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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

七夕特別記念作品:『天の川と君に、願いを込めて……』

 ~~七夕の日・日本~~





 俺の名前は、彦屋ひこや 定吉さだきち


 日夜スタイリッシュ系男子になる事を夢見て精進し続ける、高校二年生男子だ。


 今日は、向かいに住んでいる幼稚園からの腐れ縁である同級生:織部おりべ 千代ちよと、町内会主催で開催されている七夕まつりに参加する約束をしていた。


 千代は勉強は出来るけれど、どこか抜けているところがあり、頭は良くないけど、しっかり者の俺としてはアイツが変な奴に騙されないようにこれからも見守っていく必要がある。


 周囲の奴からは、『よっ!学生結婚済みッ!』とか『夫婦!夫婦~♡』と、馬鹿にされたりするが、決してそんなんじゃない。


 とにかく、そのように判断した俺は、千代の家の前で待っていたのだが……。


「まったく、アイツはいつまで待たせるつもりなんだ?このままじゃ、七夕まつりが始まっちまうぜ……」


 そんな風にぼやき終わるとの同時に、ガチャ、と千代の家の前の扉が開く。


 10分ほど待たされたことに対する抗議の意味も込めて、からかってやろうと思っていた俺だったが……すぐに二の句が告げなくなっていた。


「ごめん、ごめん!こういうのの着付けがなかなか難しくって、お母さんと一緒に悪戦苦闘してたら、結構時間がかかっちゃったんだよ~!……きっちゃん?かなり待たせちゃった?風邪引いたのか、なんだか顔が赤いけど、今日大丈夫?」


 そこにいたのは、普段見慣れぬ着物に身を包んだ見慣れぬ美少女だった。


 いや、確かに髪型はいつものツインテールおさげから、後ろに綺麗にまとめられているが、容姿が爆発的に変わったわけではない。


 そうだ、コイツのポヤポヤしている感じの表情も、気遣いか何かのつもりだろうが、無自覚に俺を上目遣いで覗き込んでくる考えなしなところも何一つ変わっていないはずなのに――ただ単に、『普段見慣れない格好だから』という理由だけで、俺は不覚にもマトモに言葉を発する事が出来なくなるほど思考がまとまらなくなっていた。


「……何でもない。とにかく、遅れるから早く祭りに向かうぞ」


 ようやく絞り出すように言えた言葉は、そんな気の利かなさの極致ともいえる憮然とした一言だった。


 ――でも、当初俺が千代に言おうとしていたからかうような口調よりかは、幾分かマシかもしれない。


 そう自分に言い聞かせながら俺は、「待ってよ、きっちゃ~ん!」と呼びかける千代の方も見ずに先を歩き始める……。









 七夕まつりに参加しようと、会場へやってきた俺達。


 周囲は既に愉し気な雰囲気に包まれており、待ち合わせの時ほどのぎこちなさが幾分か和らいだ俺達も、色々な催しを楽しもうとしたのだが――異変はすぐに発生した。


 突如、この場所に派手な色どりの衣装が特徴的な、武器を持った五人の男達が乱入してきたのだ!!


 混乱に陥る七夕まつりに集まった人々。


 俺達も例外ではないはずだったが、突然の事態に怖がる千代を腕の中で抱きかかえる形になった事で、少なくとも俺の表面上の平静だけは保てた気がした。


 だが、事態はそれどころではない。


 紫、赤、白、黄、青。


 五色のうちの赤い男が、俺達全員に向けてがなるように声を荒げる――!!


「やい、全員大人しくしやがれッ!!――特に、スタイリッシュ系男子を目指してそうなお前と、ポヤポヤした雰囲気とは裏腹に、着物の中に肉感的な成熟ボディを隠していそうなお嬢ちゃん!!……君達は、俺等の”悲願”成就のために拉致らせて頂きま~す♡レロレロレロレロレロッ!」


「きゃあっ!?……た、助けて、きっちゃん!!」


「クッ、何をしやがるテメェ等ッ!?クソッ、千代を離しやがれッ!!」


 他の人間には全く目もくれず、俺と千代を引き離す男達。


 俺は陰気ながらも、鋭い殺気を放つ紫の男に。


 千代の方は、「オホホ~!!嬢ちゃん、着物ごしでもなかなか良いもの持ってる事分かるぜ~♡」とか言いながら、覗き込むように千代の胸元を凝視するガッシリとした身体つきの黄の男に、それぞれ俺達は羽交い絞めされていた。


 訳が分からない。


 何故、俺達二人がこんな目に遭わなければならないのか。


 気づくと俺は、すまし顔をした白の服の男に向かって、あらん限りの声で叫んでいた。


「お前等、俺達をどうするつもりだ!?さっさと千代を開放しろッ!!――てゆうかテメェ等、一体何者なんだよッ!?」


 そんな俺の問いかけに対して、白の男が「フム……」と勿体つけながら、話し始める。


「申し遅れました。我々は、”夜天やてん五大将ごだいしょう”と申します。その中でも私は、皆を取りまとめる立場にある白の天将:”規則の固麺”と申します」


「ッ!?き、規則の固麺だとッ!!」


 ただならぬ名乗りとともに放たれる圧倒的な気迫を前に、俺の精神は容易く気圧されてしまっていた。


 そんな俺を満足そうに見やりながら、”規則の固麺”は如何なる手段を使ったのか、自分の周りに次々と三日月型の刃物を回転させながら出現させて、勝ち誇ったかのように言葉を続ける。


「そして、”夜天やてん五大将ごだいしょう”には、私以外にもここにいる


 赤の天将:”感謝の辛子マヨネーズ”


 青の天将:”成長の刻み海苔”


 黄の天将:”円満の揚げ玉”


 紫の天将:“学業のふりかけ”


 といった優れた勇士が揃っております。私共の用が終わるまで、皆様方、不用な抵抗はなさらないでくださいませ……!!」


 丁寧な口調ながらも、人を馬鹿にしたような嘲りの感情を隠そうともしない”規則の固麺”。


 だが、それを分かっていてもどうにも出来ない俺に向けて、固麺が更なる追い打ちをかけるように絶望的な宣告を行う。


「貴方がた御二人には何の恨みもありませんが……”感謝の辛子マヨネーズ”が先ほど告げた通り、貴方たちには我々の悲願である”天蓋てんがい双滅そうめつ術式:七夕たなばた”発動のための礎となって頂きますッ!!」


「て、”天蓋双滅術式:七夕”だって!?……な、なんなんだ、それは!?」


「フフフッ、これから協力して頂く以上、確かに貴方達にもそのくらいの事を知る権利はありますね。良いでしょう、良いでしょう。ならばお教えいたしましょう!……我等五大将が為そうとしている究極術式:”天蓋双滅術式:七夕”の全容を!!」


