7-5EX.倉庫番個体フォレストキャット
吾輩は魔物である。
名前はまだない。
吾輩を生み出した主からは、単に『猫』と呼ばれている。
吾輩の住処は、ある倉庫の倉庫番の集合住宅である。
この倉庫は国営であるらしく、それなり以上の物資がある。
吾輩はそこに群がる野生の小動物を狩って細々と自由気ままな生活を謳歌していた。
この倉庫はウーマという魔物の放牧地の近くにあり、更に街中に森まであるので、野生動物もそこそこいる。
主から、森に住む蜂と熊、蟻には手を出すなと言われているので、手は出さない。
あと、人間を守れとも言われているので、仕方ないのでたまに守ってやっている。
食い物は街の外の森に行けばいくらでも取れるので困ってはいない。
寝床は倉庫番の集合住宅地の廊下を間借りしている。
暑くもなく、寒くもなく。風雨も防げて、非常に気に入っている。
倉庫番の人間が、毛布や布で寝床を整えてくれたので、環境も非常にいい。
あぁ、そうだ。
台所番の仕事部屋には近づかない方がいい。
あの台所番は台所に入ると鬼のように怒る。
吾輩のように毛むくじゃらの存在が許せないのだろう。
普段から、獣やトカゲのような鱗まみれの者を捌いているらしいからな。
恐らく、捌いているときに近くに寄ってきたものが毛むくじゃらであれば刃を向けてしまうのだろう。
恐ろしい。
それ以外の時は非常にやさしいのだが。
なんせ、吾輩の日々の食事を用意してくれているのも彼だ。
一線を引けば非常に良い人間だ。
その日は、軽く狩りをするつもりで、森へと出かけた。
あぁ。森と言っても街の中の森ではない。
街の外だ。
この森は獲物がいくらでもいる。
流石に自分よりも大きな獲物を今日狩る気にはならないが、まぁ狩りの腕前を鈍らせないためにも定期的に狩りに出ておくべきだろう。
吾輩はその日、小動物の狩りを行った。
魚を取ろうとしている、毛むくじゃら。
枝にとまっている小鳥。
川の側でくつろいでいるカエル。
狩りと言っても本当に狩るわけではない。
狩りの真似事だ。
食事は十分にもらっているので、無理に狩る必要もないからな。
あくまでも、腕を鈍らせないための練習だ。
それにしても。
本当にこの辺りは狩りの獲物には事欠かない。
吾輩や同族、主を退屈させることはないだろう。
ちょっと多すぎやしないか?
だがそれは吾輩の考えることではない。
主や主の主人が何とかすることだろう。
吾輩は狩りから戻ると倉庫番の宿舎に帰ってきた。
飯を所望する。
できれば肉がいい。
魚も悪くはないが吾輩は肉の方が好みだ。
まぁ、贅沢は言わない。
食べれるだけでも満足だ。
料理人に調理場の外から声をかけると、既に用意されていたらしくテーブルへ案内された。
と言っても吾輩はテーブルの下だ。
この料理人は調理場に入ることと同じくらい吾輩がテーブルに乗ることを好まない。
毛が抜け落ちて掃除が大変なんだそうだ。
これは吾輩だけではなく、他の四足歩行、犬たちも同じだ。
この犬達も初めは吾輩も警戒したが、今ではすっかり慣れてしまった。
隣で丸まって寝ることもやぶさかではない。
ただ何匹かチビがいるのだが彼らだけは慣れない。
数回追いかけられたことがある。
まぁ、子供のすることだ。
そこは吾輩がオトナの対応をするところだろう。
だからそこのチビ。
食事中にちょっかいをかけるのをやめるのだ。
料理人が怒る。
食事も終わり、吾輩は寛いでいた。
そんな折、吾輩の耳に慌ただしく動く、倉庫番達の足音が聞こえた。
「おい!人を集めろ!倉庫の中身を第ニ倉庫に持って行くぞ!できるだけ早くだ!」
「どうしたんだ?」
「ビッグラットが出やがった。早くしねえと倉庫の食料、みんな食われちまうぞ」
「一大事じゃねえか!?冒険者達に手配は?」
「今やってる!取り敢えず、俺らは倉庫の応援だ!」
「わかった!」
なんだ。ネズミが出たのか。
ビッグラットは確か、俺と同じくらいの体格のあるネズミだ。
まあ、すばしっこいだけで、大した強さではないが、なんせ数が多い。
それに、奴らは群れると凶暴になるのだ。
ここに来てから何匹か狩ってはいたが知らぬ間に増えていたようだ。
キバイタチたちでは手に余っているのだろう。
なんせ彼らは吾輩たちより小さいからな。
……仕方ない。手を貸してやるか。食後の運動に丁度いいしな。
吾輩は倉庫番の後を追って倉庫に来た。
なんてことはない。
タダ飯喰らいは嫌なだけだ。
倉庫を見上げると、そこには小さな人のような存在がウロウロしていた。
あ、中に入っていった。
なんだ?
