6-5.疲れ果てた夜
「おそい」
足を組んで机の上から俺に対して不満をぶつけてくる人形。
「いやもう、ほんとすいません。ほんと色々ありまして」
彼はゴルディの分体。
プラモデルみたいに小さいロボットなんだが、割と可動域が広いというか。
どう見ても1/144スケールですって感じ。
装備は軽装。
白と青を基調とした体に、黄色のラインが入っている。
まさに子供向け玩具といった感じだ。
そんな彼は今、待ちぼうけを食らってご立腹だ。
いや、忘れて話し込んだ俺も悪いんだが。
「ふむ。なるほど。で、その娘達はどうしたんだ?」
「あー、まぁ。本当に色々ありまして」
はぁ。本当に色々あったよなぁ。
「そこな娘達よ。主等、名前は?」
「レッドドラゴンのトラキスです」
「……クリムゾンドラゴンのハグレオン、です」
トラキスと名乗る少女は堂々としている。
一方、ハグレオンと名乗った少女は少し人見知りなのか、トラキスの影に隠れている。
「なるほど竜種の一族か。ラドラントリス殿はご健在か?」
「え、ラドラントリス?」
「……トラキス。おそらくラドラントリスとはオーソリア系中道派クロマクティ派閥のラドラントリス様のことかと」
え、なにその呼び方。
「まて、そのドラゴン特有の呼び方は我々にはわからん」
「し、失礼しました」
ゴルディが突っ込んだ。いいぞ。上手いこと俺の気持ちを代弁してくれた。
「なぁ、ドラゴン特有の呼び方って?」
「ん?あぁ、彼らは他人にあやかった名前しか持たないからな。しかし、各地にドラゴンはいるわけだから名前が被ることが多いんだ。そこで、種族名とどういう考え方をしているのか、どこに住んでいるのかを名前に組み込んでいうのだが、これがくせ者でな。ドラゴンの言語で語られるから、我々には場所の詳細はわからんのだ」
「ふーん」
「まぁつまり、我々には場所がわからないからどのドラゴンか区別が出来ないということだ」
あ、納得。
そりゃそうか。
その固有名詞がわからなけりゃ、解読のしようがない。
俺でいうなら、この世界の人に東京の何処其処に住んでるって言うようなもんだ。
「して、汝達は何をしにこやつのもとへ来たのだ?」
「我々は……」
少女の姿をしたドラゴン達はまっすぐゴルディを見つめ、語り始めたのだった。
彼女達の話を要約すればこうだ。
かつて、火の神の使いとして強大な力と世界を安定させる役目を負って不死に至ったレッドドラゴンがいる。
彼は長い年月を経て、死場を求めるようになった。
俺に彼をころしてほしいそうだ。
神によって与えられた不死を越えることができるのは、より上位の神性のみ。
即ち、創造神の眷属、それも寵愛を一身に受けたもののみ、と言うことだそうだ。
そこで、神獣の噂を聞き、ここへ来たそうだ。
神獣への願いの代償として、ドラゴン族でも若くて優秀な二人を生け贄として俺に捧げる。と言うことらしい。
とりあえず、突っ込みたいところは色々あるが。
いろいろ重いわ!!
なんだよ!生け贄って!
要らんわ!そんなもん!
人をなんだと思ってる!
いや、猫なんだけど!
「まてまてまて、生贄とはずいぶん物騒な」
「まぁ、言葉の綾というやつですが」
「……願いを叶えていただく代償として、私達二人を従者としてお使いください、ということです」
「なるほどな。そういうことか」
結構な時間が経った。
ドラゴンたちが来訪した時は夕方だったが今は既に夜半。
ってしまった!
確実に飯の時間を逃した!
俺は影の視覚と聴覚を総動員して城の中の様子を観察した。
どうやら、ドラゴン二人が泊まれるように準備を整えている最中のようだ。
もちろん、人間形態の、だけれど。
「とりあえずゴルディ。彼女たちに今日は解散するように言ってくれ。どうも城の人たちが、人間形態で泊るところを用意してくれているみたいだから」
「わかった。では私は君について行くとしよう。あー、おっほん。ドラゴン族の娘達よ……」
ゴルディが彼女たちに一度解散の旨を伝えてくれた。
さて、俺は急いで部屋戻るとしよう。
何と言っても、カテーナさんが部屋に食事を置いてくれているのを見てしまったのだ。
あぁ、もう。本当に。
なんでこう、何か起きるときは一度に起きるのだろうか。
もう少しばらけて起きてほしい。
部屋に戻ると、すでにシャルロッテさんとマリアゲルテさんがベッドに寝ていた。
もはやこの光景はスタンダードになってるなぁ。
俺は2人を起こさないように間の隙間に入り丸まる。
軟体動物ともいわれる猫の身体は、顔の幅ほどもあればその隙間を通り抜けることができる。
このくらいの隙間はお手の物なのだ。
隙間にすっぽりと納まると一気に眠気が来た。
2人の体温が心地いい。
うん。いい夢見れそうだ。
せ、狭い。
寝苦しい。
いったいなんだ?
寝苦しさに目を覚ますと、俺の顔は二人の隙間に挟まっていた。
え?
は?
いやまて、なんだこれ。
何で俺、人化してるんだ?
いやまて、落ち着け……。
落ち着いて猫に……。
「うぅん……」
シャルロッテさんが身をよじった。
ふぉぉぉぉぉ!
サラサラとした下着と柔らかな肌の感触が俺のほほを撫でる。
いかん、集中しろ!俺!
落ち着いて猫になる意識を持つんだ!
「んぁ……」
今度はマリアゲルテさんが身をよじった。
マリアゲルテさんの胸がさっきとは逆の頬に押し付けられる。
だぁぁぁぁ!
集中できるかい!
こうなれば、無だ。無の心を持つんだ。
そう、これは夢。これは夢だ。
俺の心が見せている幻影だ。
「無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心無心……」
念仏の様に唱えるが、勿論、効果はない。
「……アレク?」
「ひゃい!」
突然声がかかり、変な声が出た。
心臓が飛び出るかと思った。
「……やっと、帰ってきたのですね」
眠たそうな目をしながらシャルロッテさんが言う。
「あ、いやその。まぁ、色々ありまして」
「ふふ。良いですよ。ここは貴方の家なのですから」
はぁ。
まぁ、そうなんだけどさ。
なんだろう。この浮気を隠して帰ってきたのような罪悪感は。
いや、浮気とかじゃないんだけど。
いやまて、考えろ。
今の俺は猫だ。
猫は気まぐれで、飼い猫であっても他所で餌をもらうこともある。
あまつさえ、家の中で寝ることさえある。
うん。問題ないはずだ。
猫だ。
猫なんだ。
いやまて。
俺の身体、今、人じゃねぇか!
いや違う!
そもそも俺は猫じゃなくて人だ。
この理論は俺には適応できない。
そんなことを考えているうちに。
シャルロッテさんの手が俺の頬に触れる。
「アレク。……温かぃ」
そのまま抱えられた。
寝ぼけ眼の彼女の胸が俺を包む。
「んぅ……。アレク。姉様……」
マリアゲルテさんがこちら側を向いて手を回す。
こっちは完全に寝言だな。
それにしても。
誰かの体温を感じて寝るなんて、いつ以来だろう。
本当に。あぁ、本当に。
「確かに。あったかい」
俺は、シャルロッテさんとマリアゲルテさんの温かさに触れながら、襲ってくる睡魔に身を委ねるのだった。