 瞳を爛々と怪し気に光らせながら、”夜天やてん五大将ごだいしょう”を束ねる”規則の固麺”という男が熱に浮かされたように、狂気を帯びた口調で語り始める。


「”天蓋双滅術式:七夕”――それは、想い合う二人を一年間強制的に引き離し、会えない間に募る互いに惹かれ合う引力を増幅させることにより、この術式が完全に効果を発揮する七月七日に御二人を再会させ、そのときに互いに引き寄せられた二人がぶつかりあう凄まじい衝撃で、既存の物理法則に支配されたこの現行世界を灰燼に帰す――まさに驚天動地の術式なのですッ!!」


「お、俺達を、一年間強制的に引きはがしてから……ぶつけた衝撃で、この世界を滅ぼすだって!?」


 最初に固麺から”天蓋双滅術式:七夕”という言葉を聞いたときから、嫌な予感をヒシヒシと感じていたが、まさかそんな最悪の結果を引き起こす術式を起動させるつもりだったなんて……!!


 ”七夕”というめでたい日を冒涜するような、五大将達の仄暗い情念とでもいうべき感情に思わず戦慄する俺。


 そんな俺と想いを共有していたのか、千代も必死な表情を浮かべながら”規則の固麺”に向けて問いかける。


「で、でも、それならどうしてそんな恐ろしい儀式に私達を選んだの!?私もきっちゃんも、何の変哲もない普通の高校生なのに!」


 確かに千代の言う事はもっともだ。


 俺は生まれてこの方そんな能力に目覚めた事なんかなかったし、俺も千代もごくごく一般的な家庭で生まれ育っただけの一般人に過ぎないはずだ。


 そんな俺達の疑問に対して、”規則の固麺”がおもむろに返答する。


「この術式の完成には、一年間引き離されたうえでなお、互いを思い続けられる”情愛の深さ”と、衝突による強大な破壊力を引き起こせるだけの思春期特有の凄まじい“爆発的情欲”、そして、術式のもととなる織姫と彦星伝説にちなんだ”夫婦感”が必要でした」


 そこで、暗い表情を浮かべながら、「……ですが」と固麺は続ける。


「人の感情すらも娯楽コンテンツとして消費する卑劣な”現代社会”というこの時代において、それほどに一途かつ情念の炎を滾らせ続けながら、長年連れ添った夫婦のような空気を醸し出せる学生カップルという存在を見つけ出すのは非常に困難である!と諦めかけていたときに、我々が見つけ出したのが貴方達という存在なのですッ!!」


「ッ!?バッ、ち、ちげーし!!”夫婦”とかは周囲の奴が勝手に言っているだけで、俺達は別につ、付き合ってなんか……なぁ、千代!?」


 頬にとてつもない熱を感じながらも、奴の妄言を必死に否定する俺。


 だが、対する千代は俺の言葉に対してもどこ吹く風であった。


「私ときっちゃんが、一途な上に激しく相手を想いあう学生カップル夫婦だった……?えへへ、そんな風に考えていたのは、私だけじゃなかったんだ……♡」


「……あの~、千代さん?」


 何か千代の様子がおかしい。


 ……いや、俺はスタイリッシュ系男子を目指している人間なので、出来の悪いラノベやアニメの主人公みたいに、わざとらしい鈍感君でも何でもない。


 本当は自分でも、彼女のこの反応が何を意味しているのかってことくらいは分かっているはずなんだ。


 ――つまり、これって……。


 嬉しさのあまり、思わずニヤケそうになる口元を右手で押さえる俺。


 いつも以上にポヤポヤしている千代だけじゃなく、どこか浮ついてしまっている俺も、このまま特に抵抗することなく五大将(コイツ等)に拉致されようとしていた。


 周囲の人々が、


「こ、これで、あの色気づいたガキどもの衝突によって、来年には俺達もこの世界もおしまいだ~~~ッ!!」


「いっそのこと、この場にいるみんなで一足早い世紀末を楽しんじゃおうよ♡」


「ひぇ~~~っ!!なんまんだぶ、なんまんだぶ!!」


 といった、絶望に満ちた悲鳴を上げていた。


 だが、どうしたところでこれ以上は何も変えられない――そんな絶望が色濃く場を支配し始めていた、そのときである!!



「あっれ〜?そこのお兄さん達!……こんなめでたい日に、怖い顔してどうしたのさ?」


「てめぇら……まさか、そこの盛りがついたカップルを利用して、この世界をぶっ壊すつもりじゃねぇだろうなぁ……!?」



 剣呑な声音を響かせながら、突如この場に現れたのは柄の悪そうながらも、美形の部類に入る二人組の青年だった。


 そんな二人組の青年に対して、激昂した”感謝の辛子マヨネーズ”が声を荒げる――!!


「貴様等ァッ!一体、何奴なにやつッ!!」


 そんな恫喝に対しても、微塵も動じた様子を見せぬまま、二人組のうちの粗暴な印象の青年が答える。


「――冷奴ひややっこ、ってな。……てゆうか、何でむさくるしい野郎相手に、俺達が馬鹿正直に名乗らなきゃなんねぇんだよ?」


 答えたのは、二人のうち粗暴な印象の男だった。


 どちらも年の頃は、十代の後半だろうか。


 一人は不機嫌さを微塵も隠そうとしない憮然とした顔つきに、鎖を全身に巻き付けた姿が目につく青年。


 もう一人は、軽薄な笑みを顔に張り付けながらも瞳に冷たさを宿した褐色の肌と頭部から生えた猫耳が特徴的な青年。


 彼等の眼は血に濡れたように真紅の輝きを放ち、その舌先には破滅の象徴である邪悪な魔獣:"十六の災禍(フレンズ)"を彷彿とさせるタトゥーが彫られていた。


 それらの特徴から導き出される答えは、――ただ一つ。





「う、嘘だろ……?キ、”キモオタ”が何でこんなところに!?」





 七夕まつりに参加していた参加者のオッサンによるそんな呟きを皮切りに、それまで無抵抗だったはずの人達の間から、盛大に悲鳴が上がり始める――!!


 しかし、そうなるのも無理はない事だろう。


 "キモオタ"。


 それは、過激な性描写が売りのライトノベルをこの地上に蔓延させる事によって、暖簾(のれん)という結界で区切られたこの世(全年齢向け)とあの世(R-18指定)の境目を破壊し、この世界を混沌に導こうとする悪しき勢力の総称とされているからだ――!!


