5-1EX.教育官ティナ休憩前後
さて。
今日の朝食は何でしょう。
私達、ギルド職員は朝食はギルドからの支給があります。
宿舎と食事だけで大分生活が楽になります。
私のような新人にはすごくありがたいことです。
良い匂いが漂ってきました。
これはギルドが出すスープによく使われる香辛料の匂いですね。
数種類のハーブと木の実、小さな塩漬けの肉を使用した、少し濃いめの味のスープです。
好物……と言う訳ではありませんが、好きか嫌いかで言えば好きな味付けです。
と言うのも、私の育ったハマー男爵家ではここまで濃い味にはなりません。
ギルドでは冒険者に食事を提供するための酒場が併設されています。そこで出す料理がそのまま私たちの朝食になるのです。
冒険者の方々は濃い味付けがお好きみたいですから。
もう少し、上品な味になれば好物にもなるかもしれませんが贅沢は言えません。
とはいえ、食べられないほど不味いわけでもなく、狩りもせずに肉の入った料理が提供されていますから。
慣れればこれも味わいのある味です。
一般的に宿屋や食事屋で提供されている食事はその日の仕入れによって変化します。
宿屋ではメインを一から二種類程度とパン、スープが一種類。
食事屋では大体メイン三種類前後といったところでしょうか。
それもほとんどは、若干の味付けの変化を持たせた程度で、基本的に中身は同じようなものがほとんどです。
何十種類も料理を出すところもあるとは聞きますが、そういうところは食事屋というよりは料理人派遣を生業としている店舗の店員が、練習や市場調査のために作った商品として販売していたり、貴族を相手にするような料理人が構える店舗でのみと聞きます。
ギルドに併設されている酒場では、一種類のメインがせいぜいです。
そのメインすらも数はあまり残らないので、次の日の朝食にはこうしてごった煮にして提供されることが多いです。
パンすら少ない時は大麦の一種であるトラハ麦と稗、粟を混ぜて粥と呼ばれる料理にして提供されることもあります。
そういえば交易していたカムイ神国では米と呼ばれる穀物を混ぜるそうです。
あそこはこちらよりも温かく、寒暖差の大きい地域もあり、環境が豊富で様々な作物がとれるとのことでしたので、きっと私たちの知らない作物もいっぱいあることでしょう。
因みに、提供されている肉はその日によって様々なのですが、今日のお肉はウーマみたいです。ウーマのお肉は臭みも少ないのでこれでもかとハーブを使う必要はないのですが、やはりあるとないとでは、味の深みが違います。
私は添えられたパンを手に取ります。
ライ麦と小麦を混ぜたパンは実家にいたときより、堅めですがハブの実が使ってあるのか、程よい苦みがあります。
うん。おいしいです。
このパンをスープに浸して食べるとさらにおいしいのですが、このままでは食べにくいですね。
備えられているパン籠からパンを切るのに適したナイフを取ります。
……誰ですか?パン籠の中に果物ナイフや明らかにナイフとは違う包丁とか入っているのですが。
まぁ、いいでしょう。
パンを皿の上でサイコロ状に切りクルトンにします。
実はクルトンにするには一度焼き直した方がいいのですが、この堅いパンなら問題ありません。
うん、美味しいです。
あら?さっきヴィゴーレ様が抱えていた魔物さんですね?
ほんと、こうして見ると可愛らしいですね。
あの筋肉だる……じゃなかったヴィゴーレ様が連れているのが信じられませんね。
にゃーん。
小さく刻んだパンを小皿に取り分けて与えてあげます。
少し嗅いでから、前足でコロコロとかけらを皿の上で転がして、口に運びます。
あ、ちょっと苦かったみたいです。
この微妙な顔も可愛らしいです。
外からキャーキャーという女性達の声が聞こえ始めました。
はて?なんでしょう?
