八話 配達員とアザミの疲労
八話よろしくお願いします。
正午を回る頃、アザミが基地の食堂に現れた。
「隣いいか。」
「どうぞ。」
なんだかアザミが疲れているのがよくわかった。目がいつもの半分くらいしか開いていないし、姿勢が悪い。
「仮眠ぐらい取ればいいのに。君本当にストイックすぎて引く。」
「そんな時間はない。」
真昼にブラックコーヒーだなんて、どれだけ自分を追い込む気なんだろう。コーヒー嫌いじゃなかったっけ?
気にしたって、この子は構いもしないから、話題を変えた。
「余興の相手は決まったかい?」
「あぁ。第二の団長に頼んだ。陛下の前だからな、空気を読めるやつでないと。」
アザミは建国記念日当日、王城の陛下の御前で余興試合をする。陛下は好戦的な方ではないが、騎士の技術がただ見たいという理由で、毎年行われている。騎士長が必ず参加し、相手は誰でもいいが、騎士長という顔があるために、対戦する者は必ず負けるというシナリオがある。
そういえば、アザミは3回目だっけ?
「その時までにはちゃんと万全な状態にするんだよ。試合の時に寝ないようにね。」
「心配は無用だ。お前もさっさと溜まった分の仕事を片付けて、他の者と同じように巡回でもするんだな。」
「もう終わるんだな、それが。」
私が意地らしく言うと、アザミは半分しか開いていない目をさらに細めて言った。
「その余裕さを分けて欲しいものだよ。」
刺さるようなことを言ってくるかと思えば、意外にも緩い返事だった。
アザミは頭が硬いし、怠けてる人には容赦ないから言い方はキツいけど、たまに優しく返ってくるとなんとなく嬉しくて、何故だか照れ笑いしてしまう。
少し話していたら、アザミがコーヒーを飲み終えて席を立った。
「では、戻る。お前も早く仕事に戻れよ。」
「うん、もう少ししたら行くよ。」
あぁ、そういえば花流しで何の花を流すか、聞くのを忘れた。去年は確かスイートピーって言ってたな、どんな花言葉だったかな。
「ん」
「おお」
ダリアは食堂に何故かいた。まぁ、多分配達なんだろうけど。
「アザミがさっきまでいたよ。」
「あぁ、たまに見るな。あいつ、目デカい分目つき悪いよな。」
と、顎を触って悩むように言うダリアに、目つきならお前の方が悪いだろ、と言うか言わないか迷った。
「たまにドッキリついでに、あいつにコーヒー渡してやるけど、マジで気づかないんだ。」
「疲れてるんだから、労ってやりなよ。」
「はは、そのつもり。」
能天気極まりないけど、同じ立場じゃないから今は当然そうだ。
ダリアは配達を頼まれていた食堂のおばちゃんから代金をもらって、丁寧に頭を下げてた。
「あ! お前」
と指をさして、急に呼ばれたもんだから、眠気の残る私は驚いてしまった。
「アザミに住所教えたろ。基地から手紙来てた。」
「手紙ならいいと思って。」
責められてるような気がして、目を逸らしながら言うと、ずけずけと近寄ってきて、
「来るのは別にいい。内容の方だ。あいつ、王城にパンを運べと行ってきやがった。」
「そりゃ国宝と言われるパンが、城の料理に出されたら家族も嬉しいんじゃない? お金払ってもらうなら別にいいじゃん。」
んん、と掠れるような溜息と脱力した態度から、本当に会いたくないのが伝わった。
「じゃあ、お前が代わりに代金をもらってくれないか。」
個人的には、前は会わせたくなかったけど、少し好奇心が湧いて、別にいいのではとも思っていた。けど、ダリアが言うならと思って、
「まぁ、いいけど。」
なんて返した。
「君は花流しで何の花を流すんだい。」
「毎年配達あるし、流してないよ。配達が終わる頃には川も海も禁止だ、なんだと言う立札がある。」
「そうか、」
「じゃ、次もあるから行くからな。代金はお前もらっとけよな。」
「うん」
ダリアは持っていたパンのカゴをぶら下げて、食堂の裏戸から出て行った。同時にあのカゴから、こんがり焼けたベーコンと、香辛料の効いた香りがした。
お疲れ様でした。
次話もよろしくお願いします。