5-1EX.教育官ティナ夕食
初の教育官の仕事を終えた夜。
私は父に呼び出されたレストランの前にいます。
皇都の職人街にほど近い、貴族用地の一角に作られたこのレストランは貴族御用達の高級な料理を出す店です。
流石に、普段の格好で来るわけにはいかなかったので、ドレスと装飾品を用意しました。といっても、ドレスは成人のお祝いに、装飾品は前にお母様が使っていたものを譲り受けていたものですが。
父の用意した馬車に揺られレストランに着くと、レストランの従業員……執事らしき服装の口と顎に少量ながらも整えられた髭を持つ、中年の人物が私の手をとってエスコートしてくださいました。
玄関をくぐると給仕が数名待ち構えており、一斉に揃った礼をします。
流石は貴族席の方々が利用される店です。礼儀作法などは私よりもしっかりとしており、よく教育の行き届いた店だと感じます。
執事服の男性のエスコートに従いホールをくぐると、カーテンでしきられた客席を通り、二階へと案内されます。
ここの二階は個室になっており、主に貴族間の商談や調停で使われる、所謂閉ざされた空間になります。
私も、家族と一度利用したことがありましたので迷うことなく、エスコートに従うことができます。
……内心はヒヤヒヤものですけれど。
ある一室の前に着くと執事は恭しく礼をし、扉を開けてくださいました。そのまま下がると、私を中へと誘います。
「ありがとうございます」
礼をいってから中に入ると室内には父と母が居ました。
「遅くなりました。お父様、お母様」
「いや、元気そうで何よりだ」
父が口を開きます。
父が片手をあげ、合図をすると執事はもう一度礼をし、扉を閉めて下がって行きました。
すると、予想通り父が動き始めました。
「ティナ~!!会いたかったぞ~!」
ガバリと手を広げて私の方へ走ってきます。
そのまま私を両腕で拘束し、顔を擦り付けてきます。
整えられた顎鬚が少し痛いです。
幼少期から長いこと、こんな感じなのでそこまで強烈に気になるわけではありませんが。
「あなた。落ち着きなさいな。嫁入り前の娘に、そうベタベタとくっつく物ではありませんよ」
母が父に声をかけます。
「う、うん」
父がしょぼんといった感じで私から手を放します。
ちょっとだけ息を整えて、母に礼を言います。
「ところでお父様、本日はどのようなご用向きで?」
「うぅ……、そんな他人向きな言い方……。お父さん悲しいぞ」
「あなた」
「だってだって!」
「あなた」
はぁ、お二人は相変わらずですね。
こうなれば、父と母のやり取りはしばらく続くのですが……。
「お父様、お母様、そろそろ本題に移ってもよろしいですか?」
いつものやり取りを見ていてもいいんですけどね。
今回はさっさと終わらせてもらいましょう。
明日は次の講習のための資料作りをしなければなりませんから。
今回は初回だったのでさっくりとしたものでしたからね。
「う、うむ。実はな……。お前に見合いの話が来た」
「お見合い?」
はい?お見合いって、あのお見合いですか?
確かに私は貴族として席を置いていますが、なんというか、お姉様や妹達ではなく、自立した生活を送っている私に?
あり得ない話ではありませんが、何故ハマー男爵領内にいない私なのでしょうか?
基本的に貴族の結婚というのは、血縁関係を結ぶことによる、関係の強化が目的です。
なので、お見合い後にはそのまま婚約、結婚という流れが一般的です。
お見合いと言う名の婚約者の顔見せです。
「一応断っておくが、先方はお見合いの結果、合わないと思ったら破談でも構わないといっている。お前達の人生を考えれば、自分の相手は自分で見つけて欲しいのだが、今回はそうもいかんのだ」
ふむ。つまり、利権絡みの縁談と言うことでしょうか。
いくら父には理解があるとはいえ、貴族には自領の発展と利益、皇国の利益に寄与するという前提があります。
利益に目が眩んだ……というのは言い過ぎですが、よほどの相手なのでしょう。
それでも、普段男爵領にいる姉妹達より、私に話が来たことは釈然としませんが。
「実は先方も皇都に来られていてな。アリサやシャディは既に婚約しているし、ナージャは領内にいるからな。それに内容を考えれば、養子であるローナやアマリに先に紹介するのも気が引けてな」
アリサは、長女、シャディとナージャは腹違いの私の姉妹です。ローナは領地のウィンディアの名士からの養子で、アマリは東方のある商家からの養子でヴァンパイアの一族です。
ハマー男爵家は古来から皇国の孤児院や養護院の経営を三分する男爵家です。
ちなみに残りの二家はコルマン男爵家とシュトレイバー男爵家です。
まぁ、そんな家柄であっても、決して裕福というわけではありませんが。
そんなところもあって、ハマー男爵家は様々なところから養子を多くとる傾向があります。
父も例にもれず、私は多くの兄弟姉妹と幼少期を過ごしました。
はい。実はまだいっぱい居ます。
八男、十一女の大家族です。
内、父の実子は三男、六女。残りは養子です。
ぶっちゃけ多すぎですよね。
ちなみに実子の内、私と母が同じ兄弟姉妹は三人。
アリサと二人の兄弟です。
ま、そんなことはどうでもいいですね。
「なるほど、まあ大体の事情は理解しました。それで?お見合いの日取りはいつなのですか?」
「今日、これからだ」
は?
