11-9.浪漫と語らう
「いやぁ。助かったぜ。嬢ちゃん、ありがとな!」
「いいわよ、お礼なんて。たいしたことじゃないから」
結局なんだかんだあって、先ほどの冒険者はギルド職員に連れていかれた。
彼にはギルド内で暴れたペナルティが課されるとのことだ。
今回の原因は本人の変質的なまでの幼女趣味。
犯罪を未然に防いだという事でこっちの男と被害者の彼の奥さんはお咎めなし。
まぁ、妥当な線だろう。
どうやら冒険者の証からの情報では、元々いたギルドでもフィルボルや他の種族の未成年の女性を食い物にしていて追い出されたらしい。
前科ありという事で、情状酌量の余地なくペナルティとなったようだ。
うわぁ。
居るんだなぁ、そういう奴がこの世界にも。
フィルボルとそういう関係になることは罪ではないが、女性を力づくでどうにかするのは当然ながらこの世界でも罪になる。
……気を付けよう。
俺の頭にはシャルロッテさんや聖女や戦乙女たちの顔が浮かんだ。
……だ、大丈夫だよな?
結構ぎりぎりの線だと思うんだけど。
なんだか意識したら猫の身体なのに冷汗が止まらなくなってきた。
「今捨てると、貴方も捕まるかもね?」
氷室さんが耳元でそう囁く。
身体がビクッと震えた。
いや、君も大概、俺の心読んでくるようになったよね。
「ところで貴方、道具工房『ロマン』の店主って言ってたわよね?」
「ん?あぁ。そうだな。大賀浪漫っていうんだ。よろしくな!」
「その名前の響き、もしかして我々と同類ですか?」
そんなことを遠藤氏が言う。
同類?
ってあぁそうか。こいつ、転移者か。
じゃあ、あの強さも納得。なんかチートでも使っていたんだろう。
「そうみたい。で、多分今冒険者達の間で人気の道具工房。その経営者みたいよ。貴方、ここに来たってことは……」
「あぁ、この手紙を見て遥々トラシオスから来た。そのことを知ってるってことはあんたが氷室彩音、だな?」
「正解」
「コイツラは?」
「紹介するわ。こっちの騎士っぽいのは遠藤さん、私達とは別口だけど、同類よ」
「遠藤です。普段はパーティーを組んで行商などしています」
遠藤氏が立ち上がって礼をする。
「で、こっちの冴えない貴族っぽいのがグレイ。こう見えてこの国の次期伯爵。後ろはその奥さんたちね。えっと元の名前何だっけ?」
「冴えないって酷くないですか!?こっちも精一杯やってるんですけど!?……オッホン。グレイ・ハマーと言います。今はまだ」
「今は?まだ?」
「……グレイ様」
グレイの後ろからティナさんが暗い声でグレイに声をかける。
「わかってますよ。えっと、先日正式にグレイ・セレーノになりまして。えっと、一応次期伯爵です。すみません、ちょっとその辺りまだ複雑なんです」
「そ、そうか。お前も苦労してるみたいだな……」
なんだかグレイ同情されてるな……。
「で、私。名前は氷室彩音。しがない冒険者よ。一応、災害級」
「災害級……初めて見るぜ。あんた優秀なんだな」
「よして、ただ懸命に生きていただけよ。気づいたらこうなっていたの」
「それが優秀って事だろ」
「貴方もね。工房の噂、聞いてるわよ」
「そりゃどうも。災害級の冒険者様に覚えていただけているとは光栄だね」
なんだか落ち着いた会話だな。君ら。
「ついでに王配陛下の愛じ……」
そう呟こうとしたグレイの喉元に氷室さんがアイテムボックスの中から素早く出した細身の剣を突き立てる。
「ちょ、まっ……」
「余計なことは言わなくていいの。まったく、貴方も貴族の後継者になったんだからその不用意な発言を気を付けなさい。早死にするわよ」
「はい!気を付けます!」
さて、次は俺だな。
にゃー!にゃーにゃー!にゃーん!
テーブルの上で懸命にアピールする。
にゃー!にゃー!にゃー!
「お?なんだこいつ?」
男が俺の脇を抱えて持ち上げる。
「あぁ、こちらは……」
「ほーれほれほれ」
男は俺を寝ころばせて手で弄ぶ。
男の大きな指が俺の首や耳の裏、腹や腕の手首の近くを撫でまわす。
時に強く引っ搔くように、時に弱く愛でるように。
くっ!こいつ!なんて猫の扱いがうまいんだ!
薬指と小指で支えて、残り3本……いや、両手合わせて6本の指をうまく動かしてくる。
にゃ!にゃにゃ!
