12-4EX.次期伯爵グレイ 新たな家臣候補
「結婚!?パロミデスが!?」
「グレ……いや、御屋形様、それは本当なのですか?」
「……(呆気にとられたような表情)」
それぞれ、驚愕の感情を見せたのは、順番にオットマン、フィン、ヴィテゲの3人。
今日は一応、配下たちとの会食の日だったのだけれど。
「お前ら、驚き過ぎじゃねぇか!?」
こうして班の班員が5人揃って会食なんていつ以来だろうか。
少なくとも、夜烏隊になってからは記憶にない。
もしかして、班が決まった日以降なんじゃないか?
今思えば、誰かしら用事があって全員そろったことは少なかった気がする。
「いやだけどなぁ、まさかパロミデスがこの中で一番のりとは誰も思わないだろ?」
そういうのはオットマン。
そうだね。僕は君が一番のりだと思ってたし。
なんせ、プレイボーイだ。
よく言ってイケメン。
悪く言えばチャラ男。
そんな彼なので、さっさとどこかの女性とくっつくかと思っていたんだけど。
意外にもこのチャラ男、純情なのである。
「確かに、言い方は悪いが、オットマンや私の方がまだ可能性があった気がするが。……いや、すまない。ここは素直に祝福するべきだな。おめでとう、パロミデス」
そういうのはフィン。
なんというか、フィンは真面目が服を着て看板背負って歩いているような人間で。
何かというと風紀だ、規律だと。
パロミデスとはよくケンカをしていた。
まぁ、実力は認めあっているみたいだし、仲のいいからこそできるケンカって感じだ。
「……(こくりとうなずく)」
この何を考えているか分からない男は、ヴィテゲ。
特徴としてはとにかく無口。
神獣様とは流石に一言二言喋るみたいだけど、僕たちと一緒にいる時は大概地蔵モードだし。
「……(こくり)」
ちなみに彼はとても酒に弱い。
僕らの中では断トツに。
大体樽ジョッキで届けられるエールの半分も飲めないのはいつもの事だ。
っていうかこれ、寝てないよね?
大丈夫だよね?
「おまえら……俺だってまさかこんな展開になるとは思わなくてだな……」
パロミデスが酒を飲みながら頬杖を突く。
その姿勢で器用に飲むね?
「ていうか、君たち。いい加減婚約者決めないとティナさんがお見合い用意し始めるよ?」
「う……それは……」
申し訳ないけどすでにティナさんは準備を始めている。
「奥方の押しの強さはちょっと尋常じゃないですから。出来ればご遠慮願いたいですね」
「……(こくり)」
そう思うなら、早くしてほしいんだけど。
「はいはい。料理、お待たせしました」
「お!まってました!」
料理屋のおばちゃんが皿に盛られたいくつもの料理を持ってきてくれた。
ここは昔から僕らが使っている宿屋兼業の料理屋で、顔なじみの店になっている。
この世界では宿屋はたいてい泊るところ、食事をするところ、酒を飲むところ、馬を留め置くところを一緒にやっているところが多い。
サービスの数によって料金が変わってくる、というのが常識だ。
しかしながら、皇都では特に馬を留め置くところが設備的な問題で不足することが多い。
なので皇都に限っていえば、いずれかの仕事を削ったり、何かに特化した宿屋も多い。
たとえば、貴族街の入り口にある『恋人たちの楽園亭』では宿泊に特化していたり(なお、それは間違いで、正確には宿泊と情事に特化した店舗だったことを知るのはもう少し後のはなしだ。)、ティナさんとのお見合いの店では会食と密談に特化していたり、ここ『有楽亭』では集団での宴会に特化した店だ。
相席も当たり前のこの世界では冒険者どうしの交流の場としても使われている。
といっても、料理の種類は選べるわけではなく。
濃いめの味付けの干し肉煮込みにザワークラフトのような野菜、稀に果物なんかが用意される。大鍋で一気に料理したり、大量に仕込めるものを提供している。
因みにパンと飲み物は別料金。
仕入れて提供しているらしい。
今回は店の奥の方、カーテンを一枚挟んだ先の部屋が一杯だったので僕らは普通の客と同じく、広間の丸テーブルに腰掛けている。
因みにここの店主はここより北側、内陸の出身らしく、保存性のためこの辺りの地域よりかなり味が濃い。
それがこのあたりの人に受けたのか、かなり盛況みたいだ。
「くぅぅぅ。沁みる味だな。やっぱ俺等の食事はここだな」
「確かに。思えば班決めの頃から通ってたんだな」
「……(こくり。こくり)」
分かる。
なんというか、ここの料理は癖になる味なんだ。
って、そういえば。
「そういや、4人とも苗字の方も早く決めてよ?」
「あぁ、そういえば……」
「俺は決めているぞ」
「……(こくり)」
へぇ、フィンとヴィテゲはもう決めたのか。
オットマンとパロミデスは……この反応だとまだだろうな。
早く決めないと僕みたいに箱詰めにされるよ。
「すみません、グレイさん。相席お願いしてもよろしいですか?」
食事を摘まみながら僕たちが談笑していると、店員が声をかけてきた。
新兵の頃から……まぁ、今でも新兵なんだけど、通ってるから次期伯爵になったってわかっていても前みたいに接してくれてるし、僕らの事をむやみやたらに喧伝することもない。
「あぁ、いいですよ」
この店では相席なんてよくあることなのだ。
拒否するなんてここにいる客の中にはいないだろう。
暫くすると、店員が2人の冒険者風の男を連れて来た。
あれ?この2人は……。
「すみません。相席させてもらって」
「この、オリバー男爵家の私と相席なんて、ついてるね。君たち」
「おい、クラウゼン!すみません。こんな奴ですが食事の邪魔になる奴じゃないので……って」
「そうは言うがなアッシュ。名乗りは大切……ん?」
2人が僕に気づいたようだ。
「ははは。気にしてませんよ。先ほどぶりです。お二方」
先ほど、パロミデスの件で割り込んで助けてくれた冒険者の2人だ。
赤毛の青年と青い貴族風の青年。
確か『双極の翼』、だったかな?
