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9-17EX.ある歴史家の話、アルトランド

遅くなりました。申し訳ありません。

ちょっとリアルの方が忙しく……。

「さあ、完成したよ。リリエル」

 私はリリエルのリボンを整え、彼女に話しかけた。

 彼女の新しい服はメイド服に近いが華美なピンク色とフリルが美しい。

「可愛くなったね。リリエル」

 リリエルの頭を撫でて少しうっとり。

 リリエルの身支度をしている時間は私の一番の至福の時間だ。


 さて、そろそろ支度をしなければならないだろう。

 リリエルの身支度を終えた私は、今度は自分の身なりを整える。

 生徒相手とはいえ、相手は貴族家の人間。

 それも、私とは格の違う、上位の貴族だ。

 しかも私は末席とはいえ、私の家の雇い主に当たる人物の家のご令嬢。最低限、身なりを整えておかないと失礼に当たるだろう。

 とはいえ、教師と生徒という立場上、へりくだり過ぎるのもいけない。

 なかなか考えさせられる。

 なんという難題を押し付けられたのだろう。

 普段なら、そう自分の身なりを気にしたりしないのですが。

 あぁ。面倒だ。

 いつもの服装でいいでしょう。

 私はいつもの服を選択した。

 流石に一張羅ではないが、いつも似たようなローブとスヌードになってしまいますね。

 落ち着いた紺を基調としたローブと白のスヌードは個人的に非常に相性がいいと思います。

 ローブは紺や茶、深い緑などいろいろありますが個人的にはこの紺のローブが好みです。


 紺や青はドリス皇国の名産の一つで、元々は薬草の一種を使った染料です。

 薬草は魔法が発展する前に発展し、初代アレクシス様の代で最盛期を迎えました。

 その後は火属性や光属性による回復魔法の発展もあり、使用量が減りましたが、元が自然の中で生まれた草花。

 生産量がすぐに落ちたわけではありませんでした。

 そこで、様々な実験が行われ、たどり着いたのが染料としての用途。

 というのも、この植物、服を傷める虫を寄せ付けない効果が確認されたのです。

 それ以降、この植物はドリス皇国で染料として使われ始めました。

 これがこの植物「アイキヌ」のドリス皇国での歴史です。

 そう、歴史。

 このように歴史を紐解くと、文化形成の一端が見えてきます。

 非常に面白いことです。




 私は、廊下を歩きます。

 ここは共通棟の二階。

 生徒に呼び出された図書室のある階です。

 共通棟にある教室は図書室のほかに、衛生室、教員室、仮眠室、園芸室、服飾室など様々なものがあります。

 どれも器材が高価だったり、管理が難しいものなどが含まれている施設が含まれます。

 ちなみに教員室がここにあるのは私のように三学院共通で働いている教員もいる為です。

 流石に寮は違うところにありますが、これも三学院共有。

 なので、各校の先生方とは比較的仲が良い感じです。

 勿論、派閥や貴族のしがらみに囚われる方もいますが、それは生徒も同じこと。

 しかし、子のような体制にできたのも各学院の先代学院長と従士公爵と謳われたセ・バスティアン閣下のお力ですね。

 彼らは教育に関して特に重きをおき、後進を育てること、国の将来を担う若者を育てることに尽力されていましたから。


「お待たせしました」

 私は図書室の扉を開けると近くにいた彼女に声をかけました。

「先生、ご足労おかけいたします」

「いえいえ、これも教師の努めですから。それで?復習の為の資料探しとのことですが?」

「えぇ。こちらの課題なのですが……」

 彼女が差し出してきたのはこの大陸の各国の歴史についての課題。

 特に文化史と国の成り立ちについての課題です。

 私の出した課題ですね。

「歴史と文化は複雑に絡み合い形成されてきた。たとえるのであれば布づくりにおける、歴史は縦糸で文化は横糸である、それはなんとなくわかるのですが……」

 おや?それはかつて私が教えた言葉です。

 確か初めての授業だった気がしますが。

 まさか覚えられているとは。

「皇国史における周辺諸国について授業では軽く触れられただけでしたので、いまいちピンと来なくて」

「なるほど、そういう事ですか」

 私は顎を触りながら、彼女がどこに躓いているかという事を理解しました。

 歴史を勉強する際にはよくあることです。

「そうですね。まず、それを理解するにはこの辺りの資料がよろしいでしょうか」

 私は、棚に置かれている、ある資料に手を伸ばし、彼女に渡します。

「これは……、アルトランド王国史?」

「えぇ、これはアルトランド王国の成り立ちをアルトランドに住まう人物が書いた歴史書です」

「アルトランドに住まう人側からの?」

「えぇ、つまりこれは布の裏側から見た歴史の本です」

「布の裏側……?」


 この書物は我々の知る歴史とは違う歴史が載っている本です。

