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15-7EX.アルトランドの伯爵たち

 ~パルム伯、マイトレイト・パルム~



「ふぅ」

 私は大きく息を吐いた。

 どうも世の中とは思い道理にはいかないものだ。

「どうだ、ライリー?いくら集まった?」

 私は目の前にいた従士に問いかける。

「はっ。各地の貴族の方々から出資していただいた金額は金貨で二千枚はくだらないかと」

 二千か。

 身代金としては十分すぎるが、賠償金を求めてくる可能性もある。

 少し心もとない数字ではある。

「よし、ならば我が家の金庫からももう五百枚、用意してくれ」

「かしこまりました」

 なけなしの五百枚ではあるが、仕方ないだろう。


 私がいま集めているのは、捕虜となったへカルド・サーヴィク男爵の解放のために必要な身代金。

 この国の将来の為にも、彼はここで失うわけにはいかない人物だと思っている。

 それに賛同してくれた貴族たちからの私的な資金を預かっている。

 貴族であれば数千枚は簡単に、と思われるかもしれないが、事はそう単純ではない。

 確かに各領の国庫としてはそのくらいの金額を出すことは容易いかもしれないが、今は戦時中。いや、世間体的には敗戦した後なのだ。

 自領が戦場にならなかったとはいえ、その復興には多額の資金を要する。

 徴兵された男の家族への補償や、それによって引き起る孤児や治安悪化への対応。

 ドリス皇国に目をつけられたくはない商人たちが領地を回避し、他領へ回るといった物資問題、食料問題への対応。

 更なる混乱を目論む勢力による暗躍への対応。

 やることは山ほどある。

 国庫の在庫は既に空に近い。

 我が領も全面的には兵士を出さない代わりに二十の兵と金貨二千枚、そして懇意にしていた酒保商人を失った。

 伯爵領と言えど、その被害は決して安いものではないのだ。


「閣下。オルーク伯爵様からの使者が到着いたしました」

「オルーク伯爵から?」

「はい。なんでも身代金に関して出資を行いたいと」

 その報告に私は喜んだ。

「なんと!願ってもない。お通ししてくれ」

「はっ。かしこまりました」

 これは僥倖だ。





「こちらがオルーク伯からパルム伯様への密書でございます。どうぞご内密に」

「ふむ。確かに受け取った。遠路ご苦労であった」

「いえ、それでは私はこれにて」

「今日はもう日も傾いている。我が屋敷でゆるりと休まれよ」

 実際領地的には隣であるし、言うほど危険はない道程なのだが……、まぁ、礼儀というやつだ。

 泊れば部屋を出すし、泊まらなければ領内は護衛の兵をつければいい。

 今はなにより、このうれしい報告に心が躍っていた。

「それはそれは。では一泊だけ失礼いたします」

「あい分かった。ライリー、迎賓館にご案内して差し上げろ」

「はっ。かしこまりました」

 使者を見送り、私は密書の中身を確認する。

 おぉ。これは。

 どうやらオルーク伯も義援金を集めてくれていたようだ。

 返答次第で金貨四千枚もの出資をしてくれるそうだ。

 これは、礼をしなければなるまい。



 私が、これほどまでに彼に固執するには理由がある。

 かつて数百年前、我がパルム領で魔物が大量発生した。

 この折、時のサーヴィク伯爵は我が領に多大なる支援をしてくれた。

 その恩は末代まで語り継ぐように、という先祖からの言い伝え、というのもあるのだが。

 その実、私は彼を好意的に見ていた。

 彼の人柄、行動。どれをとっても彼は今代には欠かせない人物だ。

 彼を生かして領地に返す。

 それこそが、我が領の恩を返す、絶好の機会なのだ。



「失礼いたします。閣下」

「ん?イオか?どうした?」

 私の家に仕えてくれている、もう一人の執事、イオがやってくる。

 彼とライリーには長年、我が家によく尽くしてもらっている。

「ルマンド伯、カラス伯、スチ伯から連名で、義援金の申し出がありました」

 ほう?確かにルマンド伯はもとより協力的だった。

 しかし、あのカラス伯とスチ伯までとは。

「額面は金貨で五千枚。かなりの金額ですね」

 おぉ!

