8-10.聖騎士の戦い
「て、転移!?」
流石に予想外でした。
これでも、この世界に来て3年。それなりに経験を積んできたと思っていたのですが。
私の名前は遠藤飛鳥。
細かいことは省きますが、私はこの国で神獣様といわれる魔物と出会いました。
彼らの話しぶりからすると、彼らも私と同じく、転移した人間だそうですが、私とはどうも境遇が違うようです。
この世界に来て、仲間以外の人には心を許さないようにしていたのですが、彼らは信用してもいいかもしれません。
帝国にも嵌められたみたいですからね。……帝国にと言うかあの店長か、貴族の方でしょうが。
ともかく、いろいろあって私達は攫われた私の仲間を含む、神隠しの犠牲者を捜索し、発見。
脱出のために神獣様に、転移魔法を使用していただいたところです。
この世界に3年ほどいますが、転移魔法なんてものが存在するとは思いませんでした。
彼は、あのような怪物相手に一人で無事なのでしょうか。
「クリアンティーナ!」
私は私の子を授かった女性に声をかけます。
眠らされているだけとはいえ、影響がないとは言い切れません。無事だと良いのですが。
「う、うぅん……」
よかった。少し反応がありました。
天災級のバルクスさんの情報通り、眠らされているだけのようです。
「すまんが、そっちの心配は後にしてくれ。奴ら、こっちに気づいたぞ」
奴ら?
「洞窟の魔物と森の魔物達だ」
そうだった。
少し考えればわかることだった。
ここは街が近いとはいえ、片田舎の村のはずれ。
当然、周りには野生の動物や魔物、魔獣がいる。
そいつらがこの周りに多く居て、私たちの存在に気づいたという事だ。
まずい。
こちらの戦力は3名。
回収してきた捕らえられたものも3名。
彼女たちを守りながら、戦わなければなりません。
魔物がどれだけいるかわからない以上、無茶はできませんね。
ですが、少なくとも1人は天災級の実力者です。
後は……、グレイさん……グレイ様の実力がどの程度かですが。
「次期伯爵、お前戦闘の方はどのくらいできるんだ?」
「えっと、すみません。からきしです。レベル3しかないので」
どうも彼は戦闘はできないそうです。
と、いう事は2人で3人の昏睡している人間と1人の戦闘できない人間を守らないといけないわけですか。
正直、手が足りませんね。
勿論、ここに向かっている魔物すべてが私たちを目掛けて来るとは限りませんが。
ゲームだったら、この状況でもなんとかなると思いますが。
まぁ、ゲームは攻略できるように作られていますから、当然といえば当然。
どれだけ敵ユニットの数が多い状況でも、腕と状況次第で何とでもなる。
しかも、主人公ユニット……所謂、プレイヤーキャラクターは失敗しても負傷や捕縛されることはあっても、死ぬことはない。
しかしここは現実。
全員を生かそうと思えば、それなりの努力では足りない。
「バルクス殿、どうしましょう」
「どうしましょうって……やれるだけやるしかないだろ。お前、それなりにできるんだろ?なら森側を頼む」
任されてしまいました。
無茶ぶりもいいところなんですが。
しかし、覚悟を決めてやるしかありませんね。
ここには、私の、……子供がいるのですから。
「では、そちら側はお任せします。バルクス殿。グレイ様は皆の防衛をお願いします」
「しょ、正気ですか?1人でなんて」
「しかたありません。戦力はこれだけしかいないのですから」
「でも」
「貴方も、子を持つようになったらわかりますよ」
そういって、私は4人から離れます。
久しぶりに、聖騎士の力、振るうとしましょう。
「そらぁ!」
私は両手で横なぎに剣を振るい、迫る狼を切り伏せます。
聖騎士とは、私がやっていたゲーム、ライダーズ&ソーディアンVRにおいては上級職でありながら、他の上級職に比べ非常に特殊な存在でした。
その理由は聖騎士の転職条件。
『誓約』と呼ばれる誓いを立てる必要があったのです。
『誓約』は取得条件はそこまで複雑ではないのですが、メリットとデメリットが釣り合わない特殊な状態異常でした。
このゲームのオンライン版においてはとてつもなく不評で実装から1ヶ月後に無条件で取得を取り下げるチケットが販売されたくらいです。
オフライン版の縛りプレイの時くらいしか使えない代物、プレイヤーの中ではそういう認識なのです。
まあ、私もそんな縛りプレイをしていた1人なわけですが。
なんで私は聖騎士の商人の旅なんて縛りプレイをしたのでしょう。
ですが、今はその聖騎士の誓約が役に立ちます。
私の誓約とは『守護の誓約』。
防衛戦においてのみにおいて、能力を極端に上げる性能を持っています。
しかし、それ以外の戦闘、例えば攻め手や狩り等では極端に性能が落ちると言うデメリットも持ち合わせています。
今は防衛戦。私の力を存分に発揮できることでしょう。
「はぁ!」
再び、剣を振るい、飛びかかってきた狼の魔物の肩口から胴にかけて切り裂く。
ゲームであればその時点で魔物は消滅しますが、何度も言うようにここは現実。
剣は魔物の胴に刺さったまま、抜けなくなってしまいました。
しまった!
