11-4EX.転移者、大賀浪漫 店舗拡張
やってしまった。
いいにおい……じゃねぇよ!?
思わず、そんな呟きをしてしまったが、女性の、それも見た目中学生の太ももに顔をうずめて良い匂いとか変態か!俺は!
頭を抱えて少し反省。
疲れていたとはいえ、いったい俺は何をしていたのか。
……よし、反省終わり。
俺はロリコンじゃない。
さて、現実に戻るか。
まずはこのでっかい6本脚の亀からだな。
甲羅のこれは一体なんだろうな?黒い鉱物。
……手で触ると簡単にボロボロと崩れた。
随分もろいな?
それに指に付く。
これはもしかして黒鉛の代わりにならないか?
もしそうなら、鉛筆が作れるが。
これはしばらく実験が必要だな。
少なくとも鉛筆の代わりにはなるかもしれない。
さて次は甲羅本体か。
肉は昨日血抜きをした後にある程度切ったのか。
首とヒレはなくなっている。
うーん。なんとかコレ分けれないかな?
ナイフを甲羅の側面に入れてみる。
流石に無理か。
おっ?
ここの隙間から少し入るか?
ってことはこっちからナイフを入れると……。
「旦那様、朝食が出来ましたよ」
少し解体に夢中になってしまった。
気づけば朝食の時間だ。
「あぁ。今行く」
ラティアに呼ばれて返事を返す。
ひょこっと戸の影から出てきたラティアはなぜか上着をめくっている。
太もも!
太ももが見えてるよ!
今朝のあれを思い出してしまう。
わざとか!?
わざとなのか!?
「旦那様、冷めないうちにご飯食べちゃってください。片付かないので」
「お、おぉ」
「あ、そうだ」
ラティアが振り向いた。
ただそれだけの事なのだが。
振り向いた瞬間にちらりと見えた太ももに目が行ってしまった。
……いかん。どうやら俺は本格的に病気のようだ。
ラティアの太ももが気になって仕方ない。
「旦那様、今日遺品の返還依頼に行かれた際、商業ギルドによって来ていただけませんか?」
「商業ギルド?何かあるのか?」
「例のあれ、入荷したそうですよ」
例のあれ?
ってあぁ。もしかしてアレか。
このトラシオスの名産の1つ。
生産量の割にはなかなか農場が出さないから入荷量が少ないんだよな。
半年前から依頼を出していたんだが、ようやく入荷したか!
これでしばらくすればチョークの生産量が増やせるな。
「わかった。後で寄って来よう。まずは飯を食わせてくれ」
「はいはい。食堂の方に用意していますから。さっさと食べちゃってください」
朝食を食べて、俺は町のギルドの方へ来ていた。
ギルドの中は相変わらず活気がある。
「おぉ!便利屋!こっちに来るなんて珍しいな!」
「なんだ便利屋。今日は食堂は休業か?」
「便利屋!すまねぇが今度、うちのばぁの家の修繕手伝ってくれよ。ばぁが腰をやっちまってよ」
「便利屋、今度家で取れた野菜持って行ってやるよ。飯作ってくれ」
少し進むだけでこれだ。
まぁ、この町の人間の信頼を勝ち取ってると思おう。
「すまんが、ギルドに少し用事があってな。また今度聞いてやるよ」
俺は挨拶もそこそこにギルドのカウンターに向かって歩き出した。
遺品の詰まった革袋をカウンターに置いてギルド職員を呼ぶとなじみの職員が出てきた。
「あら?便利屋さん。今日はどうされました」
どうも、名前よりも便利屋の方で通っている節があるな。
そういやぁ、最後に名前呼ばれたのっていつだったか。
「街の外で魔物に襲われた馬車を見つけてな。悪いけど遺品返還を頼みたい」
「承知しました。ちなみにその魔物って何かわかりますか?」
「いや名前はわからんが。空飛ぶ亀って感じだったな」
「……聞いたことのない特徴ですね。倒したのですか?死骸は今どこに?」
「あぁ、きっちり倒した。悪いが死骸はすでに解体に入っていてな。うちの食堂に来れば今日あたり肉としては提供されるかもな」
「あらあら、そうでしたか。では、後日でいいので特徴と戦った時の行動などできるだけ細かくまとめて提出してください」
「あぁ、わかってる」
いつもの奴だ。
ギルドは未知の魔物が現れた際、こうして市民たちからも広く情報を募る。
そしてそれを買い取ってまとめるのだ。
この辺りの相場だと大体、大銅貨1枚くらいで買い取ってくれる。
ギルド職員から出された提出用の羊皮紙を受け取り、代わりに革袋を預けた。
「じゃ、俺は商業ギルドにも寄るんで今日はこの辺で」
「えぇ、食事、楽しみにしていますわ」
「そいつはラティアに伝えておくよ」
俺はそう言って商業ギルドへと急いだ。
商業ギルドでは、例の商品を受け取った。
なんでも市内の牧場が後継者問題で廃業したそうだ。
なので商品を買うことができたわけだ。
どこの世界でもこういう問題は出てくるんだなぁ。
コッコッコッ!
