8-8.名称不明の怪物
「なぁ、バルクス。これってダンジョンでは普通なのか?」
「いや。言ったろ。前に来たときはすぐに下に降りれたって」
バルクスが魔物を殴りながら俺の言葉に答えた。
「そんな楽しくげに談笑してる場合じゃなくないですか!?馬鹿なんですか!?」
グレイがツッコミを入れる。
「喧嘩している場合じゃないですよ!次が来ます!」
遠藤氏も剣を振るって、応戦している。
「おっと、こりゃ失敬。切り抜けるぞ」
俺も少し、真剣にやらないとな。
俺たちは、坂を下りるとすぐに大量の魔物に出くわした。
敵の強さ的には、問題はないのだが、いかんせん数が多い。
わらわらわらわら出てくる。
まるで何かを守っているように。
虫や蝙蝠、小型の兎のような魔物など、実に様々だ。
「バルクス殿!上からも来ました!」
「嘘だろ!?おい!こりゃ下に行った方が良い!急ぐぞ!」
「バルクス殿、これ流石に増援を呼んだ方が!」
「無理だ!見ただろ!あの数!?アレを突破するのはかなり骨だ!このすぐ先にキャンプにできそうな場所があるはずだ!そこへ行く!」
バルクスに従って俺たちは先へと急ぐ。
俺が蹴散らしてもいいんだけど。
流石に全部は苦労するだろう。
ここはダンジョンの、いや冒険者の先輩のバルクスに従っておくべきだろう。
「よーし、お前ら!このまま下に降りるぞぉ!」
「なんかこんな状況なのに、楽しそうじゃないですか!?神獣様!?」
そりゃだって、この世界に来て初めてのダンジョンだ。
こんな状況じゃなければ、否が応でもテンションが上がるというものだ。
前回のダンジョンは蜘蛛一匹、しかもガラハドたちがあっさり片付けてしまったしな。
勿論、威圧を飛ばしてもいいけど、せっかくの異世界。
ちょっとくらい楽しんでも問題はないだろう。
「だから!楽しんでる余裕はないんですって!」
「グレイ様!言い争っている暇はありません!私達も続きましょう!」
「あぁ!もう!わかりましたよ!」
なんとか下層へ続く道を確保し、下っていくと少し広くなった地形にぶつかった。
「ここで少し休憩しよう」
「大丈夫ですかね?上からも魔物が大挙してきてますよ?囲まれたりとかは?」
「あぁ、さっき確認したんだが、どうも上から来ていた連中は、こっちの階層には降りてこないみたいだな」
「いったいなぜでしょう?」
「どうも、さっきの坂道にあったコレが原因らしいな」
バルクスがグレイに何かの塊を投げてよこした。
受け取ったグレイが首を捻って答える。
「なんです?これ?……ってあっつ!?熱い!?」
「なるほど、属性石ですか。これは火属性の物ですね」
属性石?
そりゃまたファンタジーなものが。
水とか風もあるのかな
「上から来てたやつらはほとんど兎とか獣の類だったからな。多分、暑いのは苦手なんだろうな」
なるほど、そんな理由だったか。
「俺はてっきり、この下にもっと強い魔物がいて縄張り的な意識があってこないのかと思ったぞ」
「は、ははは。できればそうはあってほしくないですね」
「いや、それフラグというやつでは……」
フラグにならないことを願おう。
フラグじゃないよな?
にしても、ダンジョンって言っても、普通の洞窟なんだな。
ちょっと魔物は多いが。
俺は影魔法を使ってみた。
うーん?
