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3-10EX_転生者グレイ・ハマー

 僕の名前はグレイ・ハマー。

 グレイというのはこの世界ではよくある名前だ。

 苗字は持っているが、あまり馴染めていない。


 昨年、15歳の成人を迎え、領主様……セレーノ伯爵様の三か月の兵役義務を終え、今年から王城で働くこととなった。

 普通なら農村育ちの僕が王城で働くなんてできないんだけど、セレーノ伯爵様のご厚意で、推薦していただくことができた。

 本当に、何から何まであの方には頭が上がらない。


 セレーノ伯爵というのはシャトワの町のから東に数キロ歩いたところにあるモンガの村とそこから更に数キロ東にあるセレーノの町を治める貴族様だ。何でも僕の父は元貴族の六男で男爵位の貴族の家系だったそうだ。今は、兄がハマー男爵を継ぎ、自由の身になって冒険者として各地を巡って居た頃、母と出会い、結婚して僕が生まれた。

 母の妊娠中に実家のあるハマー男爵領に帰ろうとしたが疎まれる可能性があったので遠縁であったセレーノ伯爵を頼りモンガの村に住居を構えた。その頃村では狼の魔獣の被害が多発しており、それを冒険者として解決する報酬として居住権を頂いたそうだ。

 セレーノ伯爵の父の弟の家系らしく、遠縁としてえらく親切にしてくれた。

 セレーノ伯爵夫婦は昔、子供と孫を悲惨な事故で亡くされており、もしかしたら、僕にその面影を見ていたのかもしれない。

 そんなこんなで、セレーノ伯爵の紹介をいただくことが出来たのだった。推薦枠になるので、少しだけ他の兵士たちよりも待遇が良いこともポイントが高い。これで父たちへ仕送りもできることだろう。





 僕は他の人たちとは少し違う。

 前世の記憶を持った……いわゆる転生者というやつだ。

 正確には転移者予定だった転生者。

 名前は田中太郎。

 転移するときに事故で転移ではなく転生になってしまった。

 まぁ、あれは僕も悪かったと思う。

 僕は昔からアンラッキーなラッキーボーイとか言う、不名誉な渾名をつけられて来た。例えば、走って躓けば女性の胸に飛び込んでしまったり、犬に吠えられて驚いて河川敷に落ちたら誰かが無くした財布を拾って感謝されたり。電車のなかで急ブレーキでバランスを崩し女子高生に覆い被されば、結果として女子高生を痴漢被害から救って感謝状を貰ったり、強風で手に持ったものを落として拾おうとしたら、クラスの女子がバランスを崩して顔の上に覆い被さってきたり……。

 所謂、ラッキースケベ的な展開によく遭遇してしまう。

 今回もそんな感じだった。

 思い出すのも嫌なのだけど、転移させます、とか女神様が言って、じゃあ頑張ってと勝手に送られようとしたとき、慌てて躓いて僕のとなりに居た異世界から現代に転移する予定のいかにも貴族っぽい女性の胸を思いっきり鷲掴みにしてしまった。

 その事で謝る暇もなく女性から殴られて死んでしまったらしい。

 なので、転生者として異世界に送り込まれてしまったのだ。

 ……ひどくない?


 転生と転移の大きな違いは現代の姿のままか、産まれるところからの違いらしいが、僕は赤ん坊からのスタートとなってしまった。


 赤ん坊から意識があると言うのは中々にキツいもので、トイレも食事も一人では儘ならない。

 食事では母乳を貰ったり離乳後は食べさせて貰ったり、オムツを変えてもらい、たまに沸かした湯の残りで体を拭いてもらう。そんな生活を高校生としての意識が残っているまま5年続けた。精神が削れる。

 何よりもきつかったのは両親が、所謂、夜の運動をするときだ。赤ん坊なんだからそりゃ、両親のそばで寝るよね。

 転生者って、前の世界のマンガやアニメだと途中から意識が覚醒するパターンが多いけど、あれはこれを回避するためだったんだな。納得。


 5歳になった僕は勉強や剣術、家の手伝いをするようになった。

 両親の夜の成果か、弟と二人の妹もでき、家族が増えた為、僕も稼がなければいけないと思い始めていた。両親はまだ早いとは言ってくれたが、中身は高校生から五年経っている。甘えてばかりも居られない。

