13-7.赤き大河の戦い
コロネア大河。
ラーベルガー要塞近くの山脈を始点とし、アルトランド王国の他の川を吸収してドリス皇国とアルトランド王国の国境付近を流れる川の名前だ。
その河口には海洋都市マリーアンズ、ウェッチェリア、ギルシアン要塞と呼ばれる町や砦が築かれ、アルトランドの前身、ラビットランド王国の時代からドリス皇国との国境の町として交易や河を利用した海運業で発展してきた。
この河が赤い河と呼ばれるのは理由がある。
河の始点であるラーベルガー近くの山脈は鉄の産地であり、その河には流れ出た酸化鉄が堆積し、川底を覆っている。
このため、河が赤く見えるらしい。
実際、ラーベルガー砦の近くには溶け込んでいるらしいが、その鉄は河口に近づくにつれ分離し、この河口付近の水を手で掬ってみても、別に赤くはない。
しかしなぁ。
船が通れるほど深い河を赤く見せるほど堆積している酸化鉄って。
いったいこの底にはどれだけの鉄が堆積してるんだろうな。
「いやぁ。壮観じゃな。これは」
「人の身体は面倒だな。川を渡るのにあのような物がいるとは」
ノブナガ、フェニクスと共にやってきた俺は、その光景に息をのんだ。
こっち側の岸には5隻の帆船。
向こう側に見えるのはどう見ても500隻は超えてるよな。
対岸までの距離は……1kmくらいか?もう少し遠いかな?
地図によるとこの河はもう一つの河口があるらしいから、こんなものかもしれない。
いや壮大な話だ。
しかし、こちら側大型船5隻に対して、向こうは大小500隻。
船の数だけなら戦力差は100倍。
きっと、ボートみたいな船も含めるともっといるんだろうし、普通なら戦争にもならない感じだな。
まぁ、攻め込んでくるのは向こうで、こっちは守ってる側だし、別に問題ないのかな?
「これは聖上。お待ちしておりました」
「聖上。お待ちしておりました」
俺達が到着すると、ロウフィスとアマンダさんがテントで迎えてくれた。
他にもシロ一家やシュバルトディーゲルもテントの中にいた。
「これは、主様。申し訳ありません。お出迎えもせず」
「主!主!シロ、頑張る!」
シロが飛びついてきたので頭を撫でてやる。
いやー。シロはいつでも元気だなぁ。
「むふぅ」
シロは撫でてやると満足そうに目を細めた。
うーん。子犬みたいでかわいいなぁ。
ってまだ子犬だっけか。
つぅか、城の兄妹もずいぶん大きくなったなぁ。
やっぱり魔物だから成長も早いのかな?
戦いもしないといけないだろうし。
この前までほんと手に納まるくらい小さかったのに。
ちなみにシロ、ユキ、ホワイトの三兄弟は生まれた順番から、シロが長男、ユキが次男、ホワイトが三男だ。
そして、恐ろしいことに各々既にその才能を開花させ始めている。
シロは人間の身体を得た……、獣人になったことで、格闘技やダガーのような短い剣を使うことに才能を見せた。今は中学生くらいの背丈だ。いや、成長早すぎだろ。
ユキは狼の姿のままだが、額に小さな氷のような角が生え、魔法に対して、特に氷、雷、風属性に強力な才能を見せ始めている。
ホワイトは兄弟で一番体格がよく、既にその大きさは親を超え小柄な人間であれば乗ることもできる。
人懐っこい奴で、メイドやよく合う人には自分から甘えに行っている。
少し気になって『鑑定の魔眼』を使ってみると、ユキはコキュートス、ホワイトはジェヴォーダンという魔物らしい。なんと共にBランク、つまり災害級の魔物。バロンと同じランクの魔物だ。
もしも、野生で出会ったなら絶望するレベル。ギルドなら英雄・勇者クラスの冒険者が討伐するレベルの魔物だ。
シロが獣人に成ったときに彼らも進化したらしい。
ちなみに種族が違っても、親は親。しっかりとシャルマーニュとロレンツィオが育てていた。
いやぁ。魔物って不思議だ。
しっかし、ドリス皇国の魔境具合が一段と増したような気がする。
うん?
ふと、シュバルトディーゲルを見ると、涼しい顔をしてとてつもない速度で尻尾を振っていた。
もしかして、自分も撫でてほしいのかな?
ちょいちょいと手招きしてやると無言で跪いて頭を差し出してきた。
その頭をなでてやると満足そうに顔を緩めた。
……やっぱり撫でてほしかったのね。
クールに見えてかわいい奴だ。
うん?
アマンダさん?何やってるんだ?
撫でないよ?流石に。
そんな、残念そうな顔しないで。
申し訳なくなってくるから。
さて、思ったより時間が経っちゃったけど。
「ロウフィス。状況は?」
「はっ。敵軍、約3万。既に船への物資の積み込みは完了している模様です。宣戦布告の文もこちらに」
ロウフィスがなにか手紙を出してきた。
なになに?
あぁ、こりゃ完全に宣戦布告ですわ。
前みたいに司令官が先走ったかな?
名目は捕虜の解放、自国の魔法使い部隊の壊滅の責任、……か。
そういえば前回捕虜取ってたな。
帝国の兵士と違ってあっという間だったからガラスバンドに放置して忘れてたわ。
まぁ、宣戦布告の手紙が来てるなら正当防衛だよな?
