開放
「……全結界防御か…何であれ、一つ教えておいてやろう。」
シュトラインは剣を引き、逆に剣を持たない方の手をサウラの結界に差し出す。
「サザーニャ様!お行き下さい!」
サザーニャが立ち上がると同時に結界の範囲を広げ、シュトラインが結界外を通り抜けられぬようにする。
サウラ自身も結界を張りつつ後ろへ詰りながら下がって行く。
「皆の者!サザーニャを止めよ!」
ざっと散っていたゴアラ兵がサザーニャを追い、またその兵を遮ろうとする女騎士と暗部団員が入り乱れる。
そんな周囲の喧騒をチラリともせずにサウラに向かって歩を進めるシュトライン。
「…ゴアラ王家にも祝福のような呪いのようなものがある。」
サウラの結界に手を置き押し進めてくる。
バチバチバチバチ…結界が激しく反応している?!今までに無い音に、事態にサウラはまた一歩詰り下がった。
「我らには魔力は通用しないのだ。どの様なものも全て無に帰する。アルフィス、何を遊んでいる?」
「あ〜〜〜あ……もう少し上からその子の事見ていたかったんだけどな?もう、時間切れかぁ…」
アルフィスも同様に、幾重にも組まれたトランジェスの檻に触れれば、バチバチバチバチと数枚分の簡易結界を素手で破って行く。
「兄上、その子は僕に頂戴?前から目をつけていたんだよね。やっぱりここに来てたか……」
ニヤリ、と笑いながら拳を握りしめて、一気に檻は破壊されたかと思われた。
「簡易結界が張れるのは1人じゃ無いんだけどね?」
アルフィスが破る側から輪をかけて新たな結界が数種類組まれている。
「え?南の魔女って凄い粘るね?」
「坊や…女はしつこいのよ?良く覚えておきなさいね?」
「え〜〜、しつこくされるなら、あの子が良いなぁ。」
バチバチバチバチ、結界を破っては作られて行く。不毛とも思われる攻防戦が繰り広げられている。
「あらあら、目の付け所だけは良いわね?でも残念でした。売約済みよ?……」
バチバチバチバチ……
「……相手、潰しちゃえば良いと思わない?」
「しつこい男は嫌われるのよ?」
バチバチバチバチ…………
まったくこれじゃあ魔力持久戦ね…ま、良いけど。この坊やはここで止めておく!
「………何をしているのやら……」
ため息さえ出てきそうなシュトラインの言葉には顔も上げず、サウラは結界を維持しながら周囲を見回す。大蛇の中から出てきたは良いが、サザーニャが切られそうになっていて思わず間に飛び込んでしまったから、何がどうなっているのか把握出来ていなかった。
ルーシウス様は?魔力の気配はまだこの空間に残っている。けど、姿が見えない…
ゴアラ王シュトラインは徐々にサウラの結界を押して進んでくる為、全て破壊されない程度の強度を保って結界を維持し、サウラはジリジリと後方暗部団員がいるであろう所まで下がろうとしている。
身体変異を解いてしまったから、服と体の大きさが合わず、動くに動けない。シュトラインは確実に結界を破ろうと押してくるので結界に集中したい。よって詰り下がる選択肢を選んでしまった。
「貴様、何故だ?」
「…??」
ジリジリと押されつつも、決定的に結界を破ってこないシュトラインに疑問が浮かぶ…
この方は何がしたいの?
ただ押され後方に押しやられている今の状況で何を得ようとしているのか分からない。
サザーニャは泉の元へ走ったが、泉周辺は未だに乱戦状態に突入しそうな雰囲気で、サザーニャを止める為にサザーニャの所に急ぐものかと思って足止めをしていたのに…なのにゴアラ王は今は全くサザーニャの方に意識を向けていない…
「何故?魔力特有の匂いがしない?」
「……」
何のこと?魔力特有の匂いって何?
「答えろ!何故だ!」
「何を……仰っているのか分かりません。」
グッとシュトラインの手に力が入る!
バキバキバキバキ!先程とは比べ物にならない位の音を立てて結界を崩そうとシュトラインは手を伸ばす。
「アルフィス!遊びは終いだ!これが欲しいなら自分の足で取りに来い!さすれば褒美にくれてやる!」
「何を!!」
私は!貴方の物ではない!!
「勝手に人の番を褒美にしないでもらおうか…?」
「……!!!」
「全く……悪運だけは強い様だな?」
シュトラインの首元に、上のフロアから降り立ったルーシウスの剣が当てられる。
「双方!そこまで!!動けばゴアラ王の首が飛ぶ!」
ルーシウスの剣にはまだ魔力が込められたままだ。
「ゴアラ王剣を捨てよ…此度ばかりは手加減はせぬ!」
ゴアラ王シュトラインを見つめる深緑の瞳には炎が揺らめき立ち昇り、今ならば眼力のみで人を射殺せそうだ。
その端正な顔には、傷が付いていて…埃を被って、腹部には血が滴る…
でも、生きていてくれた………
生きていてくれた……生きていてくれた!!
生きて……ルーシウス様!!!
カラン………
動きが止まった空間に清水の流れる音のみが響き渡る中、シュトラインの離した剣が地に落ちる音が響く。
ルーシウス様……怪我をしている…!!
ルーシウスの息遣いは荒くは無いものの腹部からは確かに出血の跡が見える。
ポァ…未だシュトラインの首筋に剣を当て、警戒を解かないルーシウスの側に寄ることも出来ず、サウラは耳の魔法石から回復魔法をかけた。
フッと一瞬ルーシウスの柔らかい視線がサウラと絡む……
「……して、サザーニャ…どうする?」
シュトラインはルーシウスを一瞥し視線をサザーニャへと向けた。
シュトラインの首筋を取られたことでゴアラの兵は武器を捨て手を挙げて後ろへと下がり、その兵らの動向を警戒すべく暗部団員が見守る中で、サザーニャは一人泉を囲む大岩の一部へと立ち竦む……
下から見ていた物よりも泉は更に奥へと続き、その際は洞窟壁の下にまで及んで終わりが見えないほどに広く深い…神殿内を流れる川もその水量は豊かな物であったのだから、上流となる水源にも同等以上の蓄えがあって当然の事だ。
幻想であったか?妄信の故であったか?知り得る限りの文献と世界中を探した結果がここにある。
この場に立ってみて、更に触れてみて、妄信以外の確信しかここには無いことがサザーニャには分かった…
「サザーニャ殿……短慮は避けられよ…」
ルーシウスも剣を下ろさぬままにサザーニャに告げる。
「ゴアラ王シュトライン・ゲーベル様、此処まで立ち入る事をお許しくださり心より感謝申し上げます。サウスバーゲン王ルーシウス・モーラス・サウスバーゲン様、貴重なお力添え大変心強くありました。これからはどうか未熟な弟を御指南下さいます様に…皆様に、心からの御礼と、両国の和平を心よりお祈り申し上げます。」
岩上の足場の悪い中、サザーニャはそれは見事に謝意の礼を取って見せた…顔を上げた時には誠に晴れやかな満面の笑みを溢れさせて、サザーニャは泉の中に一人消えて行った…