戸の先からヴィゴーレ様が出てきました。
と、その後ろから……。ガラハド様とグレイ様?あ、他の『黒鉄の騎士』の皆様もいらっしゃいますね。
ガラハド様はヴィゴーレ様の弟君で『紫煙の剣』のリーダーです。
単独で災害級、チームでもなんと二名で災害級です。いやはや、才能と言うのは恐ろしい。
あ、最近二名を加えられて、四名になられたのでしたね。
確か登録して半年の新人の方だったかと思いますが。
で、そんな方々がなぜ?
というか、ここ、職員施設なのですが。
係の人達は何をしているのでしょうか?
……と思いましたが、よく考えれば止められるわけありませんね。ギルド職員は腕っぷしが強い方ばかりではありませんから。
「ここにいたか。ほら、あっちにいくぞ。職員達の邪魔になる」
あ、この魔獣を探しに来たようですね。
しかし、このメンバーまるで国賓でも皇城迎えるようなメンバーではないですか。
もっとも、ヴィゴーレ様は貴族として迎えることは余りないのでしょうけど。
「お前よ~。遊びに行きたいのはわからなくはねぇが、ちょっとこっちの立場も考えて……」
「そうですよ。お願いですから黙っていなくならないでくださいよ!」
ガラハド様、グレイ様が続けます。
グレイ様、貴族がしゃべっている最中に話に割り込むのは流石にマナー違反だと思うのですが。
この辺りではそういうことは余りありませんが、王権の強い国だと刑に服することになりますよ?
しかも、こんな可愛らしい魔物を相手に涙目で本気で訴えています。何が彼をそこまでさせるのでしょうか。
まさか、本当に国賓なのでしょうか。
にゃー!にゃー!にゃー!
魔物さんが何かに抗議するように八人に、対して鳴いていますが何を言いたいのかさっぱりです。
怒っているであろう姿もかわいいです。
「あの、皆様すみません。ここは職員用施設ですので……」
「すみません。すぐ出ていきますので」
などと言うのはフィリオ様。
『黒鉄の騎士』の参謀で準貴族出身。
つまり、偉い人です。
えぇ……なんですかこの状況は。
暫くジタバタとヴィゴーレ様の腕の中でもがいていた魔物は諦めたのかおとなしくなりました。
ちょっとシュンとした姿も可愛らしいです。
カランカランカラン!
おっと残念ながら時間のようです。
朝食の時間の終了を告げる鐘が鳴りました。
もう少しこの可愛らしい生物を見ていたいのですが。
仕方ありません。
と思ったのですが。
「なんで、皆様がぁ!」
思わず叫んでしまいました。
『黒鉄の騎士』の四名様。『紫煙の剣』のガラハド様。皇都のエリート親衛隊『夜烏隊』のグレイ様。
え、ナニコレ。超怖い。
なぜ私はこのメンバーの中、講習をしているのでしょうか。
ガラハド様がずいぶん疲れた様子ですが……。
「あの?ガラハド様?」
「あぁ、気にしないでくれ……。ちょっと兄弟の付き合いってやつを……」
「まったく、だらしないな。あの程度の戦闘でへばるとは」
「ヴィゴーレ。装備を付けた状態であなたが戦闘をすれば、それは『一般的』にはへばっても仕方ないことですよ」
「お前はついて来れるじゃないか」
「まぁ、あのくらいはできないと天災級の冒険者はできませんから」
は?え、ちょっと意味が分かりません。
なんですか、この人たち戦闘訓練でもしていたのでしょうか。
ガラハド様とグレイ様が妙にボロボロなのですが。
ま、まぁご兄弟ですし、いろいろありますよね。うん。
そんなことより、ヴィゴーレ様の腕の中で、むふぅーといった感じでいる魔物ちゃんが可愛いです。
「さ、さて。それでは休憩も終わりましたので続きを始めさせていただきますね。この部では、各ギルドの役割についてお話します。これを履修すると、皆様は晴れて冒険者としてお仕事することができます」
「各ギルド?どういうことでしょう?」
「皆さん、ギルドというのはそもそも何か知っていますか?」
「冒険者相互協力組合のことです」
うーん。おしい。残念ながら少し違います。
とはいえ、これは仕方のないことです。ギルドといえば冒険者相互協力組合というのは広く知れ渡っています。勘違いするのも無理はないですね。