今日ですか?いくらなんでも急すぎませんか?
貴族の政略結婚では結婚当日にはじめて会う、ということも少なくないとは聞きましたが。
「実は先方が皇都にいらっしゃるのが明日の昼まででな。その前になんとか調整をしたいとの事だ」
「はぁ……。わかりました」
仕方ないと言えば仕方のないことです。
仕事が多岐にわたる貴族家にとっては、時間は何より重視しなければいけないものでしょうから。
ということは、それなりに忙しい貴族家と言うことでしょうか。
そういえば大切なことを聞くのを忘れていました。
「お父様、それで、お見合いする貴族というのはどちらの方でしょうか?」
父はたっぷりと間をおき、重々しくその口を開きました。
「……セレーノ伯だ」
……はい?
セレーノ伯?
セレーノ伯って、あのセレーノ伯?
伯爵の?
商家や名士ではなく?
「あの、お父様?申し訳ありませんが、何かの間違いでは?」
長女や次女ならいざ知らず、なぜ私にそんな縁談が来るのでしょう?
そもそも貴族の縁談で、自分より爵位の高い貴族から縁談が来ることは稀です。
特別な美貌や、何か特別な事情がある場合は違いますが、基本的に爵位の高さはそのまま発言力の高さ、地力の強さです。
なのでより高位の爵位をもつ貴族に縁談を申し込んだり、同格である……この場合は伯爵家へ申し込むのが普通でしょうか。
特別な事情では、隣国や隣の領地配下の男爵や名士を切り崩すため、婚姻を結ぶ場合などの謀略が多いでしょうか。
「間違いなどではないぞ。それも、向こうからの縁談だ」
「えぇ。セレーノ伯たっての願いとあっては貴族としては無視はできません」
母まで……。これも貴族として生まれた者の責務でしょうか。
まぁ、お断りしてもよいとのことですし、会うだけあってみましょうか。
「わかりました。お受けしましょう。ただし、縁談を受けるかどうかはこちらで判断いたします。それで、先方はどちらに?」
「隣の部屋に控えておられる。用意ができ次第、店に伝えることになっておる」
「わかりました。では店の者に……」
「う、うむ。ありがたいがその……、物分かりがよすぎではないか?パパ寂しい……」
「貴族席にあるものの責務くらいはわかっているだけです」
まぁ、縁談を受けるかどうかは別の話ですが。
店の者に用を伝えると、すぐに支度をしてくれました。
「オープン、ダブルルーム」
店の者がそう唱えると部屋の壁がなくなり、二つの部屋が一つになりました。
これは魔法の一種で『創造設置』という魔法です。
建設の際に、魔法物質を素材に組み込み、あるキーを持ち、魔力を込めた単語を発することで発動する魔術です。
利点は、普通なら簡単には動かせないような壁や橋なんかを簡単に動かせること。
欠点は、基本的に土地や建物にかけられた魔法であるため、その土地でしか効果を発揮しないことと、あらかじめ設定した位置にしか使えないことでしょうか。
おなじような魔法が使ってある施設としては、城の城門の跳ね橋施設があります。
門の開閉と跳ね橋の起動が『創造設置』が使われています。
あまり見かける機会の多くない魔法ですが、さすが皇都の高級店。
こんなギミックがあるとは思いませんでした。
「ハマー男爵、今回のお見合い、受けてくれたことを感謝する」
「いえ、こちらこそ。このような場をご用意していただき、感謝いたします」
壁の向こう側から出てきた、ロマンスグレーの男性。
彼が今回のお見合いの相手である、セレーノ伯爵様です。
「そちらのお嬢様が……」
ふと、セレーノ伯がこちらに視線を移します。
それに答えるため、スカートの右を摘まみ広げて軽くお辞儀をします。
貴族の間でここ十年くらいではやり始めた挨拶の仕方です。
上品に見えるので私も愛用しています。
「お会いできて光栄ですわ。セレーノ伯」
顔を上げた私の目に、伯爵夫人が映りました。
一瞬、えっと思ってしまいましたが、大丈夫、顔には出てないはずです。
この人、自分のお見合いに奥方を連れてこられたのでしょうか。
セレーノ伯はたしかお子様とお孫様が亡くなっているはずです。
ですので、お見合いで若い側室を娶り、子を成し嫡子とされるおつもりなのでしょう。
女児であれば、婿養子という手もありますから。
しかし、仕方がないとはいえ、私では若すぎませんかね。
孫、位の差がありますが。
「利発そうなお嬢さんだ。なんでも、ギルドの職員として働かれているとか」
「はい。不祥ながら、教育官として、ギルドの末席に在籍しております。ハマー男爵が三女、ティナでございます。セレーノ伯爵様と夫人様におかれましては、ご機嫌麗しく。此度のお声かけ、感謝致します」
