13-3EX.冒険者『閃光』の氷室彩音 釣り針と子供たち
ふーん。
釣り針、ね。
言うほど需要はあるのかしら?
私にはちょっとわからない世界ね。
まぁ、趣味の範囲の話だし、それなりに買う人はいるかもね。
それにしても、お金には困らないでしょうに。
国の領地の中でも特に衣料やその原料に特化した領地でしょ?結構なお金があるでしょうに。
「そりゃ、失敗したときのことを考えて政策は自分の資産で自由に使えるお金を用意しておこうと思いますよ。損失の穴埋めもできますし」
そういうものかしら?
まぁ、確かに将来に備えることは良いことだと思うわ。
ただ、多分、もの凄く忙しくなると思うわよ?
「はは。そんなわけ無いですよ。僕、素人ですよ?そんなに忙しくならないですって」
そんな気がするのよ。
さて、これで皇都とセレーノの町を繋ぐ準備、そして商会を立ち上げる準備が整ってきたわけだけど。
あとは例の手紙が無事に届くといいのだけれど。
彼が転移者、それも商品開発に特化した転移者ならこの計画にも現雑味が出てくるのだけど。
「あ、閃光さん!」
「え?」
グレイの家の執務室から出てきた私が町を歩いていると、大量の荷物を持った若い女性に声をかけられた。
えっと、確か彼女は……。
「この前、実地訓練に参加した、ハミュさん、……だっけ?」
「はい!ハミュです!あのときはありがとうございました!」
彼女の元気な動きに結った茶髪の短めのポニーテールと大きなリボンが揺れる。
確かミミックリリーに捕まった子だ。あれからきちんと冒険者を出来ているらしい話は噂程度で聞いていたけど。
見た感じ、結構服も汚れてるし……低ランク冒険者向けの掃除とか、ネズミ退治でも受けてるのかしら?
「ははは……お恥ずかしながら。ゴミの片付けとか採取系ばっかりで。なかなか魔獣退治とかには手が出なくて……」
「恥ずかしいものじゃないわ。誰がやらなきゃいけない仕事をしてるんだから。もっと誇ってもいいわ」
「そ、そういうものですかね」
ハミュが恥ずかしがって頭を掻いた。
なんというか、元がいいからこういう仕草も似あうのね。私とは大違い。
「そういうものよ。大体、魔獣を倒すなんて血生臭い仕事、くさいし、血で汚れるし、怖がられるし。良いことないわよ」
言ってて悲しくなってくるわ。
「はぁ~、そうなんですね」
「私の魔法の師匠……エルフなんだけど、『雷雲』のスカーレットって人なんだけど、近くの村の人からは『血濡れのスカーレット』って……ってなんて顔してるのよ?」
驚いたような、呆れたような顔のハミュを見て聞いてみた。
「い、いや。『雷雲』って……まさか『閃光』さん、あの変じ……じゃなかった天災級冒険者に手ほどきを頂いていたんですか?」
変人って言いかけたわよね?