 人々がパニックに陥る中、俺達を捕えている”夜天やてん五大将ごだいしょう”は、冷徹に眼前の“キモオタ”達に向けて警戒の構えを行う。


 その中でも、“規則の固麺”が二人を見据えながら、おもむろに口を開く。


「……流石は、ヒロインの過激な場面を見るためだけに、年に膨大な数のライトノベルを読み明かすと言われている“キモオタ”の優れた情報収集力と分析力、実に大したものです!……どうです?貴方達も我々と同じように、この現行社会を滅ぼそうとする同志のような存在。我々の術式完成のために、協力しては頂けませんかな?」


 固面がそのようなとんでもない提案を、この場に現れた“キモオタ”の二人組に問いかける。


 “夜天五大将”というこの世界を滅ぼそうとする存在に、さらにこの世に混沌をもたらそうとする“キモオタ”が加わるかもしれない……。


 この場に訪れたのは救世主どころか、さらなる脅威であり、コイツ等を除くこの場にいる全員……いや、この世界に生きるすべての者達が更なる絶望の淵へと追い込まれようとしていた。


 そんな状況の中、“キモオタ”の片割れである褐色猫耳の青年が、瞳に酷薄な笑みを宿しながら、無邪気な様子で固麺の質問に答えることなく、自身の質問を投げかける。


「ん~とさ、僕達を誘ってくれるのはありがたいけど、結局、君達はなんで“七夕”とかいう術式を使って、この世界を全部ぶっ壊そうとしてんの?……まぁ、言動から何となく理由は推測できるんだけどさ」


 そんな褐色猫耳の青年に対して、高揚感を露わにしながら、固麺が答える。


「よくぞ、訊ねてくださいました!!――実は我々は、学生の頃から己の考える最高のカッコ良さを追求する同好の士でありました……!」


 ……?とりあえず、もう少し大人しく話を聞いておくか……。


 そんな俺の内心など知る由もなく、“規則の固麺”は言葉を続けていく。


「我々は自身が考える『最高のカッコ良さ』を身に着けるべく、少年誌に掲載されている異能バトル漫画をもとに、それぞれ自己流の研鑽によって、それこそ“異能”といえるほどの能力や武術を身に着けられるようになっていました。……ですが、世間の女どもはそんな努力の果てに本物のカッコ良さを身に着けた我々など微塵も認識することなく、表面上を取り繕ったチャラついた男達に夢中になるのみ。――十代の青春全てを費やして、ひたすらカッコ良さを追求し、血反吐を吐くような修行をしてきた我々の努力は一体、なんだったのか……我々は、深き絶望へと叩き落されていました」


 そのように迷い続けた果てに、“夜天五大将”は最悪の決断へと至ることとなる。


「そうして、我々が絶望の果てに辿り着いた答えが、この“天蓋双滅術式:七夕”なのです!!――我々を差し置いて、イチャコラするリア充ガキップルを媒介に、その凄まじい衝撃でこの現代社会ごと、世界を分かつ境界線を全て焼き払うのです!!……そうして、すべてが空白となったこの世界で、“絶対防御術式:天の川”を用いて生き残った我々“夜天五大将”は、他の世界から来た運命的な理想の相手と出会い、結ばれることが出来るのですよ……!!」


 狂信的な笑みを浮かべる“規則の固麺”。


 世界が崩壊しても、自分達の力ならば生き残れるというまさに常軌を逸した思考だったが、彼も残りの四人もそれが可能であると、強い自負心のようなものを持っているようだった。


 ……何より、固麺の言葉には狂気と同じほどの熱量があり、奴等の乱入に憤激しているはずの俺ですら聞き入るほどだった。


 こんなものを聞かされては、同じ世界の境界線を崩す“キモオタ”の二人だって、首を縦にして頷くに違いない……。


 実際に奴等が生き残ることが出来るのかは分からないが、少なくとも、この世界が滅ぶ事だけは避けられない――と、俺が内心で諦めようとしていた、まさにそのときだった。



「なるほど、君達の意見はよく分かったよ!――それじゃあ、僕達との交渉は決裂だね☆」





「…………………………は?」



 これまでの知的さとも狂的とも違う、素っ頓狂な声を上げる“規則の固麺”。


 奴や他の仲間達だけでなく、それを聞いた俺も千代も――この場に囚われていた他の人達も『信じられない』と言わんばかりに、同じような表情をしている。


 だが、当の本人である褐色猫耳と粗暴な鎖を身に纏った“見目麗しき廃滅者キモオタ”達だけは、これが当然であると言わんばかりに平然としていた。


 この結論が理解できない、自分の予測が間違っているはずがない――!!


 そう言わんばかりに、“規則の固麺”が、激しく動揺しながら褐色猫耳に再び問いかける。


「な、何故だ!?君達“キモオタ”も我々同様、このくだらぬ現代社会――いや、現実そのものに見切りをつけ、憎悪しているからこそ、『過激な性描写のライトノベル』を社会に蔓延させて、世界の境界線を崩そうとしてるんじゃないのか!?君達と我々の理想、どこに違いがあるッ!!――貴様等の掲げる大望は全て口先だけで、我々の本気を前に臆したかッ!?そのようなザマでは、“見目麗しき廃滅者キモオタ”の名が泣くぞ、小童ァッ!!」


 最後の方は、もはや激昂ともいえる状態で叫ぶ“規則の固麺”。


 理想に殉じる“夜天五大将”という在り方を選んだ男だからこそ、同じ同志であるはずの“キモオタ”達の答えは“裏切り”以外の何物でもなかったのかもしれない。


 だが、そんな固麺を前に褐色猫耳は意地悪くニヤニヤ無言で笑みを浮かべ、代わりに粗暴な方の男が答える。


「“キモオタ”としての名なんざ、心底どうでも良いんだが……俺達とテメェ等は、全くの別物だろ。……少なくとも、俺達は『この世界を跡形もなくブッ壊してやろう』なんざ考えちゃいねぇよ」


「ッ!?馬鹿な!だったら貴様等は何故、この地上に混沌をもたらすような真似をする!?この現代社会を憎み、蔑んでいるからこそじゃないのか!?」


 そんな相手の言葉に対して、顔を盛大に醜く歪ませる“規則の固麺”。


 だが、それに対しても「そんなわけないだろ」と、鎖男は言葉を返す。


「俺達は『過激な性描写のライトノベル』があっても、この時代なり社会ってもんが退屈なものに感じているから、この世界をもっと面白おかしいもんにするために、世界の境界線とやらを取っ払って色んなもんを呼び込もうとしているだけだ。運命的な理想の相手?そんなもんが本当にいるのかは知らねぇが、相手を呼ぶだけなら、そういうラノベを作っている出版社やら印刷所まで消し去るような真似をする必要はないだろ」


