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13-3EX.行商遠藤飛鳥 襲撃

 お昼も過ぎて、ちょっと一服。

 あ、たばこじゃないですよ?

 お茶です。お茶。

 下の森にも生えていた、この辺りでも帝国でも比較的ポピュラーな椿のような植物の新芽を取って発酵、乾燥させた、所謂緑茶に近いものです。

 これも、まだこっちの世界の人には知られていない商品。

 まだまだ、味が安定しないのでうちのパーティーの中だけの試作品になっています。

 ……うーん。

 氷室さんからの依頼。

 これ、達成できる気がしないんですけど。

 コーヒー豆ってこの世界で入手できるんでしょうか。


「……コーヒー飲みたいの。何とかならない?」


 そう先ほど言われた依頼。

 真剣な表情で何を言い出すかと思えば、コーヒーが飲みたいと。

 無茶ぶりが過ぎる!


 コーヒーだと多分生育環境は私たちの世界でいうところのアフリカやブラジル辺りですよね?

 私の知っている知識だと、似た環境なのはイルムランド王国、オーグ南森国、アトゥラントゥス島、ガイノス帝国あたりでしょうか。

 そこから送られてきてかつ、焙煎してあるものとなると……。

 うん。無理。

 帝国ならもしかしたら伝手のある商人もいたでしょうか?

 しかし、遠方からの、それも船便での貿易となると……。

 値段は恐ろしいことになりそうです。

 というかそもそも、焙煎してある者なんて手に入るんでしょうか。


 ……よし、ここは何とか似たもので誤魔化そう。

 タンポポの根っことか、……そうだ、大麦を焙煎して思いっきり濃く出してコーヒーみたいにするのはどうだろうか。

 検討材料に入れておきましょう。



 お茶のコップを机に置いて、目を閉じる。まだそこまで孤児院から離れていないので子どもたちの声が聞こえてくる。


 子供、子供かぁ。

 私ももう少しで父親になる。

 そう思うと、子どもたち声も違った感じに聞こえてくるから不思議だ。

 父親目線になるというか、なんというか。

 確かカフェインって妊娠中はあまり良くなかったような気が……。

 ノンカフェインとなるとやっぱり麦が良いでしょうか。

 しかし商品化となると、工場や販売網も必要になりますよね。

 ここは、あの人に相談するのが良いでしょうか。

 私は善は急げと立ち上がり、思い立った場所へと向かいました。




「大麦ですか?」

「はい、あくまで試作なので品質はそこまでこだわってはいません。そうですね、試作分を含めて樽5つ分くらい御用達いただければ」

「まぁ、そのくらいならなんとか?ちょうどギレフガルドの町の御用商人が来ていたはずです」

 首をひねる次期伯爵。

 そう、私は再び、グレイ様の執務室へと来ていました。

 セレーノ伯爵の領地は羊や綿花など、衣類の原料の生産が盛んだ。

 その過程で、飼料となる大麦、カラス麦に似た作物も豊富に栽培されていたはずだ。

 この国の主食は一応パンなので小麦の方が栽培面積が多いのですが、山間部などの寒冷地では大麦によるおかゆのような物も主食として提供されている。


 この世界で『小麦』と呼ばれる作物は私たちの世界の『小麦』と大差はない。

 グルテンなどを含み、主に粉にしてパンなどに加工する用途に使われる。

 国内での主な品種は『クレアナ小麦』という世界的に流通している品種です。


 対して、『大麦』と呼ばれる麦も私たちの世界の『大麦』と大差はない。

 なので小麦、大麦といった名称はあくまで日本語に直したときの名称です。

 粒の大きさや草本体の大きさの大小ではなく、用途の広い物=大、代用品=小と名付けられた漢字圏での名称分類。


 こちらの世界では大麦やライムギも西洋世界でも主食として流通しているため、気候により産地が限られる。

 この国では比較的南側の平地で小麦である『クレアナ小麦』をはじめ『オシロ麦』や『オルト麦』、山のすそ野に広がる町で大麦である『トラハ麦』、山岳地帯や山間部でライムギである『ミソナ麦』といった具合で栽培されていたはず。

 セレーノ伯領では南の海にほど近い領地に(といっても書物では崖のようになっているらしいが)小麦、山間部から山のすそ野にかけて広がっているクワイアット伯爵領に大麦やライムギを食用として栽培していたはず。

 そこで、コネのあるここに来たわけです。

 結果として、大当たりでしたね。

「あー。でも、そこまで大麦持ってるかな?多分、彼等春の毛刈りの後の出荷に来たんだと思うんですけど。もしかしたら商隊の食料しかないかも」

「それならそれでも大丈夫ですよ。私の方で交渉しましょう。ご紹介いただけますか?」

「分かりました。今は宿にいるはずですからご案内しましょう」

 そう、グレイ様に言っていただきましたが……。

「まさか、次期伯爵自ら?それは流石に申し訳が……」

 グレイ様が笑顔で手招きを始める。

 え?なんです?呼ばれてる?

 私は顔を近づけるとグレイ様が声を潜めてこういった。

「正直、ちょっと息抜きしたいんですよ。見てくださいよこの書類の量」

 確かに凄い量の書類ですね……。

 つまり、あれですか。

 私を紹介するという事をダシ……もとい、理由にして外出したいと。

「そういうことです」

「まぁ、構いませんが」

 これ、最終的に私が怒られる流れじゃないですかね。

 その時はフォロー、頼みますよ?



