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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
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1


見つめ合うこと数秒。十和は諦めたように溜息をついた。


「ついて来いよ」


そう言って山の方へ歩き出した。


山は麓と同じように枯れ木ばかりが並んでいた。所々角張った石が突き出ていたり、砂利道になっていたりして足場が悪い。久しぶりに歩いた客人は何度も転びそうになったが、それでも軍人らしくしっかりと一歩一歩を踏み出した。闇の奥から吹き付ける風が、2人を誘い込むような不気味な声を上げていた。それに合わせて砂埃がぼんやりと舞い上がった。月明かりの中でそれは銀色に輝いて見えた。


「なあ」


前を歩きながら十和が客人に聞いた。


「お前、元少年兵か?」


「……ああ」


淡々と答えた客人に、十和はそっか、とだけ言った。それ以上は何も言わなかった。


暫く歩き続けていると、辺りを囲んでいた枯れ木が姿を消した。上空から見れば、ぽっかりと不自然に丸く開けた場所に出た。その中心に櫓が立っていた。上に誰かがいる。


「俺達は反対したんだよ」


唐突にそう言って十和が足を止めた。それに従って客人も足を止めた。振り返った十和は何故か少し怒っているような、傷ついているような顔をしていた。


「お前みたいなのを村に入れても碌なことにならないって」


それはそうだろうと客人は思った。そう思われて当然だし、そう思えなければこの時代を生きていけないだろう。


「でもあいつは違ったんだ。お前を助けようって言った。怯えて、憎んで、目を背けて、傷ついて、傷つけて、そういうことは辞めようって。そうやって……」


そこで1度言葉を切って、十和とわは目を閉じた。心を落ち着けようと1度深呼吸をする。


「そうやって私達は戦争を終わらせていこうって」


そう言った時の彼女は小さな背中をきりりと伸ばし、真っ直ぐな目をしていて、とても凛々しかった。その言葉と姿に村人達は何も反論出来なかったのだ。


「今でも思うところが全く無い訳じゃない。でも俺は信じることにするよ」


十和は決意を込めて客人に言った。言った後に少し自信が無くなって、怖くなった。信じることがこんなに怖いことなのだと初めて知った。


「だからお前もあいつのこと傷つけるなよ」


もしものことがあれば、ただではおかない。


相変わらず客人は無表情だった。しかし、その瞳には十和に負けないくらい強い光が宿っていた。


「わかった」


必ず約束は守ろう、と。重々しく頷いた客人に十和は少しだけ肩の力が抜けた。



櫓の後ろには階段が付いていた。櫓自体はそこまで高さがある訳ではなく、周りの木々より頭ひとつ分抜き出た程だった。


そっと階段を登っていくと、上に行くにつれて月明かりで少しずつ明るくなっていった。1番上の物見台で家主は階段に背を向けて座っていた。淡い茶色の髪の毛が、風の中で舞い上がり、川のように流れている。小さな後ろ姿は無防備で、少しだけ懸念が生じた。


「目、覚めたのね」


唄うように家主は言った。まただ、と客人は息を飲んだ。1週間前に目覚めた時と同じく、家主はこちらを見ていない。物見台に右足を踏み入れたままの状態で固まってしまった客人を、家主は髪を押さえながら振り返った。


「調子はどう?」


白い肌は月明かりの中で益々白く、冷たく見えた。それでも彼女が生き生きとして見えるのはほんのり浮かべた笑顔のお陰だ。


「……まあまあだな」


「そっか」


客人の声は低くて昏いものではあったが、嗄れてはいなかった。


「こっちに来なさいな」


家主は客人へ小さな手を伸ばした。


「何か聞きたいことがあるんでしょう?」


『佑真』


椿もよくこうして手を伸ばしてくれた。そうして見ることの出来た星空や月明かりに照らされた湖は本当に綺麗だった。手を伸ばす家主が、椿の姿と重なった。


客人は吸い寄せられるようにその手をとった。


「寒くない?」


左隣に座った客人に家主が尋ねた。客人は首を横に振った。


聞きたいことは沢山あった。この不思議な家主、基小さな少女には。まずは何から、と言葉を選ぶ客人はふと家主の前にあるノートに目がいった。見開きの状態でそれは置かれていた。


「それは何だ?」


この時代特有の質の悪い薄い紙に墨で描かれたそれは……。


「星読み、か?」


「正解!よく分かったわね」


「軍にいた頃によく見た」


丸い円の中には北極星を中心に月や太陽、金星や木星などの他、様々な天体の記号が書かれていた。軍でも地図を作る際、目印にこれらの星がよく使われた。その為兵士、特に少年兵達はこの読み方を叩き込まれるのだ。


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