お客様2
恥ずかしさに耐えられず、俯いてしまったサウラに急いでアレーネが付け加える。
「まあ、申し訳ありません。責めているのではないのです。余りに素敵なお姿でしたから、憧れというか、私も好いた方とそうなってみたいというか…ユーリン様がこちらにお輿入れされなかった理由がよく分かりましたわ。国王陛下はとてもサウラ様の事を大切になさっておいでですものね。」
お輿入れ?何方かルーシウスの妻となる予定だった?サウラは少し目を開いて驚いてしまった。ルーシウスは国王だ。サザーニャの様に自分以外に相応しい相手など沢山居たであろうに、自分も最初はそう思っていたはずなのに…
「あの、どな、たが?」
思わずルーシウスの顔を見てしまった。アレーネ自身も恥ずかしそうに頬に手を当て俯いてしまったのでサウラの変化は見れなかったろう。
「はい。パザンの第二皇女ユーリン様です。私の再従姉妹に当たりますの。今も仲良くして頂いています。」
ルーシウスは静かに目を閉じてアレーネの話を聞いていた。
スッとその瞳が開かれる。その瞳は揺らぎもせず、真っ直ぐにアレーネを見つめていた。
「アレーネ嬢、其方に言っておきたい事がある。」
「はい。なんでございましょう?」
アレーネが顔を上げコテッと首を傾げる。
「私はこの先何があろうともサウラ以外を妻に迎えるつもりは無いのだ。何があろうとも。」
きっぱりとアレーネの前で言い切ってしまった。
サザーニャの時に感じたものより、もっと重苦しいものが胸を押さえつけている様な苦しさを感じていたのに、今の言葉でパンッと弾け飛んで、代わりに顔が物凄く熱い。
ルーシウスから目が離せない…
「例え話ですが、先にサウラ様が儚くお成りになってもですか?」
少し寂しそうな笑顔で語られた言葉は、素直な少女の疑問の様に思われたが、些か内容が不穏過ぎるものだ。
後ろで控えていたシガレットがスッと一歩前に出る。アレーネ嬢の話題の内容に口を挟むつもりらしい。
「ああ、そのつもりではある。先にどうこう等考えたくは無いが生涯に一人だけで充分だ。」
シガレットが口を挟む前にルーシウスが静かに答えた。
生涯、サウラだけでいい。サウラがいい、と。何とも幸せそうな顔で言われればもうこれ以上は何も言えまい。
ふわぁ、と音が出るのでは無いかと言うような笑顔がアレーネから溢れ出た。両手を合わせ満面の笑顔だ。
「えぇ、えぇ。やはり素晴らしいですわ。思い合って結ばれる事のなんて素敵な事でしょう!国王陛下、大変失礼な事を申し上げてしまいお許し下さいませ。心からお詫び申し上げます。自分には手に入らない物と思っていましたので、この様なお二人のお姿を拝見できるなんて、何と幸いな事でしょう。」
アレーネは公爵令嬢で貴族だ。自由な恋愛結婚等到底望めるものでは無い事を良く知っていたのだ。知ってはいるが、憧れは無くならない。それだから大国の国王夫妻がこんなに思い合っている所を見れば自分にも希望が見えてきたのだ。
「アッパンダー公爵は非常に子煩悩な方と聞くが。アレーネ嬢に意中の者が居るならば聞き遂げてくれるのではないか?」
今現在、その可能性は非常に低くなってしまっているのだが。
「いいえ、残念ながらおりません。憧れが強いだけなのです。まだ子供だとお笑いください。けれどこれで祖父に国王陛下を諦めてもらえる様に進言出来ます。」
諦めるのはアッパンダー公爵?ユーリン皇女ではなくて?
「不思議ですの、番様の事は公ではありませんが何処の国の方も存じ上げていると思いますのにそれでも尚、祖父はユーリン様をお強く推薦なさっていた様です。」
「お詳しいのですね?」
やっと顔の火照りが治ったサウラはアレーネに顔を向ける。
「ええ、王城へはお見舞いに何度も参りますからユーリン様とも良く話すのです。」
「見舞い?パザン王はご病気か?」
「違いますわ。皇太子殿下です。今は落ち着いておられる様ですが…あの、祖父のお手紙は皇太子様のお身体を治すご相談では無かったのですか?」
若干アレーネが不安そうな表情になる。皇太子の事でなければ死守しろなどと、あの様に厳重に扱う様に言われたのは何故なのだろう?
「お悪いのか?」
「命には関わらぬとお聞きしていますが、御公務には支障が出ている様です。国王も祖父も各国を回らせてはより良い薬や薬師様をお求めになって…」
アレーネの声がだんだんと小さくなる。どんなに高い薬を飲んでも御快癒なされないと王城に赴く度に周囲の声も聞こえていたのだ。この頃はお部屋からもお出になっていなかった…
小さな頃は兄の様に慕って追いかけ回していた記憶もある。近しい人の苦しむ姿や、今後の国の行く末を思えばまだ若い令嬢と言えど不安を感じざるを得なかったのだ。
すっかりと先程の幸せそうな表情が消えてしまったアレーネを見つめサウラの心も騒ぐ。どんなに幸せが積もっても、サウラの心の奥底にも失う事の不安があるのだから。
アレーネの話しを聞きながら、優しげな声でシガレットが口を挟む。
「恐れながらアレーネ嬢、皇太子殿下の御病状はどの様なものでございましょう?」
アッパンダー公爵の手紙には、王家に刮目せよ、とあった。