5-8EX.次期伯爵グレイ婚約前夜
PCはしばらくかかるそうな。
いっけなーい!遅刻、遅刻ぅ☆
いや、うん。ごめんなさい。
そんな感じで、自分を誤魔化していたが、これはまずい。
完全に遅刻だ。
アクセサリーショップで長話しすぎた。
あの店員のおばあさん、話長すぎだよ。
待ち合わせした場所が近くて何とかなりそうだけど、ちょっと時間に余裕があったからと言って油断しすぎたな。
気づけば、待ち合わせの時間になっていた。
さすがに女性を待たせるのは、男としていろいろダメだよな。
うん。
慌てて着いたが、まだ彼女は来ていなかった。
よかった。間に合った。
今は……、もう少しで、18時か。
彼女は……、どうやって来るのかな。
多分ギルドの方向から来るだろうから、あっちのほうを注意していればいいだろう。
彼女が来るであろう方向を注意しながら、噴水のふちに座る。
若干、空が暗くなってきたな。
この街には街灯はあるが、現代のものほど明るくない。
ほんのりと優しい光だ。
この街灯、実は魔道具だ。
発明されたのは1260年ほど前だが、生産の難しさと、原料の入手しづらさにより、大量生産には至っていない。
普通、こういうのってこれだけ時間が経っていると技術の進歩やらなんやらで、よりよくなっていくんじゃないだろうか。
これは想像だが、なまじ魔法という便利な方法があるが故、こういう技術が発展しなかったのではないだろうか?
なんせ魔法があれば明かりや火には困らない。
水の洗浄も都市部では魔物の種類の一つである、スライムを使用している。
そう、スライム。
僕は魔物の種類とかあまりわからないのだけど、ざっくりいうとこの世界のスライムには2種類いる。
一つはゼリー……というより、水饅頭だっけ?透明な水でできた丸い塊。そんな感じの見た目をしているスライム。
これは温厚な魔物で、人間やほかの動物の糞尿や死骸、水に含まれる汚染物質を好んで食べる。
いわゆる、掃除屋のような存在だ。
なので、人間社会でも頻繁に利用されている。
僕が読んだ本だと、そういった物質を体内で分解し、体外に水や窒素、炭素などとして排出、残留した魔素を吸収して生存しているとか。
まぁ、細かいことはわからないけど、ミミズとか微生物みたいな分解者ってことかな?
この世界では、スライム・ポポロン種と呼ばれている。
で、もう一種類。こっちが意外と厄介。
アメーバ状のスライム。
昔懐かしい、RPGの強敵でいるような、厚みを持ったアメーバだ。
こちらはスライム・メグラ種と呼ばれている。
結構凶暴で、生きている人間や武器、服や鎧など、基本的に何でも食べる。
木や岩は食として認識していないのか、不思議と積極的な消化はしない。
そして、こちらはポポロン種と違って、魔獣認定された生物だ。
冒険者達に討伐依頼が出たりもするのだ。
まぁ、何が言いたいかというと。
メグラ種のスライムと違って、ポポロン種のスライムは町でも一定の数、見ることができる。
人間が利用しているからね。
ただし、見られる場所は限られている。
なので、今、僕の膝の上にいるような、噴水から上がってくる奴は意外と珍しい。
うーん。
ぽよんぽよんしている。
こうしていると意外とかわいい。
時間を忘れそうになるなぁ。
そんなことをしている僕の前に、馬車が止まる。
「グレイ様。申し訳ありません。お待たせいたしました」
馬車から降りてきたのはティナさんだ。
きれいなドレスにきれいなアクセサリー。
セットし直してきたであろう髪はサラサラで、なんというか、かわいい。いや、綺麗だな。
「あの?グレイ様?」
「あ、は、はい!」
思わず元気な返事をしてしまった。
「そ、その!今日はとても素敵なお姿で!あ、すみません!僕、いつもの服装で……。ちょっと着替えてきます!」
回れ右をして服を着替えてこようと思った。
うん。今の彼女に今の僕はだめだ。
完全にTPOを考えられていない、ダメな男にしか見えない。
「グレイ様。落ち着いてください」
彼女は回れ右していた僕の手を取って僕を止めた。
「あ、あの。ティナさん?」
「ふぅ。本当に仕方ありませんね。まぁ、貴族としての教育は受けておられないとのことでしたので。これから覚えていけばよいのではないでしょうか。大丈夫。グレイ様ならすぐできますよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
思わず彼女の手を取って返事してしまった。
「ところで、グレイ様。貴族の間では、馬車に乗るときや扉をくぐるときは、男性が女性をエスコートするものですよ」
「あ、すみません」
えっと。映画や漫画だと、確かこんな感じに……。
「……では、ティナさんどうぞ手を」
そんな感じで手を差し出す。
そして、馬車のステップの横で待機。
ん?ティナさんがなんか面食らった顔をしている。やべ、間違えただろうか?
