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その手中に収めるものは  作者: 小葉石
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心の平穏

 無かった事にしたい。非常に無かった事にしたい。


 心の中で叫び声を上げつつ、まだ静かな朝の廊下をサウラは疾走する。

 

 殆ど知らぬと言ってもいい人に、それも異性になんて、泣き顔を見られた日には落ち着いて挨拶などしてる場合ではないと思う。



 昨日の事は本当に不意打ちだった。あんなに自分が涙(もろ)いなんて思わなかったし、人前で泣くのだって両親が死んだ時が最後だし、子供の時だって負けず嫌いなのか、虐められてもやり返そうとしていたし。大人しく泣いている子供では無かった。


 いや、今は最早子供ではない。子供では無いから余計に恥ずかしいのだ。


 昨日の昼、あれからルーシウスは残りの政務があると立ち去ってしまった。

 サウラは部屋に戻り食器を片付け、イルーシャが送ってくれた布を丁寧に洗った。

 何かしていなければ泣き顔を見られた事を思い出し落ち着かないし、この部屋では殆どやる事がないのだ。

 

 常にアミラを始め数名の侍女が控えているし、困り事があって相談すると、嬉々としてサウラの代わりに片付けてしまうのだ。

 部屋の片付けといっても、サウラの物ではないので、城から借りているような物だろう。


 部屋を使わせてもらっているお代に、掃除などを分担させてくれれば良いのにと思っていても、サウラに付け入る隙を見せない侍女達はとても優秀だったのだ。


 結局手持ち無沙汰と羞恥心から逃げる様に昨夜は早めに就寝してしまった。ので、朝は早く目が覚める。まだ外は薄明かりだ。


 素晴らしいベッドはありがたいが、この部屋の広さ、調度品は身の丈に合っていない。此処にいる事に慣れたとはいえ、ほっと息をつく事は出来ない。


 洗面のために鏡を見る、昨日泣き腫らした為か瞼が腫れぼったい様な気がする。

 また思い出してしまった。これから行かなければいけないのに思い出すなんて、なんて事。


 見苦しい所をお見せしてごめんなさい、と言えば良いのか、慰めてくれてありがとう、と言えば良いのか、悶々と考えている間に時は過ぎる。

 


 今日のサウラは無言であった。



 考えても答えは出ず、時は過ぎるばかりなり。ならば強行突破と行こう。

 心に、ふん、と気合いを入れて、ルーシウスの部屋へ行く。

 仕事を放棄する事は許されない事だろうから。


 ルーシウスは既に起きて応接室に座して寛いでいた。ガチャリと入室して来たサウラを見ては、嬉しそうにおはようと声をかける。


 瞬時ピタッと動きが止まるサウラだが、直ぐにつかつか、と進み出て座するルーシウスの額の前に手を掲げる。毎朝の回復魔法である。

 

 ルーシウスの前に立つがその瞳を見る事はできなかった。

腫れた瞼を見られたくなくて目を逸らす。光が消失する迄は、そのままの体制で固まった様に動かないサウラ。


「サウラ一緒に…」

 光が消えるや否やルーシウスが言いかけの言葉も聞かずに、クルッと向きを変え逃げる様に出て来てしまった。


 無理だ。平静を保てそうにない。心臓がバクバクしてる。昨日の事を思い出したら平気な顔をして一緒の部屋に居られなかった。

 何か言いかけていたけど無視してしまった。[貴族共通礼儀作法]本によると、これは不敬になるのではないか?投獄されたらどうしよう?


 落ち着かなくては。明日からも仕事はあるのだから。今直ぐに精神統一がしたい。鍛錬場が地下にあったはず。いつでも利用していいって言われているし、少し身体を動かして落ち着いて来よう。


 サウラは一目散に鍛錬場へ向かったのだ。 


 鍛錬場は地下にあり円形の室内は石造の壁で数カ所入り口がある。床は土で目の細かい物が敷き詰められ押し固められていた。


 サウラはベージュ地のボックスプリーツから黄色の花柄が見えるワンピースにブーツだ。少しスカート部分をたくし上げれば動くのに不便はない。


 壁にかかる木剣を手に取る。他に数名訓練をしている騎士がいて、木剣の当たる音や、掛け声、土を擦る音が聞こえてくる。


 サウラもその一画に陣取りフゥゥ、と息を吐き切る。木剣の重さを確かめる為、身体に這わせるように木剣を振る。物は違うが慣れ親しんだ木の感触に心が落ち着いてくるのがわかる。


 木剣を手にした所で、周囲から奇異な目で見られている事に気が付いていないサウラに、え、姫さまが?なんで?との呟きも聞こえはしなかっただろう。


 しばらく空を繰り返し、切る。



 サタヤ村には学校と言うものがない。しかし、子供達は全て共通語の習得、計算など生きて行くために必要なものは必ず会得させる慣しがある。


 生きて行くと言う面では、体術、剣術、狩猟等、山で魔物や獲物にあった時、他者に襲われた時の対処術を加えて必ず体得する必要があったのだ。


 サウラも字を覚えて行くとともに、体術、剣術に親しみ、日々の日課にもしていたものだった。我を忘れ集中する事で、心を落ち着けさせるには持って来いの方法であった。

  

「へぇ。」


 兵士達が遠巻きで見つめる中に、目を見張ってサウラを見つめている者がいた。


 集まって来つつある他の兵士を手で制し、サウラに声をかける。


「お相手しましょうか?姫様。」



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