9-5.おっさんと散歩
「聖上。準備は滞りなく進んでおります」
ドラディオがそう声をかけてきた。
何の準備かというと、昨日言っていた俺と貴族たちの謁見の準備だ。
「ありがとう」
いつかやらなきゃいけないことなら先に、やってしまっておいたほうがきっとダメージも少なく済むはずだ。
ついでに謁見という形ではなくしてしまえば尚の事。
『何か』のついでに謁見をしてしまえばいいのだ。
ようは求めている貴族たちは俺と話がしたい、顔合わせがしたいわけだから、公的な場……、例えば貴族の代替わりのお披露目なんかに紛れ込ませればいいと考えた。
本来なら、それじゃだめだと思うけど、一度顔見知りにさえなってしまえば、彼らが必要以上に求めてくることはないだろう。
そこで考えたのがグレイのことだ。
彼はここ数ヶ月で一般の兵士から神獣付き衛兵、そして次期伯爵まで成り上がった。
今や国中の、主に貴族以外の国民からの注目の的だ。
そういう話は昨日までの執務で聞いていた。
その注目の的のついでに端っこの方でこっそりやれば俺一人が目立つことはない。
我ながら、これはいいアイディアではなかろうか。
勿論、このことはグレイにはまだ内緒だ。
「早くて一週間。遅くて来月といったところでしょうか」
結構時間かかるなぁ。
素直に謁見の方が早く終わったかもしれん。
「失礼。聖上。政務は捗っておりますかな」
ん?
「これは皇王陛下。お身体の方はよろしいのですか?」
「すこぶる快調だ。……それと、もう皇王ではないぞ。ドラディオ」
「失礼いたしました。しかし、貴族の方々ならともかく、皇王が生前引退なぞ前代未聞。新たな称号を作らねばなりませんな」
「いや、もう本当に勘弁してください」
前皇王がドラディオに勘弁してくれと懇願している。
なんか腰の低い……、というか親近感を覚えるこの感じ。
そういえば、前皇王……、イドバルトは貴族じゃなくて平民の冒険者出身だったか。
何かその辺が関係してるのかな?
「ところで、聖上。少し、お話よろしいかな?」
イドバルドが俺を連れ出そうとしてくる。
まぁ、この部屋で書類に埋もれているよりはよほど健康的だろうし、外に出る言い訳ができたな。
「わかった。ドラディオ、ちょっと行ってくるよ。夜までには戻るから」
「かしこまりました。残りの政務は明日以降といたしましょう」
……ドラディオの笑顔が怖かった。
俺たちは城の外廊下を歩く。
ここはシャルロッテさんの庭園へと続く外廊下だ。
陽の光が若干まぶしい。
「こうしてまた外を歩けるとは。奇跡に感謝だな」
「いやまぁ、奇跡というか。なんか魔力の糸みたいなのにスキル乗せた攻撃を仕掛けただけなんだけどな」
「はははっ。そんなことができること自体、奇跡だよ」
イドバルドがカラカラ笑う。
以前の痛々しい姿はすでに感じることはできない。
随分な回復力だな。
「これでも若い頃は、冒険者としてそこそこ名を売っていたからな。病気でなければ回復力には自信がある」
こいつも、筋肉タイプか。
「へぇ。冒険者。いいなぁ、俺もガラハドかヴィゴーレ辺りに連れて行ってもらって登録するかな」
「いや、流石に無理じゃないか?次代の皇王だぞ?お主」
「いや、むしろ今だからこそできることをってさ。ファンタジー世界なら一度はなってみたいし」
「ふぁ、ファンタジー?」
しまった。
「いや、まぁ気にしないでくれ」
「まぁ、そういうなら……しかし、冒険者。冒険者か……儂もこうして自由の身になったわけだし復帰してみるかな」
いやいや、前皇王が冒険者復帰とかどんな状況だよ。
「流石に昔みたいに魔物退治、というわけにはいかないがな。薬草採取あたりで細々と……」
「あー、すまん。多分それ今無理だ」
この街、今空飛んでるしな。
すっかり忘れてたけど。
そういえば、固着に使う魔力って補充できたのだろうか?
