16-10EX.投降者ナイジェル・サーヴィク
おそくなりました、すみません。
インフルエンザ、流行っておりますので皆様もお気を付けください。
俺の名前はナイジェル・サーヴィク。
アルトランド王国のサーヴィク男爵が次男。
今は妹、クラリスと共にドリス皇国の皇都、セレーノ伯爵の屋敷で人質として生活している。
これは父、へカルド・サーヴィクの策の一環だ。
元々は弟、エラルドが起こした事件の賠償の為に俺たちはここに来たのだが。
「でよ?その野郎がまたすばしっこい奴でよ。捕まえるのに苦労したぜ。あ、女将エール追加で頼むぜ」
「あいよ!パロミデスの旦那!」
「それで、そいつはどうしたんだ?パロミデス?あ、女将、俺もエール追加で!」
「おい、オットマン。テーブルを揺らすな。女将様、私はミードを頂けるか?」
「……(こくり)」
「あいよ!キアラ!奥のテーブルにエール二つとミード一つ!あと梨のシードルと適当に摘まめるもの用意してやりな!」
「はーい!」
なんだ?この状況は?
俺は何でこんなところで酒の席に……。
いや、まぁ酒宴に招かれるのは良いとして。
なんでこんな町の酒場で……。
「おや?どうされました?お酒は苦手ですか?なんなら果実のジュースでも」
「いや、まぁ、その。別に酒は飲めるのですが、なぜこのような町の酒場で?」
俺の問いにその場にいた全員が首をかしげる。
全員が首をかしげるその姿はなかなかに面白い光景だが。
「あぁ、そういう事ですか。我々は週に一度はこうして可能な限り皆で集まって食事するようにしてるのですよ。……まぁ、残念ながら今日は御屋形様はいらっしゃらないのですが」
「ふふっ……にしても、あいつ運がねぇよな。まさか領地の前代官に呼び出されるなんて」
「確かになぁ。しっかし、グレイのあの時の顔ときたら。ははっ、思い出しただけで笑っちまうよな」
「(こくりこくり)」
「こ、こら。お前たち。一応対外的なことも考えてだな……」
「堅いこと言うなって、フィン!」
パロミデス殿がバンバンとフィン殿の肩を乱暴に叩く。
あれは……ずいぶん痛そうだ。
その時、女将が盆を片手にやって来た。
「ほら!旦那たち!追加の飲み物だよ!」
「よっ!待ってました!」
「あ、ちょ!?パロミデス!抜け駆けすんな!」
……なんというか。騒がしい連中だ。
結局、俺の質問には答えてくれてないし。
普通に考えたら人質の立場の俺とは一緒に食事をとらないんだよなぁ。
新しいセレーノ伯爵の人となりってものがここからも見て取れるものだな。
セレーノ伯爵はずいぶんと側近に慕われているらしい。
……そういえば、この側近たちはセレーノ伯爵様とは兵士の時代からの付き合いだと言っていたか。
フィン・ファン・ルーツ。側近たちのまとめ役。冷静かつ生真面目な性格で、達人とは言わないまでもその剣技の技量はなかなかのものがある。もしも彼が貴族の生まれで、きちんとした剣技を習っていたら今頃どれほどの達人になっていただろうか。その証拠に新しいセレーノ伯爵の家臣団の中では技のフィンと呼ばれているらしい。
パロミデス・ファン・レイキャット。見た目通りのパワーファイター。性格はとにかく豪快。主に徒手空拳を使用した戦闘を得意としているらしい。見た目的には常に胸が開いている服を好んで使用しており、貴族の側近というよりは山賊に近い見た目だ。力のパロミデス、と呼ばれているらしい。
オットマン・ファン・ルーティス。女好き。奥方が居るというのに、日々女性に声をかけては振られている。兵士出身らしく一応、剣を嗜むそうだがそれよりも投げナイフやダガーといった小回りの利く武器が得意らしい。一度訓練場で見せてもらったが、長剣とナイフ、そして小剣を組み合わせ会場を駆けまわり翻弄する姿は、とてもつい先日まで在野に埋もれていたものだったとは思えないのだが。彼も体力のオットマンと呼ばれていた。
ヴィテゲ・ファン・チューサー。無口。とにかく無口。俺は彼の声を聴いたことがない。正直、彼らがなぜ彼の言葉を理解できるのか謎でしかない。だが実力はこの中でも間違いなく上位のものだ。戦闘スタイルは弓を主体としたありとあらゆる武器を駆使できる強者。聞いた話だと、家は猟師で幼いころから家族と猟をしながら西進。この地に根を下ろしたらしい。この中では万能のヴィテゲと呼ばれている。
この四人がグレイ・セレーノ伯爵の側近。
士爵位を得ていないのでまだ騎士ではないらしいが。
いや、良いのか?それ?