 ていうか、と男は呟く。


「テメェ等の言ってる事、『ラノベの表紙はエロいから、本棚から全部撤去しろ!』って言ってるクレーマーと大差なくて、気にくわん」


 粗暴な鎖男の言葉を引き継ぐように、褐色猫耳の青年も挑発的な笑みとともに、“夜天五大将”の面々へと語り掛けていく。


「ん~、少なくとも“キモオタ(僕達)”は、自分達が頼みの綱にしている『過激な性描写のライトノベル』の事を、世界の境界線を取っ払って、この時代を面白おかしくする事が出来るだけの力があるって信じてるよ?……ただ、“夜天五大将(君達)”は自分達の運命がかかっている大事な作戦に、嫌悪しているはずの『リア充学生カップル』の力を随分、アテにしてるんだね?見下している相手に依存するって、そっちの方が逆に屈辱的でカッコ悪い気がするけど……まぁ、そこも含めて僕らとは合わないかニャ?」


『――ッ!?』


 褐色猫耳の“キモオタ”の発言を受けて、押し黙る“夜天五大将”。


 彼の発言が、奴等の精神の境界線をぶち抜いたことは、誰の目から見ても明らかだった。


 “規則の固麺”は能面のようにツルリ、とした無表情のまま、殺意を漲らせた他の四人へと指示をする。



「――もういい。どんだけみっともなかろうが、“七夕”だけは俺達の手で成功させる。……だから、お前等、術式に使うガキ二人以外、目障りな“キモオタ”ごと纏めて全員始末するぞ」



『応ッ!!』


 “夜天五大将”の本気の殺意を前に、“キモオタ”達が登場した時以上の恐慌に陥る七夕まつりの参加者達。


 このままこの場に留まり続けていては、例え抵抗しなくても殺されることになる――!!


 そう判断したのかは分からないが、今度こそ参加者達は散り散りにその場から逃げ出そうと走りだす。


 固麺の言葉を受けた四人の天将達は、俺達から手を放し、一斉に“キモオタ”達へと襲い掛かる――!!



 全身から刃物を生やしながら、突撃していく赤の天将:”感謝の辛子マヨネーズ”。


 妖刀を振るった軌道に大量の金剛石を出現させる青の天将:”成長の刻み海苔”。


 拳で殴った対象を爆発させる拳法を用いる黄の天将:”円満の揚げ玉”。


 高速で影から影に移動しながら、手にした鎌で致命傷を狙う紫の天将:“学業のふりかけ”。



 異能を極限にまで昇華した天将達による猛攻の数々。


 さしもの“キモオタ”達も、これらを前にしては、成すすべもなく嬲り殺しにされるのみ……!!


 そんな光景を思い浮かべ、俺と千代は眼をつむりながら互いの身を抱き寄せる。


 ……それでどうにもなるわけではないが、恐る恐る目を開く俺。


 物言わぬ肉塊と化した二人の姿が地面に転がっているかもしれない。


 なんなのかも分からない固形物が、そこら中に散らばっているかもしれない。


 ただ、そんな悲惨な光景を千代にだけは見せたくない、と俺は短冊にでも願いたくなったが――どうやら、その望みは叶わなかったらしい。


「きっちゃん、アレって……」


 どうやら俺よりも先に、傍らにいた千代が先に目を開いていたらしい。


(……ゴメン、千代。俺が、さっさと覚悟を決めなかったばかりに、そんな光景を見せつける事になって……!!)


 そう考えながら、意を決して目を見開く俺。


 だが、視界には俺が想定したのとは全く異なる光景が広がっていた――!!





 俺達の視界の先にあるもの――それは、四人の天将達の攻撃を巧みに躱す“キモオタ”の二人組の姿だった。


 信じられない光景を前に、俺はポツリと呟く。


「一体、これはどういう事だ……?“キモオタ”ってのは、社会にエロいラノベを蔓延させることが得意なだけじゃなかったのか……?」


 そんな俺と同じ気持ちだったのか、赤の天将である”感謝の辛子マヨネーズ”が全身から生やした刃で斬りつけながら、激しい苛立ちとともに叫んでいた。


「クソッ、どうなってやがる!?――俺達のような熱い異能バトル漫画好きならともかく、単なる萌え萌え、ブヒブヒ♡喚くだけの“キモオタ”どもが、ここまで出来る奴等だなんて聞いてねぇぞ!!」


 見れば、“キモオタ”達は四人の天将達の攻撃だけでなく、“規則の固麺”が繰り出す無数の三日月形の光刃すら指を鳴らしながら華麗なステップで躱したり、自身が身に着けた鎖で豪快に弾き飛ばしていた。


 人数差をものともせずに、攻撃を完全に捌ききる“キモオタ”達。


 そんな彼らを忌々し気に見ながら、俺達を尻目に“規則の固麺”が分析した持論を展開していた。


「……我々のように、絵や展開で比較的判断しやすい“漫画”という媒体と違って、彼ら“キモオタ”は過激な場面を読むためだけに、表紙や挿絵だけでは判別つかない“ライトノベル”という媒体の膨大な文字数の中から、そういった場面を見つけ出す行為を日夜繰り広げている。――その卓越した情報精査力と分析力、そして、蓄積された“経験則”とでもいうべき代物は、戦闘という側面においても既に“先読み”と呼べる領域にまで昇華されているというのか……!?」


 膨大なラノベを読み漁ってきた事によって開花された“先読み”とでもいうべき力。


 それが、現在のこの光景の答えだっていうのか……!?


 にわかには信じがたいが――そうとしか言えないこの光景こそが、そんな固麺の推論を裏付ける何よりもの証拠に違いない。


 それでも、ただひたすらに驚愕するしかない俺達だったが、“規則の固麺”はニンマリと下卑た笑みを口元に浮かべる。


「大した回避能力と見切りではありますが……それならば、これはどうですかなぁッ!?」


 固麺がそう言うのと同時に、突如盛大にいくつもの叫び声が聞こえてくる――!!


