11-11.妊娠発覚
妊娠?
誰が?
え?
もしかして、俺?
「いやいや。君は生物学的にオスだろう。混乱しすぎだ。少し落ち着け」
あ、あぁ。そうだよな。うん。
そんなわけないよな。ははは……。
「で、結局誰が妊娠しているんだ?」
とは聞いてみたものの大体予想はできているんだが……。
「シャルロッテだ。最近、彼女は体調が悪かっただろう?人間の妊娠は妊娠前の最終月経から計算するからおそらく3か月目だろう」
まじか。
ってことは、こういう関係になってかなり早い段階で妊娠したってことになるよな。
そりゃあれだけ……て、こんな冷静に分析してる場合じゃねぇ!!
俺はシャルロッテさんの部屋を目指して走り出した。
「あ、おい!ちょっと待て!もう1人……」
後ろでなにかゴルディが言っていたが、そんなことも気にせず、俺はシャルロッテさんの部屋を目指して走り出した。
シャルロッテさんの部屋の前に来た俺は彼女の侍女であるリリアーノさんの配下であるメイド2人に止められた。
「せ、聖上。シャルロッテ様は体調が……」
「そんなこと言ってる場合じゃないから!良いからシャルロッテさんに会わせてくれ!」
そんなことをしていると部屋の中からリリアーノさんが現れた。
「聖上、陛下もいらっしゃっておりますので、お静かにお願い致します」
「あ、リリアーノさん。良いから!ちょっとマジで緊急事態だから!そこを通してくれ!」
リリアーノさんは俺の言葉に怪訝な顔をしながら、俺を宥めるように声をかけてくるが、正直、そんなことより早く通してもらいたい。
「リリアーノ、大丈夫ですよ。聖上を通してあげて下さい」
中からそんなシナーデさんの声が聞こえた。
「陛下……畏まりました」
その声に答えてリリアーノさんが道を譲ってくれた。
俺の後をリリアーノさんがついて入ってくる。
中には、ベッドで身を起こしているシャルロッテさんと脇の椅子に腰掛けているシナーデさんがいた。
「アレク?どうしたのですか?そんなに慌てて」
「お待ちしてました。聖上」
良かったシャルロッテさんは思った以上に元気そうだ。
俺はシャルロッテさんに近づき、両手を両肩に乗せる。
完全に勢い余った行動だが、このくらいは許してほしい。
「きゃ!ア、アレク?」
「シャルロッテさん、落ち着いて聞いてほしい。今、ゴルディに教えてもらったんだが……その……妊娠したそうだ」
「え?誰がですか?まさかゴルディ様?」
「いやいや、違う違う。君が」
機械生命体って妊娠するのだろうか?
「え?私?……え?えぇっ!?」
「あらあら、先に言われちゃったわね」
シナーデさんがまだ混乱するシャルロッテさんにそう声をかけた。
「私も、シャルロッテの症状を聞いてそうじゃないかと思って来たのだけれど……ゴルディ様が仰るなら間違いないわね」
「お、お母様?本当なのですか?」
「あなたの症状を聞いて何となくね。おめでとう、シャルロッテ」
「姫様、おめでとうございます」
「ありがとう。お母様、リリアーノ」
シャルロッテさんは涙を湛えながら2人に礼をする。
「アレク、良かったらもう少し一緒に当てもらえないかしら?」
え?
俺がいても大丈夫なものなのか?
なんか変な菌とか俺が持ってたら移ったりしない?
「聖上、今日は一緒にいてあげて下さいそのほうが陛下も喜ばれます」
「そうよ、貴方とシャルロッテの子供なんだから。共に喜びを噛み締めなさい」
「あ、あぁ」
その言葉に、俺はゆっくりとシャルロッテさんのベッドへと近づいた。
「アレク」
シャルロッテさんが手を広げて俺を招き入れる。
「じゃ、私達はマリアやあの人に教えてくるわね。ごゆっくり〜」
シナーデさんがリリアーノさんの手を引いてそそくさと部屋から出ていく。
気を使ってくれたのかな?