 勉強は狩りや採取を中心に、罠や魔物の勉強をした。剣は父に教えてもらった。家の手伝いでは畑仕事を中心に、たまにご近所さんや領主様の畜産や狩り、採取を手伝った。

 前世からの趣味だった釣りもこの頃は毎日行っていた。


 せっかく剣と魔法のファンタジーの世界に来たのだから魔法を使ってみたかったが、僕には魔法の才能はなかったようだ。

 というのも、この世界の魔法は詠唱が必要なのだが、詠唱と言うのはただ唱えれば使えると言うわけではない。

 詠唱はあくまで補佐的な扱いで、魔力の練り方や、魔力が魔法に至る複雑な段階を詠唱と結び付ける。

 これができなければ魔法は使えない。

 一部例外もあるが、これが魔法の基本となる。

 異世界ものでよくある自分のステータスを確認する魔法は魔法のなかでも初歩的な『基礎魔法』に当たるらしく、これの系統が使えないと魔法を使うことは絶望的と言ってもいい。

 幸い、レベルだけはある程度の寄付を行うと冒険者ギルドで個室で対応してくれる。値段も良心的な価格だ。

 ステータスの確認は他人にかけることができないらしく、自分からしゃべらない限りは他人に知られることは少ない。

 例外がないわけではないが、基本的にはそんな魔法や、スキルは存在していないそうだ。

 例外はそんな世界の法則を覆せる程強力なスキル。神話の英雄アレクシスや魔王級の使用していた『鑑定の魔眼』や『神託』『探求者の魔眼』などだ。それでも、レベルやステータス、所持スキルがわかる程度の物らしい。中には名前だけでは効果がわからないようなスキルもあり、有効性は少ない。

 そんななか、僕が12歳になった春、父が冒険者ギルドへ連れていってくれて、ステータス確認を行うことができた。


 名前『グレイ・ハマー』

 種族『人間』

 レベル『2』

『剣術』

『農業』

『家事』

『料理』

『釣り』

『幸運』

『対雑魚集団戦』

『処刑人』

『九死に一生』

『死亡フラグ』


 こんな感じた。

『死亡フラグ』に至ってはスキルかどうかすらわからない。

 たぶんこの内のいくつかは女神様が転生の際に授けてくれたスキルなのだろうけど、効果がわからないのではどうしようもない。(そんなことを転生したときに言われた気がする)

