3-10_医務室にて
「きゅぅ……」
俺の眼下で、エルフ侍の妹、リヴィアーデが目を回して倒れている。
時おり優しく吹く風が、薄いカーテンを揺らし、シャルロッテさんの庭園から風にのせて花の香りを運んできてくれる。そして、暖かな陽光が俺を眠気へと誘ってくれる。
え?ここはどこかって?
お城の医務室。
窓はシャルロッテさんの庭園の程近くにあって、静かでいい場所よ。
え?戦いはどうしたのかって?それはあれだ。
リヴィアーデさんの自爆。
魔力の使い過ぎによる、身体的疲労からの自分の魔法に巻き込まれて高く舞い上げられてしまったんだ。
幸い、俺が魔法を無力化した上で俺の上に落ちてきたので大きな怪我もない。
まぁ、勝負はうやむやにはなったが、結果にはある程度満足だ。レベルだけじゃないんだな。この世界。
こうしてベッドのヘッドボードで丸まっていると、小鳥が二羽ほど俺の尻尾にまとわりついてくる。
おもちゃかなにかと勘違いしてるんじゃないかな?
ちょっと鬱陶しいけど、相手をするのはちょっとめんどくさいから、尻尾を少し動かして追い払おうとすると、ちょっとだけ離れてまた寄っては尻尾にまとわりついてくる。あまつさえ、俺の体に乗ったり、顔のそばまで来たりする。そんなことしてると食われても知らんぞ。
あぁ、もういいや。好きにさせとこう。
そんなことより、超眠い。
春眠なんとやらだ。
今が春かどうかなんて知らないが。
などと、優雅な午後を過ごしていると、バタン!ドタドタと大きな音を立てて誰かが医務室までやって来る音が聞こえた。
この匂いは……マリアゲルテさんか。
扉を張り開けてマリアゲルテさんが医務室に入ってきた。
「アレクシス!試合をしましょう!おっ!?」
言った瞬間、後ろから来たじぃやさんがに首根っこを捕まれてしまった。
「マリアゲルテ様、怪我人の前ですのでご自重ください」
そのまま強制退場させられてしまった。
何がしたかったんだ……。
あーぁ。小鳥たちもビックリして逃げちゃったじゃないか。せっかく優雅な午後を過ごして……。
バタン!!
再び扉が乱暴に開かれた。
今度は誰だ?
ここは医務室だって言うのに。
「おぅ!ここにいたのか!アレクシスっつったか?」
「ちょっと!ガラハド!ここは医務室よ!静かにしなさい!」
ガラハドとアマンダさんだった。
珍し……くもないか。二人とも公爵の子供だったしな。
「いいじゃねぇか。細かいことは」
「細かくないから言ってるの!」
この二人、いいコンビなのかもしれない。
「それにしても、アマンダ、なんだその妙な格好……グハッ!!」
アマンダさんの見事なボディブロウが決まった。こいつ、シノンさんにも殴られてたろ。学習しないな。いや、学習しないからシノンさんにも殴られてたのか。
「格好のことはどうでもいいでしょ!」
アマンダさん、落ち着け。
しかし、まだそのエロメイドの衣装だったのか。すぐ着替えたかと思ったが。
「どうでもよくないぞ。すごく魅力的な衣装だ」
「なっ!?」
うずくまったままガラハドが妙に渋い声で答えた。
「なっ……ななななっ!?何を言って……!?」
おぉ、ガラハドが口説いてる。
「シノンにも着せてやりたいから譲ってくれ!」
「は?」
おい、ガラハド。それはねぇわ。
「その衣装で夜を過ごせばさぞいい夢が……」
ガラハド、そのへんにしとけ。死ぬぞお前。ほら、アマンダさん顔を伏せてるけど、起こってるぞ。
なんとか神拳とか使えそうな程、オーラが見えてる。……気がする。
ドゴッ!!
