10-10.技対技、刀対剣
~シュバルトディーゲル視点~
「どうしました?来ないのですか?」
そう軽く言ってくれる目の前の武将には言うほど隙が無い。
私は拳を握りなおす。
「今の私の力を試すには良い相手と思いましたが、流石でございます。覇王の参謀様」
今の肉体、人の身体としての機能は馬の時より、良いこともあれば悪いこともある。
まずは視界が狭くなりました。
流石に捕食者とそうでないものでは視界の範囲が違い過ぎました。
後ろが見えないのは少し不安ではあります。
しかし、悪いことばかりでもありません。
より立体的に、より色が鮮やかに見えるようになりました。
特に『赤』という色は興味深いです。
果実や花がこれほど鮮やかな色をしていたとは。
「……覇王の参謀とは。随分評価していただいているものです」
「私が見聞きした範囲では、参謀と呼ぶにふさわしい力をお持ちかと」
「うーん。これは何とも。褒め殺す気ですか?私はただの将。それほどの力はございませんよ」
「いやいや、ご謙遜を」
「いやはや、なんともやり辛い……」
参謀殿はどうやら褒められるのに弱いようです。
褒められ慣れてないのでしょうか。
まぁ、今はそのようなことより、目の前の戦闘ですね。
「では、そろそろ。参ります」
「来なさい」
私は一気に近づき、ショートアッパーの要領で下段から殴りにかかる。
狙いは……、刀の柄。
攻撃手段を奪うことが目的です。
「見えていますよ」
私の攻撃は手首を掴まれて止められてしまった。
なんて早い動きでしょう。
正直、私の動きもそれなりに速いと思うのですが。
「さて、これで終わりですか」
「まさか。わが主もご覧になられておりますので。執事としてはもう少し、粘らせていただきますよ」
とは言ったものの、どうしたものか。
速さだけなら超一流。
私の身体で隠れたショートアッパーを簡単に抑え込める技と力もある。
対して、私はこの体になって時間が浅い。
身体の慣れもあるでしょうが、思ったほど体が自由に動きません。
「ならば、これですね」
私は体の前で手の平を重ねます。
この身は元魔物。というか今も魔物なのでしょうか。
人の姿になってから試したことはありませんが、何とかなるでしょう。
私は魔力を集中する。
「マッドバレットッ!!」
「!?」
私の手の平から泥が何発も射出される。
泥はミツヒデに向けて殺到する。
その泥に合わせてミツヒデが左右に体を振ったように見えた。
次の瞬間。飛んで行った十数個の泥の塊はそれぞれきれいに真っ二つになってしまいました。
「ふむ、このくらいでしたら何とでもなりますね」
素晴らしい技術、そして技の冴えです。
流石としか言いようがない。
あの高みへたどり着くには……。
「では、こちらはどうでしょう」
私は魔力を制御して足に集中する。
「拳の次は魔法、その次は足技ですか?」
私の本来の姿、馬の特性は足の筋力に特化した存在です。
被捕食者である我々は速く走ること、逃げ回ることに関しては一日の長があります。
この身体にも、その特性が継承されている。
という事は……。
「参ります!」
私は地を駆けた。
そのままの勢いで足を上げ、右上段から振り下ろす!
加速力と、重力、遠心力の乗った回し蹴り。
「甘い!」
私の攻撃に合わせて、ミツヒデが体を回転させます。
力が受け流された!?ならば。
私は蹴り上げた足をしっかりと地面に据え、今度はその足を軸に体を回転させて再び左の回し蹴りを加えます。
視覚の外からの回転蹴り。これなら。
「っ!?」
弾かれた!?
まさか、鉄の蹴りを刀で弾くなんて。
しかし、もう一撃!
私は弾かれた体の回転を利用して体制を立て直し、その勢いのまま右脚を天頂に掲げます。
天頂から体重を載せた踵落とし。
「チェストー!!」
「はぁあああ!」
対するミツヒデは抜刀術による横一線。
この勝負、速いほうが勝つ!
その瞬間。
私達の間に一本の木が生えました。
その木は硬く、私の蹴りやミツヒデの刀を受け止めてしまいました。
チラリと観覧席を見ます。
そこには、腕を突き出した我が主のお姿が。
「そこまで。君等ちょっと気合い入りすぎ」
ふむ。どうやら主に手を煩わせてしまったようです。反省しなくては。
「ふぅ。失礼しました。ミツヒデ様」
「いえ、こちらも少し熱くなりすぎました」
私達は互いに手を握り合います。
「それにしても。相変わらず、凄いお人だ」
「我が主ですから。当然のことにございます」
私たちは少し遠い目で、わが主を見つめたのでした。
~ジョージ・レッド・北島視点~
「あー。俺、できればこういうのってやりたくないんだよね。出来れば平穏無事に終わってほしいんだけどな」
「じゃあ、なんで儂らと戦おうなんて思ったんじゃ?」
「いや、そりゃ。自分の力、試してみたいでしょ。こんな風に御膳立てしてもらったらさ。それに、彼らもやる気だったから」
「まぁ、気持ちはわからんでもないが」
とはいえ、俺のスキル『鬼道』は知識系スキルだしな。
戦闘では役に立たないが。
「さて、行くぞ」
俺は手に持った大型ナイフを構える。
ソードブレイカー。
今までなかなか刃物を持った相手なんぞいなかったが、ここでなら……。
「……やめじゃ」
は?
「どういうことだ?」
「どうもこうも。やめじゃといったのだ。気分が乗らん」
「それはまた随分と気まぐれな」
「そうか?そんなもんじゃろ。儂、魔王じゃし。それにの……」
「ん?」
なんだ?
「ぼちぼち、奴ら来るぞ。気でも変えられて、彼奴の不況でも買ったらシャレにならんからな」
「奴ら?」
「おーい。神獣よ」
ノブナガが壁の上の観覧席に声をかけた。
「客じゃ。ドリスの領内に入ったようじゃぞ。迎えに行ってやれ」
「客?って、あぁそうか。早かったな」
俺達の上の方から声が聞こえた。
あの猫のものだろう。
「しょうがない。今どのへんだ?」
「まだ国境に入ったくらいじゃな」
「わかった。ちょっと行ってくる。そんなわけでみんな、いったん試合は中止。壁には穴開けとくから後はドラゴンたちに乗って街に帰ってきてくれ」
そんな言葉を聞いた直後、俺たちに近い場所にあった石の壁に大きな穴が開いた。
そして、何かが飛び立つ音と共に、風圧が俺たちを襲った。
「これは、何とも規格外な……」
「な?儂らがどうこうしたところで、アレには敵わぬよ。やる気も失せるじゃろ」
確かに。
アレが本当に、強者というものなのであろう。
俺は、これからの生活にいくばくかの不安を感じずにはいられなかった。