 しかもあれだけ頑張ったのにレベルはたったの2なのだ。これは他の同年代の子供より低い。

 正直、凹む。

 これ以来、僕は少しだけ悩むようになってしまった。

 父の稽古は厳しく、家の仕事もいくらでもあったため悩む時間が少なかったのが幸いして、長く悩むことはなかった。どうにでもなるさ、と思えるようになったのだ。



 そして、15歳の夏。僕はセレーノ伯爵にお礼を言ってから、皇都へと旅立った。

 皇都では、セレーノ伯爵と同じく、15歳の春に3か月間、兵役義務がある。

 これは、皇族直轄領の学園が、16歳で卒業となるかららしい。

 卒業前に国を守る兵士の体験をさせることで、志願する人数を少しでも増やしたい思惑もあるようだ。

 ちなみにこの徴兵義務は領地によって様々変わる。

 兵役義務が長い地域もあれば、短い代わりに税が高かったりと様々な形態がある。

 皇族直轄領やセレーノ伯爵領はかなり短い方だ。

 代わりに志願兵制度があり、兵士の質・士気共に高いらしい。

 もちろん、徴兵を行うこともあるが、普段からの善政のおかげか、あまり不満が出ることはないらしい。

 封建制度って難しいな。


 皇都に来た僕は、セレーノ伯爵の紹介状を持参して、志願兵になるべく、王城の募集を行っている部屋に来た。

 手続きは割とあっさり終わった。

 時間にして10分くらい。

 紹介状様様だ。




 皇都の兵士になって約半年が過ぎたころ、僕は友人と飲み屋に来ていた。

「でよー、その冒険者っていうのがすっごい美人でさ。しかも強いときたもんだ!あんな女、ほかにいねぇよ。絶対」

「ふーん?それで?その彼女はどうしたんだよ?」

「……ぼっこぼこにされて、逃げられました」

 がっくりとうなだれて彼が言う。


 彼の名はオットマン。

 皇都の兵士になってから知り合った友人で、今ではこうして飲みに出かけるくらいはするようになった友人だ。

 持ち前の容姿と口の上手さで、女性からの人気も高い。

 剣術や魔術なにをやってもうまくこなし、さらには情報屋かと思うほど、いろいろな情報に精通している。

 僕も何度か先物取引で儲けさせてもらった。

 ただし、酒に弱いのが難点だ。


「だーかーらー、いい女だったんだって」

 もう何回目だろうか。

 ナンパして玉砕した女性がよほどお気に入りだったらしい。

「ほんとうに、いい女でさぁー」

 先ほどから『いい女だった』しかいってない。

「ほら、飲みすぎだ。もうこれはお預け」

「あー!ヤりたかった!」

「変なこと口走るな!」

 ちなみに僕たちが飲んでいたのは安物のエールと蜂蜜酒。

 この世界では16歳で成人なので薄めていない酒を飲むことは16歳から許されている。

 皇都周辺ではきれいな水が大量に手に入るので、中世ヨーロッパのようにお酒か白湯しか飲むものがない、ということはない。

 おかげで、子供でも健康に過ごすことができる。

 ただ、飲もうと思ったら飲めないわけではない。

 白湯とお酒で5:5で割るか、アルコールを抜く魔法を使用したあとの酒であれば飲むことができる。

 ここら辺はやはり異世界なんだろうなと思う。




 年が明けて16歳の春になったころ、僕と友人は王城の警邏兵となっていた。

 階級的には一般兵から少しだけ毛が生えた程度。

 ただ、将来的には王族付きの兵士や近衛兵だって目指せる出世コースだ。

 今までよりもっと頑張らないと。

 僕は紹介状の力で、友人は実力でなった。

 なんか申し訳ない……。


 警邏兵になってすぐに夜勤隊へと配属された。その名も『夜烏隊(よがらすたい)』。

 夜烏隊は全員が夜勤をするわけではなく、夜間の警備の中で寝所の護衛や、使用人たちの生活空間の警護を主な任務とする、通常兵の夜勤より一ランク重要度の高い仕事が割り振られる。

 夜烏隊の半分は夜勤、もう半分は日勤となり、ほかの兵士より厳しい仕事だが、その分、給金がいい。夜勤を一週間もこなせば、夜間の仕事にも慣れてくるので比較的割のいい仕事だとは思う。

