14-1.戦のあと、夏の始まり
「あっつぅ……」
ファンタジー世界も夏ってあるんだな。
季節は夏。
ドリス皇国にも夏が来た。
なんだかんだ、この世界も元の世界で言うところの7月。
俺の感覚では日本の夏より涼しい感じ。多分、平均気温は25℃くらいだろうか。
日によっては30℃を超えることもあるのでやっぱり夏は夏だ。
アルトランドとの戦……、というかあの黄衣の王とかいう奴との戦いから既に3週間。
まぁ、戦後処理やらなにやら、そういうめんどくさいことは人に丸投げ……。というか、お任せ的な感じだ。
というか、正確に言えばいまだにドリス皇国とアルトランド王国は戦争状態。
今は停戦している状況となる。
外交官は一応派遣しているらしいが、アルトランド王国は交渉の場を拒否。
未だにドリス皇国への侵略を狙っている。
流石にあれだけの犠牲を出したら止まれよ。
今はミツヒデが交渉の為、30人の兵士や士官と共にアルトランドへと向かっている。
30人くらいで大丈夫か?と思ったけど、本人もめちゃくちゃ強いから別に問題はないと思うけど。
で、数万の捕虜と共に捕虜にした相手の将軍たち。
セイメイ、ロドリゴ、ヨシナカ、イチの4人は保留。
めんどくさかったのでノブナガに丸投げした。
本人はとても嫌がっていたが。
氷室さんの師匠とかいう2人は拘束している。
彼らは冒険者から傭兵になった人達らしく、扱いが難しい。
傭兵を普通に雇っている国間の戦争では傭兵は金で雇われた自己責任の人達。身代金交渉などは所属の傭兵団などと行う事が主らしい。
しかし彼らは個人、と言うか2人で一組。
交渉は彼ら個人とおこなわれる。
その交渉が若干難航しているのだ。
これは実はセイメイ達も同様らしく、3人ともセイメイに雇われており、セイメイの傭兵団の一部、という扱いらしい。
まぁ、そんな事情もあり、氷室さんに丸投げしようとしたのだがここで問題発生。
氷室さんは国に所属している兵士や将軍というわけではなく、俺から支援要請された冒険者。
つまり、戦争においての扱いは一般人のそれと変わらない。
実際やってもらっていたことといえば運ぶ荷物の護衛を冒険者として依頼したに過ぎない。
その中で偶然、彼らと遭遇。戦闘を行い結果として勝利したに過ぎない。
なので、この国の貴族や将軍が言うには報奨や褒美として何かを与えることは可能だが、彼らと交渉する権利や身体の『所有権』は国、つまり皇族にあるとのこと。
いや、『所有権』って奴隷じゃないんだから。
そして氷室さん達もそれに納得している。
「師匠達の処遇?」
「あぁ、一応、氷室さん達が戦ったから氷室さんたちが決めるべきだと思うけど、どうもこの世界の戦争のルールじゃ一般人扱いみたいでな。報奨とか褒美とかって形になるみたいなんだが、大丈夫か?」
「いやいや、金がもらえるなら十分。俺らに持つ運んだだけだし。荷物も必要なかったみたいだが」
「私もそれで構いません。……というか、人2人分の生殺与奪の権利は流石に私達には重すぎますのでお任せします」
「氷室さんもそれでいいか?」
「……」
氷室さんはしばらく考え込んだ後。
「分かったわ。褒美に関しては少し考えさせてもらってもいいかしら?」
「おっけー。俺やグレイはしばらくは城に詰める可能性があるから、どこか適当なところで兵士に通してもらってくれ」
「わかったわ」
そう言って、にやりと笑った氷室さんの顔が少し印象的だった。
老紳士と黄衣の王に関しては調査をお願いはしているが、早々すぐに結果が出るものではない。
そして、もう1つ。
「失礼いたします。神獣陛下」
帝国から来たキジュエッタさん。
彼女からのお願いが来たのだ。
「失礼ながら、一度お暇をいただきたく存じます」
帝国に一度帰りたいようだ。
かなり焦ったような顔をしていたのが印象的だった。
「良いよ。明日で良ければ送っていくけど?」
「あ、ありがとうございます。陛下……」
思えば期限の1ヶ月もそろそろだし、必要な事だろう。
多分、期限は伸ばされるだろうし、彼女は一応、人質という立場だが、別に人質はアナスタシアさんだけでも十分事足りる。
「じゃ、明日の朝送るから。準備しておいて」
そう言うと彼女は一礼し、その場を去った。
「聖上、よろしいのですか?彼女を行かせても」
ロウフィスがそんなことを聞いてくる。
「なんで?」
「なんでって……恐らく、帝国への報告でしょうし、一度帰せば人質としての立場にも影響が……」
