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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

親友にひどい事言っちゃったけど、やっぱり大好きです。 いや、友人としてじゃなくて……、恋人としてです……。

作者: 下等練入

 張り詰めた空気の中ピストル音が響く。

 一斉に駆け出す選手たち。

 夢中で走ると100メートルは意外と短い。


綾乃あやの12秒23」

千紗ちさ12秒35」

 ゴールした順にみんなの名前が呼ばれていく。

 また勝てなかった。


「やっほ千紗!」

 私より先にゴールした綾乃が、トレードマークのポニーテールを左右に揺らしながら話しかけてきた。

「1位おめでとう」

「千紗だって2位じゃん!」

 いぇーい! 

 と綾乃はハイタッチを要求してくるので、一応手を合わせる。


「綾乃には勝てなかったけどね」っと言いたいのをぐっとこらえ、その場を納めようと思ったが、表情に出ていたのだろう。


 綾乃は一瞬ハッとすると、慌ててフォローを入れてきた。

「ほら、千紗だってだんだんとタイム早くなってるし、悪くないよ!」


 私と綾乃は幼馴染で、小学生の頃からずっと一緒に走ってきた。

 そして私は中学生になって以来綾乃に勝ったためしがない。


 私も綾乃も大学で陸上はしないと決めているから、実質的に来月の都大会が最後の戦いだ。

 最後こそ勝ちたい!

 たまに私の先を行く綾乃の後ろ姿に見とれることもあったが、ここ数か月綾乃以上に練習に励んできた。


 なのに大会を目前にして彼女に勝てる気がしなかった。

 タイムは縮まるが、一向に追いつけない。


「ねえ千紗、一緒にダウンしよ!」

 そんな私の焦りも知らないで、綾乃は今までと何も変わらない様子で話しかけていた。


「ごめん、綾乃、私まだ走るから」

 彼女より遅い私が彼女と同じタイミングで練習を終えるわけには行かない。

 私の心の中はそれでいっぱいだった。


「そっか……。けど大会前――」

 何か言おうとしていたが、私は綾乃から逃げるように足早にその場を去った。


 ◇


 あの日から2週間。

 迫りくる大会と一向に伸びないスコアに焦りを感じながらも私は、綾乃と水族館に来ていた。

 オーバーワーク気味だから少し休んだ方がいいと、綾乃に無理やり誘われたのだ。


「見て、千紗! ペンギンだよ大きいよ!」

 本当に水族館が好きなのだろう、綾乃はいつも以上にはしゃいでいた。


「……ねえ、大きいね。なんて品種だろ?」

 息抜きと言われたが、綾乃といるとどうしても陸上がチラつく。


「あ、あっち何だろう?」

 そう言って綾乃は駆けていく。

 その後ろ姿は何度も見たがやはり美しかった。


「シロクマだって~!」

 綾乃はこっちを向くと、早く早くと手招きした。


「うん今行くよ」

 なんで私は綾乃より早く走れないんだろ。

 いつも彼女より遅くまで残って練習してるのに。

 小学校のころは私のが早かったのに。


「ねえ、千紗は水族館嫌だった?」

 私が水槽の前で棒立ちになっていると、綾乃は私の顔を覗き込んできた。


「え、そんなことないよ。綾乃と来れて楽しいよ」

 普段以上に元気よく言ったつもりだったが、綾乃には楽しんでないのがバレていたらしい……。


「うそっ! 千紗今日笑ってないもん。いつも楽しそうに笑っているのに」

 綾乃と一緒に来て、楽しめるわけない。

 彼女と話すたびに大会や陸上が何度も頭をよぎる。


「ねえ、千紗? なんか言ってよ?」

「うるさい! 楽しいわけないでしょ!」

 私は彼女の差し出してきた手を振り払った。


「ち……さ……?」

 綾乃は驚きと怯えが入り混じったような顔をしていたが、私の口は止まらなかった。

 今まで綾乃にこんな感情を抱いたことなんてなかったのに。


「いつもあんたはへらへら笑って」

 違う!

 こんなことが言いたいんじゃない!