「いえ、すみません。失礼しました」
ティナさんが僕の手を取って馬車に乗りなおす。
そのあと、僕も続く。
パタンと閉まるドア。
進行方向に対して正面向きのドア側に座る。
そして、反対側に座ろうとした僕の手を取って彼女の右手側に座らせる。
その後、ティナさんが耳元でこっそりと教えてくれた。
「……先ほどのエスコート、自分の妻子に行うものですよ。まぁ、悪い気はしませんでしたが」
えぇ!?
ちょ、ごめんなさい。いやほんと。
僕たちはレストランについた。
ちなみに降りるときのエスコートも、貴族が妻子に対して行うものをすることになった。
今度はしっかりティナさんに作法を聞いた。
どうも、右側から右手を取るか、左側から左手を取るかによって意味が変わるらしい。
そんなのわかんないよ!
ちなみに、右からとれば妻子、左からとれば婚約者以下の関係を表しているらしい。
ほんと、わかんないな。
ちなみに、その後僕の左腕に、彼女の右手を添えさせて店内までエスコートしたのだが、それも妻子に対するエスコートらしい。
貴族って、ほんとめんどくさいなぁ。
店は、皇都では上の下といったところ。
貴族外の塀の外ではあるが貴族街と職人街、平民街の境にあり、メインターゲットは下級貴族。
本来なら僕みたいなのが入れるわけはないんだけど……。
そこはそれ。
セレーノ伯に口利きをお願いした。
おかしい。手紙を出したら何日もかかるはずなのに、わずか一日で返事が来た。
きっと、あらかじめ返事を書いておいて執事か何かに渡しておき、その中から執事が選んで返信したのだろう。
僕の貯えではこのくらいの店を選ぶだろうと予想していたのだろう。
ほんと、こういう僕を驚かせることに関しては全力だよな。あの人。
「なるほど、なかなか良い店ですね」
それには同感。
これで大銀貨1枚は十分安いと思う。
出てきた料理はさすがに僕の居た世界には及ばないけど、兵舎の食事よりは圧倒的においしい。
僕の居た世界でいうとパンとコンソメスープ、それにスペアリブといったところだろうか。
最も、香辛料は少ないのでさすがに僕の居た世界のような味の深みはないけれど。
彼女がナイフとフォークでスペアリブを食べているのを見て、さすがに手で食べたくなる感情は抑えた。
大変だなぁ。こういうの。
「ところで、グレイ様」
「は、はい」
「正直な話、今回の婚約話、どう考えられていますか?」
げ、いきなり確信が来た。
こういう時は、どう回答すれば正解なんだろうか。
助けて!ゼ〇シィ!
「しょ、正直な話をしますと、戸惑っています。セレーノ伯のいつもの悪戯……だと思いたい、というのが願望です。そもそも、次期伯爵なんて僕に話が回ってくること自体がおかしいし、ティナさんも付き合うことはないですよ。セレーノ伯には僕のほうから言っておきますから」
ちょっと早口で答えてしまった。
しかし、僕の素直な意見だ。
こんな悪戯で彼女の人生を台無しにするのはあまりにも忍びない。
「私は……」
ティナさんが口を開く。
「私は、今回の件、お受けしようと思っています」
「で、ですよね。やっぱり僕では……って、え?」
聞き間違えかな?
「ですから、あなたとの婚約……というか結婚ですね。お受けしたいと思います」
「な、なんで?」
ふぅ、とティナさんが息を吐く。
「まず、誤解のないように言っておきますが、権力やお金に目が眩んだわけではありません。確かに貴族としての結婚とはそのような側面があることは否定しません。しかしそれ以上に、貴方はこのまま貴族社会に放り出してはいけないと判断しました」
ん?どういうことだろう?
「失礼ながら、グレイ様はまだ貴族としては初心者のご様子」
そりゃそうだ。
僕は準貴族出身とはいえ平民だし、そういう教育を受けたこともないから。
「この度、ご縁があったとはいえ、我が家の生業上そういった方の教育不足を見過ごすことはできません」
なるほど、確かにハマー家は養護施設、教育機関に絡んでいる家柄だ。彼女はそんな家の教育を正しく受けているのだろう。
「……正直な話、最初はこのお話、お断りさせていただこうかと思っておりました」
「まぁ、うん。そうですよね。僕とティナさんでは釣り合いが……」
「そこです」
ティナさんがビシッと指をたてる。え、何、急に。
「あの?そことは?」
「考えてもみてください。私は準貴族が確定した人間、貴方は準貴族の家柄です。この程度であれば釣り合いがとれないと言うことはありません。互いに伯爵と準貴族に成ってからでは家格が怪しくなってきますが。グレイ様が伯爵になられて直ぐなら、十分許容範囲かと」
な、なるほど。
って、いやいや。一応、貴族と平民では?