「きゃあっ!!……な、な、何よこれっ!?」


 見れば、逃げようとしていた七夕まつり参加者達の直前に、“規則の固麺”の異能である三日月型の光刃が無数に出現する。


 自分達に向けられた刃の切っ先を前にして、逃げ場をなくした人々は全ての気力を失ったかのようにその場にへたり込む。


 俺達の周囲にも、この刃が無数に浮かんでいるため、先程から天将達が“キモオタ”達にかかりっきりであるにも関わらず、ここから逃げ出す事が出来ない……。


 そんな俺達を前にしながら、“規則の固麺”が高らかに“キモオタ”達に告げる。


「クククッ、“キモオタ”ども!貴様等は逃げ回るのはさぞ得意のようだが、言ってしまえば、ただ単にそれだけ・・・・。貴様等には、我々天将を倒すための攻めの手段がロクにないと見える!――ゆえに、このまま数の力で貴様等を責め続けていけば、確実に討ち取れることは確実だが……ゴリ押しだけでは面白くない。ゆえに、ほんのちょっとした余興を思いついた」


「「……」」


 無言を貫く“キモオタ”の二人組。


 彼らじゃなくても、どうせロクでもない事であるのは分かり切っている。


 案の定、“規則の固麺”は下卑た表情にピッタリな最低の提案を口にする。



「“キモオタ”ども!貴様等が一歩逃げるごとに、一人斬るッ!!逃げ惑う貴様等の体力が尽きるか、住民達が全滅するか、どちらが先か見ものよなぁッ!!」



 人質、ですらない人の命を玩具にした下衆の極みたる固麺の発言。


 最初に言った通り、俺と千代を除いた全員を抹殺する事は、“規則の固麺”の中においてもはや確定事項のようだった。


 反応を楽しむためか、一旦攻撃を中断してケタケタと笑う“夜天五大将”。


 ここに来て、“キモオタ”達は初めてこれまでにない表情を浮かべていた。


 といっても、それは怒りや絶望ではなく――本当に面倒くさそうな気だるげなものと、苦笑らしきものではあったのだが。


 訝しむ天将達を前にして、前に出た粗暴な鎖男の方がため息をしながら口を開く。


「別に攻撃手段がないわけじゃないんだが……ここでやると色々面倒っていうか、あぁ、もう良いや。とりあえず、あと一手・・分で決まりだ……!!」


 そう言うや否や、鎖男の斜め後ろにいた褐色猫耳から、盛大な嵐が吹き荒れていく――!!


「ッ!?なんだ、貴様等!!……一体、なにをしたッ!?」


 天将達が何とか顔を上げて見つめる先。


 そこには、周囲に20冊もの扇情的な女の子のイラストが描かれた小説らしきものを浮かべた、褐色猫耳の姿があった。


 突風による影響でページがパラパラと捲れていく中、それらに目を通しているらしい褐色猫耳が顔を全く動かすことなく、にこやかな声音のまま自身の行為を説明する。


「一冊のみで『暖簾(のれん)という結界で区切られたこの世(全年齢向け)とあの世(R-18指定)の境目を破壊する』と言われている『過激な性描写のライトノベル』。それを僕の高速的な演算能力を用いて、20冊を一気に・・・・・・・読み明かしているんだよ」


 なんでもないことのように口にする“キモオタ”。


 だが、その答えを前に、これまでから一転して固麺が愕然とした表情を浮かべる。


「そ、それだけの数を同時に一気読み、だと……?馬鹿な!そんなことをすれば、この地の力場にどんな影響が出ると思っている!?」


 そんな声を無視したかのように、褐色猫耳が「おや?」とわざとらしく口にする。


「……うん、面白すぎてもう全部読み終えちゃったみたいだ。――という訳で、そら!異界の扉が開くみたいだよ?」


 刹那、ピシリ、と何かが罅割れるかのような音とともに、空間に亀裂が入っていく……。


 そしてすぐに強烈な破砕音が鳴り、鮮烈なる閃光が視界に飛び込んでくる――!!





 恐る恐る、再び目を開く俺。


 二人の“キモオタ”達の前に立っていたのは、一人の少年だった。


 年の頃は14歳くらいだろうか。


 まだ生意気盛りと背伸びしたい年頃感が両立した感じなのだが、ムカつくくらいに顔立ちが整っているのが印象的だった。


 何かのコスプレか?と言いたくなるような、金ピカゴテゴテの装飾品をつけまくり、桜色をふんだんに随所にあしらえた奇抜な衣装が気になったが、見ただけで上質な素材と分かるだけにどうやら、俺のような祭りの費用を捻出するのにも苦労する一介の高校生と違って、豊かな経済状況であることは間違いないようだ。


 また、それらを身に着けていても、様になるというか王者の風格のようなものを漂わせているように、俺には感じられた。


 ……一体、コイツは何者なんだ?


 困惑する俺達の前で、褐色猫耳の方が自慢げに説明する。


「彼こそが!この七夕という目出度い日を通じて、天の世界から地上に遣わされた偉大なる王者、“ジャック”である――!!」





「天の世界、そして“ジャック”、だと……?まさか、その少年があの“ジャックと豆の木”のジャックだというのか!?」


 異界から来たと思われる少年の出現を前に、驚愕する固麺。


 他の天将達も同様の表情を浮かべているが、対するジャックは不遜ともいえる獰猛な笑みでそれに応える。


「……アンタ等が口にする“ジャックと豆の木”とやらが、どんなもんか知らないけど、この“キモオタ”っていう人達に呼び出された以上は、俺も久々の地上の様子とやらを全力で楽しませてもらうとするよ。……つっても、ここは俺の故郷とは全然違う場所のようだけど」


 そんな事を言うわりに、構える様子もなく首を傾げながら佇む少年ジャック。


 先程の“キモオタ”達に比べれば、格段に弱そうな相手にも関わらず、天将達は警戒感を露わにしながら、彼と対峙する。


 このまま膠着する事を恐れたのか、”感謝の辛子マヨネーズ”が自身を奮い立たせるかのように、ジャックに向けて吠える。


「ハンッ!テメェが本物のジャックだからって、それがどうした!?テメェなんざ、せこい単なる鶏泥棒じゃねぇか!!――そんなくだらねぇコソ泥風情に怯えるほど、俺達“天将”の名は薄っぺらくねぇんだよ!!行くぞ、テメェ等!」


「……クッ、仕方ない。こうなったら、辛子マヨネーズの言う通り、ここで一気に奴を倒すぞッ!!」


『応ッ!!』


 しびれを切らした辛子マヨネーズと、バラバラで挑むよりも士気がある今のうちに一斉攻撃でカタをつける事を決めた固麺のもと、天将達が一気にジャックへと襲い掛かる。


 言葉とは裏腹に、他の参加者に向けられていた三日月刃も全てジャックの方へと飛来していく。


 あの“キモオタ”達ですら、避けきることが困難と思われる異能の嵐。


 だが、それを前にしても、ジャックは微塵も怯えた様子を見せはしない。


 それどころか不敵な笑みを浮かべながら、ジャックは右手を翳す――!!