まぁ、他国の事なのであまり口を出すのもよくないか?
いや、それよりも。
「あの、俺はいわば人質な訳で、皆様と食事を共にして良い立場では……」
「まぁ、そんなこと気にすんなって!うちの大将そういうの気にするタイプじゃねぇからよ!がはっはっはっ!」
「まぁ、お話を聞く限りは今回はあなたも被害者のような物でしょうから、あまり御屋形様も気になされていないと思いますよ」
そ、そういう物だろうか。
貴族家出身としては俺も妹ももっとひどい扱いを受けるものと覚悟していたんだが。
「……(こくり)」
「あー、なるほど。確かに。まぁ、我々は全員平民出身ですから。その辺りの貴族の常識というのを奥方と共に教えていただけるとありがたいですね」
「つぅより、最近はうちのと共謀した貴族講義大変でなぁ。いっそそっちの制御もしてほしいくらいだ」
「せ、制御?」
「ぶっちゃけ、俺らは平民出身だもんで。貴族の皆様方が数年かけて習得した社交技能やら礼儀を数日間で詰め込まれても困るって言うかな」
あぁ、それはわからなくはない。
俺の生まれたアルトランドでもアルトクラヴィス地域とラビットランド地域では礼儀作法が違うくらいだ。
もちろん、その辺りも踏まえた教育がされるが、実際子供たちは結構苦労して習得している。
まぁ、うちの国は元々二つの国だったから仕方ないが。
「旦那たち。つまめるもの持ってきたよ」
「あぁ、すみません。女将。おや?これは……」
フィンが届けられた皿を見る。
そこには俺たちの国では見かけない食材がデンっと乗せられていた。
どうやら肉を詰めたもののようだが?
「まだギルドから卸してもらった分しか入荷できてないけどね。今、各地で話題になってるソーセージって奴さ」
「なるほど、ではありがたくいただきます」
そうフィン返事を返したので俺もその皿を頂く事にした。
ふむ。なかなかいい味だ。
このパリッとした食感が癖になりそうだ。
「あ、これも御屋形様が考案為されたのですよ」
へ、へぇ。
そういえば商業ギルドの副マスターが先日館に来ていたな。
セレーノ伯は見た目に寄らず、商業の方でも結構なやり手のようだ。
人は見た目に寄らないものだな。
しかし、妹を差し出しておいてなんだが。
セレーノ伯は貴族の正室を娶った直後に平民の側室を三人も迎えたと聞くし、なんというかあまりそういう貴族のしがらみって奴は詳しくないんだろうな。
まぁ、俺も所詮は他国の人間だから、この国の事情はそんなに詳しくはないんだが。
その時だ。
店の入り口の方が騒がしくなってきた。
うん?どうしたんだ?
「失礼!こちらにセレーノ伯爵様の家臣の皆様はいらっしゃいますか?」
「すみません、兵士の方々。お客様のご職業まではわかりかねまして」
「……はぁ。仕方ないですね。店に迷惑をかけるわけにもいきませんから、私が行ってみましょう。少し待っていてください」
そういって、フィンが立ち上がり入り口方を向いた。
そうだな。
女将はとぼけてくれているが、それで店に迷惑がかかるのもよくない。
入口の方ですこしやり取りがあった後、フィンがすぐに戻ってくる。
「貴方に御実家の御父君からお手紙だそうですよ」
そういって俺に手紙を一つ差し出してきた。
「あぁ、すまない。俺宛てだったか」
俺は懐から細いペーパーナイフを取り出す。
本来なら封印された手紙はきちんと封印をはがしてから見るべきだが残念ながらここにはないからな。
さて、内容は……。
「ご実家からは何と?」
正直、ここまでの状況だとは思わなかった。
あの王は一体何を考えているんだか。
「アルトランド王国がサーヴィク男爵領に対し、兵を派遣したそうだ。戦争になる可能性がある」
「……それは!」
「サーヴィク男爵は近隣領主と共に兵を集めているそうだ」
戦争が、始まろうとしていた。