いやまぁ、この世界のその辺りの事は全然分からないんだけど。
「加えて、私の夢は教育機関を任されることです。この場合、家に入ると色々と厳しいところがあります。旦那様によっては奥方には家を守るため、仕事をやめさせる、と言うこともあります。まぁ、逆に奥方が仕事を止めると言うこともありますけど。いずれにしても、何処の家に嫁ぐとしても仕事を止める可能性が出てくるので、出来るだけ低い可能性をとる。というのが私にとっての利です」
な、なるほど?
つまり、将来的に教育の場に立ちたいから今の教育官という立場は捨てたくない?
というより、まだ続けて実力をつけたいってことかな。
え、結構この娘、打算的?
まぁ、貴族だし、そんなもんかな。
「あとは、あなたのその謙虚さ。それは一人の殿方として、私には魅力的に映っております」
謙虚?いや、自信がないだけです。
「って、魅力的って……もしかして……」
ティナさんが俯き加減で顔を赤める。
「……ぃたしております」
「え?今なんて?」
聞こえなかったので彼女に耳を寄せて聞き返す。
「むぅ~……」
え?
その不満そうな声に彼女のほうを見ると、彼女は顔を真っ赤にして、ふくれっ面をしていた。
「なんでもないです!」
プイっとそっぽを向いてしまった。
えぇ、なにそれ。かわいい。
「失礼いたします。若旦那様」
わ、若旦那?
もしかして、僕のこと?
僕たちに声をかけたのは執事っぽい男性だ。
「表に馬車を待たせております。どうぞこちらに」
え?馬車?
なんで?
「ちょっとまてぇぇぇぇぇい!」
馬車がたどり着いた先は、市民街の奥にある、いわゆる宿泊街。
ここは比較的、皇城に近い位置にあるので、兵舎も近く、僕でも知っている。
男と女が入って情事を行うような、うん。まぁ、そういう宿泊施設のある通りだ。
「大旦那様から、食事後こちらの店へ通すように言われております」
「セレーノ伯ぅぅ!?」
あのじぃさん、マジなにしてくれてんの!?
「あ、あのグレイ様?ここは?」
「い、いやこれは!セレーノ伯が勝手に!というか多分良かれと思ってされたんでしょうけど、ぶっちゃけありがた迷惑というか!ほんとすみません!」
思いっきり頭を下げる。
いやだって、こんなことになるなんて思わないじゃないか。
そうか、これきっと始めから仕組まれていたな。
たぶん、僕が仲介を頼んだ時に、店と一緒にこの宿泊施設を予約するように執事に頼んでいたのだろう。
食事の相手は女の子だぞ!
いや、男のほうが嫌だけども。
どちらにしても、もうちょっとデリカシーってものを……。
「グレイ様、頭をお上げください」
「あ、はい」
彼女の声に反応して、顔を上げようとする。
その時、それに気づいた。
あぁ、この感じ。久々だ。
実に6年ぶりかな。
だから、油断していた。
この世界に来てからも何度か同じようなことはあった。
そう、僕が生まれながらにして持っている能力とでもいうべきか。
まぁ、そんな感じのやつ。
嬉しいことが無条件で起こる。ただし制御不能、下手すれば変質者として即逮捕だ。
その名もラッキースケベ体質。
きっかけは猫だった。
彼女の足元を猫が通り過ぎたのだ。
「あとはうまくやれよ。小僧」
そう言っているように見えた。
「きゃっ」
そう、ティナさんが口にした。
猫に押されたのか、彼女は倒れこもうとしていた。
目の前にはお辞儀をして、姿勢を正そうと少し顔を上げた僕。
つまり、どういうことかというと。
彼女のそれなりに女性らしい、そういう部分が僕の顔へと押し付けられたのであった。
最後の足元を通り過ぎた猫はアレクシスではなく、ティナに引き取られた個体です。
ティナが打算的な子に見えますが、この世界の貴族としては普通です。
男女が入るような宿泊施設=現代のラブホ
兵舎が近いのは兵士や貴族が使うから。
兵舎が近いので治安が良く、それなりに機密が保たれるので、情事だけでなく密談などにも使用されます。
グレイ君とティナ氏がホテルに入ったかどうかはご想像にお任せします。
ティナ氏はすでにグレイと結婚する覚悟ができている、とだけ記載しておきます。
12/23追記
二種類のスライムに関して。
ざっくり二種類をスライムと、この世界では言っていますが、
ポポロン種は多細胞生物。
メグリ種は単細胞細胞群体生物です。
メグリ種は野生種のみで分裂で増えますが、ポポロン種は家畜化されているため、野生種、改良種ともに多岐にわたり、繁殖方法も様々です。
雌雄はありません。単体、もしくは複数体で生殖可能。世代交代時、クラゲのようにポリプのような器官を作り出すようなものもいれば、分裂のように見えるものもいます。
もう一つ、両者の大きな違いとしてはメグリ種のスライムのほうが環境の変化による進化、または属性変化が顕著に出ます。このため、メグリ種のほうが強いです。
但し、両者とも現代でいうところの分解者の役目を担っています。
そのあたりはまたいずれ、スライムが本格的に出てきたときに。




