方々も微動だにしないが、各々表情は厳しい。
姫様のこの恐れ様は尋常ではない。何が見えている?
結界石を見ても、金属音と共に、眩しい光の中でいくつかの魔法陣が色を変えて行く様にしか目視できなかった。
陛下の眉間が更に険しくなり、両足で踏ん張って魔力制御をされている様子。徐々に事態は険しくなって来ている様に思う。
「陛下…」
早く、早く、終わってくれ。このままでは、今にも倒れそうな姫様ばかりか、陛下の命に関わる!
魔法発動から、どのくらい経ったのか?数十秒か?数分か?誰しも固唾を飲んで、魔法の成り行きを見つめつつ、既に数時間経過している様にも感じた。
結界石の気配が変わる。石の周囲は最早ルーシウスの魔力の気配しかない。
一瞬、結界石の輝きが、バッと弾ける様に激しくなった。
ダンっ
「ぐっ、うっ。」
何かがぶつかる音と、ルーシウスのくぐもった声が聞こえると同時に、サウラは走り出していた。
炎が、ルーシウスの命を引き裂こうと、より一層勢いを強めた瞬間、結界石が激しく輝いた。
結界石は周囲に漂う魔力を、その残滓すら残さない勢いで、ルーシウスの身体に今纏っている魔力さえも貪欲に吸い尽くすと同時にルーシウスは呻き、両膝を付いたのである。
サウラは駆け寄る。自分の役目はルーシウスを癒す事。今正に、ルーシウスを微塵に焼き切ろうとしていた魔力を使って、癒す事だ。
気持ち悪い、魔力なんて使いたくない。ルーシウスを焼いていた魔力で持って癒し、また、この人を焼くのか?癒し続ける限り、永遠にルーシウスを焼き苦しめる事になる。
しかし、今癒さなければ、数刻でルーシウスの命は尽きるだろう。呻きと共に頽れたルーシウスの口からは大量の血を吐き出して、起き上がることもできないでいる。
白い衣装が見る間に鮮血に染まって行く。
癒した後に、また苦しめる。苦しめる為に今、癒す。
今程、自分に嫌悪した事など無かった。今程、魔力を憎んだことはなかった。なぜ、魔力なんて持って生まれたんだろう?
対極の思考の中で、今頼らなければならない力に全力を込める。
最早、周りの音は聞こえない。痛みや、苦しみを少しでも忘れる様に魔力制御に集中する。
けれども、内側から焼き切れる様な痛みは増すばかり、ルーシウスは立つことだけで精一杯だ。
これ程までに魔力を吸収し尽くすとは、まだまだ底が見えない。
魔法陣の発動は全て確認できた。後は必要量の魔力補填だけである。
やり場の無い苦痛に、唇を噛み締めて耐える。魔力の流れを変えない様に目は閉じれない。
より一層、結界石の吸引力を感じたその時、自分の中から爆発的に魔力が引き摺り出されるのが分かった。
強引に腹の中から突き上げられ、全てを根こそぎ吸い出されて行く感覚。内から突き上げて来たものは、最早身を焼くだけでは無く、灰と化すまで舐め尽くさんとしている。
どうやって抗ったら良いのか、いや、抗える気さえもしない。
ダンッ、体が受けた衝撃と共に口腔から生温かい物が逆流して来るのが分かった。
(臓腑を焼かれたか…)
声も出ず体が倒れ込む。
[諦めないで、下さいね。]
遠ざかる意識の中で、サウラの泣きそうな、怒った様な顔で言った言葉をルーシウスは聞い様な気がした。
その刹那、辺りに白金色の光が満ちる。ルーシウスに声をかける間も無く、近づいたサウラは、持てる魔力の全てを持って回復魔法をルーシウスに叩き込む。
生きていて欲しい、生きる事を諦めないでほしい、言った当初も今も気持ちに一点も変わりは無い。
癒して、王としてまたこんな事を繰り返させるのは本当に許せないけれど、サウラの生きていて欲しい気持ちが今は勝った。