庭園でのひととき
パチン、音と共にサウラは外に立っていた。
召喚時の様な強烈な光は無く、瞬時に場所が変わった事しか分からなかった。
辺りを見回すと、花の良い香りが漂って来る。先日散歩に来た南の庭園だろうか?
春先のこともあり、南の庭園は花盛りだが、王宮の奥側にあり、来城者もここまでは余り入っては来ない。シエラが気を利かせてくれたのだ。
手に持つイルーシャからの荷物はまだ暖かく、大好きな匂いがする。お昼時だしゆっくり味わって食べよう。ぎゅっと荷物を抱きしめて、ベンチへ向かう。
目に掛かっていたモヤは今や流れ出して止まらなかった。
そっと包みを開けてみれば小さな紙が入っている。
サタヤ村は全てが自給自足だ。紙も貴重な村の資源。そこに書かれていたのは、5歳になるサジの字だった。
[ぼくは、げんきです]
そうだ、サジの元気な姿さえも見ていなかったんだ。最後は苦しそうな呼吸をしていたあの時。
癖のある、けど力強いはっきりとした字に、心がじんわりと震えて来る。
きっと、どうしても自分が書きたいと我儘を言ったに違いない。ダンやイルーシャだって何か書きたかったはずだ。自分だって村の皆んなへ書きたい事が多くて、何度もペンが止まったほどだ。
急いで顔を拭き、貰った荷物に手を伸ばす。大好きな堅焼きパンにイルーシャのシチュー。あの日食べられなかった大好物だ。
二人はどんな気持ちで作ってくれたのかな?
美味しいよ、ありがとうって、凄くうれしいって、抱きついてお礼が言いたいけど、叶うものではない。
少しずつ、よく噛み締めて食べていく。ミルクの風味とバターの塩気が効いた美味しいシチュー。堅焼きパンによく浸して食べるのが好きなんだ。
「旨そうな物を食べているな、サウラ。」
ベンチの後ろから声がかかる。
王城は結界の中のため警戒はしていない。だから不意をついて声をかけられたりするとびっくりするのだ。
声の主はよく知っている。今朝も会ったルーシウスだ。ビクッとしたサウラにはお構いなしでベンチに腰を掛ける。
「届いた物か?」
ルーシウスも報告を受けているのであろう。村からの転送物だ。
ルーシウスの低い声があんまりにも優しくて、一度決壊した涙が再び溢れそうになる。声を出したら、我慢出来そうにない。ルーシウスの問いに肯いて答える。
ルーシウスは一人で来たのか、いつも連れている護衛や侍従はいない。頬杖を突き目の前の花を見るとも無しに見ている様だ。
「シエラに昔聞いた事がある。」
シエラは村から出てより動乱に巻き込まれ、帰れなくなったのだ。
こちらの安否も伝えられず、親の死に目にも会えず、随分と親不孝してしまったと。
小さかったルーシウス達に少し寂しそうに笑いながら話した事があったそうだ。
シエラは帰れなくなった寂しさも、悔しさも、苦しさも良く知っている。村を出たのは自分だからその後悔はないが、サウラは違う。
だから気に負わず頼って来て欲しいと。心ゆく迄通信用魔法陣を使って欲しいのだそうだ。
負い目は王家側にあるのだ。どんな理由があろうとも、今回の件は王家側が全て悪い。
もう怒ってもいないが、同じ様に帰れなくて苦しんだ人が側にいると思うともう駄目だった。
眉間に力を入れてぎゅうっと眉を顰めるが溢れた涙は止まらない。
涙を流しながら黙々とシチューを食べる。食べてないとしゃくりあげそうだったから。
咀嚼してはぐっと無理やり飲み込んだ。
「貰っても良いか?」
ルーシウスの声に、またも肯きでしか答えられない。
「へぇ。堅焼きパンも味わいある物だ。」
「これは、ウサギの肉か?」
モグモグと隣でシチューを食べるルーシウスの低く心地よい声だけが時折庭園に響く。
サウラはもう食べる事を止めてしまって、顔を下に俯けたまま動かない。
粗方シチューを食べ尽くした頃、サウラの頭に優しい手が乗せられた。
「これは、お前の故郷の味か。随分と美味い物だった。」
「この国にもお前の故郷のように、民の暮らしがある。
村と同じとは言わんが美味い物もある。今度お前にも見せてやろう。」
ルーシウスの手はサウラが泣き止むまでずっと、頭を撫で続けていたのである。