14-9EX.転移者、上谷真悟 新事業への道
「た、高い……」
僕は財布と商品を見比べながら、そう呟く。
僕の実家はこの世界では裕福な家庭だけど、流石に地方と中央じゃ物価も品質も違う。
生活に必要な必需品は仕方ないけど、あまり贅沢をできるような残金はないなぁ。
「しょうがない、朝食は黒パンで我慢するかぁ……」
この世界には普通のパンと、保存性に優れた黒パンというものが存在する。
所謂、小麦で作ったパンを普通のパン、ライムギや他の穀物を混ぜて作ったものを黒パンと言う。
うちの実家では普通のパンも頻繁に出ていた。
もちろん、元の世界ほどのおいしさはないけれど。
それに黒パンも、アレはあれで悪くない味だった。
この世界において、パンを焼くための窯は領主や町の財産として扱われる。
そのため、パンというものは領主の息のかかった業者や大商人がつくり、広く世間に配布されるものと、窯を独自で作った業者や個人が作ったものが存在する。
特に都市部では、個人ですべてを作る限界がある。
実際、窯でパンを作ると結構な時間がかかるしな。
独自で作ったものはその日や近日で食べることを前提としているので小麦や殻を丁寧に取り除いた穀物が使われるのに対し、流石に領民に配る量はそんなことにかまってはいられない、っという事で殻などが混じったこういった黒っぽい比較的堅いパンになるのだ。
そしてこの黒パンは保存性にも優れているため。うん、まぁ、生活に苦しむ人とかは結構長い事保管された物でも普通に食べる。
冒険者たちも買いだめして、長いことバックに入れている、なんてことも結構あるそうだ。
僕が聞いた話だと一番長くてなんとも3週間も持つそうだ。
昔、屋敷に依頼で来た冒険者に聞いたら、3週間前のものを食べることもあるそうでクルトンみたいになったパンを見せてくれたことがあった。
いや、流石にそれは食べれないでしょう。大体、仮に消費期限を気にせず食べれたとしても、堅くてまともに食べれるものではなさそうだけど。
「これはな、細かく削ったり、切ったりしてスープに浸してみたいにして食べるんだ。水を吸って柔らかくなるし、穀物だから腹持ちもよくなる」
「まぁ、あんまりおいしいものじゃないけどねぇ」
僕の家に来た2人組の冒険者はそういっていた。
そういえば、あの筋肉質の男性冒険者と色気抜群の女性冒険者は今はどうしているんだろうか。
たしかその後、かなり有能な冒険者になったって話だけど。
なんて言ったっけ?『黒鉄の騎士』って言ってたっけ。
彼らにもらった『封魔のブローチ』は実は僕の宝物になっている。
なんせこの世界で初めて手に入れた魔道具なのだ。
これ以降、こういった魔道具を解析して、今の服の刺繍があるのだ。
あの時、冒険者たちに出会っていなければ、今こうして魔法を簡単に使う術を得ることもできなかったかもしれない。
まぁ、ちょっと遅れるだけかもしれなかったけど。
「えっと、ナナコキャベツ1つとキュリー2つください」
「はいよ!まいど!お嬢ちゃんかわいいから、こいつをおまけしてやろう。ロマノマの木の実だ」
「わぁ、ありがとうございます。お上手ですね」
「ははは!」
少々複雑な気持ちだが、ラッキーだ。
「ところで、ロマノマの木の実って食べれるんですか?あまり聞いたことないんですけど?」
「あぁ、食えるぜ。腹は膨れねぇけどな。煎じて料理に掛けるんだ。ピリッとした辛みがあってうまいぜ。ま、一部の猟師とかにしか喰われてねぇけどな」
たしかロマノマの木って建材用の針葉樹だと思ったけど、そんな使い方があったなんて。
民間の調理法ってやつかな?
ちょっといろいろ試してみようか?
