16-2.解放決定
「ってことがついさっきあったわけだけど」
「ふむ。まぁ、しかし解放は決まっておりましたな。単純に解放の名分が立ったと考えるのが良いのでは?」
俺は今、先ほどの件に関してイドバルド、シナーデさんと相談をしていた。
しかしなぁ。
俺としてはもう対価なしで開放するっていうのは決まっていたわけで。
別段今更対価を払ってもらう必要がないのであのグループにはそのままお引き取り願いたいところなんだが。
ただ、長旅をしてきてくれた人たちをそのまま返すのも向こうの面子的にもどうなのって感じなんだよなぁ。
「では、こうするのはいかがでしょう?まず、彼らの対価はそのまま引き取ります。この場合はアルトランド金貨一万枚と女伯爵の捕虜ですな。そのうえで女伯爵には労働を行ってもらいます。その対価として本人の解放を行うのです」
「労働?」
「おそらく彼女の狙いは、捕虜として我が国に潜り込み聖上の寵愛を受けることでしょう。そのうえで自分の領地に対して支援を求めるつもりだったのかと。おそらく、聖上が好まれる人物を演じて、ですがな」
うぇ。
つまり、美人局かよ。
いや、この場合美人局っていうのだろうか?
ハニートラップ?
「彼のものは伯爵になる以前より、女傑として名が通っておりました。そのくらいの策は用意するかと」
「なるほどな。やっぱり相談してよかったよ。で?労働っていうのは?」
俺の質問にイドバルドがあごのひげを触りながら答える。
「それはですな、対価として受け取った一万枚をすべてサーヴィク男爵領や周辺領の復興の為に使用してその金銭の運搬として使う、というものです」
敵領に支援?
なんでまたそんなことを?
「実は、儂の元にもノブナガ殿の配下から連絡が届いておりましてな」
そういうと、イドバルドは懐から手紙を出してきた。
それをスッとテーブルの反対側から俺の前に置く。
「なんでも、アルトランド北部地方から独立の機運が高まっているようです」
そこにはミツヒデから届けられたと思わしき手紙があった。
『スプレイト公爵、およびイーデン公爵に独立の兆し有。そのすぐ南部、国境に掛かる地方には注意されたし。おそらく大御屋形様はこの件でイドバルド殿たちに相談に来るだろうから、策を授けてほしい。この地方の領主で動きそうなものには事前に話をしておきます』とのことだ。
つまり、この状況もミツヒデの掌の上だったわけだ。
おそらくミツヒデは事前にパルム伯爵やエレミア女伯爵にドリス皇国、というか俺のもとに直接交渉に行くように伝え、アルトランド中枢部へと進んでいったのだろう。
そのうえで俺や他の人間の性格を考え、無償の捕虜の解放や金銭を出されて俺が困ること、エレミア女伯爵がこういう手に出るだろうとか思っていたに違いない。
そうじゃなきゃ、わざわざ俺宛の手紙とイドバルド宛の手紙を用意する意味がないしな。
なんでこう、頭のいい奴って回りくどい方法をとるのだろうか?
先にお前が交渉したほうが早かったんじゃないか?
と、思わなくはないが、おそらくそうしなかったのには訳があるのだろう。
俺程度の頭じゃその訳までは分からないが。
まぁ、ともかく。今回は相手の誘いには乗らない方が賢明って事だろうな。
やっぱり彼女達には帰ってもらうってのが良いだろう。
……よし。決めた。
イドバルドの言う通り、身代金は一旦預かってエレミア伯爵に持って帰ってもらおう。
「聖上、それともう一つ」
ん?
せっかく決断したのにそれを遮るようにイドバルドが喋りかけてくる。
「アルトランドの国内、特に我が国と隣接しているサーヴィク男爵領やエレミア伯爵領の周辺、それに海洋都市マリーアンズ周辺に不穏な動きがあります」
「不穏な動き?」
「はい。どうやらアルトランド王が敗戦の責をこれらの地方に押し付けようとしているらしく、無理な要求を突きつけているようなのです」
何だそりゃ?
そりゃ、敗戦とかって誰かが責任をとるんだろうけど、普通そういうのって最高指導者じゃないのか?
そもそも無理な侵略を仕掛けてきたのはあっちの王なんだし。
「それが、暗部のレノスに調べさせた限りでは聞くに堪えない理由と申しますか……、正直、八つ当たりといったような内容でして……」
「そんな酷いのか?」
「何でも、マリーアンズは宿敵の姫マリアゲルテに名前が似ているから負けたのだ、即刻名称を変更するべきだとか、敗戦はサーヴィク伯爵領やポルト伯爵などの隣接した領地が我が国側と通じて物資を出し渋ったせいだとか、サーヴィク男爵が自領で備えず南部軍に参加したせいだとか、ともかく散々な言いようでして」
うぇ……。
現代でいうとパワハラ上司みたいなもんか?
そんなんで国主って勤まるのだろうか?