私の挨拶のあとに夫人が手を叩き、声をかけてくださいます。
「まぁ、これはご丁寧に。セレーノ伯爵の妻をしております。ハルティナと申します。ティナさん。よろしくお願いいたします」
夫人に声をかけていただきました第一段階はクリアと行ったところでしょうか。
まぁ、よほどのことがない限り、お断りするつもりなので、別にどちらでもいいのですが。
「ささ。伯爵様、それに夫人様。立ち話はそれくらいにして、どうぞお掛けになられてください」
母が伯爵夫婦を席へと促します。伯爵様方はさすがの優雅さで席へと着席します。
「では早速、本題のお話をさせていただこう」
父と母の顔が緊張に強ばります。
「まず今回のお見合いは、先にもお伝えした通り、合わぬと思えば断ってくれても構わない。元々、無理を申しているのはこちらなのでな。そして、私の目的は、我が伯爵家を任せるに値する人物を育てることにある。そこでこの縁談を申し込んだ次第だ」
「それは重々承知いたしております」
「結構。それで、我が子息との縁談の話なのだが……」
「「「えっ?」」」
私、父と母の声が重なります。
「ん?どうかしたか?」
「い、いえ。しかし、ご子息ですか?伯爵様ご本人ではなく?」
「はっはっはっ。流石に儂とその娘では年が離れすぎておるだろう。今回見合いをさせたいのは儂らの孫なのじゃが……。書状を見ておらなんだのか?」
見てなかったんですかね。
まぁ、私もてっきり伯爵様との縁談と思っていましたので、人のことは言えませんが。
「い、いえ……しかし、伯爵、お孫様と申しましても……」
父の疑問はもっともです。私も同じことを思いました。
セレーノ伯爵は妻も正妻一人、ご子息もお一人で、その息子夫婦も数年前、お孫様と共に事故でなくされていたはずです。
つまり、孫と呼べる人物は居ないはずですが……。
まさか、アンデッド化した孫とか言うオチでしょうか。もしくは隠し子?
どちらにしても、割りと大変なことなのですが。
一番有り得るところで、養子をとられたと言うところですが、正式にとられたという話は一切聞いたことがないのですが……。
「ふむ、その事か。なに、簡単なことだ。伯爵家にまつわる最近の噂は君たちは聞いているかな?」
噂?え?まさか、今回の相手って……。
「いえ。なにぶん我が領地は多忙で、社交界に出る間がなく、聞き及んでおりません」
「今回お見合いをして欲しいのは、儂らの孫……というか、孫の様に可愛がっている子でな。まだ内密の話だが、いずれ伯爵領を任せようと思っておる」
「皇都で警備隊を任されているようなのですよ。親馬鹿に聞こえるかと知れませんが、なかなか、将来有望な人物です」
おぉ!と父と母から感嘆の声が上がります。
叫びそうになるのをグッとこらえ、私は下を向きます。
顔をあげると顔に出てそうなので。
違います!違います!違います!
たぶんその人、警備の仕事じゃないです!
夜烏隊……セ・バスティアン公爵の直轄部隊のエリート公務員です!
ついでにいうとその人、今朝、『黒鉄の騎士』の皆様とギルドに来てました!既にお会いしています!あと、この度、神獣様の御付きになられたようです!おめでとうございます!
心の中で早口でそうセレーノ伯爵夫妻にツッコミを入れていると、不意に来客を告げるベルが鳴ります。
「失礼いたします。お連れ様がお見えになられました」
「おぉ!入っていただきなさい」
「かしこまりました」
そういうと、執事風の給仕は下がって行きました。
その後に続いて、一人の青年が入室してきます。
「失礼いたします!セレーノ伯様!不肖グレイ!ただいま参上いたしまし……た?」
「おぉ!グレイ!よく来たな。さ、そんなところに立っていないで入りなさい」
「は、はい!」
見事な敬礼で入室したグレイ様ですが、この状況に少し戸惑ったようです。
まぁ、セレーノ伯爵夫妻だけではなく、ハマー男爵夫妻もいて、かつ私もいますからね。
多分、私でも同じ状況なら、何事かと思うでしょうね。
「紹介しよう。こちらが我が伯爵家の跡取り候補の、グレイだ」
「グレイです!どうぞよろしくお願いいた……って跡取り!?ちょっと、セレーノ伯!?聞いてませんよ!?」
グレイ様、もう少し声を抑えましょう。
ここは貴族の食事の席なのですから。
でも、まぁ。気持ちはわからなくはないです。
(なぜか)続きます。
おかしいな?終わらなかった……。
12/14 ルビを追加
✕監督官→○教育官