まぁ、否定しないけど。
「そう、その変人に半年ほど師事していたわ」
「よ、よく生きてましたね……」
その反応もよくわかるわ。
なにせ彼女の世間での評価は『変人』『軍隊殺し』『男狂い』『到来しない春』と散々な物だった。
なんというか、とことん運が無くて運をつかむ前に次の案件が舞い込んでくる、そんな人だ。
まぁ、私も一度も手合いで勝ったことはないんだけど。
「ちなみに剣の師匠は『春風』のクリアントよ?」
「えぇ!?あの『春風』ですか!?って、ことは『閃光』さんって天災級パーティーの『腕無し』の……お弟子さん!?」
雷魔法が得意で、エルフの魔法使いの女性、『雷雲』のスカーレット。
突きの剣技が得意なウィンディアの剣士の老年の男性、『春風』のクリアント。
それが私の師匠達。
二人は『腕無し』というパーティーを組んでいることで有名だ。
……正直、半年も生き残れたことが不思議なくらいだわ。
突然、森にある家から書置きを残して2人とも消えてしまった。
その後だっけ、皇都に出てきて冒険者として活動を再開したのは。
当時、一般級だった私に冒険者のイロハを教えてくれたのは彼女達だった。
外界から隔絶された森の中でみっちり半年。
魔獣との戦闘こそ経験しなかったものの、その間天災級の魔法と剣技を受け続けた。
本当。死ななかったのが不思議なくらいだわ。
「ところで、何か用事?なんだかすごい荷物だけど?」
「あぁ!そうでした!すみません!閃光さん!私はこれにて失礼します!今からちょっと孤児院に行くので」
「孤児院?その大量の荷物は……もしかして、食料?」
「え?あ、はい。私、孤児院出身なので。ちょっと多く依頼料が入ったときは、食料を買って持って行ってるんですよ」
そうなのね。
孤児院……。たしかグレイの奥さん、ティナの家が孤児院経営の筆頭だったはず。
この世界、私の知っている……漫画やアニメで見た異世界にくらべて奴隷や思いっきり権力思想に傾いた貴族が表面上は見えない分、平和そうではあるのだが、やはり身寄りのない子供やスラム街の子供というのは一定数いるらしい。
ただ、国の政策上、孤児院を主に経営している貴族家が3家もあるので問題が表面化していないだけだ。
実際、孤児院の経営に関しては、伯爵家からの支援だけではなく、寄付やこういった卒院生の支援によって経営は成り立っているそうだ。
「私も手伝うわ。荷物、貸しなさい」
「え、えぇ!?そんな申し訳ないですよ!」
「問題ないわ。手伝わせてちょうだい」
「じゃ、じゃぁ」
私は袋を二つ受けとると彼女と歩き出した。
実は少し興味があったのよね。
皇都には孤児院が西側に1つ南側に2つの3つあるとは、ティナから聞いていたから一度は行ってみたいと思ってたのよね。
西の孤児院は孤児院というよりは幼稚園とか保育園って感じらしいけど。
あっちは職人街だから、預かるって感じになったらしいわ。
町を歩きながら私達は他愛もない話をしながら進み、やがて南側にある孤児院についた。
結構、住宅地の奥に入ってきたけど、この辺は陽の光が届きにくいのか、少し薄暗い。
「ねーちゃん!」
「ねーちゃんだ!」
どこからともなく、路地裏から子供たちが現れっ!?
「きゃっ!」
突然、スカートが浮き上がり、思わずスカートを押さえた。
「白だ!」
「白!」
このクソガキども……!
「こらっ!やめなさい!」
ハミュが私の怒りを代弁するかのようにクソガキにゲンコツを食らわせた。
少しだけ心が晴れる。
「この人は『閃光』さんっていう冒険者よ!本気になったら私達なんてすぐ細切れか黒焦げにされるわよ!」
いや、しないわよ。
どうなのよ、その言い方は。
「ほら!早く謝る!」
「「ごめんなさい」」
スカート捲りをした子達が素直に謝ってくる。ここは大人として、ムキになっちゃだめなところよね?
「いいわ。許してあげましょう。ただし、今後はしないこと。他の人にもよ。女性は大切に扱いなさい。良いわね?」
「「は~い」」
うん。
素直でよろしい。
子供ってこういう時、素直でいいわ。
「ねーちゃん、ねーちゃん!」
「ねーたん、ねーたん!」
……なんか、わちゃわちゃしてきたわね。
気づけば私たちの周りには20を超える子供たちが……。
多いわねぇ。
食材の量、足りるかしら……。
「あれ?氷室さん?」
うん?なんか聞きなれた声が。
「遠藤さん?どうしてここに?」
そこにいたのは遠藤さんだ。
この時間にここにいるってことは、もしかしてグレイの部屋から出てからまっすぐここに来たのかしら?
いくら、私たちが荷物を持っていたからって私達より早いってことは……。
「あぁ、一応依頼で。ここの卒院生たちから」
あぁ、なるほど。
ハミュみたいに食料を送って来た子がいるって事ね。
なかなかいい子たちみたいね。ここの孤児院出身の子たちは。
「あ、そういえば遠藤さん」
「ん?どうかしましたか?」
「ちょっと、仕入れてほしいものがあるんですけど……」
ちょっとだけ、ここじゃ仕入れずらいものなのよねぇ。
すみません。次回も少し遅くなりそうです。