11-6.脅しだって?断じて観光です
「皇帝陛下!御出座!皆の者、敬礼!」
その合図とともに、俺の周りの人間がすべて敬礼の仕草を取る。
剣を前に掲げて、それをひっくり返して地面に当てるようなポーズだ。
どうやらそれが、この国での敬礼のポーズらしい。
うーん。
俺もやった方が良いのだろうか。
だけど、一応ドリス皇国の次期王配。
他国の皇帝に敬礼するのもあまりよろしくないだろう。
少しして、皇帝とやらが壇上に姿を現した。
凜としてはいるが……、どう見ても子供、いいとこ高校生ってところじゃないか?
「皆の者、楽にしてよい。面をあげよ」
その合図に、この場にいた人間が頭をあげた。
うぉ。子供でも威厳あるなぁ。俺とは大違いだ。
「そなたが、ドリス皇国からの使者か?詳細は派遣官僚のアナスタシアから聞いている。遠路はるばる、よく参った。して、我が帝国との和平交渉との話だが」
皇帝がいきなり本題に入った。
正直、圧倒された。
完全に話の主導権を握られた感じだ。
「さて、我が国の辺境伯が貴国に迷惑をかけたようだが……はっきり言って、かの侵略はシラクサ辺境伯の独断だ。我が帝国は関係がない。和平交渉は無駄であろう。早々に帰られよ」
ふーん。そういうこと言うんだ。なら、容赦はいらないな。
「……そんなこと、今更通ると思ってるのか?」
そういうと、その場に一気に緊張感が増した。
まぁ、完全に喧嘩売ったような言い方だしな。
「経緯はどうあれ、こっちの国の人間に被害が出た。偽装だろうが何だろうが、帝国の印の入った宣戦布告状がこっちに届いている以上、言い訳はできない。……ってうちの配下が言ってたわ」
国では皇王に次ぐ権力を持っていた公爵を廃人にしたのは、間違いなくシラクサ辺境伯だしな。
「ともかく、こちらの要求は捕虜になっている帝国関係者、およびシラクサ辺境伯関係者の身代金と戦争賠償要求。……えっと要求額は、ちょっと待ってな」
俺は懐からミツヒデに渡されたメモを取り出す。
「あったあった。賠償請求額はドリス皇国の金貨に換算して即金で100万枚。それと今後3年、50万枚づつ出してもらう。また、捕虜に関してはこれとは別に扱い、1人金貨300枚からの交渉だ」
「「「「なっ!?」」」」
俺の提案に、周囲がざわつく。
皇帝は椅子に肘をついたままピクリとも動かない。
「ばかな!帝国の公爵領の予算の2倍近くではないか!?」
「捕虜に関してもそうだ!相場の2倍以上だぞ!?」
「いくらなんでも横暴が過ぎる!アレはシラクサ辺境伯の独断行為だぞ!?帝国に払う義務はない!」
たぶん、貴族か文官なんだろうな。
そんな予算の計算がスッと出てくるあたり。
まぁ、正直、知ったことではないな。他国だし。
俺としてはおまけしてあげてもいいんだけど、ミツヒデから今日の賠償請求に関しては一切妥協するな、交渉に応じるな、あと脅すつもりで行けと言い含められているしな。
流石はノブナガの配下だと思う。
こういう外交術に長けているのだろう。
「あとな、1つ良いことを教えておこう」
俺はたっぷりと時間をためて次の言葉を紡ぐ。
これもノブナガとミツヒデの演技指導のたまものだ。
たっぷり脅して、がっつりボッタくろうという算段だ。
金がひっ迫すれば群を再編するのにも時間がかかる。
こちらに攻めてくるような余裕がなくなる、というわけだ。
「俺は、転移魔法が使える」
その言葉に皇帝がピクリと眉をあげた。
「ここまでは空を飛んで数時間でここに来たが、帝都の場所、覚えたぞ。このことを踏まえてゆっくり考えるように。1週間、時間をやる。アナスタシアに返事を持たせろ。……正式な書状でな。1週間後、門の外に迎えに来る」
俺はそう言い捨てて、振り返り、その場を後にする。
帰る間際、列の後方にアナスタシアの姿が見えたが、彼女は肩をすくめて、やれやれしかたありませんわね、とでも言いたげな表情をしていた。
その顔を横目に俺は堂々と扉をくぐって帝都の城をくぐって行った。
さぁて、夕方には転移で戻るとして……。
とりあえず、お土産でも漁ってみるか!