「いいんですかね?あれ?」
「いいんじゃない?姿を変えないってことはあのことは秘密って事だろうし。まぁ、そもそもここじゃ変われないでしょうけど。変わったら裸だろうし」
「あの事?」
「あぁ、貴方、あの姿知らなかったっけ?あの子猫。あいつよ」
「あいつって……まさか!?」
「そのまさか。まぁ、別に黙っててもいずれ分かるだろうからいいでしょ」
「は、ははは……」
「はいはい、お楽しみ中ちょっとごめんなさいね。続きを話してもいいかしら?」
弄ばれていた俺を氷室さんが制す。
体感でたっぷり5分くらい。
ちぇ。ちょっと楽しかったのに。
「続き?もしかして、まだ居るのか?」
「正解。あ、あと一応私たちの経歴については……」
「アレについては他言無用。ってことだろ?わかってる」
男の発言に氷室さんが少しびっくりする。
「よく分かったわね」
「何となくな。さっきからアレの事は濁して話しているしな。わざわざ同類、なんて言葉を使ってな。昔から勘だけはいいんだ。俺は」
「そう、なら話は早いわ。私たちが出会った同類はあと5人。1人は、……まぁ後で話すとして、大体2種類に分かれるわ」
そういって氷室さんがテーブルの上のコップと皿とを動かす。
「だいたい私たちが認識しているのは3種類よ。女神組、事故組、実験組よ。貴方、女神にはあった?」
「女神、あぁ、会ったな」
「じゃぁ、貴方はこっち側ね」
氷室さんはコップの集団を1つ増やした。
察しの悪い俺でもなんとなくわかった。
恐らくだが、コップが俺たち女神組。
2つ並んだ皿がゴルディと遠藤氏の事故組。
3つある皿がジョージ達、実験組なのだろう。
実験組というより男神組だな。
「遠藤さんは事故組。事故組はあと1人……まぁ彼はあったら驚くだろうから、その時を楽しみにしておいて。実験組は3人、今は多分依頼でも受けて下かしらね。なんかの教授と兵士とサイボーグ」
「さ、サイボーグ?」
あまりにも突飛な発言に男の声が少し上ずった。
そりゃ、驚くのも無理ないな。
まだまだ面白い話いっぱいあるぞ。
俺の事も含めてな。
その後は浪漫が自慢げに今までの経歴や自分の事を話してくれた。
自分が住んでいる町の事、便利屋としてトラシオスの町で店舗を持つまでに信頼を勝ち取った事、町を襲った大蛇の事、大きな首長のウミガメの事。
それはもう玩具を自慢する子供のように、嬉しそうに。
いや、俺らよりよっぽど冒険してるな?
なんだか冒険映画の主人公みたいだ。
「なるほどな。大体事情は分かった。まぁ、ちょうど準備もできたみたいだし、飯にでもしようや」
「そういえば、貴方の奥さんは?」
その言葉に肘をついていた男はガクッとうな垂れた。
「奥さんって……違うんだけどなぁ。あの子は俺の助手みたいなもんで知り合いの姪っ子を預かっているだけだ。まぁ、うちの会社の会計部長として頑張ってくれているが。そんな気はねぇよ、俺はロリコンじゃないしな」
「ロリコンって。彼女はフィルボルでしょ?その定義には当てはまらないんじゃない?」
「馬鹿野郎。この世界の常識はともかく、俺には難易度が高い」
そういうと男は肘を突き直しひらひらと手を振った。
なんというかこの男、いちいち動きが様になっている感がある。
いい年の取り方をしたおっさんって感じだ。
何となく、海外映画の考古学者を彷彿とさせる格好も相まって一味違った魅力がある。
ってそういえば似たような恰好の人は既にあったことあるな。
ジョージとも気が合いそうだ。
「まったくその気がないわけじゃないんだが、どうもなぁ」
「ふーん。そういえばその奥さんは?」
「今はそっちの伯爵さんの奥さんの口利きで宿の手配に行ってるよ」
そういえばさっきから、ティナさん達とこいつの奥さん……じゃ、無いんだったな。ともかく全員いないな?
「そういえばあの子、計算も料理もできるみたいだし、秘書としても優秀そうよね?」
「ん?あぁ、この3年、あいつも頑張ってたからな」
「貴方もだけど、スキルは?結構な数持ってるんじゃない?」
「あぁ?」
男、浪漫が不思議そうに首をかしげる。
その後、浪漫がとんでもないことを言い出した。
「スキル?スキルってなんだ?」
……おいおい。まじかよ。