鈍い音と共にガラハドが倒れた。アマンダさんの腹パンが炸裂したのだ。
まぁそうなるわな。
ガラハドは声もあげれずに悶絶している。
「ちょっと!二人とも!ここで喧嘩は良くないよ」
「そうだぞ。アマンダも、もうそれくらいにしておきなさい」
新しく二人がリングインしてきた。
アマンダさんの兄のロウフィスと魔法部隊に所属していたヘンリーの二人だ。
ヘンリーも公爵の息子のはずなんだが、他と比べていまいち影が薄い気がする。てか普段どこで何してるのか知らない。魔法兵と言うことは知っているんだが……。
「兄上。それにヘンリーも」
「ヘンリー、すまないがとりあえずガラハドに回復魔法をかけてくれないかい?」
「はいはい。ほらガラハド」
ヘンリーは回復魔法が使えるのか。
「光よ。我が祈りを届けたまえ。彼の者の身体に一条の安らぎを。ヒール」
そういえばメイドのリリアーノさんが回復魔法には『修復』と『代謝活性』があるっていってたっけ。
ヘンリーはどっちなんだろうか?
分析を使用してみるか。
ガラハドの腹にてをかざしているヘンリーに分析を使ってみた。
名称『ヒール』
分類『回復魔法(光属性・修復)』
説明『人族の使う身体的損傷や怪我を治す魔法の体系の一つ。怪我を魔素で補って壊れた細胞や筋肉などの器官を補う為、被術者の身体にも負担が大きい。痛覚を遮断することで完治までの一時の間、痛みもなく施術を受けられることから幅広い職業に利用されているが施術出来るものはそう多くはない』
光魔法の回復なのか。
まぁ、個人的イメージでは普通の魔法とは別系統魔法で神官や僧侶とかが使う光魔法や奇跡ってイメージなのだが。
よく考えればこの魔法ってどういう理屈なんだろう?
魔素とかって言葉はよく見るが。
そう考えてみればスキルも謎だ。あの女神が言うには俺の居た世界とこの世界は女神が作った世界とかいってたな。
では、俺の世界ではなぜこのスキルはないんだ?
スキルといえば、俺の世界では習得技術のことを指す言葉だ。
俺はゲームでもこの言葉を使うことには違和感があったんだが、見ていた作品でも多いのは、『スキルがあるから使える』という設定だ。
この世界でもそんな感じっぽい。
どうも、現代にいると『使えるレベルまで習得したからスキルとして公言できる』って感じがするんだけどな。
まぁ、今度その辺のことも女神に聞いてみるか。
今はともかく魔素ってやつが何なのか調べてみるか。
名称『魔素』
分類『元素』
説明『魔法を使うために使用される自然界の元素の一つ。魔力の元』
説明それだけ!?
まてまてまてまて。さんざん袋とか素材とかいろいろ余計なもの表示してたのに魔素に関する情報これだけ!?
あの女神適当に作ったんじゃあるまいな。
鑑定の魔眼がベルが低いとか?
あ、いやでもEX+だっけか。
あれ?鑑定の魔眼って鑑定できるんだろうか?
ちょっと試してみよう。
名称『鑑定の魔眼(EX+)』
分類『スキル』
説明『物質、概念などあらゆるものを鑑定する魔眼を使用するスキル。魔眼とスキルを所持して初めて使用できる。物質、概念のうち人智定理に登録されている情報を引き出すことができる。神理定理の情報は引き出せない』
人智定理?
また新しい言葉が出てきた。
めんどくさいなぁ。
名称『人智定理』
分類『概念』
説明『 』
ここにきて説明文に何もないのが出てきた。
めんどくさいなぁ。よし、今度女神に聞いてみよう。うん。そうしよう。
で、そんなこんな考えていたら、ガラハドが復活してきた。
「いってぇじゃねぇか!アマンダ!何しやがる!」
「うるさい!バカ!」
「まぁまぁ、二人ともいったん落ち着いて」
「アマンダ!少し静かにしなさい」
「……すまない、少し開けてくれ」
和気藹々と喧嘩している?4人の後ろからさらに筋骨隆々の男が現れた。
『黒鉄の騎士』のヴィゴーレだったか。
「あ、兄貴……」
彼はガラハドたちを押しのけてヴィゴーレが俺の前に歩み出た。
うーん。マッチョ。歴戦の戦士を思わせる筋肉が俺の前にある。
でかいし、マッチョだし。見上げてるとちょっと恐怖すら感じる。
「お前がアレクシスか」
怖い!俺より位置が高いせいで見下ろす形になっているため、必然的に睨まれているように錯覚する。いや、睨まれているのか。
にゃー。
とりあえず、かわいい無害アピールをしておく。
瞬間、ヴィゴーレから圧力のようなものを感じた。
まぁ、ステータス差のおかげかレベル差のおかげか、はたまたスキルレベルが低いのか。残念ながら見た目ほど怖くはない。
「俺の『威圧』にも耐えるか。どうやら間違いないようだな」
ん?威圧?発動してたのか。
よく見ればヘンリーは腰を抜かしてへたり込んでるな。
ほかの三人もへたり込んでこそいないが、腰が引けてるな。
『威圧』えっぐいな。
だが、なんでこの男は俺を威圧してきたんだろう?