「この地上で俺の事がどう伝わっているかは知らんが……これが、天の上の宮殿で『“ジャック”の王位争い』を勝ち抜いた俺の実力だッ!!」


 刹那、ジャックの右手の掌から、物凄い勢いで全てを凍てつかせる吹雪と地獄の底で燃えていそうな業火、そして見えざる斬撃が発生する――!!


 相反する属性もありそうながら、それらは互いに打ち消し合うことなく、最大の威力を保持したまま、迫りくる天将達を撃破していく――!!


『ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』


 業火が次々と飛来する三日月刃を焼き払い、吹雪が天将達の装備や武器を凍結させる。


 そして、見えざる斬撃が無防備になった彼らの肉体をズダズダに斬り裂いていた。


 接近戦を挑んだ四人の天将達だけでなく、後方にいた“規則の固麺”もろとも、盛大に吹き飛ばされる。


 ……まさに圧倒的。


 いや、え?


 なんだコレ……流石に“ジャックと豆の木”に、『ジャックがこんな強すぎる能力を持ってま~す♡』みたいな話はないはずだろ?


 困惑する俺だったが、よせば良いのに、千代がオドオドしながらもジャック少年に語りかける。


「あの、初めまして、私は織部おりべ 千代ちよって言います!今回は、命の危機を助けてくれて、本当にありがとう!……でも、本当に貴方ってあのおとぎ話のジャック君なの?え?もしかして、豆の木で登ったジャック君とは、別人だったりする人?」


「え、あ、うん……」


 照れるとかじゃなくて、本当に純粋に千代の距離感に困惑している様子のジャック少年。


 俺はそんなツレの行為を詫びてから、千代と同じように自分の自己紹介とお礼をし、ジャック少年へと再度質問する。


「でも、千代の言う通り、君はあの“ジャックと豆の木”のジャックなのか?なんか、俺達が昔話で聞いていた話よりも圧倒的過ぎて、俺達もどう接したら良いのか分からなかったりしてるんだが……」


「あぁ、俺がその変な老人からもらった豆の木に登った本人サマで間違いないよ。……雲の上に着いたら、そこがヴァルハラとかいう宮殿で、他の“ジャック”達と死闘を繰り広げる事になったけど……多分、俺がアンタ達の言うジャック本人、だと思いたい……」


 後半になるにつれて、若干尻すぼみになっていくジャック少年。


 なんでもジャック曰く、かつての自分に魔法の豆を渡したのは、北欧神話の最高神:オーディンと呼ばれる存在が魔法で変装した姿なのだという。


 興味本位でジャックの運命に介在する事に決めたオーディンは、本来ジャックが出会うはずの老人に先回りしてなりすまし、ジャックに人食い巨人のところではなく、天の宮殿:ヴァルハラへ届く世界樹の種を与えたのだという。


 そうして、天の宮殿で『最強のジャックを決める王位争い』が開催された結果、



 “ジャック・オー・ランタン”(カボチャ頭のランタンおばけ)


 “ジャック・フロスト”(雪だるまの妖精)


 “ジャック・ザ・リッパ―”(路地裏で異能を研ぎ澄ませてきた少年)



 という他の世界から来た強者のジャック達を倒し、王位を勝ち取ったのが、今俺達の眼前にいる少年ジャックなのだという。


 先ほど天将達に使ったのは、倒した他のジャック達が使っていた能力であるらしい。


 ……正直言うと、よく分からないけど、とりあえず“キモオタ”達が呼び込むあたり、マトモな存在じゃない事だけはよく分かった。(まぁ、ジャック君が悪いわけじゃないんだろうけど……)


 “王”とも呼べる圧倒的な強さで助けてくれたジャック少年だけでなく、とりあえず、ここまで戦ってくれた“キモオタ”の二人にも礼を言う俺と千代。


 褐色猫耳は苦笑を浮かべながらも快く答えてくれたが、粗暴な鎖男はただひたすらに嫌そうな表情をしていた。


 周囲の人達も、互いの無事を喜んだり、俺達と同じように礼を言いながら、ようやく安堵の表情を浮かべる。


「ふぅ~、今年の七夕祭りは散々じゃったが、とりあえず、命があって何よりじゃわい!!」


「良かったですの~、お爺さんや!ジャック君と、“キモオタ”さん達にもありがたや、ありがたや~ぞね!」


「僕、今からいっぱいそういうほんを読んで、“キモオタ”さん達みたいにカッコ良いヒーローになる!!」


 規制法案が急加速しそうな発言を男の子がして、周囲の大人達がドッ!と盛大に爆笑する。


 突然、こんなところに呼び出されたジャック君にしろ、これから先の事がどうなるかは分からないが、ひとまずこの場は何とかなりそうだ。


 そう思っていた矢先だった。


 突如、ジャック君や“キモオタ”の二人組が俺達を無視して、虚空を睨む。


 彼らの視界の先――そこには、先程褐色猫耳が空けた空間の亀裂が、さらに押し広げられようとしていた。


 ピシピシ、と砕かれ始める空間の歪み。


 そこから一切視線を外すことなく、けれど力強い口調でジャック君が俺達へと告げる。


「サダキチとチヨ、君達は他の人達も引き連れて、ここから早く逃げるんだ――あそこから、出てくる奴を呼び寄せた責任として、ここは俺達が食い止める……!!」


 そんなジャック君の発言に対して、粗暴な“キモオタ”が


「ハッ?いや、俺等がこれ以上動く義理なんかないんだが?」


 などと言うが、褐色猫耳の


「まぁまぁ、そう言わないの。きっと、僕達も楽しめる遊び相手に違いないよ♪」


 という言葉を受けて、「まぁ、今度こそ俺等が全力でやってみても楽しめる奴かもな」と応じる。



 ――“キモオタ”の本気ってどうなるんだ。


 ――それに、あの次元の亀裂から一体何が出てくるって言うんだ。



 そんな疑問が沸き上がりながらも、俺は他の人達に逃げるように呼びかけながら、千代の手を力強く引いていく――!!