「臣下や民の信が厚く、実績が伴っていればそれでも良いのでしょうが……彼の王はそこまでの実績は御座いません。世襲ですからな。しかし、元々欲深く為政者の資質に欠ける男でしたがあれ程の愚者ではなかったはずなのですが……」
うーん。
なにか心変わりする事があったか、若しくは実績を焦っているか……。
あ、そうか。
「先代公爵たちみたいに操られたり、脅されている可能性は?」
「なくはないでしょうが、
我らがそれを知るすべはありませぬ」
確かにそりゃそうか。
「ちなみにですが、このイーデン公爵とスプレイト公爵の独立の話、真実のようです。ミツヒデ殿は恐らく各方面から来た噂話を聞いてこの話を持ってきた為、時間差があったようです。レノスの部下がトリポリタニア方面から聞いた話を鳥便で送ってきた話ですと、すでに両領地とその周辺領地では伯爵以下の貴族領からかなりの数の兵や農民が集められ、出兵の準備がされているようです。両軍は互いに不可侵条約を事前に協定、協力する構えのようです。恐らくアルトランド王国の北側地方は大きく勢力図が変わるでしょう」
なるほど。まぁ他国のことだから俺にできることはないんだけども。
「ともかく、しばらくは用心していて損はないでしょう」
「わかった。気にしておくよ。ありがとう」
そういって、俺はイドバルドとシナーデさんと別れて部屋を後にした。
「さて、待たせてすまないな」
「構わぬ。私達の処分が決まったのであろう?ならば早くするが良い」
俺はアルトランド貴族たちを執務室に呼び出していた。
全員、手枷を嵌められた痛々しい姿だ。
「まぁ、そう急ぐなよ。とりあえず、お前らは解放することにした」
「解放……だと?」
俺の言葉にサーヴィク男爵がずいぶん驚いた声を出す。
「パルム伯爵とエレミア女伯爵に感謝しておけよ。わざわざ、この戦時中に解放の嘆願をしてきたんだから」
「なんと!あの二人が」
「あの2人にとってはお前はアルトランド金貨10000枚と自分の身を差し出す価値があるらしいぞ」
「……く」
サーヴィク男爵の目に涙が浮かぶ。
多分、2人の行動に感謝しての涙だろう。
そうだと思いたい。
さて、それはそうとさっさと終わらせてしまおう。
「入ってもらえ」
「はっ」
俺が合図すると、バートラントが扉を開ける。
そこには件のパルム伯爵とエレミア伯爵、それとパルム伯爵の娘がいた。
「おぉ、お二人とも。此度の件、感謝いたします」
「ご無事で何よりです。サーヴィク男爵」
「お久しぶりです。サーヴィク男爵」
サーヴィク男爵とパルム伯爵、エレミア伯爵が再会を喜びあう。
その後ろから。
「スクワート様!!」
「リリベル様?っと!?」
サーヴィク男爵の息子にパルム伯爵の娘が抱き付いた。
手枷をはめられたサーヴィク男爵の息子は器用に彼女を抱きとめる。
「ご無事で……、御無事で何よりです!」
「リリベル様……ご心配をおかけしたようで、すみません」
2人が抱き合っている。
えぇ話や……。……この場でなければ、だが。
「おっほん!」
バートランドがわざとらしい咳ばらいをした。
「二人とも、再会を喜ぶのは構わないが皇王陛下の御前だ。自重しなさい」
「「し、失礼しました」」
2人が焦ったように頭を下げる。
「申し訳ありません、陛下。二人は幼き頃よりの知った顔でして」
「あぁ、うん。良いよ。大丈夫。っていうかずいぶん仲がよさそうだけど2人は婚約していたとか?」
「い、いえ。そういうわけでは」
あ、違うんだ。
てっきりそれで心配してついてきたのかと思ったよ。
ってことは、もしかしてエレミア伯爵だけじゃなくてこの娘もハニートラップ要因だったのかな?
いや、それは疑い過ぎか。
「サーヴィク男爵」
「はっ。」
俺の言葉にサーヴィク男爵が貴族の礼を取る。
サーヴィク男爵はドリス皇国に隣接した領地を持っているからか、ドリス皇国風の貴族の礼も知っているらしい。
それを見ながら俺は事前にイドバルドたちと打ち合わせした通りのセリフを話す。
「これより、貴殿は自由の身となる。領地へ戻って戦争の傷をいやすとよかろう」
「はっ。寛大な処置、感謝いたします」
「パルム伯爵、エレミア伯爵」
「はっ」
今度は2人が貴族の礼を取った。
先ほどのサーヴィク男爵をまねしているのか、ちょっとぎこちないけども。
俺の目からはそこまで違和感はない。
「貴殿らの誠意、そしてサーヴィク男爵を思う心には感服した。その誠意に敬意を表し、貴殿らの申し出を受ける。ついてはパルム伯爵から提供のあったアルトランド金貨10000枚、及び貴殿らの身体に関してはありがたく受けさせてもらおう。それで、一つ相談なんだが」
「「?」」
「パルマ伯爵とエレミア伯爵にはこの10000枚をもってアルトランド王国、サーヴィク男爵領に行ってもらいたい」
「それは、どういう……?」
「金貨10000枚もあれば戦後の復興にもそれなりの当てにはなるだろ?」
「!!それは勿論」
「これは一時預かりはしたがこれはお前たちの自領の為に使うのが良いだろう。この仕事をもって、今回の件は不問とする」
「皇王陛下の御慈悲。感謝いたします」
そのパルム伯爵の言葉を聞いて俺はバートランドの方を見る。
「それではこれにて、今回の調停の場は閉廷いたします。皆さま、お疲れさまでした」
そう宣言したバートランドの言葉を聞いて俺は深く息を吐く。
なんか一気に肩の荷が下りた気分だ。
出来れば、二度と味わいたくないなぁ。この感じ。
「聖上、お疲れさまでした。では続きまして、傭兵たちの処遇について進めてまいりましょう」
えぇ。
もう休憩させてくれよ。まじで。
10/10 一部がパルマ伯爵になっていたので修正。パルム伯爵です。