 これは予定外だが、これほどの金額とは。

 これだけの金額があれば……。




「お父様」

「ん?リリベルか?」

 入って来た娘は私の娘、リリベル。

 サーヴィク男爵の長男、スクワート殿とは所謂幼馴染で昔はよく遊んでいた。

「スクワート殿は御無事でしょうか?」

「ん?あ、あぁ。虜囚になっているとはいえ、扱いは悪くないと聞く。きっと無事だろう」

「そうですか」

 ほっとしたような様子を見せるリリベル。

 はぁ、まったく。難儀な性格をしているな。

 好いておるなら好いておると言ってくれれば婚姻の一つでも結びやすいというのに。

 まぁ、最も。私もサーヴィク男爵も二人の関係はよく知っている。

 いずれ婚姻を結ばせるつもりではあったのだが。

「リリベル、安心するがいい。彼らの身代金の目処は立った。少々足も出ているし十分な金額だろう」

 まったく、二人の身代金に一万もの大金、それに様々な方面に多大な恩を作ってしまった。

 これはリリベルにもその身を挺して、奉仕してもらわなければならない。


「……リリベル」

「はい。お父様」

「この件が片付いたら、お前にも働いてもらう。覚悟をしておけ」

「……はい」

 貴族の娘として産まれた以上、彼女も覚悟はできているだろうし、そういう風に育てて来た。

 幸い、私の家にはまだ長男も次男もいる。

 家が途絶えるという事はない。

 ……父親としては少々複雑だが。




 それにしても、アルトランド王め。

 この非常時に身代金も出さない、援助もしないとは。

 だから親族の反乱などを招くのだ。


「失礼いたします。御屋形様」

「ん?なんだ?」

 ライリーが来たので私はリリベルを手で制して下がらせる。

 リリベルもそれに素直に従って下がった。

 イオにはそのまま

「なんでも、御屋形様にお会いしたいというエルフの方が」

「ん?貴族の屋敷に何の先触れも無しにか?まぁ、良い。今は気分が良い。お通ししなさい」

「はっ」


 暫くしてライリーが連れ立って現れたのは耳の欠けた何やらこの辺りでは見ない服装姿のエルフだった。

 アレは東洋の出で立ちか?

「お目に掛かれて光栄です。パルム伯爵閣下」

 目鼻立ちの良い彼が行うその所作はそれだけで美しい。

「して、何ようかな?私はお主を知らんのだがここをどこかの宿と間違えた……という事はあるまい」

「えぇ。パルム伯爵。実はご提案がありまして」


 提案?

 はてさて、いったいどのような話なのやら……。














 ~エレミア女伯、イリス・エレミア~



「北の領地ですか?」

「そうじゃ。奴らめ、ハーランド・リオスは偽王であると書簡を送ってきおった」

「偽王とは。つまり、王家に対する叛意ですか」

「叛意などとそのような生易しいものではないよ。スー。反乱、……いや独立じゃ」

 妾は目の前にいる少女、スー・ルー・シー・タラスは私の言葉を聞いてぎょっとした。

 この少女はこう見えてタラス伯爵の爵位を継いでいる。

 妾と同じ、伯爵なのだ。

 そして、妾の無二の友人でもある。

 タラス伯領は我が領より奴らの領地に近い。

 事前にこちらに呼び寄せていたのはある意味正解だったかもしれない。



 私はイリス・エレミア。

 アルトランド王国の貴族、伯爵である。

 まぁ、先日継承したばかりなのでそう大きい口は叩けない立場なのじゃが。

 先日のドリス皇国との戦争で、私とスーの父、先代のタラス伯とエレミア伯は死去した。

 生死不明ではなく、確実に死去したと確認されている。

 先代タラス伯も先代エレミア伯も残念ながら男児が産まれなかったため、死亡すれば妾達が継承するのは必然だった。

 ……両先代とも、婿養子の手配もしていたみたいなのじゃが。

 まぁ、顔も名前も知らん、どこの誰かも知らんとなれば、無視してもよかろう。

 むしろ今後、自称婚約者とやらがわらわら出てくる可能性があることを考えると頭が痛い。


「それで?どうするのですか?これはおそらく、自らの意に背くものは、という書簡では?」

「もちろん拒否する。妾たちは奴らの子飼いではないのでな」

「ということはスプレイト公爵やイーデン公爵とは袂を分かつ、と」

「そうじゃのぅ」


 一番良いのはどこかの精強な領地の庇護を得ることだが……。

 この地は辺境。

 しかも近隣領地はお世辞にも豊かとは言い難い。

 西に山脈、東に行く本もの川を抱え、鉄などの鉱物は豊富だが、食料を求めるにもいくつもの関を越えねばならない。

 そうなると金もかかってくる。

 今はサーヴィク男爵やドリス皇国のビビ侯爵領からの密輸で何とかなってはいるが。

 いずれそれも破綻する。

 サーヴィク男爵は今は皇国の虜囚になったとも聞いているからな。

 今後も続けられるとは限らない。

 とはいえ、劇的に改善するような手があるわけでもない。

 さりとて凋落のアルトランド王国に義理立てできるほど、余裕があるわけでもない。


 どうしたものかのぅ。

「そういえば皇国の王配は大層な女好きという噂があったのぅ」

「……っ!?それは、いやしかし」

「女好きが女の虜囚にする事なぞ、大方想像がつく。幸い、妾は生娘であり未婚。しかもそれなりに身体と演技には自信がある。相手が望むような女を演じることもできるじゃろぅ。うまい事手玉に取れれば、エレミア領への支援を取り付けられるかもしれんからのぅ。身体一つで領地への支援が得られるなら安いものよ。いっそのこと、妾とサーヴィク男爵を交換してくれれば、やりやすいんじゃがのぅ」