あれから随分立つ気がするが。
「そういえば、地面につかんことにはどうしょうもないか。ドラゴンやウィンディア達には助けてもらっているな」
あー、でもここの土地、そんなに広くないしなぁ。
飛ぶこと考えたら外側の人間は置き去りになるわけだし。
とはいえ、このままだとこの下は日が当たらないから下に下ろすというわけにも……。
「そうか、いっそ広くするか、移動させて新しく街を作ってそこに人を移動させるか」
「ふむ、それはいい手かもしれんが、人を移動するとなると大変だぞ?ここに住めたものは良いが、あぶれたものには反乱を招きかねん」
そうだよなぁ。
せめて誰でも転移ができれば考えようもあるんだけど。
「そうなのか?」
「例えば街の一部を転移門にしてダミーの街と城を下に作成。門をくぐれば本物の城と街があるところに転移する、とかな」
ゲーム式街構成だ。
「スケールが大きすぎて意味がわからん」
まぁ、そうだろうな。
俺が言ったこれだって、ゲームという知識あってこそだし。
ゲームの世界では、フィールドマップとその中の街ではステージ、フィールド自体が区別されていることが多い。
これはダンジョンなどでも同等だ。
最近のゲームにはオープンワールドと言ってシームレスでそのあたりの敷居がないものも多いが、要所要所で使われているところもある。
ダンジョン前でローディング画面を挟むところとか。
そんな感じにできればいいんだが。それをするにしたって、どこを基準に?という問題は残る。
順当に考えれば内門か街の外門だろうけど。
あと、本物の城はどこに置くかとかな。
「出来なくはないぞ」
うぉ!?ビックリした!?
って、なんだ、ゴルディか。
シャルロッテさんの畑の作物の隙間からのっそりと匍匐前進で出てくるゴルディがいた。
なんてところから出てくるんだ。というか今までどこにいたんだ一体。
「少し冒険をしていた。2500年経ってやはり色々変わっているからな。久しぶりに冒険心をくすぐられて」
いや、いいんだけどさ。
あんた、この天空城は体内みたいなものだから把握できるって言ってたじゃん。
冒険心ってことは、こいつさては把握してないな?
「貴方はもしや、噂のゴルディ殿、いやゴルディアン殿ですかな?」
「む、君は……」
「失礼いたしました。今代、……いえ、先代の皇王、名をイドバルドと申します」
イドバルドが、恭しく礼をする。
「ふむ。成る程、直系の王配か。いや、しかし。よく勉強している。君のような勤勉なものが、直系のパートナーでよかった」
「お褒めいただき、光栄でございます。ドリス城の守護神よ」
ん?どういうことだ?
「気づかないか?先程から我らは、日本語を喋っているぞ」
あっ。そういえば。
さっきから2人が話す言葉に合わせて開かれる口は、日本語のそれだ。
いや、気づかんよ。
だつて俺には翻訳されて聞こえるんだから。
よくよく考えれば、ゴルディのときは自己申告だったし、グレイや氷室さんは多分話しているのだろうけど、ドリス語も話せるわけで。
翻訳された言葉が耳に届き、伝えられる俺とは幾分か事情が違うわけだ。
気づかなかった。
「えっ、ていうか、なんで日本語わかるの?」
「少しだけだがな。皇家に代々伝わる秘伝書のおかげだ」
「秘伝書?」
「あぁ、それは私がまとめたものだ。とはいえ、会話ができる程度のものだが」
へぇ。
「なんでそんなもの用意してたんだ?」
俺の問いに、ゴルディが答えた。
「…………にゃん」
「にゃん?」
おい。
なんで今、誤魔化した。
誤魔化すの下手過ぎか。
「だって!当時は翻訳機もなかったし!まだ私もドリス語喋れなかったし!アレクシスとドリス語と日本語のすり合わせをした時のノートが残っていただけで……」
なるほど。
「ちなみにイドバルド。その秘伝書、他に勉強したことがある人は?」
「今生きているのは儂だけです。聖上。流石にページが多く、かつて少しだけ勉強した者もいたようですが、生き残っているものはおりません」
ふーん。
あ、ちょっと待てよ?
ってことは、あのチート本はイドバルドには見せない方が良いな。
アレも読めるって事だろうから、オーバーテクノロジーが漏れることになる。
気を付けておこう。
「で、ゴルディ。できなくはないっていうのはどういうことだ?」
「あぁ、この城の地下にある倉庫には、転移門があるからな」
てっ、転移門だと!?
とんでもないカミングアウトが来た。