まさかこいつも俺と戦いとかバトルジャンキーみたいなこと言うんじゃないだろうな。
「俺と戦え」
まさかだった。
めんどくさいな全く。
なんだ、この国の人間は戦いたがりのバトルジャンキーしかいないのか?
にゃー。
鳴き声で全力で媚びを売る。
ふっ。俺の(見た目の)可愛らしさに見事騙されるがいい!
「なんだ?何が言いたい」
駄目だった!筋肉マッチョマンにはこの可愛さも通じないのか!
「あの……」
ん?この声は……。
「耳元でごちゃごちゃごちゃごちゃとされると、回復に支障をきたすのですが」
リヴィアーデ起きたのか!
「ん?起きたのか。エルフ」
「ハイ。まさか魔力切れを起こしてしまうとは。まだまだ修練が足りませんね」
「気にすることはない。今回は相手が悪かったと思うべきだな」
「相手……、そうだ!あのお方は……!」
にゃー。
とりあえず、存在アピール。
その瞬間、はじかれたように彼女が飛び起きた。
「先ほどは大変失礼いたしました!アレクシス様!」
そこからの流れるようにきれいな土下座。見事すぎる。
「失礼とは存じますが!私の首でも身体でも、好きにしていただいて構いません!何卒、何卒お力添えいただきますよう!」
ん?話が見えてこない。
「おい、エルフどういうことだ?何があった?」
「あなたは……『天災級』冒険者の……」
「俺のことはどうでもいい。今はそちらのことだ」
なんだが勝手に話が進んでくれている。まぁ、いいか。
「……私の里の西にある祠の周りの森から、先日とんでもない瘴気と共に森の木々が一斉に枯れてしまいました。そしてその中心地より、とんでもない気配が蠢くのが感知されました」
「瘴気?お前の里はどこだ?」
「ニヤァーベの里です」
「ニヤァーベだと!?ってことはドミニオ公爵領すぐそばじゃねぇか!?兄貴!」
そうかガラハドとヴィゴーレはドミニオ公爵の息子だったか。
反乱したとはいえ流石に地元が心配か。
「落ち着け、まずは話を聞いてからだ。エルフ……リヴィアーデといったか。詳細を頼めるか」
「はい……。その気配が感知された後、我々の里から精鋭12名が調査に出されました。しかし……」
「……全滅したのか?」
「いえ、全滅ではありません。しかしたどり着く前に2名が死亡、8名が重症、残る2名も恐慌状態です」
「……たどり着く前にか?」
「恐らく中心地には今まで見たことないような魔獣……、災害級……いやひょっとすると天災級や魔王級の可能性もあります」
「魔王級……!?」
なんだが深刻そうな話なんだが……
正直蚊帳の外でちょっと寂しい。
3/22 捕捉
違和感のある方がいらっしゃったようなので捕捉です。
多夢和の言っている春眠なんとやらは多夢和の誤用です。
本来の春眠暁を覚えずは寝坊しそうになるの意味ですが、多夢和は春だからいつでも陽気で眠くなる的な意味で使用しています。
小説には未登場ですが彼の妹が諺などのうしろになんとやらとつけて適当な意味にしているため、彼も少し影響を受けているためです。
3/30
魔素→マナのルビを追加