「これはまた、すごい量仕入れましたね」
ラティアがすこし呆れている。
わかる。俺もこんな量だとは思わなかった。
コッコッコッ!
俺達の足元には100匹近い鶏。……の様な魔物がいた。
鶏みたいだからと安心してはいけない。彼らはこれでも魔物なのだ。
得意な属性は風属性。
まぁ、そよ風を起こせる程度らしいが。
コイツラを求めた理由は1つ。
卵だ。
チョークの原料になる。
町のゴミ事情からすると卵の殻や骨などは生ゴミとはまた別に回収される。
今まではそこから卵の殻を分別してもらっていたのだが。
これで自宅で賄える。
なので思い切って別事業として骨と殻を焼いて肥料を作る事にした。
一応、それ専用の従業員も雇う予定だ。
「旦那様、流石にこれは土地が足りないのでは?」
「そうだな。どこか別に土地を買うか?」
「そうですね。それと数も少し減らしましょう。また後の取れる雌は四十、いえ五十として、雄は二十といったところでしょうか。シメた雄は……丁度明日は月に一回蚤の市ですし、蚤の市で販売でもしますか。丁度黒板と椅子の在庫も販売しますし」
「了解。手配しておいてくれ。俺はちょっと土地交渉に行ってくる」
俺は後のことをラティアに頼んで、土地交渉に向かったのだった。
土地交渉に行くと思った以上の収穫があった。
というのも俺の工房の発展を見越して、商業ギルドが広い土地を選定してくれていたようだ。
「なにせあなたの工房は今をときめく話題の工房ですから。いつかはこのように土地交渉に来るのではと思っておりました。それで、土地の方ですが」
有り難いことだ。これが先見性があるということなのだろうか。
「こちらとこちらであればかなりの広さを確保できます」
かなり広い土地を充てがわれた。
いやいやこれは広すぎだ。
広いに越したことはないがこの規模は管理しきれない。
それに今の家からは結構遠い。
「すまないが、今回はこんなに広くなくていい。鶏を飼育しようと思ってるんだ」
「でしたらこちらはどうでしょう?あなたの工房からも近いですよ」
どれどれ?
ってここはたしか……。
大蛇の事件の時に犠牲になった家族の家か?
「助かった娘さんが売りに出したんですよ。収入もありませんでしたし、幼い弟と生活していくためにお金がいるそうです」
なるほど。
確かに幼い姉弟じゃ、そういう事もあるか。
「わかりましたこちらを購入させていただきましょう。それと……」
俺は聖人でもなければ金持ち道楽ができるほど、金を持っているわけではない。訳では無いが……。
「彼女たちに会えませんか?今後の事について話がしたいのですが」
俺は商業ギルドの応接室へ通され、姉弟を待った。
しばらくして、2人の幼いウィンディアの姉弟がギルドの職員と応接室に入ってきた。
俺はできるだけフレンドリーに彼女たちに話かけた。
「君たちがあの家の持ち主か?」
「はぃ、よろしくお願いします」
「いや、こちらこそよろしく。なに、取って食おうって話じゃない。まず、あそこを買わせてもらう事になったがそのことに対して異論はないか?」
「はい。姉弟2人で生活も厳しく、かと言って私達の年齢では働き口も少なくて……」
「なるほど、でだ。お前さんたち、あの家を売ったあとはどうする気だ?」
「し、しばらくは頂いたお金で宿に泊まろうかと……その後のことはそこから決めようと……あてもないですし……」
「そうか……。ならお前さんたち、俺のところで働く気はあるか?」
少しだけ、この苦境を生きる少女たちに手を差し伸べるくらい、きっと許されることだろう。
もしも、あの女が言う通り、神というものがいるのなら、だが。
それからまたしばらくして、俺の工房の新しい事業である卵生産、鶏肉生産事業が発足し、ウィンディアの幼い姉弟の姉の方、グレーテルを事業副長として据えた。今はまだ7つの子供なので俺の寮で生活してもらい、昼は仕事、夕方からは金勘定や会計の勉強をしてもらっている。
何度も書いては消せる黒板様様だ。
いずれはグレーテルを事業長、弟のヘンゼルを事業副長に据える予定だ。
2人も勉強頑張っているしな。
これで頑張れば、あの家を買い取ることだって夢ではなくなるだろう。
また、当面の変化としてラティアの運営する食堂に、新たに卵料理と鶏肉料理のレパートリーが増えた。