 同じ歴史でも見る方向が変われば違った一面が見えてきます。

「例えばアルトランド王国の興国の歴史は覚えていますか?」

「はい、勿論です。アルトランドはその昔、二つの王国に別れていて、北側にあった王国が南側にあった王国を吸収するカタチで成立したと」

「よく勉強していますね。合格点を上げましょう。……しかし、少し足りませんね」

 アルトランドの実際の歴史はこうです。まぁ実際とは言っても書物上の話ですが。


 アルトランドの北王国アルトクラヴィス王国と南王国ラビットランド王国は、長年戦争をしていました。

 実際何度も国境線が変わり、戦地では幾度もなく略奪が行われ、村や街が荒廃したそうです。

 そんな折、北王国の伯爵貴族が一人の南王国の貴族女性を略奪し、子を産ませました。

 その時生まれた子は庶子として戦地に送られました。

 そこで、二人の南側の人質として送られた貴族の娘と結ばれ、子宝に恵まれました。

 そして、この庶子が後のアルトランドを作るファリアス・アルトランド。

 庶子でありながら、南側の侵攻から北側の領地を守りきったファリアス・アルトランドは戦地の領地を拝することとなります。

 その地に要塞を築き、元々交易に適していた平地であったことを活かし、僅か八年の月日で莫大な富を築きました。

 その後、伯爵家では直系の子孫が事故死、衰えた自らの父を幽閉。

 母を救出し、北王国内で突飛した力を持つようになります。

 その力で周辺貴族を次々と懐柔。最後には北王国の王女を第三妃とし、男子の暗殺などを経て王国の継承権を得ました。

 南側の貴族の多かった彼の王朝では、南側貴族も追従。南側の王家ゆかりの娘を嫁がせ最後には南北王国の統一という、結果に至ったというのがこの歴史書に書かれた内容です。

「つまり、我々は北側の吸収と伝え聞いていますが……」

「実際は南側の貴族派閥が大きく絡んでいる、ということですね。あと、不自然なほどに彼の周りで事故死が多いのも何らかの策謀によるものでしょう」

「なるほど……確かに見方次第で全く逆の見え方になりますね。私は平和裏に統合されたと思っていたのですが」

 まぁ、表面上の他人から見た歴史と当事者である内部から見た歴史なんてそうそう一致する方が少ないですがね。

 そういう風に見えるように策謀を巡らすわけですし。


「それで、その歴史からどのような文化が形成されていったのでしょう」

「そうですね……」

 まず、現在のアルトランド王国は軍需産業が発展しています。

 半面、皇国にあるような騎士団や学院などの制度は発展していません。

 鉄が産出する鉱山が領内にあり、かつ交易に適した平地があったため、鉄の輸出に特化してきました。

 鉄の産業が発展しているということは武器産業や鉄を使用した製品の製造産業が自然と発展しているということ。

 そして、加工品の産業も独自の発展をしてきました。

 武器や金属鎧など、軍需産業です。

 これにより、一般市民でも武器を変えるという状況に至りました。

 この恩恵は傭兵といった形で文化に現れました。

 傭兵は軍事に特化した冒険者家業、とでも思えばいいでしょう。

 我々でいうと、家業を継げなかったものが冒険者になる、その軍事版です。

 国が金を出して傭兵を雇い、傭兵は軍の下で訓練を受け戦闘を行います。

 これにより、兵士は他国より多いです。

 過去にアルトランド王国は商工連合王国や近隣小国家にこの軍事力をもって侵攻し、その版図を広げました。

 さらに、金属産業は一部の街の壁や城壁を強固にしました。

 壁の素材となるレンガに、金属の棒を挟み込み、耐久を強化しました。

 さらに、外気に触れていないことで錆びづらく、そのままの耐久を維持しているそうです。


 キンコーン。

 っと、これは終業の鐘ですね。

 この学院では夜の時間の鐘に合わせて鐘が鳴るようにしています。

 学院の完全閉業であり、寮の門限となっています。




 ……門限?

「あぁ!すみません、つい夢中になってしまって……」

「いえ、お願いしたのは私ですし、これは仕方ないですよ」

 とはいえ、これはいけませんね。

 まさか教師である私が、門限破りの原因となってしまうとは。

 仕方ありません。

「寮長には私から謝罪しましょう。寮までですが、お送りしますよ」

「え、でも。そこまでしていただくわけにも……」

「一応私も準貴族の端くれ。令嬢を一人、夜分にお帰しするわけにはいきませんから」

 まぁ、寮も敷地内にあるのでそこまで危険でもないのですが。



 ん?


 一瞬、リリエルが微笑んだような気がしました。

 なにか温かい視線を感じます。

 何を喜んでいるのかはわかりませんが、彼女が喜んでいるようで私も少しうれしい気分になります。

 私は彼女達を連れ出し、図書室を後にしたのでした。

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