俺達は、その夜、互いの手を取って喜びを噛み締め合うのであった。
翌日。
うーん。なんだかまだふわふわしている。
まさか、こんなに早く、俺が父親になることになるとは。
いや、いつかはなるものだとは思ってたけどさ。
俺はシャルロッテさんの面会の邪魔にならないよう、自室の方に移動していた。
別にいても邪魔にはならないだろうけど、女性には女性の話ってのもあるだろうからな。
男組は明日以降だ。
「姉様!」
少し遠くでマリアゲルテさんの声が聞こえる。
あぁ、いつものやつか。
今、あんまり騒がしくするとまた怒られるぞ。
朝から聞いてると、既に氷室さん、ガブリエル、戦乙女組は来てるみたいだし。
ちなみにマリアゲルテさんは朝の日課の鍛錬をカツイエとしていて遅れたらしい。
この2人は鍛錬が始まると時間まで他の声が聞こえなくなるらしいからな。
おかげでマリアゲルテさんのレベルは既に10になった。
これは現皇王であるシナーデさんやガラハドの相棒のシオンと同じレベルだ。
この世界では10前後で成長しづらくなる『強さの壁』と呼ばれる現象があるそうだ。
シノンはまだその『壁』を超えていないらしい。
まぁ、ガラハドに比べてまだ若いし、本人も焦っていないようなので別段気にしていないようだ。
ちなみに俺の知り合いには11
を超える人間が結構いる。
ガラハドたち冒険者組をはじめ、エルフの妹リヴィアーデ、城の重鎮たちにグレイを除く転移者組、ドミニクやエリザベス、アントニオ。前皇夫妻。
20を超えてくるものとなるとすごい人扱いらしい。
これはバロンやエフィーリアさん、ドリアードのミリアさん前公爵組、ヴィゴーレとその仲間たち。
30を超えてくるともはや英雄級。
じぃやさんにドラディオ、魔王組、ゴルディ。天使や戦乙女、ドラゴンたち。あと俺が倒したグレイスノース公爵もその一人だったらしい。
こうやって並べてみると、浪漫がいかにレベルが高かったかわかるな。
そうして自室で何もせずにボーっと考え事をしながら過ごしていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
ん?
なんだろう?
誰かが俺を呼びに来たのか?
そうきている間にも、再度ノックが続く。
何だよ。全く。
もう少しこの幸せを噛み締めていたいのに。
「ハイハイ、今出ますよ」
俺はそう言いながら扉に向かう。扉を開けるとその瞬間。
パァン!!
扉の向こう側から突然の破裂音が響いた。
な、なんだ!?
何事だ!?
「パンパカパーン!おめでとうございます!ようやく第一関門、突破ですね!」
クラッカーを片手に満面の笑みを浮かべている女神がそこにいた。
「いやー、順調、順調。さすが私。素晴らしい選別眼の持ち主ですね」
一回、眼科で見てもらったほうがいいぞ。
いや、それとも精神科の方がいいか。脳を見てもらうのはなに科だっけ?
「失礼な!事実、貴方は短期間でこれだけの成果を上げているじゃないですか!」
いやまぁそうだけど。
「って!さっきの音、大丈夫なのか?シャルロッテさんは妊娠中だから変な影響出たりしないよな!?」
「大丈夫ですよ。ほらいつものように時間は止めてありますし」
はぁ、それなら良かった。
よく周りを観察すると、鳥の声や、風の音も聞こえなくなっている。
どうやら大丈夫そうだな。
「で、何しに来たんだよ、一体?」
「何って、お祝いですよ、お祝い。目標の第一段階がクリアできたので。クリア特典とお祝いメッセージを送りに来ましたよ」
まさか本当にそれだけのために?
こいつ、本当に暇なんだな……。
「失礼な。そんな事言うとあげませんよ、クリア特典」
「いただきます」
何にしてももらえるものはもらっておきたい、もらって損はないだろう。
「うーん。なんだか敬意が足りない気がしますが……まぁいいでしょう。ハイ、これ」
ん?なんだ?紙袋?
俺は受け取った紙袋の中身を見た。
が、ソレを確認すると直ぐに袋を閉じた。
「おい、この中身……」
「あぁ、そっちはおまけです。多少、気分転換に遊びたいかなと思いまして」
「余計なお世話です」
にしても、多すぎだろ。5箱くらいはあったぞ。1つ20枚入りとしても100回分はある計算だ。
……そう、そこに入っていたのはコンドーム。パッケージを見る限りは俺の知っているものだったので、恐らくわざわざ現代世界に寄ってから来たのだろう。
どうせなら解熱剤とか抗生剤みたいな実用的なものを買ってこいよ。
いや、実用的っちゃ実用的なものなんだけど。
「まぁ細かいことはいいっこなしです。本命はそっちです」
ん?