 さらに部隊には専用の帯が配られる。

 ちょっとした優越感だ。


 そんな部隊に配属されて3週間後、夜勤をしていたある夜。

 命じられた古い蔵の警備に、友人と当たっていた。


「なぁ、いったいこんなに大量になに運び込んでるんだ?」

 大量の木箱を運び込む別部隊を見ながら、僕は素朴な疑問を友人に投げかけた。

「なんだ、しらねぇのか。あれは鬼殺しって言うポーションだよ」

「鬼殺し?」

「レベルアップポーションの別称だそうだ」

 レベルに悩んでいる僕にとってはすごく魅力的な名前のポーションだ。

「へぇー。なんかワクワクする名前のポーションじゃねぇか」

「だろ?」

「で?何でそのポーションがこんな馬鹿みたいに運び込まれてるんだ?」

「そりゃお前、隊長の命令だからだろ」

「いや、そうじゃなくてなんで隊長はこんな命令をしたかってことを聞きたいんだが」

「馬鹿野郎!そんなこと俺が知るわけないじゃねぇか!」

「だよなぁー」

 知らないのか。だが、こいつがそんな情報しか知らないなんてことはないだろう。

 ちょっと、カマをかけてみよう。

「で?実際のところは?」

「へっへっへっ。よくわかったな。実は俺も情報貰ってんのよ。何でも今回のこれは隊長発案じゃねぇらしいのよ」

 やっぱり、続きがあったか。

「へぇ~。じゃぁ、誰の発案なんだ?」

「それが分からねぇのよ。ただかなり上の方だってことは分かってるんだが」

「上の方?まさか姫様とか?」

「ないない。姫様はお二人とも軍事とか興味ねぇだろ。詳しくはしらねぇが、ドメイン伯爵のご命令だそうだ」

「ドメイン伯爵って…あの権力馬鹿の?」

 思わず、彼の印象をそのまま口走ってしまっていた。

 ドメイン伯爵っていえば、皇国内でも有名な権力馬鹿。

「しーっ!声がでかい!お偉方に聞かれたらどうする!?死にたいのか!ともかく、何か軍事活動をするためにここに集めてるらしいって事を聞いたのよ」

「うわぁー。やな事聞いたわ」

 聞かなかったことにしよう。

 僕たちは何も知らなかった、聞かなかった。

「まぁ、お互い忘れたほうが身の為こった」

「…そうする。お前も余計なことに首を突っ込むなよ。相棒」

「あいよ。…相棒」


「おーい。交代の時間だ」

「お、助かるよ」

 あれ?こんな奴ら、夜烏隊にいたっけか?

 別の部隊からの応援かな。





 それから数日。

 その日は昼勤だった。

 夜になり、明日に備えて眠ろうとしていた時、緊急を知らせる鐘が夜烏隊の宿舎に鳴り響いた。

 僕たちは夜烏隊。

 日勤であっても緊急にはすぐに対応できるように訓練を受けている。

 僕たちは隊長に従って、王城へと足を踏み入れた。


 王城では皇女様付の執事長であるバスティアン様が兵士と戦っていた。

「む。夜烏隊か」

「は!遅れて申し訳ございません!閣下!」

「閣下はよしてくれ。バスティアンでよい。お主等の同僚がなんとか敵の進行を食い止めておる。儂はそちらの応援に向かう。お主等は姫様たちの護衛を頼む」

「承知いたしました!ご武運を!」

 バスティアン様が身を翻して王城の入口へ向かう。

 僕たちは姫様たちを護衛すべく、王城の奥へと進んでいった。



 僕たちがたどり着いたとき、まだ、陛下たちの寝所には敵の兵はたどり着いていなかった。

 よかった。

 だが、姫様たちが心配だ。

 僕は他の同僚に姫様たちを頼み、ここの守護をすることにした。

 同僚たちを見送り、警戒すべく周囲を観察したその時、突然、陛下たちの寝所のドアに大量の蔦が絡みつき、扉を塞いでしまった。

「だれだ!」

 僕は振り向いた。思いっきり、体ごと。

 それがまずかった。

 僕の手は乱入者の一部へと吸い込まれていった。


 気づいたら床に寝そべっていた。

 そして、美女に踏まれていた。

 短いヒールでこう、頬をぐりぐりと。

 美女はすっごい怖い顔をしている。

 そのあまりの迫力に思わず二回目の気絶をする僕であった。




 鼻先をくすぐられたような感覚や、頬をぺちぺちとする感覚で目が覚めた。

 次の瞬間、とてつもない恐怖がよみがえってきた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!すみ、すみません!!…………って()()?」

 思わず謝ってしまった。しかし、僕の目の前には予想外にかわいい存在がいた。

 猫だ。

 この世界に来てから始めて見た。

 癒されるなぁ。




 その後、格段の処分もなく、僕は再び隊へと戻ることができた。

 まぁ、よく考えたら、緊急事態だったし?

 確かに女性の胸は揉んでしまったけども、そもそも緊急事態の王城に不法侵入してきた人物だし?

 僕が責められるのもなんか納得がいかないっていうか?

 ってかそんなことよりちょっと気になってることがあるんだ。


「おい、オットマン。ちょっと聞きたいことがある」

「ん?なんだ」

「お前、俺と倉庫の警備をしてた日と、城に公爵連合が責めてきた日、僕に何か隠し事がないか?」

「ぎくぅ!?」

 よし、オットマンちょっとゆっくりと話そうか。


 僕はオットマンを引きずって宿舎の僕に割り当てられた部屋へと連行した。

 奴の隠し持っていたワインを没収し、たっぷりと聞かせてもらうこととしよう。

別のタイミングで出せるようにちまちまメモしていたものをここで出すことにしました。

オットマンは美少女ゲームの友人的ポジションを想定してデザインしています。

ポーション事件の日にオットマンの口調が少し違うのは、普段は手に入らない高級ワインを飲んで出勤していたから。公爵の反乱の日は日勤だったので飲みに繰り出しています。


転移者、転生者にはそれぞれ昔話などをモチーフにしています。

グレイ君のモチーフはまたいずれ話が進んだら。


3/19 追加

すみません。スキルが一つ抜けていました。

『幸運』を追加しました。

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