10-13.戦後処理を考える
「聖上、赤百合騎士団の送迎、ありがとうございました」
バートランドが頭を下げて来た。
「あれくらいのことで頭を下げる必要はないよ。大した労力じゃないし。それよりも、公王達はどうしてる?」
「はっ。公王と聖女殿そして公国の親衛隊の皆様は迎賓館にて旅の疲れを癒やしていただいています。枢機卿達は拘束し、北館に」
北館というと、公爵達が居るところか。
公爵達は二階に居るだろうから、彼らは三階かな。
この世界の屋形型の牢と言うのは階層が上がるほど重大犯罪を犯したものが閉じ込められる形になっているそうだ。
まぁ、そもそも皇都には俺の知るような牢、いわゆる地下牢というものが存在しない。
ほぼすべて、屋形型というか建屋型。皇都にもいくつがあるが、職人街のものが最も有名らしい。
職人街の東側にある鐘の安置されている塔と城の内壁と隣接した場所に、『金属レンガ』と呼ばれる技法でできたレンガ製の4階建ての建物がそれだ。
金属と付いているが、実際には金属ではないそうだ。
なんとこの技法は発生系の魔物であるマッドゴーレムの素材を使用したものなのだそうだ。
ゴーレムというのはこの世界ではスライム同様、2種類居るらしい。
1つは人が作り出した魔法兵器としてのゴーレム。
2つ目は魔力により発生したゴーレムだ。
1つ目のゴーレムは人の手により成形するという特性上、作られた状態以上余程のことがなければ姿形が変化したり、別の魔物に進化したりすることはない。
2つ目のゴーレムは自然発生の特性上、形が定まった物が少なくいが、進化や環境による変化が起きやすく、ヘリオンのように上位種に変化する可能性があるそうだ。
その中でもマッドゴーレムと呼ばれる種は泥を主成分としたゴーレムらしい。
固形化されることが稀で、体が常に変化するという特徴があるらしい。
このゴーレムの核である魔石を砕いたあと、残ったマッドゴーレムの体に木を燃やして作った灰と炭を砕いたものを2:2:1で混ぜ、乾燥させると石材同士を強固に固着させる接着剤のような役割を果たす素材になるそうだ。
現代で言うところのレンガを並べる間に塗るモルタルのような役割だろう。
従来のものより格段に強固なものが出来るそうだ。
ともかく、この技法により、皇都の建物はより高く積み上げることが可能となったそうだ。
これにより、敷地の有効活用ができるようになり、ドリス皇国は地下牢を食料や倉庫に、牢屋を建屋の上方に配置することで土地の有効活用を進めていった歴史があるらしい。
そんなこんなで、脱出しづらい上方の階層がより重大犯、逃がしたくない犯罪者となったらしい。
でも正直、ウィンディアみたいな飛べる種族はどうするんだろうと思ったけど、それ用の設備もあるらしい。
へぇ。
この世界の常識、もっと勉強しないとな。
「それで、謁見の件ですが……」
って、考え事している場合じゃないな。
「謁見?って、あぁ。公爵を焚きつけて嗾けてきたことか?」
「はい。それもありますが、実は公王からこのような伝言を預かっております」
バートランドが2つに折り曲げられた1枚の紙を取り出して俺に差し出す。
……なんだろう。これ。すっごい嫌な予感しかしない。
恐る恐る、折りたたまれた紙を開けてみる。
羊皮紙の様なものではなく、普通に紙だ。
手触りは、この文化レベルにしてはすごくいい紙だと思う。
拡げた紙に書いてあったのは……。
……はぁ?
とんでもない事が書いてあるんだが?