「……いやいや、ないわ。流石にないわ」

 妾がそういった瞬間、あまりに驚き過ぎたのか、スーの口調が変わる。

「ほれ、仮面がはがれかけておるぞ」

「おっと、失礼。おほほほほ……」

 こやつめ。

「そういえば、お主。うちの従士の家令との仲はどうなっておるのじゃ?」

「な、なななな!急に何を!」

 ガシャンと音を立てて椅子から立ち上がる。

 その拍子にテーブルの上のティーカップが落ちて割れてしもうた。

 まったく。何をやっておるのじゃ。

「わ、わわわわわっ、私は!ハンス様とは!べっ、べべべべべべ別にそういった関係では!」

「あぁ。わかったわかった。そう慌てるな。全く、好いておるならさっさと囲ってしまえばよかろう。お主は貴族、向こうは平民の出なのだから」

「ちょっ!?もうちょっとオブラートに包んでよ!?」

「はははっ!」


 はぁ、前途多難じゃの。全く。




 この数日後、この辺りの領地は激動の時代を迎えることとなる。

 その先触れとして、近隣領主のリリオ・バストール伯とその長男、ゴールド・バストール氏の病死が伝えられたのだった。











 ~マリーアンズ市長、レティ~



「市長!大変です!」

「えぇ、分かっていますよ」

 まったく、どれだけふざけた要求を出してくるのでしょう。

 それでなくても、先の敗戦の際、徴収された食料や物品で都市は疲弊しているというのに。

「しかし、このような無法。抗議すべきかと」

 抗議、か。

 確かに町議会としては抗議するべき内容だろう。


 ここ、マリーアンズは海洋交易の中心都市だ。

 王国ではほとんどの領地で貴族が治めているが、ここマリーアンズや周辺都市は議会や選定された人物が政をすることが通例だ。

 マリーアンズでは選挙で市長が選ばれる。

 同じ海洋都市のウーリンではフクリス・ボーマン男爵が治めていたり、アミドではミクスというギルドマスターが治めたり、都市によって様々だが、基本は選挙で選ばれた者が治める。

 それは町であろうと村であろうとかわらない。

 そんな風習はかつてこの辺りにあった王国の風習だが、数代前の陛下までは干渉してくることもあまりなかったのですが。

 今代の陛下はダメだ。

 過干渉が過ぎる。

 徴兵や徴収はまだ分からなくもないが。

 まぁ、救いようもない愚鈍と言わざるを得ない。

 今回の要求にしてもそうだ。


 マリーアンズという名前は仇敵、皇国の皇女マリアゲルテを彷彿とさせる。

 即座に撤回し、町の名前を変更すべし。


 むちゃくちゃだ。

 恐らく、当てつけなのだろう。

 その当てつけに乗じてこの都市に敗戦の責を押し付けるつもりかもしれない。

 戦地に近い町といえばウェッチェリアの方が近いでしょうに。

 私は手元のグラスに少しだけ残ったワインを一気にあおる。

 ここより東にある平原都市イスカが取りまとめた品だ。

 あの辺りは良いブドウが取れるのでワインの品質はなかなかのものがある。

「このお酒も、もう飲めなくなるかもしれませんね」

「はい?」

「いえ。なんでもありません。レオン、すみませんが市参事会の緊急招集を」

「は!」

 私の言葉を聞いたレオンがすぐに飛び出そうとする。

「あぁ!レオン!ちょっとお待ちなさい」

「はい?」

「この手紙の配達を手配していただけますか?」

 私はレオンにいくつかの手紙を手渡す。

「これは?」

「ふふふっ。ちょっとした布石です。誰にも内緒ですよ」

 私は唇に人差し指を立てて見せる。


 この手紙のうち、四枚は近隣の各都市の代表へ。

 一枚は、レオンの実家である、故コルネール公爵の家臣の家へ。

 一枚はかねてから親交のあったイリス・エレミア伯爵へ。

 最後の一枚は、前市長であり現市参事会議長、オルク翁への根回しの為に。

 はぁ。出来ればこういう裏でこそこそっていうのは、あまりしたくないわね。


「……市長」

 ん?なにかしら?

「失礼ですが、そういった仕草は御年をお考えになってからの方がよろしいかと」

「本当に失礼ね!?」


 そりゃ人によっては、もう孫がいてもおかしくない年齢ですけどね!

 まだまだイケてるはずよ。

 ……イケるわよね?

10/2 パルム伯も義援金を集めて→オルーク伯

義援金を各有力者に働きかけていたのはパルム伯。

4000枚の義援金を出したのはオルーク伯。   

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