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その手中に収めるものは  作者: 小葉石
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隠された村

 風がどこまでも澄んでいる。

 

 登り切った朝日が照らす中を、きりっと寒さの残る風を受け、枯れた木立を縫うようにしてゆっくり進んでいく。 

 足元には雪がうっすらと地面を覆い、足を進めるたびに枯れ葉と湿度の低いサラサラした雪を踏み締める音が耳をかすめる。標高が高いので湿度は低いが、春先にもかかわらず未だ雪が残っている。


 日課の様になっているこの朝の散歩道。前方に目を向けると虹色の光の幕が目に入るのもいつものことだ。この光の幕は外から見る時は無色であって、奥の景色のみが見えるようだが、実際に自分はまだ見たことがない。これは数年に一度村の外に出で行って帰って来た者から聞いたことだ。そして自分には一生見る事は出来ない景色だと思う。


 数十世帯の小さな村と実質村人が活動する範囲全てを囲み、村の周囲にはこの幕が張り巡らされている。この幕を右手に見ながら緩やかな下りに差し掛かる。息が少し詰まったように感じるのもいつものこと。このサタヤ村から生まれてから死ぬまで、文字通り一生出ることが叶わないから尚のこと窮屈に感じるのかもしれない。


「もう、いい加減諦めたと思ったのに。」

 

 ぽつり、と呟くその声を聞き取る人を周囲に見ることはない。ここは村の外れの外れ、結界が張られた境界にいるのだ。滅多な事では村人はここまでこない。静かに散策するにはちょうど良い。


 当代村随一の結界師が張り強めている結界には外からの人の侵入を許さない。村の者は出ることは出来るがかなりの覚悟を要する。


 それは、自分の命を賭けること……


 それでも数年に一度は出る者がいるのだ。自分達の血を薄めるために伴侶を探しに。帰って来られないかも知れない旅に、賭ける者はいるのだ。

 

 結界は、皆んなを守る為。魔力持ちの皆んなを守る為。


 幼い頃から親から子へ、友の間で、伴侶に伝え、村の中に生き継いできた教えだ。息をする様に、自然に心に体に染み付いている。この村の者はほぼ全員、外から来た伴侶となる者を除き魔力を持っている。個々の魔力量と質に差はあれどほぼ例外はいない。人口100人を超えない村の8割程度が魔力を有する。

 好奇心旺盛になる年代の子供達にとっては外に出ないことは時に大きな努力を要する。その都度呪文のように口に出し心で唱えて来た約束だ。外に出たくないはずはないのだ。


 結界膜を後ろ手に村の方へ向かって戻っていく。丸みを帯び少し目尻が下がった目の中には決意を(たた)えた様な光が見えた。


 サタヤ村の様に魔力を持った人々が集まる村や町はもう他では見られない。数百年も続く他国との紛争から魔力を持つ人々は殆どの者が狩られ尽くされているのだ。魔力を有してると言っても自在に扱うことができない者もいる。ましてや自分が魔力持ちなどとは気が付かずに過ごすうちに狩られてしまう者も。

  

 狩る者からしては魔力持ちは駆除対象の獲物だ。


 おかしな事だ、と心の中ではいつもの思考が巡る。同じ人間ではないか、国は多々あり、容姿にも肌や髪の色の他大差はない。魔力持ちといえど、人を呪ったり家や街を焼いたり、他者を陥れたり悪の限りを尽くすものではないのだ。その大半が生活する上で使われるものなのだ。皆殺しに会う様な、一生ここから出られない様なそんな罰を受けなければならない(いわ)れはない。誰にぶつけたら良いのか分からぬ怒りが心の底から湧き上がる。いつもいつもこの思考の答えも出口もない。


 サタヤ村の朝は早い。結界から外に出ない限り、村人が生活する全てをこの地で賄わなければならないのだ。食糧から衣類、住居、畑地、水源、生きていくためにはこの地の環境はそれは過酷に見えるのだ。標高が高い地であり山深く、人里は勿論離れている。春先であっても雪を被り農耕には適しているとは言いがたい。広大な牧草地があるわけでもなく酪農も難しいと言わざるを得ないのではないだろうか。

 けれども道ゆく村人の血色はよく、この時間からあちこちで生活音が響き、時には笑い声さえ響き渡る、極普通の平和な村にしか見えない。


「サウラいつも朝早いね。」


 細く、すっと伸びた眉をしかめつつ足早に戻って来たサウラに近所の馴染みが声をかける。今日のパン焼き担当だろう。

朝から薪を担いで戻ろうとしているところらしい。


「おはよう。ダン。ラジの調子はどう?」

 