「確かにこの世で一番最初のギルドは冒険者相互協力組合です。しかし、その後そのシステムを活用した様々なギルドが各地域で作られました。今では吸収・合併・分裂を繰り返し、様々なギルドが国際組織として成立しています。代表的なものをいくつがご紹介しましょう」
私は黒板をむき、いくつか字を書き込みます。
「『冒険者相互協力組合』
『西アレイシア地方ギルド』
『水運商会』
『商人協会』
『魔術師共同体』
『都市間連絡協会』
『職人協会』
これらは全てギルドと呼ばれる存在ですね。単にギルドと呼称した場合は冒険者相互協力組合を差しますが、例えば商人協会であれば商人ギルドと言ったように簡略化した呼び方が定着しています」
「つまり、一口にギルドと言っても色々あるということですか?」
「その通りです」
「それが、冒険者としてやっていく上でどう関係があるのだ?」
オリバー家の方がそういうと、今度は朝指名した青年の方が答えました。
「つまり、教官は同じギルドと呼ばれている人達からの依頼であってもその性質は全く違う、と言いたいのでは?」
お、今度は青年が正しい意見を言いましたね。
「その通りです。商人には商人の、職人には職人の、そして冒険者には冒険者の流儀や慣習があります。それらを踏まえた上で、我々は行動しなくてはなりません」
「具体的にはどの様なことでしょう?」
「例えば職人ギルドからの依頼というの普通には買えない状態の素材を持ち込んで欲しいという、依頼が多いです。ギルドは基本的にどんな状態の素材でも査定して買い取りし、それを商人ギルドや貴族、一般人に販売を行います。しかしそうして、できた商品は販売用にいくつかの加工がなされていたり、中間のギルドを通して高額になっている場合があります。
毛皮をそのまま売るよりも加工して革にするなり、裁断して分け売りしたほうが儲かる場合もありますからね。しかし、職人としては剥ぎ取り前の素材が欲しいこともあります。そういったときにはギルドを通した依頼になるのですが、普段ギルドに持ち込んでいる感覚で持ち込むと失敗になってしまう場合もあります。
例を挙げるなら、ウェアタイガーなどがよく上がりますね」
ウェアタイガーは魔物としては強い部類なのですが、その毛皮や爪、牙などには特殊な効果はなく、より下位の魔物の方が利用価値が高いです。
しかし、そんなウェアタイガーにも利用価値が出て高額になることがあります。
それは装飾に使う時です。
毛皮すべてを丸々一つ、そのまま加工した絨毯は非常に高価な値段で取引されています。
元が強い部類の魔物です。
威厳と力を示すにはいい装飾品なんですが、傷ついたり、分割したりしてしまうと価値がガクンと落ちてしまうのです。
ギルドに買取に出すと雑多な毛皮と一緒に処理されるので少々分割してあっても大丈夫ですが、職人ギルドからの依頼はほとんど、一匹丸々綺麗な状態持ってきてくれということが多いですね。
「依頼を受けた際に、どういう状態で依頼品を提出してほしいなどの指定はあるのでしょうか?」
「もちろんです。しかし、習慣などによりその辺りを省く商人や職人もいるので、皆様からもきちんと確認しておくことも重要になってきますので、十分お気を付けください」
「「わかりました」」
「また、商売をするのであれば『商人協会』、何らかの生産職を目指すのであれば『職人協会』など、ギルドに加盟していたほうが何かと便利ですので、登録をお勧めします」
「ちなみに、同行者の皆様はどのくらいギルドに加入しているのでしょうか?」
「俺は『冒険者相互協力組合』『西アレイシア地方ギルド』だけだな」
「私はそれに加えて『商人協会』ですね。パーティーで得た素材や商人経由で売却する際に使用しています」
「私はヴィゴーレと一緒ね。売却とかはフィリオに任せてるし」
「私は加えて魔術師共同体ですね。そちら経由で依頼があることとあります。人脈作りは大切ですから」
