仕事の後は
ルーシウスの周りを白金色の魔力が包む。全身を包みふわりと揺れるとスゥっと体の中に吸収されていく様に見える。
ここ数日、王の部屋で毎朝続いている光景だ。
朝サウラは目を覚ますと、手早く洗面を済ませ身支度を整える。小屋ともいえる大きさのクローゼットには、身動き取りやすいワンピースにツーピース、シンプルなドレスなどずらっと並び掛けられている。
初めて見た時は、それは驚いたものだが、今はもう見慣れてしまって、動きやすい物を中心に選び着替える。
侍女達は何故か寂しそうにしているが、そのまま手早く髪をまとめると、部屋を出て廊下を通り、お目当の部屋へ入っていく。
ここはルーシウスの部屋の応接室。
王の部屋ではあるが、サウラにはノックも取り次ぎも要らない、と本人と周りの者に厳重に言われているのである。
部屋の前を守る近衛も心得た者でペコリとお辞儀をするサウラを黙礼で返すのみだ。ほぼ素通りで応接室に入る。
サウラの部屋と同じ色のベージュの絨毯には王家の紋である獅子が織り込まれている。落ち着いた茶の椅子とソファーは勿論手触りも抜群だった。部屋に入るとソファーに座り、ルーシウスが起きてくるまで侍女が入れてくれるお茶を飲みつつ待つのである。
侍女が朝を告げ、起床確認をする為に寝室へ繋がる扉をノックする。返答後しばらくするとルーシウスは応接室に現れるのだ。
サウラの仕事は朝一番にこの王に回復魔法をかける事である。ガウンを羽織っただけのルーシウスは時折寝癖をつけたまま現れたりする。
身支度を整える為に何人もの侍女が居たはずだが、サウラが入室するといつもスッと居なくなるのは何故なのだろうか?
時折ルーシウスと共にお茶を飲んだり、時には朝食にも同席を所望されるが、仕事にしてはこれでおしまい。
一瞬で終わるのである。
これで良いのかと小首を傾げたくなるが、ルーシウスは満足の様で非常ににこやかに、笑顔でもって答えてくれるのである。
仕事(一瞬で終わる)が終われば後は永遠に自由時間である。初日はアミラに王城内を案内してもらったが非常に広く最早覚えるのを放棄した。
けれども、また行きたい場所が出来た。
今のお気に入りは図書館である。
村には図書館など無かった。そもそも本自体が壊滅的に少なかった。大陸共通語の本数冊、絵本、魔術手引きや上級本、植物辞典など数冊づつしか無かったのだ。
本など外へ伴侶を探しにいくついでにお土産として買ってくる事はあっても、それは将来生まれて来るであろう子供達のために絵本などが多かったのだ。
歴史や文化、娯楽、その他教養、王城の図書室にはありとあらゆる本が入っているのである。
ワクワクしてしまうのは仕様のない事。
朝食後今日も図書館に向かう。今読んでいるのは
[貴族共通礼儀作法]基礎編である。
作法を知らないとここでは許されない事も有るだろうと思っていたが、王の私室へも顔パスだし、作法を指摘される事なく今日まで来てしまった。
所作の綺麗な侍女や王城に来ている貴族を見るに、これではいけないんじゃないか、と一人考えてのことだ。細かいことはアミラに聞くとして知識だけでも入れておこう。
一通り本に目を通すと今度は地下へ向かう。今日は約束の日なのだ。
サウラ召喚後、サタヤ村にはシエラが繋げた魔法陣が残ったままになっている。それを使い月に一度サタヤ村と通信をする約束をした。
今日が約束の日だ。
召喚後、シエラが村には事の顛末のあらましを伝えてくれたそうだ。
サウラが無事な事。無体を敷いて申し訳ない事。事情により月に一度しか連絡を取れ無い事。
数日しか離れていないのに酷くみんなの顔が懐かしい。
一度はもう会えないと思ったのだ。連絡が取れるだけでも凄くうれしい。
自然と足が速くなる。
地下に続く階段を降りて行けば直ぐに魔法灯の灯りが強くなる。
人の気配に反応して灯りの調節が出来る物で、地下であろうと人がいる所は地上と変わらない位に明るい。
小走りでサウラは魔法師団詰所に急ぐ。息を弾ませドアを潜る。
「あらあら、そんなに急いで、待ちきれなかったの?」
優雅にお茶を入れつつ、ドアから入ってきたサウラに声をかける。
「はい。あの、魔法陣は?もう発動させましたか?」
キョロキョロと辺りを見廻し周囲に魔法陣を探すが見当たらず。
「あのねぇサウラちゃん。一様国家機密よ?日の当たる所に構えられないわ。」
クスクス笑いつつ、仕方の無い子ね、と楽しそうだ。
「姫さま、待ちきれないんでしょうね。」
詰所にいる団員もフフ、と優しい目で見てくれている。
今のは子供っぽかったかな?と恥ずかしくも思うが、速く、と焦る気持ちは隠しきれない。
「こっちよ。私の部屋へ。」
案内されて入ったのは普段シエラが使用している私室の様な所だ。
魔法監督官の任を受けてはいるが、その職務はサウラを探し出すのに注力してきた。
国家機密をふんだんに含む物を扱うことがあり、シエラはこの部屋にほぼ籠りきりになって作業する事が多いのである。
魔法ロック解除をすると木製のドアが自動で開く。石造りの床の上に厚手の深紅の絨毯、壁も同じく石造りであるが、所々タペストリーが掛けてあり温かみを感じる。
中央には木製の椅子と机だ。懐かしい村の雰囲気を思い出す。
曲線を描く木製のテーブルが壁沿い3方に沿って設置されており、机の上に数個置いてある木箱に色んな大きさの石が分けて並べられているのを魔法灯が映し出す。
そのテーブルの一角にボヤッと光る魔法陣を見つけた。召喚の時と同じ青白い光が淡く光っている。
「あちらに送るものは、用意できた?」
迷いなく魔法陣へ歩いていくシエラにサウラが続く。
「はい。手紙を。」
サウラがスカートのポケットから手紙を出す。王城にはとても上質な紙が多くてどれを使おうか迷ってしまった。香の付いた物まであって選ぶのにとても時間がかかったのである。
「では、こちらへ。」
サウラから手紙を受け取り魔法陣の中央へと置く。シエラが右手をかざし魔力を込めると、青白い光がくっきりと浮かび上がる。瞬間、パッと光が弾け静まっていく。
一瞬目を閉じたサウラはそろそろと魔法陣を伺う。やはり発動が尋常ではなく早い。シエラの魔法練度はとてつも無く高い。
魔法陣の残り火の中にぽっかり浮かぶ物があった。
彼方からの物ね、とサウラに手渡す。
ふわっと良い香りが鼻をくすぐる。同時につんと鼻の奥が痛くなる。
荷物を包んでいるのはイルーシャのお気に入りの布だ。昨冬、雪が深く外に出られ無い日が続き、イルーシャの故郷の織物の模様を模して一緒に織った物だ。
目の前が霞む。
「今なら、南の庭園が空いているわね。ランチにはちょうど良いでしょう。」
え、と思う間もなく、パチンという音と共に2度目の転移魔法を体験することになる。