「その節は助かりました。僕は戦う力がないもので」
「いえ、こちらこそ。お役に立てず。なんでも救護班を手配してくださったのは貴方だったとか」
「……」
アッシュと軽い挨拶を交わす。
クラウゼンの方は……なんだかさっきから大人しい。
というか、なんだか顔を伏せて汗が噴き出しているといった感じだが。
苦手な物でもテーブルにあったのかな?
「皆、こっちはさっき助けてくれた冒険者の2人だよ」
「それは、パロミデスの嫁取りの時のですか?」
「そうそう。その時殴られそうな時に庇ってもらって」
「あのときは助かった。礼を言う」
「いや、中々できることじゃないよな。さすが冒険者。じゃあ今日はお前等の分は俺等が出してやるよ!」
「え、それは流石に悪いですよ」
「気にすんなって!うちの大将を助けてくれた礼だ!」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……って大将?」
オットマン、また勝手に……。まぁいいんだけど。
そういう会話をしていると、クラウゼンが唐突に立ち上がり。
「きょ、恐縮であります!閣下!」
ビシッとした貴族の礼をとった。
あー。これ、あれか。僕らのことに気づいたから緊張してたのか。
「お、おい。クラウゼン。一体どうしたんだよ?」
いまいち状況が把握できていないアッシュがクラウゼンの手を引いて問いかける。
「いいからお前も礼を……」
その時だ。
入口の方がざわついているのに気付き、僕らは視線をそちらへと向けた。
そこにいたのは。
「げっ!?ティナさん!?」
ティナさんだった。
何やらご機嫌斜めなご様子。
僕、なにかやらかしたっけ?
仕事は済ませたし、今日はみんなとココで食べるのは伝えたはずだけど。
僕らに気づいたティナさんがこっちへ進んでくる。
「きょ、教官?」
「グレイ様?私がなぜここに来たか、おわかりですか?」
アッシュを無視してティナさんが僕に問いかける。
「い、いや。さっぱり……」
「先程、私のもとに知らせが届きました。暴漢に襲われたらしいですね」
いや、襲われたっていうか。
襲われかけたというか。
「あれほど、外へ出るときは護衛を付けてくださいと言いましたが覚えてらっしゃらなかったのですか?」
「じ、実害はなかったわけだし、今回はノーカンじゃあ……」
「でも襲われましたよね?」
「はい」
ぐうの音も出ません。
「おぉ、おっかねー」
僕の影に隠れてオットマンがボソッと口にする。
「あん?」
ティナさんに睨まれてすぐに目をそらした。
余計なこと口にすると寿命を縮めるよ。……ひとのこと言えないけど。
「て、あら?貴方達は……」
しめた!興味が冒険者達に移った!
「あぁ、こちらは今日助けていただいた冒険者のアッシュとクラウゼンです」
「そうでしたか」
ティナさんが少し考え込むような仕草を見せる。
「それは、お礼をしなければいけませんね」
そう言うと、ティナさんは手元にあった羊皮紙の欠片に何かを書き始めた。
「明日、こちらにいらして下さい。改めてお礼をさせていただきます」
羊皮紙を受け取ったアッシュが眺めてクラウゼンに渡した。
「これは……」
「では私達はこれで失礼いたしますね」
「ちょ、ちょっとティナさん!」
その返事もせず、僕はティナさんに手を引かれ、店を後にした。
食事、少し勿体無かったな。
店から出て少し、ティナさんは急に立ち止まった。
僕はその後ろ姿に、恐る恐る声をかける。
「あ、あの?ティナさん?」
「……」
だ、だめだ。何を怒っているのかわからない。
ていうか、なんでこんなに機嫌が悪いんだろう?
「……ご無事で良かったです」
え?
「殴りかかられたと聞いたときは、心配で心臓が飛び出そうでした」
あぁ。そうか。
これは怒っているのではなくて、僕を心配してくれていたのか。
……婚約者失格だな。
終わってすぐに無事に知らせを出すべきだった。
「すみません。次からは気をつけます」
そういう僕の胸にティナさんが振り返って納まってくる。
僕は彼女を抱きしめることしかできなかった。
「……今日一日」
「え?」
「今日これから一晩、私のために使ってくれるのであればお許しいたします」
それは勿論。
僕は小さく頷き、彼女を抱きしめ直した。
程なくして、機嫌が治った彼女から、ベッドの上で新しい提案を受けた。
「あの二人の冒険者のパーティ、お抱えにしましょう。ゆくゆくは家臣として抱えるその試用期間ということで」
あ、はい。そうですね。いい人そうだし。
「明日、その話をするためにお呼びしていますので貴族の格好でお願いします」
あ、はい。
いつぞやティナさんと釣り上げた新種の魚が、部屋の片隅に置いた自作の水槽の中で、チャポンと水音をさせて跳ねた。
彼等が後の世に『セレーノの紅鬼』『セレーノの蒼鬼』と呼ばれるようになるのはもう少し先の話。
僕、グレイがセレーノ伯として就任した半年後の話である。
冒険者二人はちょくちょく出てきた新人教育を受けていた二人です。
平民と貴族出身ですが、気が合ったようです。
二人でパーティーを組んでいます。
こんな異名をいずれ付けられる二人ですが、ノブナガやミツヒデとは因縁はありません。……たぶん。