 私たちは連れ立って、町にある商人の元へとやって来た。

 ギレフガルドの御用商人という話ですが……。

 これは何というか。

 随分ぼろぼろというか。

 え、大丈夫ですこれ?

「あぁ、これは元々神殿の宿舎だった場所を使っているからこんな感じなだけで、中はきれいらしいですよ?」

 商人なら外見も気にするでしょうに。

「まぁ、倉庫として使ってるみたいですし。ただ、ここにも商談室はあるみたいですし、一週間くらいはこっちにいるって話なので多分今日はこっちにいると思いますよ」

 そう言いながら、グレイ様が、扉を開け……。

 ん?

 扉の奥にキラリと光るものが見えた。

「グレイ様!」

「えっ?」

 思わず手を伸ばしグレイ様の首根っこを掴む。そのまま引き倒す。

 すると直にグレイ様の頭のあった場所をナイフが通り抜ける!

「な、なな、なにが?」

「良いから私の後に!」

「は、はい!」

 襲撃?一体誰が?

 そう考えているともう2本ナイフが煌めいた。

 私は思わず、左手で飛んでくるナイフから顔をカバーする。

 ナイフは私の金属鎧に弾かれ、地面に転がる。

 金属鎧で良かった。

 私はすぐに近くに転がったナイフを手に取り、飛んできた方向に投げ返す。

「ぎゃ!」

 奥の方からナイフがあたったのか、声がした。

 当たりのようです。

 声がしたあと、ドタドタと中で足音……。

 足音の数からすると、残りは5人でしょうか?

 ちょっと分が悪いかもしれません。

 しかし、引くわけには行きませんね。

 私は身を屈めて一気に踏み込む。

 まずは正面、そしてその右手。2人ほど固まった覆面の相手だ。

 正面の相手に掌底を叩き込む。

 その後すかさず左足で右側の相手、蹴り上げた。

「がはっ!?」

「うぎゃっ!」

 2人は短い悲鳴を上げて倒れ込む。

 倒れ込んだ相手の後ろから別の男が剣を抜いて切りかかってくる。

 これは……、できるか!?

 私は切りかかってきた相手の手を掴み、相手の足を払ってそのまま背負い投げの要領で投げる。

 キレイに投げられた男は背中を強打し、悲鳴を上げることなく気絶したようだ。

「くそっ!」

「な、なんなんだ!こいつ!」

 投げた男の先、つまり扉から入って左手側にいた、2人の男が目に入った。

 1人は剣を抜いて、1人は及び腰。

 襲撃の配置は……正面左右に2人づつ。

 他に罠が張られた様子もなし。

 偶然か?いやタイミング的にはグレイ様を狙ったものでしょうね。

 しかし何故?

 グレイ様の就任はセレーノ伯爵の親族からも歓迎された……というか押し付けられたと聞いていますが。

 ……捕まえてみればわかりますか。

「死ねやゴルァ!!」

 相手の一人が剣を持った腕を振りかぶって突撃してくる。

 ここだ!

 私は相手の振り上げた腕……、肘のあたりを目掛けて掌底を放つ。

 ()()()()と嫌な音がして相手の肘が変な方向に曲がった。

「ぎゃあああ!?」

 汚い悲鳴があたりに響いた。

 まぁ、そりゃそうですよね。

 痛いでしょうとも。

 完全に折れてますから。

「ひ、ひぃ!!」

 最後の一人が逃げ出す。

 逃げ出すところは私が入ってきた扉しかない。


 しまった!

 そちらにはグレイ様が!

「わっ!わわっ!」

「どけっ!」

 視界にグレイ様を捉えた賊がナイフを振り回しながらグレイ様に向かう。

 間に合わない!

 そう思って駆け出すが私の身体能力では!!

 ……もう駄目だ。そう思った瞬間、グレイ様を狙った賊がつんのめった。

 ……は?

「……は?」

 つんのめって地面を滑る賊。

 地面と言ってもここは石畳の上。

 そこに本来、石畳ではありえない慣性で滑っていった賊はさながら紅葉おろしのように……。

「いや、いやいやいや!グロっ!?」

 グレイ様がそんなことを言うが。いや、それよりも。


 ……今のは()()()()()()()です。

 グレイ様が迂闊な行動だったのは確かですが。

 ……まさか入口でしゃがみこんだままなんて。

 せめて隠れておいてくださいよ。

 と、そうではなく。


 グレイ様はたしかに迂闊です。

 過去には、貴族になる前に貴族の悪口を言ったり、生命の危機とも言える状況を自ら作る、などの行動が目立ったそうです。

 まさにスキルの何違わぬ『死亡フラグ』を乱立していたそうです。

 それがどうでしょう。

 眼の前で見てみると……。確かに生命の危機に瀕する行動はしているものの、そこ止まりです。

 むしろ、今のように運のいい場面すらある。

 実際、この事件も難なくクリアできたわけですし。

 これは、まさか……。


「いや、もう何!?この人達!?」


 ……考えすぎでしょうか?

 狼狽えているグレイ様にはそんな事出来るようには見えませんが。


「ともかくグレイ様、一度警備兵に連絡を。夜烏隊で次期伯爵様のグレイ様のほうが話が早いでしょう。私はその間、コイツラを縛っていきます」

「わ、分かりました。呼んできます!」

 走り出すグレイ様の背を見ながら、私は考えていた。




 あれ?

 もしかしてこれも死亡フラグでは?


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