8.『愛』
──暗闇に放り込まれ、自我を取り戻す。
「──」
言葉が出ない。弥生はいつも正義の味方で、可愛くて、そんなあの子に、あんな顔を、
──あんな、辛そうな顔をさせた。
「──、俺は、罪人だ」
暗闇の中、むなしい声が響き渡る。
「俺は、弥生を傷つけた」
「それだけじゃない。俺は、子供を見殺しにした」
「人を殺して、何が生きたいだ」
「弥生にあんな顔をさせて、あんな声を出させて、それでなにが弥生のためだ」
「絆叡人。お前に生きる資格はない」
「俺に、生きる資格はない」
「クズに、生きる権利はない」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「…殺してくれ」
「…殺して、くれ」
「──、…いや、それも甘えだ」
「今更人に殺されようとするなんて、甘えだ」
「俺は、一人で死ねばいい」
「ほかの人の手を煩わせるな」
「黙って、一人で死ね、絆叡人」
「一人で死ね」
「黙って死ね」
「自分で死ね」
「人に、弥生に殺されようとするな」
「一人で──いや、独りで、死ね」
自分への嫌悪感が、際限なく募る。
「お前はクズだ」
「正真正銘のクズだ」
「一人の子供を見捨てて、弥生の声も無視して」
「お前に生きる権利はない」
「殺してもらう権利はない」
「だから、独りで死ね」
「一人で死なせてくれ」
絶望の、どん底に堕ちる。
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
「死なせてくれ」
──だが。
「────もう、死なせない」
声が、した。
「────もう、死にたいんだ」
俺がそう言うと、
「──それでも、死なないで」
そう、声は言った。
「死なないで」と、そう、言ってくれたのだ。
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「────」
───気が付くと、俺は「戻されて」いた。
そう、「戻されて」、いた。
──じゃあ、今の、声は、なんだ。今の、声は──
「きみを、…叡人くんを、失いたくない」
「────」
「お願い…死なないで」
────弥生が、泣きながら、俺に縋り付いてきていた。
…ああ、情けなくなる。俺はまたも弥生を悲しませているのか。
もう何度弥生を悲しませているんだ。
──ああ、やっぱり、俺は死ぬべきだ。
「死なせて、くれ」
そう、懇願する。
「ダメ、死なないで、叡人くんが死んだら、私はどうすればいいの」
でも、弥生は、死なないでと訴えかけてくる。
でも俺は、そんな言葉に甘えてはいけない。
──俺は、罪人だから。許されてはいけない、人間だから。
「俺は、俺を許さない」
「それならわたしが、叡人くんを許します」
即答だった。
なんで、俺のことを許そうとするんだ。俺は弥生に、一番許されてはいけない人間なんだ。
「お願いだから、死なないで」
やめろ。やめてくれ。俺は死ぬべき人間なんだ。
「わたしが、叡人くんに死なれたくないのは当たり前だよ」
当たり前なわけがない。現に、弥生は一度俺のことを殺した。
「────。叡人くんは、なんで、死にたいの?」
「────。────。弥生を、悲しませたから」
「わたしは、叡人くんが死んだほうが悲しいよ」
「それでも、だめなんだ」
「──。なんで、だめなの?」
「俺が、許されてはいけない、罪人だからだ」
「────」
「俺は弥生を悲しませただけじゃない。──子供を、見殺しにしたんだ」
「────」
「だから、俺を、死なせてくれ」
────もう、いいだろう。ここまで言ったんだ。彼女も、俺のことを──
「──。わたしは、叡人くんを、死なせたくない」
──言葉を、失った。
「──なん、で」
「それは──、
一拍置いた後、彼女はそれを口にする。
「それは、わたしが叡人くんのこと、好きだから」
─────え?
「好きな人を、死なせたくない」
「────」
「それって、当たり前の、ことでしょ?」
─────。
─────。
─────。
─────。
─────。
─────。
─────。
─────。
言葉の意味をかみ砕き、飲み込むまでに数秒かかった。
「──は」
考えてみると、アホらしい。
最初の周回で、彼女は言いかけていたではないか。
──否、最初だけではなく、それからも、ずっと。
────「好きだ」、と。
「俺の、ことを…?」
「好きだった。ずっと、前から」
「なんで、俺なんか」
「わたしが、叡人くんのこと、好きだから」
答えになっていない。だが、それは彼女らしい答えだった。
「──俺なんかで、いいのか?」
「叡人くんが、いいの」
即答だった。涙が、出てきた。
「お、俺みたいな、クズでも、い、いいのか?」
「叡人くんはクズじゃないよ。絶対に。だから、死なないで」
もう、我慢、できなかった。
「ありがとう、弥生」
「────」
そう言って弥生に、顔を、近づけていく。
「俺も、ずっと前から、好きだった」
「──ありがとう」
2人の、顔の距離がだんだん近づく。
「好きだよ、弥生」
「わたしも、叡人くん」
そして──、
「──んっ」
──初めてのキスは、涙で濡れていたが、とても甘く、甘く、とろけそうだった。
お互いの体温を、直に感じる。柔らかく、温かい。俺は、その柔らかな唇を夢中で貪った。
その甘い唇を貪って、貪って──
──やがて、永遠にも思えるその時間は、どちらともなく離れることで、終わりを迎える。
──俺は、その温もりを一生、忘れることはないだろう。
「大好き、叡人くん」
「ああ、俺もだ」
2人はそのまま言葉を交わし──、
──直後に黒い風に切り裂かれた。
このお話はいわゆるターニングポイントに当たります。いやぁ初々しいですねぇ(いろんな意味で)。
重なる死の中でついに弥生に見捨てられた叡人。そんなどん底の彼を救ったのは・・・といったところでしょうか。あとがきというものをあまりよくわかっていないので、どんなことを書けばいいのかがわかりません。ただ、温かく見守っていただけるとありがたいです。