1-3.姫と猫
あれから、しばらくして俺は落ち着きを取り戻した。
あの女神め、本当に適当な仕事しやがって…
今度会ったら、ぶん殴ってやる。
あ、今は猫だから猫パンチになるか。
……想像したら和んだ。って和んでどうする、俺!
だいたい、「言葉はわかるようにしておく」って、こっちの言語が日本語で聞こえるってだけかよ。しゃべれるわけじゃないのかよ。
とにかく、今はこの状況をどうするか。
本当どうしよう…。
俺がアワアワしていると、彼女は俺を抱きなおした。
「やっぱりかわいいですね。お父様、どう説得したら良いかしら?」
あ、もう飼うこと前提なんですね。ハイ。
さっき叫んでちょっと疲れたからもう好きにしてください。
ひざの上でごろんと横になって。だらける。
あぁ、やわらかい。あったかい。
なんか思考が猫に近づいているような気がしてるが気にしない。
よし、ちょっと気分がいいし、猫らしいことをしてみるか。
腹をよく見えるようにして、訴えてやる。
「さぁ、自由に撫で回して、愛でると良い」
何かしゃべっても、ニャーとしか発音できないのがつらい。
それにさっきの感じからしてこの女の子、動物好きだろ。
動物好きなら下手なことはしないだろう。
お?なんだこれ。
なんかこう、力が吸い取られてるような感覚が…
「…あら?」
ん?なんだか女の子の様子がおかしい。
なんかちょっと目がおかしくない?
ハイライトとか消えてないっすか?
ぺしぺし。
彼女の腿を軽くたたく。
反応があった。ハイライトも戻ってる。
「え!?あ、あぁ、ごめんなさい。じゃぁ、失礼して」
撫で始めた。
え?なに?言葉が通じたの?
おぉぅ、そこそこ。
しかし、さっきの反応はなんだったんだろう。
なんかぼーっとしてたよね。何かあって心身的に疲れているのかもしれない。
んー。ここは、とりあえずかわいいアピールして癒されてもらおう。
アニマルセラピーってやつだ。
えーと。実家の猫が何したときにかわいく思ってたっけ。
あぁ、これだ。
まず体をくねらせる。前足で耳の裏から顔を何度もこする。
前足をなめる。うぇ、ぺっぺっ。
つい、ここまでやったらかわいいと思って、普通に毛づくろいしてしまった。
舐める必要はなかったわ。
そしてここでひと鳴き。鳴くときはきちんと目を見つめて。
「にゃ、にゃー」
うわ。思ったより恥ずかしい!
よく考えたら、なにしゃべっても「ニャー」としか聞こえないならわざわざニャーとか言う必要ないじゃん。
にしても、なんだろうこれ。
猫の体になんてなったことないのに……いや、当たり前だけど…勝手に体が動く。動かし方がわかる。さっきも、俺は普通に歩いていたつもりだったから、考えた通りの動きが猫の動きに変換されると見て良いだろう。
ためしに尻尾フリフリ。おぉ、わかってはいたがちゃんと揺れる。
耳をピコピコ。うん。やっぱり違和感なく動く。
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
彼女が素っ頓狂な声を上げ、首の周りを撫で始める。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
こら、そんな乱暴に撫でるんじゃない。
あー、でもめっちゃ気持ち良いわ。
だめだ。思考まで猫になりそう。
すると彼女は、突然小指を俺の口元へとむける。
おいまて、何をさせようというのだね。
さすがにしないよ?体は猫だけど心は30台目前のおっさんだよ?
あぁ、しかし何だろう、本能とでも言うのだろうか?自然と俺の口は彼女の指へと吸い込まれていた。
くんくん。チロチロ。パクッ。
しゃぶしゃぶしゃぶしゃぶ…
って何してんだ俺は!?
猫の姿だから良いものを、前の体だったら出会った女の子に撫で繰り回されて指をしゃぶったおっさんじゃん!?
いや、それ以前におしゃぶりだよこれ。
ガジガジガジ。
あー、そういえばうちの実家の猫もよくおしゃぶりしてたなぁ。
ガジガジガジ。
安心してるとよくやるんだよね。妹がよくスカート唾液まみれにされてたなぁ…。
ガジガジガジ。
俺もよくジーパン唾液まみれにされたなぁ。
ガジガジガジ。
っていつまでしゃぶってんだよ俺!!
「あらあら、甘えん坊さんね。うふふ」
違うの!聞いてくれ!