影魔法から得られる情報では思ったほど魔物の数は多くない。
なんか坂の所だけ妙に多いような気がする。
「なんだか、さっきの坂の周りだけ妙に魔物が多いみたいだな?此処から先はそこまで多くなさそうだぞ?」
「そうなのか?」
「なんだか嫌な予感が……」
「言っていても仕方ないでしょう。グレイ様、行きましょう」
俺達は洞窟の奥へと足を進めた。
「あそこだ」
バルクスが俺達を手で制して身をかがめる。
俺が覗き込むと、そこには確かに蜘蛛の糸のような物の残骸が転がっていた。
バルクスの情報通りだ。
所々、楕円形の形成物があり、いかにも蜘蛛の巣といった感じだが……。
視線を移した先に、明らかに異質なものがあった。
それは大きな繭が3つ並んだ形をしている。
その前に人影が3つ。
氷室さんたちだ。
しかし、拘束されているわけでもない。
気を失っているようだ。
俺が異質に感じたものは、そのさらに置く。
明らかな人工物。
大きな半透明の球体は薄い光を放ち、周囲を照らしていた。
なんだあれ?
「クリアンティーナ!」
遠藤氏が飛び出した。
「おい、馬鹿!」
バルクスが止めるが遅かった。
すでに飛び出した遠藤氏は一目散にエルフの女性の元へかけていった。
「よ、良かった!三人とも無事なようです」
「馬鹿野郎!安全が確保できない状態で動くんじゃねえ!死にたいのか!」
バルクスが叱りながらもテルミスを抱える。
俺も氷室さんを確保しておこう。
よくよく見てみると、氷室さんはかなり際どい格好をしている。服はところどころ破れ、肌が露出していた。
よわった。
シーツは今、俺が着ているものだけだし。
どうしたものか。
ふと、そういえば毛布が入っていたことを思い出す。
まぁ、寝具に使うような大きなものではなく、タオルのような大きさのものだが。ないよりはマシだろう。
氷室さんにタオルをかけてやり、抱えた。
よく見ると、服は破れているものの肌にはほとんど傷はない。
何だこりゃ?
敵は彼女の服だけ狙ってたのか?
魔物や魔獣に、それだけの知能があるとは思えないが。
……まさかとは思うが、攫ったのは、そういうことに特化した魔獣ってことはないよな?
成人向けゲームじゃあるまいし。
「とりあえず、攫われた奴らは全員確保したな。グレイ、一旦下がって……」
その時だ。下がって体制を立て直そうと提案した俺は、グレイの後ろにいた、ソイツと目があった。
皮膚が爛れ、皺くちゃの顔と体。
人のような形をしているが明らかに人とは違う3mはあろうかという漆黒の体格。
恐らく腕であろう部位は、その体格の膝ほどの長さがあり、両手の中指か、人差し指だけ伸びた指。
顔であろう箇所には、空虚であろう目。その中には僅かに瞳であろう光が確認できる。
体は不安定に左右に揺れ、そいつが現れた瞬間から辺りには異質な匂い、腐臭とも錆とも取れる匂いが立ち込め、辺りを包んでいる。
馬鹿な!?
さっき確認したときはこんな奴、反応なかったぞ!?
「グレイ!逃げろ!」
「えっ!?」
俺の言葉を理解するより早く、やつの右手の鉤爪が振るわれる。
間に合わない!!
とっさのことで、自分でも何をしているか分からなかったが、どうやら俺は土魔法を使ったようだった。
グレイとそいつの間に土の壁が形成される。
しかし、そいつは構わず腕を振り抜こうとするが……。
土の壁が隆起した影響か、ソイツの足元がわずかに揺らいだ。
そのおかげで、鉤爪はグレイの頭を掠め、魔法による土の壁を引き裂くのみで終わった。
しかし、振るった先の壁に衝撃波のようなものが当たり、石で出来た洞窟の壁を抉った。
「わ、わわわ!い、一体何ですか!?」
俺以外、バルクスでさえ反応できない、出現と斬撃。
こいつが、今回の騒動の原因で間違いないのかもしれない。
くそ!なんなんだ、こいつは!
……エ、シテ。
異形の巨体から、言葉のようなものが放たれる。
…カ、……テ。
何だ?
何が言いたいんだ?
……カエ、シテ。
返して?
氷室さんたちのことか?
カエシテェェェェェ!!
異形の体から初めて咆哮にも似た叫び声が放たれた。
その声は何処か切なげで、焦燥感を持っているようにも感じられた。