13-6.ツーナス騎馬民族
俺は頭を抱えながら聞いた。
「えっと、なんだっけ?旦那探し?わざわざカムイ神国から?」
「はい」
……今、ものすごく忙しいんだが。
「えー、そのなんだ。旦那探しなら勝手に国内でやってもらって構わな……」
そう言いかけた俺の正面方向、つまりテントの出入り口の布があげられた。
「なんじゃ、まだこんなことろにおったのか」
(アレクシス、そろそろ軍の方の準備が整っているぞ)
入ってきたのはノブナガとバロンのアンデッドコンビだ。
「ん?お主等は……」
特徴的な外見を持つ2人にノブナガが反応した。
そうか、カムイ神国出身ならノブナガも知っていてもおかしくないか。
「ノブナガ、どうやらこの2人、ツーナス騎馬民族領が来たらしいんだけど」
「で、あろうな。お主ら、氏族は何処の氏族じゃ?」
「貴方は、装い的にカムイ神国の方ですね。ツェールでございます」
「なんと!ツェールのものか!」
なんだか2人でわかり合ってしまっている。
もう少しこちらにもわかるように説明してほしいんだが。
「ノブナガ、説明を」
「ん?あぁ、すまんすまん。こ奴らはツーナス騎馬民族のうち、十氏族と言われる氏族のものらしくてな。彼らの族長に連なるもののうち、何人かは婚姻の適齢期に旅に出るのじゃ」
「旅?」
「そうじゃ。旅の目的はより強いオスの精をその身に宿すため。まぁここに居るということは」
「はい。こちらのお方の精を我が妹に頂きたく」
いや、そこまで聞いてない。
(また、この手の連中か。大変だな神獣様も)
(他人事かよ!ちょっと助けろよ)
(他人事だ。精を生み出せない俺には関係ないしな。わっはっはっ)
バロン、テメェ。
「まぁ、安心せよツェールの者よ。そういう事情なら此奴は最適じゃ。なんせ、この辺りで間違いなく最強。すでに何人ものおなごに手を出しておるから拒否も無いじゃろ」
いやノブナガ!何勝手に言ってるんだよ!俺は了承してないぞ!
「なんて都合の良いお方。とても良い」
ほら!都合のいい男とか言われてるし!心外すぎる!
「まぁ、しかし。今は無理じゃ。ここはじき戦場となる。疾く去るが良かろう。そうじゃな……。ここから西に行け。皇都の手前、南に海が見える大きな街、シャトワがある。そこで、休むがよいじゃろう」
「むぅ。残念」
「なるほど。たしかに我々がここにいたらお邪魔になりそうです。分かりました今は引きましょう」
おっと?ノブナガがなんとかこの場を収めてくれた。
助かったぞ。今だけはこいつを評価できる。
彼らがテントから去ったあと、ノブナガに聞いてみた。
「なぁ、十氏族ってなんだ?」
「ん?あぁ、ツーナス騎馬民族領で特に力を持った者達の氏族でな。ツェール、ツンドラ、ツクリ、ツァイス、ツーリオ、ツム、ツクシュー、ツォリ、ツトライド、ツサ。ツーナス騎馬民族領はこの十氏族の合議制で成り立っている。今はカムイ神国に従うという合意の元、地域が結束しているはずじゃ」
全部『ツ』で始まってるのか。ややこしいな。
「でこの十氏族はほとんどの場合男児が長の座を継ぐんじゃが、女児は各氏族の為に力を求めるのじゃ。しかし、長い間十氏族同士であったり、近親者で婚姻を繰り返していたために病弱な子が生まれることが多かったそうじゃ。そこで女児たちは周辺国等の他国に種を求めるのじゃ」
うわぁ。予想以上にめんどくさそうな設定を……。
「正直、ここまで来るとは思わんかったがな」
「ホントだよ。ノブナガ、なんとか説得してくれよ」
「無理じゃろ。氏族の意志であるしな。諦めて一発で拵えてやればすぐ終わるぞ?」
「だから、そういうのは一応、両者の意思をだな……」
「今更じゃろ、あれだけの女子に手を出しておいて。姫二人に大天使、冒険者に聖女、ドラゴン二人に戦乙女三人。儂でもそこまでの側室は持っておらんかったぞ」
うっ……!それを言われると……。ってちょっとまて!
「なんでお前が相手まで知ってるんだよ!?」
「ん?まぁ、よかろう。その程度の些事」
いや、些事じゃねぇよ!
プライバシー!プライバシーの保護を要求する!
(……そろそろ、いいか?もう皆出立したんだが)
ノブナガに抗議していた俺の頭にバロンの声が響いた。
出立って。あぁ、そうか。
ヴィゴーレやロウフィスたちがそれぞれの持ち場に移動したのか。
(あぁっと。すまん。わざわざ呼びに来てくれたのに)
(いや、このくらい問題ない。俺もそろそろ出る。東はラーベルガー要塞が主要な拠点になるだろうからな。確認するが、敵軍は撃退の方針でいいんだな?)
バロンとの会話は相変わらず、テレパシーによるものだ。
今は俺が喋れるから、俺の方は普通にしゃべってもいいんだが、バロンは喋れることを他の人には隠しているので俺もバロンがテレパシーを送って来たときに心の中で返事をして返しているだけ。
いい加減、このテレパシーをスキルとして手に入れたいんだが、どうも練習してもうまくいかないんだよなぁ。
(なるべく両軍死者は少なくな。多分、後ろにヤバい奴らも控えてるだろうから)
(あぁ、分かっている。死者は少なく。死者は、な。くくくっ)
……すっげぇ悪い顔をしていらっしゃる。
いや、骸骨だから顔は分からないんだが。
なんというか雰囲気というか。
むしろ、骸骨だから割と本気で怖いというか。
流石リッチー。
俺はそんなことを思いながら、テントを出ていく鎧姿の骸骨の背後を見送ったのだった。
「ほれ、もうよいじゃろ。行くぞ、大御屋形様」
「また心にもないことを。行くけどさ」
お前が大御屋形様っていうのって完全に当てつけだよな。
「ん?そんなことはないぞ?心から思っておる。……逆らうなど具の骨頂じゃしな」
「ふーん?」
ぼそっと何か小声で追加した気がするが。まぁ、良いか。
「さぁ!我らが主の初陣ぞ!」
ノブナガがバサッとテントの入り口を大仰に開きわざわざ高らかに宣言して見せた。
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
入口が開くと、外から地鳴りのような歓声が聞こえる。
うっわ、なにこれ。
「神獣様!」
「神獣様!」
「神獣様!」
そして突然始まる、大合唱。
えぇ……。
何ぞこれ……?
「いや何、神獣と呼ばれるこの国の守護獣、そして未来の国主の初陣じゃ。盛大に行かんとな!わっはっはっ!!」
引くわぁ。超引くわぁ。
「ほれ、手の一つでも掲げてみせんか!兵の士気を高めるのも、司令官の仕事じゃぞ!」
いやそんなこと言っても……て、もう、そんなこと言える雰囲気じゃないか。仕方ない。
俺は右手を高く掲げて、兵士たちに見えるよう、アピールした。
その瞬間、ひときわ大きな歓声が響く。
その地鳴りのような歓声は天を突き、大気を震わせ、雲を押し退ける。
これが後に『赤い河の決戦』と呼ばれ、『史上最強の魔王の戦華』などと語り継がれることを、今の俺はまだ知らなかった。
これは、その序章のお話であることも。
ちょっと短いですが。