15-8EX.皇王専属執事、シュバルトディーゲル 種
「す、すみません。ミリア殿。私が先に開拓を進めていなければ……」
「いえいえ、シュバルトディーゲル様。お気になさらずに」
あぁ、もう結構開拓が進んでしまっていますね。
岩がどこにあったかもちょっとわかりませんね。
「まぁ、起きちまったものはしょうがなくねぇか?」
いや、まぁ。確かにそうですね。
しかし……。
「もう、木も倒しちまって、目印はないけどなぁ」
そうなのです。
既にそこそこ仕事が進んでいるので木も切り倒してしまっているのです。
幸いなことに、そういう木が合った、という事だけはわかったのですが。
今は切り株だけでどれが目的の木だったかは分からない有様です。
急ぎ過ぎた開拓の弊害、と言ったところでしょうか。
まぁ、もともとこんなものがあるとは分からなかったので誰が悪いわけではないのですが。
その時です。
ドンッ!と地面が揺れました。
森の方向から雄たけびと共に一匹の魔獣が出てきます。
「ブラッディヘビーコング……!?おぃおぃ!ガイノス帝国に生息してるっていう災害級の魔獣だぞ!?こんなところにいるわけがねぇ!?」
「あらあら、ずいぶん荒れてますねぇ」
縄張りを荒らされて怒ったのでしょうか?
まぁ、ここはドリス皇国の領地、別に彼だけの縄張りというわけでもないのですが。
ブラッディヘビーコングは、手当たり次第に暴れ始めました。
日雇の冒険者や労働者では流石に太刀打ちができませんね。
はぁ。
「……もう、なんだか面倒になってきましたね」
「え?」
私のつぶやきにミリア殿が反応しました。
「申し訳ありません。ミリア殿、イシュー殿。労働者たちの避難をお願いできますか?」
「お、おぃ。あんちゃん。あんちゃんは確かにすごいが、あの魔獣は災害級。一人で渡り合える相手じゃ……」
「いえ、問題ありません」
私は手袋をつけ直します。
「少々本気を出します。手早く避難を済ませてください。それまでは私が引きつけますので」
「わ、分かった!あんちゃんも気をつけてな!」
「ご武運を。シュバルトディーゲル様」
「えぇ。ありがとうございます」
あれから数合。
既に皆さんは避難も終わったようです。
しかし、打ち合ってみてわかったのですが、どうもこの魔獣、力押しで攻めてくるしか能がないようです。
まったく、もう少し歯ごたえのある……、もとい、知性のある魔獣と戦いたいものですね。
私は腕を組みながら上部から振り下ろされた両手を後ろに飛んで避けます。
土煙が視界を奪いますが、このくらいなら……。
私は掌底を突き出します。
私の掌底で生まれた風圧で土煙は晴れます。
しかし、土煙に隠れて、ブラッディヘビーコングは突進してきていたようで晴れた瞬間に私の目の前に飛び出してきました。
いえ、慌てるほどの事ではありません。
所詮は野生動物。
型もなければ、後先も考えない、ただの大ぶりな一撃にすぎません。
私はブラッディヘビーコングの手を払い、バランスを崩した魔獣の片足を払いのけます。
するとブラッディヘビーコングは大きな音を立てて地面に倒れ伏します。
正面から倒れこんだのでかなり痛そうではありますが。
強力な魔獣であろうと、こうなってしまえばただの動物ですね。
私は右足を振り上げます。
「洛星脚!」
右足に魔力を籠めそのまま振り下ろすと同時に開放します。
私の右足が当たった瞬間、ボキボキと骨の砕ける嫌な音とともにブラッディヘビーコングの口から血が噴き出し、やがて体内の動かなくなりました。
……流石に災害級。堅いですね。
正直、洛星脚で貫けないとは思いませんでした。
まだまだ修行が足りませんね。
三勇士の方々でしたら、一撃で仕留めることもできるのでしょうか?
