全結界防御3
「全結界ねぇ。」
執務室にてお茶を飲みつつ、通信魔法石で呼び出されたシエラは部屋の空を見つめる。
「長年生きてると面白いものを見るわね。」
どことなく楽しそうに見えるが、大して驚きは無いらしい。
「シエラの村の者には以前にも同じ魔力を持つ者がいたのか?」
今後の対策のためにもざっと昨日の経緯を話し、シエラの意見も聞く。
「私がいた頃には見たことがないわ。けれど、サタヤの結界の完成度と強度を見たら、サウラちゃんの結界の強さも不思議ではないくらいよ。」
人里離れ結界の中に引き篭もっていたサタヤの村の一面は驚くべきものだ。
「護衛は付けた方がいいでしょうね。不意打ちされたら堪らないわ。それに、今は周囲には知られていないかもしれないけど、これからの事を考えると、あの子の身の上に何かしらの影響を及ぼすかもしれないもの。」
余り考えたくは無いが、番となる事をサウラが拒否した場合、外に出て行く事は止められないだろうし、人の目にその力が触れれば触れる程、良からぬ事を考える者も出てくるからだ。
完全に王の手元に置ける様になる迄は、公にしない方が良いだろう。
「確認出来ていない毒と、精神影響の方は城下に行く前に私の方で確認をとる。」
昨日の近衛の報告書を読み返しながらシエラが研究者の顔付きになる。
王国内でもシエラは魔法研究者として第一線で活躍してきており、右に出るものは未だにいない。
今回の事はシエラに一任する事にする。
「ところで、ルーシュ。サウラちゃんとのデートはどこを周るつもり?」
ニコリと笑顔のシエラがルーシウスに顔を向ける。
デート、と言う言葉に「うっ」と少し声を詰まらせるも、満更でも無く嬉しそうである。
「そうだな、王都中央から海の方へ向かって、少し歩こうかと。」
王都は勿論国の中心となる町だ。中央部は大商人が構えるマーケットも開かれ、国中、諸外国から食料、衣料、娯楽は勿論のこと、珍しい外国の薬や医療、乗り物から武器まで何でも揃う品揃えが目玉の、観光スポットでもある。
大いに賑わう屋台、ドレスや貴金属等の高級品の取り扱い店から肥料の量り売りまでと他種多様な店舗が立ち並ぶ様を、きっとサウラは見たことがないだろう。
二人で並んで歩いたならば、デートの様に見えるのだろうか?
想像するだけで楽しくなるではないか。
そして海を見せてやろう。王城南の王家の墓からも海は望めるが、サウラは入ったことが無いだろうから、ぜひ海は見せてやりたい。
「あらあら、お楽しみの所を申し訳ないけど、気を付けて行ってきて頂戴ね?通信魔法石は必ず身に付けておいて。まあ、サウラちゃんがいれば、何とでもなりそうだけど。」
シエラは呆れとも苦笑とも言える笑顔だ。
サウラの持つ全結界防御の適応範囲によっては護衛さえ要らないかもしれない。それをこれから確かめるのだが、そんなに急がなくても良いだろう。
少し照れ臭そうに咳払いしているルーシウスの顔を、もう少しだけ見たいと思った。
彼の他に何人もの親しい顔が思い出される。それぞれに幸せな人生であれば良いと思って手助けしてきたが、どれだけの者が満足して逝けただろうか?
これからのルーシウスの人生が、もっともっと幸せに華やぐ物になって欲しい、と心からシエラは願うのである。
その為に今日もやるべき事をやりましょう。
本日も、朝のお勤めの後は図書館にいるサウラを早々に見つけた。
「サウラちゃん。」
親しげに声をかけてくる人物を確認して、サウラが貴族の礼を取る。
「おはようございます。シエラさん。」
綺麗なサウラの礼に目を見張る。
「丁寧にありがとう。綺麗に出来ているわ。」
「本当ですか?変な所ありません?」
アミラから作法を教わってしばらく経つが、誰かに対して礼を取ったのは初めてだ。
王であるルーシウスに対しても礼は要らないと言われている位なのだから、見せる相手がいないのである。
しかし、お城にいる限り、サウラはちゃんと学べる事は学びたいと思っていて、今日も[貴族共通礼儀作法]中級、上級編を借りようとしていたのだ。
「フフ、勤勉ね。良い事だわ。そんな、サウラちゃんに聞きたいことがあるの。一緒にお茶でもいかが?」
地下のシエラの仕事部屋へ行くと、2人分のお茶の支度がしてあった。
茶色く濁ったお茶からは甘く、香ばしい匂いが立ち上っている。
どうぞ、とシエラに椅子を勧められ席に着く。
部屋に置かれた魔法石は、以前サウラが訪室した時よりも数が増えた様だ。
整然と魔法石が並べられた小箱が幾つか増えていた。
ゆっくりとお茶をいただく。口に入るとやはり香ばしくて甘く、酷がある飲みごたえのあるお茶だ。
お茶を飲みながら、シエラはここで魔法石の製造をしているのだと言っていた。魔法石も種類によって、掛ける時間や使用する魔力が違うそうで、昔ほどすんなりと出来なくなったわ、歳かしら、とシエラが独りごちるのを聞いてしまった。
「あの、今日はどうして私の所へ?」
シエラの独り言には反応せずに、訪問の理由を聞いてみる。
「ん?美味しいお茶を一緒に飲みたかったのと、サウラちゃんの魔力についての確認かしら。」
美味しいでしょ?これ、と言って、カップを自分の顔まであげるシエラに、深く肯いて答えるサウラ。
「え〜と、私の魔力ですか?回復と、結界を張ることです。」
「ええ、そうみたいね。具体的には毒とかも防げるの?」
「はい。毒薬は試したことありませんが、猛毒のキノコを食べても大丈夫でした。」
あの時はいつまで毒が残っているか分からなかったから数日間自身に結界を張り続けて大変だった事を思い出す。
「毒キノコを食べたの?」
コクコクと肯く。
「あとは?」
「そうですね、どこまで大丈夫か確かめる為に、幻覚作用や麻痺作用が強く出る植物も食べてみましたけど、大丈夫でした。」
「……」
シエラは黙ってお茶を飲む。
「サウラちゃん約束してね。もう絶対にそんな真似しないで。」
少し悲しそうな目をしてシエラはサウラを見つめる。
サウラが毒殺される心配も無くなって、良かったのだけれども。