「ノブナガ、フェニクス、ヘリオン」
「なんじゃ?」
「なんだ?」
「でちゅ」
俺の呼びかけに3人の魔王が答える。
「正当防衛は成立。敵旗艦を孤立させる。手を貸してくれ」
「はっはっはっ!そいつは面白い!存分に力を振るってやろうぞ!」
「なるほどな。承った」
「やってやるでちゅよ」
3人が3人が俺の言葉に反応した。
その瞳は自信にあふれていた。
凄く頼もしい。
「失礼いたします!敵船団が出航いたしました!」
動いたか。
3万の兵が500の船に乗船し、出航。
あの大きな船でも3万は乗らないだろうから、せいぜい1万ってところだろうな。
多分、小さいボートみたいな船もあるだろうから流石にそれだけってことはないだろうけど。
もし、これが地球の歴史ならどんな戦いなんだろうな。
俺の知っている川での戦いって言うと、赤壁の戦いか川中島の戦いってかんじだっけ。
どちらも軍師が活躍した戦いだったよな。
……軍師。軍師か。
副将みたいな人材はいても、軍師みたいな人材はうちの国いないんだよな。
多分、今回は戦いにもならないんだろうけど。
そういえば、人材といえば。
前のアルトランドとの戦いのときにいた2人は今回も出てくるのかな。
出来ればああいう手合いとは戦いたくない。
戦闘経験が違い過ぎるからか、圧倒的にレベルが高い俺をものともしてなかったからな。
アベノセイメイ。
それにロドリゴ・ディアス・デ・ビハイルだっけ?
一応、注意しておこう。
「全軍、カムイ神国の神職風の服を着た男と褐色の2本の剣を持った男には注意するように。かなりの手練れだからな。出会ったら引け」
「カムイ神国の神職じゃと?名は?」
「アベノセイメイ」
「アベノセイメイじゃと!?」
あ、やっぱり知ってるんだ。ノブナガ。
まぁ、俺らの世界でも同じ名前のヤツは相当有名な部類だったからな。
「ふむ……。そ奴は確実に儂と同じアンデッドじゃな。名を借りている、という可能性もあるが、まぁ、まず本物じゃろう」
「誰だ?そのアベノセイメイってのは?」
「儂らの国で昔活躍した英雄じゃ。その力は強力な魔獣を屠り、巨大な魔物を従えていたという。まじない師の類で儂はあまり好かんがな」
ふーん。やっぱりカムイ神国の関係なんだな。
「ともかく、そいつらは多分強いから。俺に任せるように」
「ふむ。承知したぞ」
さて。行こうか。
ふざけたことしてくれたお返しだ。
「来たみたいでちゅね」
川の対岸から吹き付けるような風が抜けてくる。
それに合わせて敵船団が動き出した。
相手は……、船団を盾に横一列で圧力をかけながらこちら側に進行してくる気なのだろう。よく見ると、船は互いに鎖で繋がれ、足場となるであろう木の橋のようなものが見える。
最終的に、船で橋をかけるつもりなのだろう。そうすれば補給線を維持するのも容易だしな。
まぁ、愚策も愚策。
相手は完全にこちらの戦力を見誤っている。
恐らく兵力数だけで勝利を確信しているのだろう。
「半分くらいまで来たな……。ヘリオン。頼む。フェニクスも準備しておけ」
「承知したでちゅ」
そう言うと、ヘリオンが光を放ちながら巨大化……質量を変化させる。多分、こっちの状態がデフォルトだろうから、巨大化っていうのは正確じゃない。
「じゃあ、やってしまおう。ストーンバインド」
そう言うと、敵船団の後、つまり対岸の頭上に巨大な岩の塊が発生する。
巨大。本当に巨大だ。
直径で2kmくらいありそうだ。
まぁ、円形というわけではなくて、長細い感じの形の岩の塊だ。
あれを落とす気か、ヘリオン。
というか、君。本当にその大きさになるとでちゅって語尾じゃなくなるんだ。
「破砕」
そう呟くと、呟く?
身体が大きいからか、声量もかなり大きい。
ともかく、敵の陣地の空に現れた巨大な岩に、ここからでもわかるほどのひびが入った。
「ストーンレイン」
すると巨大な岩の日々はさらに進行し、岩は粉々に砕け散った。
って、おいおい!まさか!
細かくなった破片が下に居た敵兵の陣地を襲う!
一つ一つは小石のような大きさだが、高い位置から降り注ぐ石はそれだけで脅威。
しかも、岩が砕けた時の位置エネルギーと運動エネルギーを伴って降り注いでくるわけだ。
当然ながら、これだけ大きい岩だとその範囲も広い。
石の雨が敵の陣地全体を襲うのだ。
……これ、俺らいらなかったんじゃ。
「次は俺だな。いいんだな?ノブナガ?」
「うむ、やってしまえ!」
「よし!さぁ!魔王に牙を剥くことの愚かさ!その身に刻むがいい!」
そういうとフェニクスが手を空に掲げる。
すると船団の後ろ、つまり船団と向こう岸の間に火の塊ができる。
「レイジングフレイム!」
炎の塊はこれまた細かく分かれ敵船団に降り注いだ。
当然ながら繋がれた船団になすすべはない。
一部は魔法で炎をガードしているようだが、まぁ、これは魔王の魔法だ。
まともにガードできるのはごく一部だろう。
炎は船団を焼き払い、視界を赤く染めて行った。
「あぁ!すっきりした!」
「うむ。やはり魔力はたまには使わないとな!」
あぁ、うん。そう。
良かったね。
ちらりと横を見てみると、ノブナガも目を点にして呆けているし。
流石にこの現状は予想外だったのかな?
「え、ナニコレ……」
近くにいたグレイがそんなことを呟いた。
俺は目の前の大惨事を見ながら、どうしたものかと考えながら立ち尽くしていた。




