12-4EX_次期伯爵グレイ パロミデスの結婚
「で。ちょっと説明してもらえる?」
「あぁっと、何から説明したものか」
頭を掻きながら、パロミデスが答える。
何からも何も、全部だよ。
ただ、何よりも一番気になっているのは……。
パロミデスの事をパパと呼んだウィンディアの少女の事だ。
今、その少女はパロミデスに肩車をされてキャッキャとはしゃいでいた。
パパってなんだよ。
「とりあえず、そちらの……ヒルデさんとマノンちゃんだっけ?そちらの方とのご関係は?」
「いや、そこまで深い関係ではないが」
いやいやいや、それは無理でしょ!パロミデス!
マノンちゃんの方は思いっきりパパって言ってるし!
普通に親子だよね!?
いや、それよりも。この子がパロミデスの子供ってことは後ろのヒルデさんはパロミデスの奥さんってことに。
この、美人薄命って感じの女性と山賊の頭みたいなパロミデスが?
申し訳ないんだけど、襲ったようにしか見えないんだけど。
「マノン、そのくらいにしておきなさい。申し訳ありません、パロミデス様、伯爵様」
「あぁ、いや。別にそのくらい大丈夫だけど」
「俺も問題ない。ヒルデ、けがはなかったか?」
「えぇ。おかげさまで、私もこの子もかすり傷一つありません」
「そうか。良かった」
あのパロミデスが二日酔いでもないのに大人しいだと!?
いや、それよりも他人を気遣った!?
訓練の時は相手を打ち負かしてガハハ笑いしているパロミデスが!?
いや、明日は大雪でも降るんじゃ……。
いやまて、落ち着け。ここは彼の上司として謝罪するのが先か。
恐らく、マノンちゃんは酒に酔ったパロミデスがヒルデさんを襲って出来た子供。
彼女の人生を狂わせてしまったから一緒にいると考えるのが妥当か?
こんなことが世間に知れたら、大変だ。
次期セレーノ伯爵は強姦魔を雇っているとか、貴族の資質を問われかねない。
いやまぁ、貴族の資質なんて僕にはないんだけど。
と、とりあえず。
「すみません。もしかしてうちのパロミデスがあなたに乱暴を!?」
「は?」
「ほら、パロミデスもしっかり謝る!」
「え、いや」
「つべこべ言わない!乱暴してそのうえ子供まで!どれだけこの人の人生を狂わせて」
「いや、ちげぇ!?誤解だ!誤解!」
「え?」
慌てて謝罪しようとした僕をパロミデスが止める。
誤解なの?
「彼女は旦那を亡くしていて、俺がたまに面倒を見ているだけだ!」
「え?そうなの?」
「えぇ。三年ほど前に。それからよく助けていただいています」
ヒルデさんがパロミデスの言葉を補足する。
彼女やパロミデス曰く、彼女の旦那は冒険者で、薬草や木の実、農地の手伝いを主に請け負う人だったらしい。しかしマノンちゃんが生まれてすぐ、少し皇都から離れた村の農地の手伝いに出た際、本来その辺りにはいないはずの猪の魔獣が大暴れ。村人を果敢に守り、亡くなったらしい。
その後、ほどなくしてパロミデスが皇都に上京してくる際に森で薪を取っていた彼女と出会い、狼型の魔獣から助けたことで出会い、これまで何度か助けていたらしい。
マノンちゃんが彼をパパと慕っているのもそんな彼を週一で見ているからだとか。
そういえばパロミデス、休日は頻繁に何処かに消えていたな。
パロミデスが兵士に志願したのも彼女を助けるために金が必要だった、という事みたいだ。
まじか。
パロミデス、そんなことを……。
いや、そんなことより未亡人スキーだったのか。
けど、一応確認。
僕は声を潜めてヒルデさんに耳打ちする。
「一応確認ですけど、脅されてあらかじめ用意しておいた回答をしているとかじゃ……」
「え、えぇ。違いますよ。事実です。今では本当の家族のように思っています」
そうなんだ。良かった。てっきり就任決定早々ゴシップ発覚かと。
「は、ははは……」
乾いた笑いがヒルデさんから聞こえた。