メニューは相変わらず、支払い価格に応じたABCの定食のみだが、旅人や関所の兵士から特に人気となり、俺の工房の噂と相まって、今では町の名所みたいな扱いをされている。
家の近くの土地に家を建てる奴も増えてきたが、元々人気のない区画だったからかまだまだ閑散としている。
大きな変化といえば領主が俺たちの工房から歩いて10分程度の距離のところにパン用の共同焼き窯と実売店舗を立ててくれたことだ。
これによって、わざわざ町の中心近くまでパンを買いだめに行かなくてよくなった。
流石に俺たちのために建ててくれた、とまではいかないだろうが、ある程度噂になっているらしいので考慮してくれた、または地価の上昇を見込んだ先行投資をしてくれたのかもしれない。
流石に貴族はうちの店に来ないしな。
感謝を伝えようにも領主は今、皇都へ行っているらしいし。
まぁ、今度領主の館にいる留守番を預かっているものに感謝を伝えればいいだろう。
それと、町の中央近くにある神殿から感謝状をもらった。
神殿のというか、多分孤児院か修道院みたいな施設辺りからだろうけど。
要約するとグレーテルや他の子供たちの職業訓練と斡旋に感謝するという内容。
孤児って言うのはグレーテルたちをはじめ結構多い。
実際、うちで働いている未成年の従業員の中にも、グレーテルとヘンゼルを含めると4人いる。
彼らの寝床、職業訓練、仕事の斡旋は雇い主である俺の一存で決定されている。
まぁ、ほぼすべてうちの工房の仕事に従事してもらっているが。
従業員も、15人から34人に一気に増えた。
俺を除くとラティアを筆頭に成人した人間が7名。残りは寮で仕事をしながら勉強をする子供たちだ。
寮の改修も必要になりそうだ。
配分はラティアの食堂にラティアを含めて4人、鳥小屋に14人、経理部門にラティアを含めて4人、残りは工房で勤務してもらっている。
ラティアは経理としての仕事もあるので経理部門と兼任してもらっているが。
彼らには正規の給料はこの世界のルール的にダメっぽかったので、週にお小遣い程度の金を渡している。
まぁ、寮での生活で金を使うことはほぼないし、一日の大半は仕事と勉強だ。
週に一度、必ず休みの日を作らせて交代で休ませてはいるが……。
正直、また従業員の拡充を考えなければいけないかもしれない。
経営的には問題ないので早急に検討しよう。
あとは、道具の卸先が増えた。
特に商業ギルドから、椅子の大口契約が舞い込んだのが大きい。
今は折りたたみ椅子の生産に重点を置いて生産してはいるが、商業ギルドを通さず、直接買い付けに来る者もいるくらいだ。
おかげでここしばらく、道具研究のための採取に出かけられてない。
あとは、商品の種類も増えたな。
熊避けの鈴はなんか工房の人間たちが作ってるし。
スキレットはなじみの鍛冶工房に特注の型を作ってもらってうちで柄や持ち運びに便利な加工をしている。
フライパンとかはこれでもいいがコップや鍋みたいなコッヘルはちょっと、いやかなり重い。これは改良の余地があるな。
流石にアルミはないよなぁ。きっと。何か代わりになるものがあればいいんだが。
って確かアルミって合金にしなきゃ柔らかいんだっけか。
ってことは合金技術も……。
うちの道具工房『ロマン』の経営は順調だ。
……そろそろ、ロマン成分が足りなくなってきた。
出かけたい。未知なるロマンを見つけに行きたい。
「旦那様!商業ギルドから追加の受注です!」
「またかよ!?ちょっといい加減にしろよ、あいつら!?」
思わず叫んでしまった。
「えっと、商業ギルドの方から伝言の羊皮紙も届いているようですよ」
「羊皮紙?伝言だと?」
こういう事はたまにある。
購入者が生産者に届けてほしいと感謝の気持ちを書いて渡す場合や、依頼をしたいと自分の連絡先を書いて渡す場合などあるが、今回は……。
ただ一言、日本語で『氷室彩音 皇都』とだけ書かれていた。
へぇ。
日本人、みたいだな。
領主「神殿からも感謝状来てるし、正直囲い込みたいけど貴族が平民のところに行くのはアウトだよなぁ」
参謀「それと分からない様に彼らを便利にしてあげましょう」
領主「神殿経由で平民から彼らの望みを聞き出してもらおう」
参謀「パン屋がもっと近くだといいなって奥方がぼやいていたみたいです」
領主「おっしゃ、窯つくったれ」
そんな感じの会話があったとかなかったとか。
この国の人は優しい人が多いです。