金貨20枚も持ってきたし!
~帝国皇帝視点。帝国、軍務会議室~
くそっ!
皇国め!やってくれた!
あんな化け物を交渉に送り込んでくるなんて!
俺の鑑定でも全く何もわからなかったぞ!?
こんなことは初めてだ!
集められた軍務会議の面々の話を聞き流しながら、俺は心の中で悪態をついた。
ここは帝国の軍務会議室。
皇帝に認められたもののみ入ることを許されるいわば、秘密の部屋だ。
ここでの会話は他言無用、門外不出の厳命がされている。
事はそれほど重要なのだ。
「あのようなべらぼうな要求!受けてはなりません!」
「そうだ!栄えある帝国に脅しをかけて来ようなど、言語道断!」
「ここは徹底抗戦がよろしいかと!皇帝陛下!」
まぁ、そうなるな。普通は。
ここに集められた面々は、別に直情型の人物ばかりではない。
ただ、軍属という事もあってそういう傾向が強いのは否定できない。
俺はその言葉を聞きながら、家臣に声をかけた。
「お前たちはどう見る?イヌ、キジ、サル」
俺の側近、帝国の三騎士団長。
「正直な話、転移魔法というのは眉唾ですな。しかしそのような魔法があるのなら、帝国兵を含めたシラクサ辺境伯兵二万が全滅、というのも納得はできます」
そういうのはイヌオル・ワンクォーク。近衛兵のみで構成された黄金騎士団の団長だ。
忠誠は俺の家臣の中でもピカイチで愚直な武人、といった印象の男だ。
「私は今でも信じがたい。しかし、あのアナスタシアが嘘をつくとも思えない。彼女たちは、確かに全滅したのだろう」
そう、キジュエッタ・ローブが言う。彼女は魔法と剣を両方使用する部隊、白銀騎士団の団長。
若い、と言っても俺とそう年齢は変わらないが、三つ編みを前に垂らした髪が印象的な女性だ。
「俺は……ありえなくはない、と思う。あの人物、魔力の底が知れなかった。あの魔力の持ち主と敵対するなら膨大な賠償金を払って後腐れなくしたほうがいいと思う」
最後に発言したのはサルヴィア・タイム。魔法特化の青銅騎士団の団長だ。
あまり多くは語らない、悪く言えば暗いやつだが、実力は折り紙付き。その彼が言うなら、やはりそうなのだろうと納得するだけの実力がある。
三人とも、俺が子供のころから親交のある、いわば本当に信のおける家臣だ。
こいつらを騎士団長にするために、ずいぶんと無茶をしたものだ。
「派遣官僚、士爵アナスタシア、一番近くで本人を見ていたのはお前だ。発言を許可する。事実のみを語れ」
俺の言葉に、つい先日まで捕虜だった者が応えた。
ここに呼ばれる人間は、ここの常連メンバーを除き、発言は発言を許可したもの以外は許されない。
そういう決まりだ。
「わかりましたわ。私がこれから話す事は全て事実だと思ってくださいまし。まず、反乱した公爵はシラクサ辺境伯が精神支配して反乱させたようですわ。公爵だけでなく、兵たちも。彼はまず、その先遣隊である公爵領兵一万と私達三十名を全員、無傷で捕虜としました。その後、シラクサ辺境伯領兵を含む二万の兵全員を捕虜、しかもそれをやったのは本人ではなく、彼の配下です。彼は魔王を名乗る魔物を三名も配下とし、迫りくる他の公爵達をも単機で撃破。転移魔法を操り、魔王すら恭順を示す、化け物ですわ。その力は、大陸最強の冒険者を子供扱いするほどですわ」
彼女の言に、場が再びざわつく。