「俺も兄貴と一緒だな。細かいことは相棒に任せてるからな」
と言うのは順にヴィゴーレ様、フィリオ様、ロティ様、テルミス様、そしてガラハド様です。
皆様、必要最小限なのですね。
「ちなみにですが、ギルドには各ギルドそれぞれに報酬硬貨や期限に特徴がありますので、依頼を受ける際は必ず確認する様にしてください。また、地域が変われば別地域のギルド何てものもありますので、それぞれ特徴を把握して入会することをおすすめします。なお、このギルドの初心者講習は一度受ければ、全ての地域冒険者ギルドでは免除されますが、職人ギルドや商人ギルドなどでは再度受け直す必要がありますのでご注意ください。また、初心者講習が受けれないと言うことは、その地域で当たり前とされている常識が入手しづらい、ということですのでそちらもご注意ください」
「地域ギルドの初心者講習を受けたいと思った場合はどうすればよいのですか?」
「各ギルドの受け付けに申し出れば数日以内に手配してもらえるでしょう」
「なるほど」
「他にご質問はありますか?」
私の問に手は上がりませんでした。
なので、マニュアル通り、ここで早めに区切ってしまい、実践講義の教官へとバトンタッチしようかと思います。
「では、つづきまして、実践の教官を呼んできます。皆様はこちらでそのままお待ちください」
そう、皆に伝えて、私は教室をあとにしました。
「……っ、緊張したぁ~」
実践の教官に声をかけてから、自分の机に突っ伏します。初の講座でしたがうまくやれたでしょうか?
そんな私の肩を叩いてくる人が居ました。
「おつかれ~、ティナ。どうだった?初めての講座は?」
「あぁ。ミア。疲れましたよ。全く」
彼女はミア。
私の同期では結構仲のいい娘です。
もっとも、彼女の担当は査定なので、あまり私と直接かかわることはありません。
こうして休憩や仕事の上り時間が被ったときくらいですかね。
上りの時間も違うので、まだ食事とかには行ったことないです。
査定を担当している部署は割と遅くまで仕事してる印象なんですよねぇ。
同期四人の中では、一番真面目に仕事している気がします。
同期はみんな、教育監、査定係、受付係、資料係とバラバラの配属なんですよね。
あ、同期と言っても、入った日は三か月ほどの間にバラバラに入ったんですが。
「そもそもなんであんな方々が……」
そう愚痴ると、彼女は納得したように、苦笑いし答えました。
「……あぁ、そうよねぇ。あれは反則だと思うわ」
「そうよねぇ」
天災級四人に、災害級一人、エリート兵士一人ですからね。
本当、なんだったんでしょう、あのメンバー。
「あー、いたいた!もー!なんでこんなに早く終わってるのよ」
「あれ、フィルア?どうしたの?」
「……仕事が終わったなら、教えて。探すのがめんどくさいわ」
「レイアまで。どうしたのよ?」
彼女たちはウィンディアのフィルアとエルフのレイア。私の同期の残り二人です。
それぞれ、受付と資料を担当しています。
「ティナちゃんにお手紙が届いてますよ!」
ジャン!といった感じで両手で自慢げに私に差し出します。
「なんでそんなに自慢げなのよ」
ミアが若干あきれたように問います。
「元気が私の取柄です!」
「元気っていうかおば……もとい、マイペースよね」
レイアがツッコミを入れます。
こんな感じで、まぁ、いい関係を築いていると思います。
はぁ、と息を吐き、フィルアにありがとうと伝えて、手紙を受け取ります。
裏の宛名を見て、おもわず手紙を取り落としそうになりました。
「ん?どうしたの?」
「ティナ、顔色が悪いわ。医務室に行く?」
「大丈夫ですか?ティナちゃん?」
そこには私の家で使っている蹄と月の印証。それは『至急』と、『命令』を告げる暗号が書かれていたのです。
12/1
今更ながら誤字報告という機能に気づきました。
報告いただいた皆様、ありがとうございます。
12/2
章のタイトルが一つ前の旧タイトルになっていましたので修正しました。
一つ前も修正予定です。(プロットが大幅に変わってしまったので)