……いえいえ、災害級と言えば一線級、それこそ英雄や勇者と呼ばれる人間がパーティーで討伐するレベルの魔物。
流石にそれはないですね。
「シュバルトディーゲル様!!」
「大丈夫か!?あんちゃん!!」
討伐を終えた私の元に、ミリア殿とイシュー殿のお二人がやってきました。
「すみません、お二人とも。お怪我はありませんでしたか?」
「いえ、私たちは大丈夫ですが……。シュバルトディーゲル様こそ、大丈夫でしたか?」
「えぇ、あのくらいの魔獣でしたら問題ありません」
「つえぇな。あんちゃん!」
少々、埃で汚れてしまいましたが皆様が御無事であれば些細なことです。
「しかし、どういたしましょう。これは後片づけが大変ですね」
改めて魔獣の方を見るとせっかく整地を始めた地面が魔獣を中心に荒れていました。
まぁ、戦闘をしたので仕方ないといえば仕方ないのですが。
本格的に荒れてしまったのは最後の一撃ですね。
こんなことなら一度、宙に浮かせてから流星脚で仕留めるべきでしたね。
「あら?あの、シュバルトディーゲル様?何やらあそこに埋まっていませんか?」
「え?」
私はミリア殿が指さした方向を見てみます。
うーん?
確かに少々割れた地面から宝箱のような外観が顔をのぞかせています。
外観、と言ったのは所謂木箱のようなものだったからです。
宝箱というのは、古今東西、四角い収納部と半円型の蓋を持ち、半円型の蓋を持ち上げる形で開く、というのが相場です。
……いや、よくこれ今まで見つかりませんでしたね?
こんな外見していて。
私は、ミリア殿、イシュー殿と共に宝箱のそばまで進みます。
「うーん。もう少し掘らないと取り出せそうにないですね」
「お二人とも少しお下がりください。土を掘る事でしたら、私にも一日の長があります」
主に魔物だったころの排泄の為ではありましたが。
「ふっ!」
私は宝箱の少し手前側を足で踏みつけます。
すると土が舞い上がり、地面が軽く盛り上がります。
そのおかげで宝箱の部分が露出しました。
私とイシュー殿でその宝箱を引き上げ、平地に置きます。
「イシュー殿、お願いします」
私はイシュー殿に宝箱の開封をお願いします。
これは、別に最悪の時には彼を囮にして逃げようとか、そんなことを考えているわけではなく、彼がこういった作業になれているらしいからなのです。
彼は結構いい体格をしていますが、スカウトらしく、この作業を買って出てくれました。
スカウトとは、所謂人口施設や屋内での探索のプロフェッショナルの事を差します。
逆に、森や平原などでの探索のプロフェッショナルの事はレンジャーと呼ぶことが多いようです。
ギルドでは自分のできることを自分の情報に記入しておくことがパーティー編成などの際に便利だそうです。
確かに、敵を知り己を知れば、とも言いますし。
「よし、開いたぞ。なんだ、簡単な造りのカギだったな」
イシュー殿がそう言ってゆっくりと蓋を開きました。
す、すごい。
僅か数瞬で開けてしまいました。
これが熟練のスカウト、という事でしょうか。
正直、すこし見直しました。
「ん?なんだ?こりゃ?」
イシュー殿が開けた宝箱の中には……。
小さな袋がいくつかと小さな木箱が一つ。
それと書籍が一つ。
私は袋の一つを受け取り、中身をミリア殿と覗いてみます。
その中には、黄色いものや平たい物、長いものなど、様々な形の種が入っていました。
「……種、ですね」
「……種、みたいですね。それにこの書籍は……」
ミリア殿が手に取った書籍を開いてみます。
そこには『コンチキ・トール著』の文字。
「と、とりあえず、この中身はあんちゃんたちが持って帰ってくれよ。種なんて持って帰っても俺じゃどうしようもないからよ」
「え、えぇ。ありがとうございます」
そういって、イシュー殿は仕事に戻っていきました。
……さて、どうしましょう。これ。
種が出てきましたが、正直、長い間放置されていたであろう種です。
植え付けたところで成長するとは思えないのですが。
「あの、シュバルトディーゲル様」
「あ、はい。なんでしょう?ミリア殿」
「この種、まだ生きているみたいなんですが?」
……は?
2人のお話はこれでいったん終了です。
次回は本編中に出てくるかと思われます。