 ジャック君達が言っていた危機とやらが何だったのかは分からないが、他の人達を誘導しながら、あの場から上手く離脱する事が出来た俺達。


 安全であると判断した参加者達が散り散りにそれぞれの家などに帰っていく中、俺は千代の腕を引きながらズンズンと帰宅するための道を歩く。


「ちょっ……痛いよ、きっちゃん!」


 冷静なようでいて、俺も度重なる異常事態の数々を前に、どうやら思考がぐちゃぐちゃになっていたらしい。


 千代の抗議を受けて、慌てて手を放す俺。


 振り返った千代が、自身の手にふー、ふー、と息を吹きかけてから、俺に向けてどうしたの?と小首を傾げる。


「ゴメン、千代……俺は普段から、スタイリッシュな男を目指していながら、今回全く何も出来ていなかった。そのせいで、お前を“夜天五大将”から守り切れずに、危険な目に遭わせてしまったし、あの場に“キモオタ”の二人や、ジャック君が来てくれていなかったら、今頃どうなっていた事か……!!」


「きっちゃん……」


 千代が心配そうに見つめてくるが、その優しさが、今の俺には辛すぎる。


「俺は、いつも口だけなんだ。今回の事だけじゃない。俺は普段から自分が思っている事すらロクに言えずに意地を張ってばかりで、肝心な時に何も出来やしない……俺なんかじゃ!!」


 俺のような無力な奴じゃ、千代を守り切ることが出来やしない。


 そして、そんな俺が千代を思うせいで、今回のような危険な“天蓋双滅術式”なんてものの触媒として狙われるのなら――。


 俺は、千代をこれ以上危険な目に遭わせないように、彼女のもとから去るべきではないのか――。


 そんな、分かり切った結論を口に出来ないほど、俺はここに来ても卑怯で無力な臆病者のままだった。


 それでも、言え、言え、と自分に念じながら口を開こうとした――そのときだった。


 そっと、柔らかな両の掌に、離したばかりの俺の右手が包まれる。


 言わずもがな、それはこちらに変わらずに優しく微笑む千代のものだった。


 これ以上、彼女の優しさに甘えるわけにはいかない――振り払えばそれで済むのに、どうしてもそれが出来ない。


 そんな何も出来ていない俺に、千代が落ち着かせるように普段と変わらない調子でゆったりと語り掛けてくる。


「きっちゃん、七夕伝説のもととなった織姫と彦星はね。結婚する前は働き者だったのに、結婚してからはイチャイチャし過ぎてしまったせいで、偉い人に引き離されてしまったんだって」


 ……有名な昔話だ。


 そんなことくらい誰でも知っている。


 千代は何を言いたいのだろうか、と考えているうちに、彼女は言葉を続ける。


「とっても仲良しなのに、引き離されて凄く悲しんだり落ち込んだ二人だけど、それから一生懸命に働き続けることで、一年の間に一度だけ会う事が許されたんだって。……きっちゃん、確かに今回私達はとっても怖い目に遭ったし、何も出来なかったかもしれないけど、それでも私達は織姫や彦星と違って、誰にも引き離されることなく、まだここに一緒にいるよ?」


 あぁ、そうだ。


 だからこそ、俺はそんなこれ以上千代を危険な目に遭わせたくなくて、俺は――。


「今回の“夜天五大将”っていう人達の怖い儀式なんかなくても、私達は別の“何か”によって強引にお互いを引き離されてしまう時がくるかもしれない。――だから、私はそんなときに『お前達は、怠けていたからそうなったんだー!!』なんて言われないように、今の自分が出来る事をしっかりやっていかなきゃいけないんだって思えたの」


 そこで、千代はスゥ……と深呼吸してから、これまでに見せた事のないような真剣な表情で俺の事を見つめる。


「だから、私も勇気を出して今自分が出来る事をするよ。――彦屋ひこや 定吉さだきち君、私は貴方の事がずっとずっと前から好きでした。色々とこれからも迷惑かけちゃうかもしれないけど、どうか私と付き合ってください!!」


 そう言ってから、顔を真っ赤にして俯く千代。


 ……あぁ、そうだ。


 ここでどれだけ未来の事や他の要因を持ち出したところで、そんなのは結局自分の向き合うべき問題から逃げるための言い訳にしか過ぎないんだ。


 なら、今を生きる俺達にしか出来ない――どれだけ『適性がある』と言われても、伝説で語り継がれる織姫や彦星達とは違う、俺達だけの物語をここから始めなくちゃいけないはずだろう!!


 そんな決意をしながら、俺は今度こそ自分の気持ちと――目の前で思い続けた大切な少女と向き合う。


「――織部おりべ 千代ちよさん。俺もずっと、ずっと前から君の事が好きでした!!誰にも渡したくないって、心の底から想えるくらいに!……大事なところでくだらない意地ばっか張ってきた俺だけど、どうか俺と付き合ってくださいッ!!」


 叫んでから、俺は本当に馬鹿なのだという事に、今更気づかされる。


 今までは、ずっと好意を持ちながら「いつでも伝える事が出来る」なんて自分に言い聞かせながら、そのくせ手を伸ばす事を躊躇い続けていた。


 でも、それじゃ駄目なんだ。


 例え、未来に俺達の前に天の川が遮ることになったとしても。


 手の届く距離、互いを見つめあえる場所にいるなら、その言葉を伝えようとする事を絶対に諦めちゃいけないはずだ。


 だから、俺は自分達の想いを誰かに悪用される将来の危険性も何もかもかなぐり捨てて、今はただ、千代にありったけの想いをぶつける。


 今しか見ない俺の選択を堕落と笑いたければ笑うが良い。


 それでも、俺は何があってもこの大事な人と離れたくないという道を選んだんだ――!!


 俺は、そんな意思とともに千代の事を抱きしめる。


 千代は俺の中で「きっちゃん……」と呟いていたが、すぐに嬉しそうな声を上げてから、今までと違うちょっと恥ずかしそうな声で俺に


「ハイ、よろしくお願いいたします……!!」


 と、俺の胸に染み入るように呟いた。





 ――“夜天五大将”の言う通り、俺達には確かに織姫と彦星伝説に相応しい“適正”とやらがあるのかもしれない。


 だけど、それでも、語り継がれる伝説から外れて生きている存在がいる事を、俺達はジャックという少年を通じて知っている。


 この先の未来に何が待っているのか分からない。


 それでも、俺達なら違う未来を描けるはずだという想いを込めて、ただひたすらにお互いのぬくもりを感じていた――。









 ジャックと“キモオタ”達が見つめる先、次元の隙間からはいくつもの生物がボトリ、ボトリ、と出現していた。


 意思を持った煙や、艶めかしい女性の腰つきを思わせる動作で揺れる巨大なウツボカズラ、水しぶきを盛大に飛ばしながら、跳ね回る鯉……。


 それ以外にも、頼もしいオーラを出した熊や鼻の形が♡の形状になった豚などの様々な魔獣が数十匹ほど、ひしめき合っている。


 これらの魔獣は、“十六の災禍フレンズ”と称される世界を終わらせるときに出現すると言われる者達であった。


 “十六の災禍フレンズ”はその名の通り、『冴えない中年男性や陰キャの男子高校生の身体を覆い尽くすことで、美少女の姿に変化させる』という煙の形状をした“変身スモッグ”や、『水しぶきを浴びせた女性の妊娠確率を跳ね上げる』能力を有した“バッチ鯉”といった、人間社会にとって脅威的な能力を持った十六種の存在が現在確認されており、一体だけで一つの文明を滅ぼす力があるとさえ言われている。