「どうせいつも陰で私が遅いことわらってるんでしょ」

 周囲も気が付いたのだろう。

 ざわざわして、

「なに? 喧嘩?」

「邪魔だな。場所考えろよ」

 などと聞こえてきたが、私の口は動き続ける。


「いいよね、綾乃は! 練習しなくても早いから!」

 彼女が普段誰よりも早くきて、最後まで一緒に練習してたのは私が一番知ってる。


 ようやく口が止まり、肩で荒く息をしていると、綾乃はそっとハンカチで私の顔をぬぐってきた。

 彼女に拭かれて初めて、私が泣いていることに気が付いた。

 泣きたいのは綾乃の方だろう。

 ただ、一方的な憎悪と嫉妬でできた涙を止めることができなかった。


「ごめんね……」

 そう言って、一通り私の涙を拭くと綾乃は走り去ってしまった。

 私は膝から崩れ落ち、綾乃のごめんねと、自分のすすり泣く音が嫌に脳内に響いた。


 ◇


 水族館での出来事のあと、私はなにもできず大会1週間前を迎えてしまった。

 あの日から綾乃は学校に来ることも少なくなり、たまに姿を見かけてもお互い見て見ぬふりをするようになってしまった。


「今日こそはハンカチ返さないと」

 意を決し、彼女のクラスまで行ったが、彼女の席は誰も座っていなかった。


「ね、ねぇ今日綾乃さんは?」

 たまたま彼女のクラスに入る人がいたので声をかけてみる、


「ああ、彼女なら二時間目くらいに帰っていったよ。男の人が迎えに来たって聞いたしデート――」

 あの後、なにか言っていた気がしたが、私の耳には入らなかった。

 いや、受け入れたくなかったと言うほうが正しいかもしれない。


 なんで……。

 何か他のことを考えようとしても、彼女のことが浮かんでくる。

 彼女の教室に行った後から何一つ身が入らなかった。


 それは、部活の時も同様だ。

「おい! 千紗! やる気がないなら帰れよ! 大会前なのに気が抜けてるんじゃないか?」

「すみません……今日は帰ります……」

 自分でもわかるくらい部活に集中できないのだ。

 傍からみたらやる気がないように見えるだろう。



 独りで帰り支度をしていると部室の外から声が聞こえてきた。


「大神さん、今日はほんとにありがとうございました。楽しかったです。また誘ってください」

「綾乃ちゃんに頼まれちゃうと断れないな~。いいよ、じゃあ大会終わったらまた行こうか?」

「いいんですか? そ――」

 綾乃と男が話しているのだろう。

 私と話すときよりワントーン高い声で楽しそうに話している。


 嫌だ!

 これ以上聞きたくない!

 私は着替えもほどほどにカバンを掴み一目散に下駄箱へ向かった。


「千紗っ!」

 後ろから呼び止められた気がしたが、きっと綾乃はなにも言ってない。

 私が生み出した幻聴だ。


 私はそんな妄想を置き去りにするかのように全力で走った。


 ◇


 ついに大会当日になってしまってしまった。

 あれから何度か綾乃の姿は見たが、今度は見て見ぬふりをするのではなく、話しかけようとする綾乃を意図的に無視してしまった。

 この大会が終わったらちゃんと謝ろう。

 謝って許されるつもりはないけど、ハンカチも返さないといけないし、綾乃がいないとどれだけつらいかが分かった。



 一応そうやって気持ちに区切りを付けたせいか、私はなんとか決勝トーナメントに進むことができた。

 そして、綾乃も勝ち進んできた。

 まあ周りから優勝候補と目されるくらいだから当たり前だけど。


 ただ、決勝前の綾乃はいつも通りレースに集中していて、とても話しかけられる雰囲気じゃない。


 そんなことを考え、ぼーっと行動しているといつの間にか決勝は終わっていた。

 振り返ってみて思い出すのは、綾乃の揺れるポニーテールとうなじににじんだ汗だけ。

 そうか、私は負けたんだな。

 最後まで綾乃には勝てなかったが、なぜかとても清々しかった。

 高校生最後の思い出に残る大会で綾乃の後ろ姿を追えたからかもしれない。

 間近で見る彼女の走る姿はやはり美しかった。



「この間はごめん……、おめでとう」

 表彰式が終わった後、綾乃にそう囁いた。


 彼女がどう思うかはわからない。

 ただ私にはこれ以上のことは出来ない


「私もごめんね、千紗の気持ちも考えないで……」

 綾乃はそう言うと少し暗い顔をしてうつむいた。


「綾乃は悪くないよ! 綾乃のこと考えないで酷いこと言ったのは私だし……」


「けどよかった、また千紗と話せて。もう話せないかと……、思って」

 そう言って綾乃は思い切り抱きついてきた。


「うわっ! ごめんね……」

 私も抱きしめ返す。

 綾乃からは汗と制汗剤の入り混じった、心地よい香りがしてきた。


「私、ここ何日か千紗と話さないで分かった! 大好きだよ!」

 そう言うと綾乃はさらに強く私を抱き寄せ、唇を重ねてきた。


「え、待って、彼氏ができたんじゃ?」

「え? 彼氏?」

 突然彼氏なんて言ったせいか、綾乃はとても驚いた顔をしている。

 まあ、私に言ってなかったんだし驚いて当たり前か。


「うん、男の人が迎えに来たって……。先週も部室の前で楽しそうに話してたし……」

「ああ、あの人はOBだよ、大会前の調整で大学コート使わせてもらってたんだ。千紗も誘いたかったんだけどさ……」

 よかった。

 そう思った瞬間、私の目からは涙があふれてきた。


「私も大好きだよ! 綾乃!」

「綾乃の金メダルいいな~、やっぱそういうのもらうとモチベ上がるよね」

「金メダルじゃなくても、千紗からなにか一言言ってもらえるだけで私はモチベ上がるよ!」

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