それから、端切れの肉の腸詰、所謂ウインナーを購入して借りている家へと急いだ僕は、荷物を置いて早速料理に取り掛かる。
正直ウインナーを見た時は感動したな。
こっちの世界に持ったんだ、ウインナー。
僕の家は家賃月銀貨5枚の安い借家だ。
家具は備え付けのものだ。
あまり贅沢はできないしな。
この皇都では木造建築の家は石造りの家より一段ランクが落ちる。
古く長く使える家の方が価値があると思われているらしい。
それにこの辺は城壁に近い、いわば都市の端の端。
何かと不便で女性が一人で暮らしていくにはちょっと治安的にも危ない。
極端に古いってわけではないけど、それなりに築年数も経ってるから正直怖いんだけど、フェランドさんの紹介だし、ご近所さんにはフェランドさんの知り合いも多い。何かと手伝ってもらえてるし、まだ皇都に来て間もない自分が簡単に家を借りることができたのも彼のおかげだ。
ちなみに間取りは1Kのシンプルな物。
まぁ、集合住宅で風呂無し、トイレ共用。こんなもんだろ。
食事が終わったらどこか住み込みで働ける場所を考えないと。
さて、そんなことより飯だ飯。
この世界では遅い朝食を食べるのが当たり前だから、朝の買い物をしてからでも十分間に合う。
まずは、鉄製のフライパンに獣脂を引いて、ウインナーを切れ目を入れてある程度油が解けたらウインナーを投入。
正直、獣脂は臭いからできるだけ使いたくない。
秘蔵のアブラナみたいな花から取れた油を使いたいところだけど、これはソース用にとっておく。
で、ナナコキャベツとキュリーを好みの大きさに刻む。
バターを片面に引いた黒パンを軽く焼いて、焼いた面にナナコキャベツ、キュリーとウインナーを挟む。
おっと、忘れるところだった。
手持ちの小型の薬研でロマノマの木の実をすりつぶす。
花から取れた油にロマノマの木の実、それに塩を入れてよくかき混ぜる。
即席のドレッシングソースだ。コレをサンドイッチの中身に掛けて完成。
ウインナーとキュリーとナナコキャベツの黒パンサンドだ。
ちなみにだが、ナナコキャベツは僕たちの世界でいうところのキャベツとそう違いがない。
あえて言うならこの辺りの気候なら年中育つことと、若干えぐみが強いことだろうか。
ナナコキャベツというのは品種の名前で俗にナベツと呼ばれているので、野菜の種類の名前としてはナベツと呼ばれている。
すごく、ややこしい。
キュリーというのは僕たちの世界でいうときゅうりの事で、かつてキュリー伯爵という伯爵領があったとき、その夫人が森で見つけて食用としたことが始まりらしい。
春から夏にかけて収穫されるので今が旬。
非常に瑞々しくて美味しい。
まぁ、そんなことはともかくとして。
「それじゃ、いただきま……」
コンコン。
食べようとしたその瞬間、玄関の扉がノックされた。
え、もう。なんだよ一体。
今から飯食うところなのに。
なんて非常識な。
コンコン。
もう、仕方ないな。
僕は席から立ち、玄関へと向かう。
コンコン。
「はいはい、今空けますよ」
僕はかんぬきを開けて扉を開いた。
そこには……。
「よっ!嬢ちゃん!」
「えっと、確か浪漫さん?」
そこには、先日知り合いとなった浪漫と名乗る男がいた。
「はははっ。覚えてたか」
僅か数日で忘れるわけないでしょ。
「ちょっと相談したいことがあるんだが、少し時間良いか?」
「あ、はい。どうぞ」
僕はドアを開けて浪漫さんを招き入れる。
おっと、食事の皿を片づけておかないと。
流石にお客様の前でこういう物を出しっぱなしは良くない。
僕は近くにあった布をダイニングテーブルの上に掛ける。
「すまないな、突然」
「いえ、大丈夫ですよ。それで?相談というのは」
「あぁ。実はなピクチャーの魔法を使えないかと思ってな」
……はい?
「いや、古代魔法が他の人間が使う魔法と違うって言うのはこの前の説明でわかったんだけどよ。俺は魔法とかスキルには詳しくねぇからなんとか出来ねぇかなって思ってさ。もちろん、商売化出来た際にはきちんとマージンを払うぞ」
マジで!?もしかして収入源になる!?
うーん、しかし。
出来なくはないとは思うけど。
ピクチャーって生活魔法だっけ?
確か絵を描く魔法。
見た物を記憶する行為とそれを絵にする行為を同時に行う魔法だっけ。
まぁ、要は時間のかかる写真撮影の魔法だ。
術式自体はそう難しくないはずだけど。
問題はそれに対応する文字があるかってことなんだけど……。
あ、そうか。
居るじゃないか。専門家が。
しかも、ついでにモデルの問題も解決できる、都合のいい人材が。
「わかりました。少し頑張ってみます。それで、少しご相談なんですけど……」
僕は今思ったことを口にする。
結構いい考えだと思う。
所謂、適材適所って奴だ。
さーて、あいつの出番だぞ。
頼んだよ。いや、ほんと。
僕の今後の生活の為にも。
……余談だが、僕がサンドを食べ損なったことに気が付いたのはその日の夕方、部屋に帰ってからの事であった。