「あぁ。まぁ、仮に報告したとして帝国が俺達に反抗するような真似できると思う?」
「いや、それはそうですが……」
魔王が3体。その力を存分に発揮してくれたしな。
魔王2体が魔法で3万の兵士をほぼ一撃で壊滅。
その後乗り込んだ5人で5隻の船を単騎で沈めて見せた。
そんなの普通に考えれば相手としては絶望でしかない。
よほどの馬鹿でない限り、正面切って戦おうなんて思わないだろう。
そして、あれだけの大帝国の君主をしている人間がそこまで馬鹿とは思わない。
……ほとんど脅しのような感じだが、これで攻め込んできたり敵対行動をしてくることはないだろう。
いやしかし、すごいわ。ミツヒデ。
実際、脅しのような交渉の対応からこの報告への対処までミツヒデの提案だ。
多分まだまだ先を見てるんだろうなぁ……。
俺には無理だ。
そういえば、ミツヒデに任せているアルトランド王国だが、1つだけ他人任せにはできない案件があった。
当然といえば当然だが、アルトランド軍には数名のアルトランド王国貴族がいた。
総大将はアルトランド公爵、ランドリンデ・コルネール公爵。
そしてその旗下、6の伯爵、13男爵たち。
戦場で全然見てないなぁ、とか思っていたら公爵と1の伯爵、3の男爵がヘリオンの攻撃の直撃によって死んでいたそうだ。
更に乗船していた3の伯爵、5の男爵がフェニクスの炎攻撃に直撃。命を落としたそうだ。
他にも川に落ちて溺死した男爵が2名。
救出できたのは伯爵2名と男爵3名のみ。
いや、えげつないわ。魔王の攻撃って。
で、その中の1名の男爵。
こいつが色々面倒だった。
「言い訳も命乞いはせん。私は敗北した。即刻首を刎ねられよ」
他のものが捕縛され、命乞いや身代金の交渉をしている中、男爵が俺に言い放った言葉だ。
へカルド・サーヴィク男爵。
なんというか、俺のイメージでは武人、というイメージなのだが。
この人物、名前がドリス皇国の貴族が知っているくらい有名な人物らしい。
といっても、アルトランド王国では直轄領を優先するあまり、別の領や国政に興味がない、といった評価らしい。
「1つ聞きたい。それは自己犠牲の精神か?」
俺は思わずそう聞いてしまった。
「自己犠牲?何をふざけたことを。戦争の責は貴族がとる物であろう」
「それで自分の命を差し出すと?命を差し出さなくても金や領土、差し出せるものはいくらでも……」
「ふざけるな!」
そんな話をしていると、へカルド男爵が俺を怒鳴りつけてくる。
正直、怒鳴りつけられるとは思わなかった。
「金や領土は国の物。ひいてはそこに暮らす民の物である。その民に手を出すというなら、例えこの首落とされようとも、貴様の首を噛みちぎってくれる!」
「なんでそこまでするんだ?」
「私は、貴族である。平民には平民の、貴族には貴族の役割がある。私はそれに準ずるだけである!」
そんな噛みつかなくても。
いや、これがこの男の貴族としての矜持なのだろう。
民の為に自らの身をささげる代わり、民には手を出させない、か。
なんとなくだが、非常に好感が持てる貴族だ。
騎士団の暗部とか言う怪しい組織に調査させたところ、彼の先祖はアルトランド王国の前身である旧ラビットランド王国から脈々と続く結構由緒ある貴族らしい。
なんでもアルトランド王国の建国にも一役買っていたとか。
いや、すごいな。
これが貴族って奴か。
「わかった。あんた以外には手を出さない。それは約束する」
そう言うしかなかった。
正直、俺よりもよっぽど立派でこの世界に必要な人物だろう。
ってそういえば戦争前に彼の息子と娘が賠償に来たっけ?
すっかり忘れていた。
あれ?
そういえばあいつらって、今どのへんにいるんだ?
まぁ、いいか。
別に賠償されなくても問題ないし。
実際、暗殺被害を受けたのはグレイらしいし。
後はあいつ自身が何とかするだろう。
「失礼いたします。陛下」
ん?
考え事をしていた俺の元に声が届く。
エミリーさんの声だ。
「エミリーさん?体の方は大丈夫?」
「はい。御心配ありがとうございます。陛下」
妊婦は大事に。
っていうか、妊娠発覚してもこの人は結構普通に仕事をしている気がするんだが。
まぁ、それはシャルロッテさんもそうだし、この世界の人はそんなものなのかもな。
「ところでエミリーさん。なにか用事があったの?」
「はい。先日、新たなメイド候補が見つかりましたのでご報告に上がりました」
はい?
新しいメイド?
どういうこと?