吾輩は一鳴きして倉庫番に席を外すことを伝えると、周りにある木や塀を伝って登っていく。
そして、屋根にある窓から中を見た。
これは戦っているのか?
なんとも不可思議な魔法のようなものを使っていた。
光が直線に飛んだかと思うと、ビッグラットの頭が弾け飛んだ。
小さな人間も予想外だったのか、驚いている。しかし、驚いている場合ではないだろう。
彼らは仲間の死体さえ食べる。事実、血肉の匂いを嗅ぎ取ったのか、仲間が寄ってきている。
この部屋にたどり着くのは時間の問題だろう。
結局、小さな人は逃げ回っていた。
なにか小さな馬車のようなものに姿を変えると、室内を縦横無尽に逃げ回りネズミ共を疲労させていた。
しかしそれではだめだ。
奴らは知能は低いがそれでも魔獣だ。
数が多いので連携もする。
吾輩の心配した通り、まわりこまれてしまった。
絶体絶命だろう。
彼が人の姿に戻ったのは覚悟を決めたからなのだろうか。
仕方ない。
吾輩は隙間から入り込み、彼を援護すべく、彼の前に降り立ち、ネズミ共を威嚇する。
ちらりと後ろを振り返ると、彼は吾輩の意図を察したのか、振り向き、今まで追いかけてきた奴らを睨んだ。
そこからは単調な狩りだった。
突撃しかしてこない、数だけ多い奴らを狩るにはそこまで労力は使わないでも済む。
狩りとは慣れてしまえば、単調な作業の繰り返しだ。
ただ、的は動くし、学習もする。
しかし、吾輩たちにとっては大概の魔獣はただの的になる。
まぁ、大型は仕留めるのが大変だから、そうそう何度も狩りたくはないが。
森魔法と呼ばれる魔法を使って足を止め、そのスキに食らいつく。
そのまま息の根を止めて、森魔法の蔦で一箇所に集める。この繰り返しだ。
日が傾く頃になると、流石にその作業も終わった。
吾輩たちの勝利である。
しかし、この獲物、どうしたものか……。
「こりゃあ……まさか、お前がやったのか?」
吾輩の下に倉庫番の一人が来た。
吾輩だけではないが。
と思ったが、後ろを振り向いても既に彼の姿はなかった。
「よーしよーし。偉いぞ」
倉庫番がいつもやっているように吾輩を撫でくりまわす。
悪い気はしない。
「そうだ、長らく名前つけてなかったしな。ご褒美に名前をつけるとかどうだ?」
褒美なら肉。鶏肉がいい。
吾輩は鶏肉を所望する。
「あれ?お気に召さないか?じゃあ、料理長にいって特性の肉料理を作ってもらうか。あー、でも名前も別に付けないとな、流石に不便だ」
まぁ、どうしても付けたいと言うなら吝かではない。
倉庫番が吾輩を抱える。
「みんなにも相談しないとな、そうだなー。テリー、リーグ、グレイ、クーガー……あ、アルフレッドとかもいいなー。あれ?こいつって雄だっけ?雌だっけ?次期伯爵様に神獣様に聞いてもらう様に頼まなきゃな」
……吾輩は雄である。
吾輩、選り好みはしない。
好きなように呼ぶといい。
抱えられた倉庫番に撫でられながら、吾輩は宿舎に帰宅したのであった。
なお、その間この倉庫番は吾輩の新しい名前をブツブツ唱えながら、ずっと撫でくりまわしていたことを補足しておく。
ちょっと撫で過ぎだ。