気づいたときには剣から手を放し、魔物の遺体を転がします。
剣を手放した私を見て、それまで様子を見ていた魔物が一斉に飛び込んできました。
なかなかの状況判断能力です。
しかし。
「甘い!」
私は新たに飛び込んできた狼の魔物の一匹の頭に右手の正拳を叩き込みました。
私の鎧は金属製、そしてこの鎧には様々なギミックが施されています。
拳を握ると手の甲の部分から幅広で短い、剣先が姿を表します。
そのまま拳を引き抜き、次に飛び込んできた狼に遠心力を加えた肘鉄。勿論、この肘鉄も鎧のギミック付き。今度は細い、太い棘のような刃先が飛び出します。
更に飛び込んできた狼に掌底、膝蹴り、右のハイキックなどを加えいなします。
「すみません。本来の戦闘スタイルはコチラなもので」
そう、私の戦闘スタイルは、魔法を織り混ぜた、ギミック付き鎧による肉弾戦闘。
パーティーメンバーに危険だと言われて、しばらくこのスタイルは封印していましたが、なかなかどうして、やはりこちらのスタイルのほうが戦いやすいですね。
何匹かの狼を屠った私の前にムカデのような魔物が現れ、上半身を起こし、こちらに威嚇の体制を取っています。
「ポイズンセンチピード……こんな魔獣まで来ますか」
ポイズンセンチピードは確か隊長級の魔獣です。
毒のある大きなムカデといえば真っ先に名前が出てくるような魔獣です。
硬い甲殻に覆われたからだと、自身の甲殻を貫くほどの牙、そして噛んだ獲物を麻痺させる毒を持っています。
本当に、一体どうなっているのでしょうか。この森は。
私はその存在を確認すると飛び出しました。センチピード種の弱点は顔の下、下顎の辺りであったと記憶しています。そこを突く!
上手く潜り込んだ私はそこから掌打を放ちます。
勿論、ギミック付きの掌打です。
私の手首辺りから太い針のような刃が飛び出し、センチピードの片顎を捉えます。そのまま、勢いに任せた刃がセンチピードの頭を貫きました。
「もう1つ!おまけです!……灼熱よ!」
ドンッ!爆発音とともに、炎がセンチピードを焼きました。
ライダーズ&ソーディアンVRでも魔法は各魔法スキル取得後、単語に効果を登録、組み換えるという形で発動するよう調整されていました。
この世界でもそれに似たシステムで魔法が発動するため、楽に魔法を発動することができました。
……これがなければ、私はあの夜に死んでいたかもしれません。
センチピードの頭部の大半を焼き尽くし、私の魔法は止まりました。
これで、取りあえずは安心……。
しかし、そう考えていましたが、不意に辺りに甘いような、不快なようななんとも言えない匂いが立ち込め始めました。
なんだと、確認する間もなく、辺りには虫系魔獣の大群が押し寄せてきました。
「しまった!」
失念していました。
この種の厄介さは自身の硬さに加え、倒した後に起こる魔物を集める匂いにあるのです。
これは本来、ムカデが危険だと感じると発する仲間を呼ぶフェロモンに起因した、ゲーム的な設定だったはずです。
勿論、現代科学ではそんなものはないと消極的証明、つまりは科学的根拠なしとされてはいますが、ゲーム的な後付であればそれも可能。そのことをすっかりと忘れていました。
「狼のようなそれなりの大きさのある個体ならともかく、これはちょっと厳しいかもしれませんね」
私は自身の能力と、相手の特性を分析しますが、どう足掻いてもすべてを相手にするのは難しそうです。
しかし。
「だからといって、諦めるわけにはいきませんね」
なにせこの後ろには、私の大切な人と、まだ顔も見ない私の子供が居るのですから。
空手やってれば何とかなる。
ギミック付きの武具っていいよね。