すみません。本当。
その後、僕たちはロロンドさんにお礼を言って、助けてくれたロロンドさんと冒険者達と分かれて、ヒルデさん、マノンちゃん、パロミデスを連れて彼女が運んでいた薪を運んで薪の納品先まで来ていた。
「いや、助かったよヒルデさん。天空城になってから薪の在庫が少なくなってきててね。また頼むよ」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます。こんなにお代金をいただけるなんて」
「困ったときはお互い様さ。またお願いするよ」
「はい。よろしくお願いします」
そうか、ドラゴン便には制限があるから、時間制限付きとはいえ、飛べるウィンディアは稼ぎどきなのか。
あぁ、でも神獣様が下に街を作るって言ってたから、これもそう長くは続かないんだろうな。さすがに彼女のためだけにこの限定された物流を改善しないという選択肢はないだろうし。
そうなれば、彼女は収入が激減するんじゃなかろうか。
しかし、僕にはどうすることも……。
あ、そうか。この手があったか。
「パロミデス、それにヒルデさん。ちょっと提案があるんだけど」
「どうした?グレイ?」
マノンちゃんを抱えている姿は誘拐犯にしか見えない……じゃなかった親子にしか見えないし、これはいけるんじゃなかろうか。
「2人共、正式に結婚する気はない?」
「誰が?」
「君が」
「誰と?」
「彼女と」
一瞬の静寂の後。
「「え、えええぇぇぇぇぇ!?」」
2人は張り裂けそうな声で叫んだ。
「おかしな話ではないと思うよ。マノンちゃんもパロミデスに懐いてるみたいだし」
「いや、まて。グレイ。俺は結婚するつもりなど無いが」
「僕だってなかったよ。でも立場的には、ね?」
「うーん」
「ヒルデさんはどう?結婚相手としては不服?」
多分、パロミデスにこのまま話しても、平行線だろうし、僕は目線を変えてヒルデさんに問いかけてみた。
「不服……ではないですけれど。でも、私のようなものが果たして隣に居て良いものか……と。私は騎士爵に叙されるのでしたら相応にふさわしい方がいらっしゃるのでは、と少し思ってしまいます」
「そんな事はない!」
ヒルデさんの言葉を聞いてパロミデスが声を上げる。
そのまま彼女の手を取って真っ赤になりながらも、真剣な眼差しを彼女に向けた。
「俺はこの通り、不器用だし、粗忽だし。何より、恋愛の機微というものは全くわからない。しかし、貴方はそんな俺を助けられていると、家族だと言ってくれた。その言葉には感謝しかない」
えっと、あ、あはは。
まさかパロミデスが思った以上に積極的だった。
というか手を握り合って完全に2人の世界に入ってしまった感があるんだけど。
「パロミデス様」
「ヒルデ」
ギャー!ちょ、ちょいまち!
「はーい!ストップ!ストップ!この往来だから!人目があるから!それ以上はなしにして!」
今にもキスせんばかりに近づく彼らを僕は止めにかかる。
「ちょ、おもっ!?びくともしない!?パロミデス!ストップ!ストップだって!」
パロミデスを背中から羽交い絞めにするが、2人の世界モードに入った2人は止められそうもなかった。
僕は少しばかり、自分の無力さを悔い、地面に臥せることとなった。
「おじちゃん。パパとママはなにをしているの?」
あぁ、マノンちゃん。そんなに純粋な目で僕を見ないで。
そんな質問を僕にしないで。
そりゃ、煽ったのは僕だけどさ。
2人が唇を放し、僕やマノンちゃんに目を向けてくれたのはたっぷり10分後。
その間、僕や往来の人々は彼らの行為を祝福するでもなく、冷やかすわけでもなく。ただひたすら2人の世界から抜けるのを待ち続けていた。
……恋愛ドラマのエキストラたちはきっとこんな感じだったに違いない。
その後、彼らを祝福する拍手が沸き起こったのは言うまでもない。
パロミデスさんは良い人です。