 そんな一体だけで世界の脅威となりえる“十六の災禍フレンズ”が、現在この場に数十体。


 だが、対するジャックと“キモオタ”達は、余裕でそれらを駆逐していく。


「俺の力に引き寄せられた以上は、恥ずかしげもなく“王”と呼ばれている手前、コイツ等くらいは俺自身の力でケリをつけとかないとな……!!」


「コイツ等、雑魚を何体倒したって、俺は全く面白くねぇよ!一体くらい外に逃がした方が、今のクソつまらん“現代社会”様を変えられそうだが……まぁ、今はこの後に控えている“本命”を楽しませてもらわなきゃな!」


「とか言ってるうちに、増援またキタコレー!」


 そのように口々で言いながら、順調に“十六の災禍フレンズ”の数を減らしていくジャック達。


 だが、そこまでだと言わんばかりに、とうとう完全に亀裂が破壊される。


 そこから姿を現したのは、一人の青年だった。


 幻想的な光を纏い、頭部から左右に二本の曲がった角を生やした神々しき存在。


 単なる竜人、龍神の類ではないことは、これまでに出てきた禍々しき“十六の災禍フレンズ”を見れば明らかであった。


 出現した圧倒的な存在を前にしながら、ここに来て粗暴な鎖男は、初めて不機嫌ともいえる表情を浮かべながら毒づく。


「よりにもよって、“十六の災禍フレンズ”の中でも最強種と呼び声高い“夢幻むげんドラゴン”――しかも、それの“災禍ディア変人フレンズ”かよ……!!」


 “夢幻むげんドラゴン”は、霊体ともいえる高位に属する存在であり、物理的な攻撃を一切受け付けず、生物の身体から強制的に“魂”と呼べるエネルギーを吸い上げ、自身の中に取り込む恐るべき性質を持っている。


 取り込まれた者の魂は、終わりの見えない理想の夢幻を見せつけられながら、気づかぬうちにこの“夢幻むげんドラゴン”の養分にされることとなる。


 “災禍ディア変人フレンズ”とは、そんな“十六の災禍フレンズ”から突然変異として人間に近い姿で生まれてきた個体であり、魔獣形態にはなかった高度な知能と、数十倍ともいえる戦闘能力を有すると言われている。


 最強種である“夢幻むげんドラゴン”というだけでも脅威であるにも関わらず、その上位存在ともいえる“災禍ディア変人フレンズ”。


 この敵の強さがどれほどのものなのか……正確に予測できる者などいるはずがなかった。


「……こりゃ、僕らが楽しむ前に、世界が終わっちゃうかもしれないね~……」


 褐色猫耳も、半ば諦観を交えた様子で苦笑を浮かべる。


 ジャックの表情も、敵を睨んではいるものの苦渋に満ちている。


 敵は、圧倒的な最強種の“災禍ディア変人フレンズ”と、なおも次元の狭間から増え続ける膨大な数の“十六の災禍フレンズ”達。


 最強格の三人が相手になっても絶望的な状況下の中、それでもなお無謀ともいえる戦いを挑もうとした――まさに、そのときだった。



「――ならば、あの竜種と思しき“災禍ディア変人フレンズ”以外の有象無象は、私達が引き受けるとしましょう」



 刹那、勢いよく飛来した光の刃が、“十六の災禍フレンズ”達を寸刻みにしていく――!!


 ジャック達が視線を向ける先、そこには、満身創痍ではあったが、一命を取り留めていた“夜天五大将”の姿があった。


 そんな彼らの方を見ながら、粗暴な“キモオタ”が「ったく、起きんのが遅すぎなんだよ」と憎まれ口を叩く。


「どうした、どうした~?この地上を滅ぼすだけなら、“災禍変人アイツ”に任せときゃいいんじゃないのかよ?それとも、世界平和の意思とやらに目覚めたのかぁ?」


 そんな“キモオタ”の問いかけに対して、「それこそまさかですよ」と呟く“規則の固麺”。


「ただ単に、我々の想い、無念の行き着く果てを、あんなものに丸ごとなかった事にされるが如く呑み込まれるのは流石に許せなかった、というだけですよ」


 それになにより、と固麺は続ける。


「自身の考える最高のカッコ良さを追求して、異能を身に着けるまでに至った我々を差し置いて、“キモオタ”であるはずの君達が子供からカッコ良いと称賛される。……そんなことは絶対に間違っているッ!!」


「……だから、人生で一度くらいは、『世界の危機を救う』っていう本当にカッコ良い事をしたいって訳か。――そういう理由なら、いじけた世界廃滅なんかよりもよほど良いんじゃないかニャ?」


 言葉を引き継いだ褐色猫耳に面白くなさそうにしながら、フン、と答える“規則の固麺”。


 だが、これで“十六の災禍フレンズ”達の相手は、天将達に任せる事が出来るようになった。


 あとは、自分達で“災禍ディア変人フレンズ”を仕留めるのみ――!!


 そう判断したジャックは、“キモオタ”と“夜天五大将”を引き連れて、居並ぶ滅びの軍勢と対峙する――。


 “ジャック”の王位を勝ち取った伝説で語り継がれる少年と、全てを夢幻へと飲み込む終末の災禍竜。


 両者に率いられた者達による、世界の命運を賭けた一大決戦が、人知れず七夕の夜に繰り広げられようとしていた――。









 七夕特別記念作品:『天の川と君に、願いを込めて……』 ~~完~~

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― 新着の感想 ―
[良い点] アオハルかよちくしょうヒューヒューって思っていたら、固麺が現れたあたりから意味不明(ほめことば)なことになっていく!!ꉂꉂ(ˊᗜˋ*) 固麺さんたちが千代を呼ぶときのぽやぽやしているのに…
[良い点] 「隕石阻止企画」より参りました。綿花音和と申します。 作品を拝読して、こんな世界もあるんだと驚きながら面白さに震えました。 会場に着くまでのときめきのシーンから一転し、アクションの応酬。 …
[良い点] 隕石阻止企画から伺いました。 「う、嘘だろ……?キ、”キモオタ”が何でこんなところに!?」 誰のセリフだ…⁈と思ったら、どこぞのオッサン!! ここからはもう、腹筋との闘いでした… (*…
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