 薪を持つダンは隣の家の5歳の子を持つ父親だ。黒髪に黒瞳というサタヤ村の特徴を色濃く持つ。30代中程に見え、中背だが、しっかりした筋肉もついておりよく働いている様が(うかが)える。妻と子の3人暮らしでサウラも小さい頃から世話になり、また今はサウラがダンの子ラジの子守を手伝う。

 

「ああ。昨日はすまなかったね。おかげで熱も引いたよ。本当に助かった。」

 

 5歳のダンは数日前より発熱し、子供特有の病の一つの様に見えた。村に薬師はおらず、代々伝わる薬湯を飲み養生していたが昨夜遅くに容体が悪化したのだ。妻のイルーシャと共に真夜中にサウラを起こしに走り込んできたのだ。状況を察したサウラは靴も履かずに隣家へ飛び込み、呼吸の弱まるダンヘ手をかざしたのである。サウラの手からダンの体へ白金色の光が流れる。光がダンの体を覆い、スゥッと消えていく。弱まった呼吸は、規則正しく、静かだがしっかりと繰り返されていった。


「もう少し早く治してあげていればラジに苦しい思いをさせなかったのに。ごめんねダン。」


 父親の黒髪よりも茶に近く子供ながらのフワフワの髪のラジ。くりっとした薄茶の大きな目は母のイルーシャ似だろう。サウラの名前をうまく言えなくて、サーラ、サーラと後を追いかけてくる人懐っこいラジの笑顔を思い出して、申し訳なく思う。自然に良くなるものと周りも思ってしまっていたのだ。


「いやいや、こっちが簡単に治ると高を括っていたんだ。

サウラが家にいてくれてよかったよ。ラジを助けてくれて感謝しかないね。」 

 村の仕事の当番で家畜番や畑番になってなくてよかった。間に合ってよかった、ダンの言葉を受け、しかめていた表情が柔らかく微笑む。


 微かに幼さが残る笑顔は10代の中程に見える。両親を数年前に亡くしたサウラは、一時期ダン家の世話になりラジと一緒に過ごす時間も多かった。血は繋がらずともラジの世話をする事で両親を亡くした寂しさを紛らわすことができた。サウラにとってダンは弟の様な者なのである。


「あー、安心したらお腹が空いて来たわ。ダンこれから何を焼くの?」


 ダンの魔力は火に属する。その為村の釜戸係として度々駆り出される。サタヤ村は小さい村だ。結界により外界から閉鎖され長きに渡り婚姻も繰り返された。村全世帯遡ればどこかで繋がっているのだ。全世帯親戚の様なものである。できる仕事を分担して効率化を図り、村全体で分け合い助け合い、閉鎖してより数百年生き抜いて来たのである。


「堅焼きパンを焼くよ。サウラ好きだろう?後でイルーシャがシチューを作ると言ってたから持っていかせる。今日は疲れてるだろう?ゆっくり休みな。」


 ダンは昨夜の回復魔法後のサウラの疲労を心配してくれている。しかし当人は、体を休めなければならない程の疲労は感じていない。休むことよりもダンの言った事に顔をさらに綻ばせる。


「やった!イルーシャのシチュー大好きよ!チーズも載せちゃおうかな?」


 ダンと同じくサウラは黒髪、黒瞳。短めに切りそろえた前髪からは、細めのすっと伸びた眉、少し目尻が下がった漆黒の瞳は長い睫毛(まつげ)に守られ、日の光を受けて若者らしくきらきらと輝いている。背の中程まで伸びた髪は黒絹の様だと亡き両親が褒めていたほどに、しっとりとして滑らかな手触りだ。横髪だけを緩く後ろで束ねている。やや細身の体には生地の厚い若草色のワンピースを皮のベルトで留めているが白い肌に良く映えており、遅い春を待ちわびる様な装いだ。雪が残る山道を歩く為足にはいつものブーツである。


 イルーシャのシチューに小躍りしながら喜ぶ様はまだ幼い子供の様に見える。今年で15歳になるのだからそろそろ大人として数えられるが、時折この様なあどけなさを見せては周囲の人の微笑みを誘う。


 シチューにはチーズ派のサウラは早速先月出来たばかりのヤギのチーズを分けてもらおうと、向かいの家に駆け込んでいく。朝も早くから作業をしている酪農担当ゼスも、板張りの倉庫を開け放ち何やら道具の点検を始めていた。ゼスを見つけ倉庫に駆け込む様を横目で見つつ、自分も薪を運んでしまおうとダンが歩を進めた時に閃光が走った。


お読み頂きありがとうございます(╹◡╹)

初めての投稿ですので、拙い所はお許しください。

時々手直しをしています。


励みになりますので、ブクマ、評価頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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