どれだ?
あぁこの紙切れか。
これ、この前貰ったくしゃくしゃの紙と同じものか?
「そうですよ。異世界一日転移券。大盤振る舞いの4枚です!」
ビミョー。
前のもまだ使って……て、そうだあの本もまだまともに使ってないな。
下の町を作るときに参考にしてみるか。
5枚もどう使うか。
ん?ってあれ?
「ちょっと待った。最初の関門?まだ続くのか?」
「?当然じゃないですか。最低でも20人、欲を言えば100人位欲しいんですけど」
……何?
何その意味不明な数。
無理無理!体力持たないって!
「種として定着させるにはやっぱりそのくらい必要なんですよ。それに実際に獣人として生まれるのは3割くらいでしょうし」
何だそりゃ。どんだけ大変なんだよ。
「あぁ、因みに獣人化した魔物のことなんですが、あれもファインプレーでした。猫獣人以外は予定外でしたが、これでかなり種類の幅が広がったので彼らもこれからは子孫を増やしていってほしいですね」
つまりあいつらの結婚相手も考えなきゃならんと。
どうする?結構な数をあてがわなきゃならんのか?
「やーん、あてがうなんて野蛮な表現。ちやんと子孫さえ増やしてくれれば、こっちはなんでもいいですよ」
お前が言うな。お前が。
……まぁ。いいや。
こいつの言う事にいちいち反応していたらこちらの身が持たない。
「さて、冗談はこのくらいにして」
冗談?半分以上本気だろ?
「まぁ、そうなんですが。ちょっと真面目な方の話です」
「真面目な方の話?」
「はい。貴方方の活躍で既に3体のこの世界に居てはいけない者の討伐に成功しました」
3体?えっと、だいたらぼっちと、あの転移してくる奴と……、氷室さんが出会ったという飛ぶ蛭の塊か?
あれ?ちょっと待った。
この世界に移動してきた問題の奴って1体じゃないのか?
「いえ、1体です。今回倒した相手はそいつが召喚、もしくは生み出した生物ですね」
召喚。そんなことできるのか?
「普通はできません。まして、世界の壁を超える召喚なんて。しかし、彼らは何らかの方法でこれを成し遂げています」
「あの老紳士はどうなんだ?あいつもかなり強そうだったけど」
「彼はおそらく、目標が最初にこの世界に召喚した1体です。正体は不明。目標の代わりに、彼が手足となって、今回の生物の召喚や作成をしているのでしょう」
『えぇ。私の眷属によく似た者が居りましたので、我が主の種を与えたのですが、どうやら力が暴走しているようで。力の制御もままならず、理性も崩壊しているようなのでございます』
そういっていた、老紳士の言葉を思い出す。
そういえばあいつはシラクサ辺境伯の時も後に妖魔と呼ぶことになったあのゴブリン達を作り出していたように見えた。
「本来この世界に、人型の……所謂、ゴブリンやオークなどといった魔獣……妖魔は存在していません。おそらく今は、それらを生み出し、戦力を整えている最中でしょう」
妖魔を生み出す?
そんなこと可能なのだろうか。
「彼らの理屈はよくわかりませんが、魔力で様々な細胞を補完しているのでしょう。いずれにしても、このまま許しておけば、世界は確実に崩壊へと進んでいくでしょう」
世界の崩壊。
それは流石に止めないとヤバいよな。
「奴らが集めた魔力を起点として、既に世界に様々な変化が出始めています。大陸の東ではオークの活動が、南側ではゴブリンの活動が目撃され始めました。北では羽の生えたのっぺらぼうの活動も見え始めています」
オークがすでに生み出されているってことか。
「もちろん。すぐにとは言いません。ドリス皇国の件が片付いてからで結構です。彼らの『巣』を破壊し、殲滅してください。それが追加の新たな任務です」
「まぁ、やれるだけはやってみるさ」
世界の命運のかかったことだ。
安請け合いはできない。
だけど。
シャルロッテさんやマリアゲルテさん。
この世界で出会った人々。
そして何より、生まれてくるであろう子供のため。
出来る限りの事はしようと思う。
俺はそう女神に対して頷き返した。