「馬鹿な!?そんな生物がいるものか!!それではまるで……」
「……神」
アナスタシアが発したその言葉に場がしんと静まり返る。
「彼は恐らく神かそれに準ずる存在でしょう。それも恐らくこの世界の神より上位の。その証拠に彼はドリス皇国では神獣と呼ばれていますわ」
普通なら荒唐無稽な話だと断ずる所だが。
一番近くで見てきた彼女が言うなら間違いないのだろう。
「奴の転移魔法と言うのはどれほどのものだ?」
「わかりませんわ。ただあの魔力量からして……とんでもないレベルのものなのは間違いないと思いますわ」
「転移が何だというのだ!そんなものこの帝国には通用せん!」
はぁ。彼は先代から仕えている将軍だが直情傾向が強すぎる。
実力は折り紙付きなんだが。
「落ち着け、将軍。仮に……仮にだが、転移魔法が使えるとして、そしてその力が強力なものだとして奴を怒らせたらどうなると思う?」
「それは……」
「答えは簡単だ。帝都に自分か配下の魔王を送り込む。皇国兵でもいい。もしくは帝都の民を転移で連れ去ってもいい。いずれにしても我々は帝都を、帝都二十五万人を人質に取られたということだ。いや、ドリス皇国の皇都との位置関係と数時間ででここまで来たと言うことを考えると、帝国全土全て人質に取られたと言っても過言ではないだろう。防衛を固めるにしても、いつ来るかも、どこからくるからも分からない相手に四六時中気を張っておくのは無理がある。結界もたやすく超えてくるだろう。できる対策といえば城などの要所に警備を厚くするくらい。しかしそれでは市民たちが確実に犠牲になる」
俺の言葉に会議の面々は再びシンと静まり返る。
「では陛下はどうなさるおつもりですか?」
「既に奴は我等を敵までは行かなくとも、敵対的な国として見なしているだろう。これ以上の敵対行為は愚策。誠意を持って友好的に接するのが良いだろう」
「ではあの膨大な賠償金をお支払いに?」
「致し方ないだろう。だが調査で一ヶ月引き伸ばす。それに加えて、こちらから緩衝地帯を作る事を私は提案する。こちらにかなり不利な条件だが、ここまですれば向こうもこちらに敵意がないことを理解してもらうしかない。……さもなくば、帝国は明晩のうちに滅ぶことになる」
「緩衝地帯……ですか?」
会議は進んでいく。
帝国を滅ぼさないように。
できるだけ長い事この治世を存続していくために。
俺個人の感情とは別にして。
ここに来て、俺は少しだけ後悔していた。
あの時、彼女の言葉を素直に受けていたら、今とは違った未来があったかもしれない。
俺は会議室の天井を見上げながら、そう思いふけていた。
〜多夢和視点、帝都〜
おぉ!
これはもしかしてリゾットか?
こっちは唐辛子かな?
帝都って凄いな。
こんなに量も種類もあるのか!
お?あっちは物産か?
魔道具?こんなに色々あるのか。
これはなんだ?あぁ、ランタンか。
凄いな。
あっちには木刀にペナントか。
良いね良いね!
旅行者向けの土産屋みたいじゃないか!
なに、帰りは一瞬だ。
多少楽しんでもバチは当たらないだろう!
帝国の重鎮達が国の存亡を賭けた会議をしているとはいざ知らず、俺は帰るまでの数時間、帝都での買い物をたっぷりと楽しんだ。
結局、俺がいろいろ回って皇都に帰り着いたのは、日も傾いて暗くなり始めた頃。
ドラディオに小言を言われたのは言うまでもない。