「やっぱり、魔物もミルクとか飲むのかしら…でも…」
おもむろに彼女が自分の胸に手を当てる。
「ごめんなさい、私まだ無理なの」
誰が直飲みで母乳を飲みたいと宣わりましたか!?
もっと自分の体を大事にして!!
「じぃや。ミルクはありますか?」
すぅっと彼女の後ろから顔が出てくる。
ビクゥッ!?
怖っ!?じぃや、怖っ!?思わず毛が逆立ったわ!!
あ、そこ小窓になってんのね。で向こう側は別の部屋みたいになってるのか。
もうちょっと顔の出し方を考えてほしい。慣れてないと超怖い。
「姫様、残念ながら今は手持ちにはございません。お飲み物でしたら、水がございま…ん?」
あ、じぃやさん俺に気づいた。
「そ、それはもしや魔物の子ですかな?」
「あ、いえ。よくわからなかったのですが、可愛かったので連れて来てしまいました」
「なるほど、かしこまりました。ではすぐに手配いたします。しかし、今まで見たこともない生物ですな」
え?鏡で見る限り猫でしたけど?あぁ、さっき見た限りだと一般的な黒猫っぽかったから、たぶんこの辺は、エキゾチックショートヘアとかちょっと特徴的な猫しかいない地域なのかも。
「じぃや。お父様とマリアには私から伝えておくから、他の者たちへの説明お願いね。」
「かしこまりました。ではそのように。えぇと、そちらの…」
「………アレク…、アレクシスと名づけることにします」
「…かしこまりました。ではアレクシス様、少々失礼いたします。」
そういってじぃやさんは俺の頬に手を伸ばす。
なでなでなで。
ってかアレクシスって誰よ。俺のこと?
「では、記録しますのでアレクシス様、少々こちらを向いていただけますか?」
じぃやさんに言われたとおり俺は彼のほうを向いた。
記録とか言ってたし、写真みたいなものがあるのかもしれない。
せめてかっこよくとってもらおう。じっと、じぃやを見る。
ん?またこの感じ。力というか、何かが体から抜けていく感じ。
「………失礼。ピクチャー。」
すると、彼の手から光が差した。
魔法?
ピクチャーという名前からして写真のようなものを撮る魔法かな?
「完了いたしました。ではアレクシス様の種族調査も同時に行ってまいります」
「えぇ。お願いします」
「では姫様。失礼いたします」
またすぅっとじぃやさんが消えていった。忍者か何かかよ。
にしても、さっきも言ってたけど姫様?
この女の子、お姫様だったのかよ。お姫さまっぽいとは思ったけども。
「びっくりさせてごめんなさい。じぃやは私の世話係をしてくれている者なんですよ」
あぁ、そうなの。でも急に出てくると心臓に悪いからやめてね。
ペチペチペチ。
腿をたたいて抗議。まぁ、伝わらないでしょうけどね。
「あら、はいはい。もう少し待ってくださいね。もう少しで王城に着きますから」
うんやっぱり伝わってないや。
にしても、王城、王城か…
やっぱり、西洋風のお城なのだろうか?
俺もゲームは結構やっているほうだから、お城と聞くとやっぱりわくわくする。
前にやってたサンドボックスゲームや最近有名メーカーの出したサンドボックスゲームでも、シェル・キープ式の城を作ったことがある。
まぁ、実際はオーストリアのホーエンザルツブルグや、イタリアのサンレオのような崖の上の城を作りたかった残骸だったんですけどね。
そうこうしているうちに、馬車が城門と思われる場所を通り過ぎていく。
立派な橋梁があり、おそらく下は堀になっているのだろう。
橋梁を越えて今度は緩やかな上り坂。
馬車の小窓からだと城が見えない。残念。
なんで上部の窓にはカーテンが掛かっていて、胸のあたりに位置しているところに小窓があるのかと思ったら、姫さんが子供たちにその小窓から手を振っていた。なるほど、平民に手を振っているのが見えるようその位置にあったのか。
俺は上のほうが見たいんだが、ついたときの楽しみに取っておこう。
こうして俺は、ちょっとした期待感とともに王城への道を揺られていくのであった。
今回は昔、よく遊んでいた猫の行動を多夢和君にしてもらいました。
なお多夢和君は有名どころのゲームは大体途中くらいまで手を出しているくらいのゲーマーです。
年に買う本数は1~3本くらいを想定しています。
9/1 改稿
一段下げの機能を教えていただいたので、全文改稿いたしました。ありがとうございます。