「ちょっと、バートランド。これ、どういうことだ?」
「書かれたままの意味かと」
「赤百合騎士団が脅したとかそういうことは……」
「ありません。正真正銘、公王自らが書かれた内容です」
「うわぁ……」
書かれた内容を要約するとこうだ。
神聖トリポリタニア公国はドリス皇国に全面的に降伏する。
その証として、公王の王としての権限を剥奪の上、廃止。
国家としての機能を停止する。
その上で、所有領地をドリス皇国に譲渡、編入を希望する。
宗教的には、これまで光の神一辺倒だった教義を改修。他の宗教団体のように多神教としつつも、光の神を中心に崇めるという制度に変更。
また、教皇の地位を返上し、ドリス皇国に譲渡する。
この帰属を認めてもらえるのであれば、公爵位、王位が解体された後、その支配権をドリス公爵に移譲する。
また、誠意の証として現教皇、聖女を人質または贄として提供し、元老院達全員を拘束し引き渡す。
その代わり、戦争賠償による支払の減額を望む。
元老院達の取り扱いについてなどなど。
つまり、国あげるから許してね。国のトップと象徴と実権のあった元凶も引き渡すよ、ということだ。
因みに枢機卿達を俺が元老院と言っているのは理由がある。
多分本来の翻訳では彼らは枢機卿なのだが、実際に国としての役職としては元老院なのだ。
枢機卿は宗教団体としての役職、元老院は国としての役職というわけだ。
なんだかややこしい。
因みに、帝国にも元老院という役職はあるらしい。
なんでも神聖公国の元老院制度を利用したものだとか。
まぁ、どうでもいい話だが。
これがいかにとんでもない事かは、その内容から分からないやつはいないだろう。
王が国を手放してさらにその身まで人質として差し出すというのだ。
そんなことがこの紙には書いてあるのだ。
って、ん?
人質または贄?
「ちょっとまった。なんだこの贄って」
「まぁ、対外的な言い方だとは思いますが……、聖上の御力を他国へ知らしめ、警告する方便かと。逆らうとこうなるぞ、と」
「いや、しないよ!?確かにちょっとやりすぎた感はあるけどさ!?」
被害を減らすために生贄要求するとか、一昔前の作品の魔王や物語の怪物でもあるまいし。
「聖上の御心はともかく、対外的には聖上の御力で、かの国は壊滅した事になりますので。今後余計な手出しがされないよう、完全な敗北を演じる目的かと」
「ってことは、今後のためにこれは受けておかないとまずいってこと?」
「左様かと」
うわぁ。
まぁ、向こうがどうこうしたいっていうのをこっちが止めるのはどうかとは思うが。
ただ、国に関することだからなぁ。
俺が勝手に受けてしまっても良いものかどうか。
「シャルロッテ様なら、恐らく聖上のご判断に異を唱えることは無いかと」
だよなぁ。
なんかよくわからないけど、シャルロッテさんの俺の溺愛ぶりは異常だからなぁ。
自分で言うのもおかしな話だが。
「取り敢えず、返事は保留……って言いたいけど。そう待たせるのも良くないよなぁ。落ち着いたとはいえマリアゲルテさんが知ったら、また暴走しかねないし」
じぃやさんが死んだときみたいな精神状態に再びさせるのはよろしくない。
牢屋敷に相手がいることを知ったら突撃してしまう可能性だってあるわけだし。
長引かせるのはどちらの国にとっても良くないことだろう。
それに、向こうの国民だって気が気じゃないだろう。
「聖上、いかがなさいますか?」
「よし、決めた。バートランド、シャルロッテさんにドラディオとクルクス、それにノブナガ達とあと新しい公爵の3人と副官3人を呼んできてくれ。至急頼むよ」
「はっ!かしこまりました!」
執務室を後にするバートランドの背中を見ながら、俺は溜息を吐いた。
はぁ。
めんどくさいなぁ。全く。
後世の人たちはこの事をどう評価するのだろうか。
英断と讃えるだろうか。それとも愚行と罵るだろうか。
未来を知れない俺達ではそれを今知る術はない。
それこそ、神だけが知っているってところかな。
……この世界の神があの女神ってことが不安で仕方ないけど。