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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
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1


戦争終了後、軍の解散と共に彼らは野へ放たれた。しかし生きていく術を闘うことと人を殺すことしか知らない彼らは、世間に順応出来ずにいる。


長きに渡る戦争で町は殆どが破壊され、生き残った民間人は隠れるように村や集落を作って細々と暮らしていた。今、元少年兵達は食料の略奪などを目的に、次々とそんな場所を襲撃していた。


そんな彼らを人々は鬼の子と呼んでいた。


ほとんど機能していない国家機関は当然これに対応できない。最近駐留を始めたアメリカ兵も手を拱いている。


戦時中は敵国の攻撃やゲリラ兵の襲撃に怯え暮らし、戦後は鬼の子に怯える。


これが本当に戦後だというのか。


まだまだ戦争は終わってないのだと家主は考えている。


従軍していた軍人も元少年兵も民間人も、皆傷ついて荒んでいる。守ってくれる筈の国はくたびれている。安心が無いこの状態は戦時中と何も変わらない。


安らかに眠る客人に、掛け布団代わりの半纏を肩まで掛け直すと家主は心の中でおやすみなさい、と呟いた。


横たわる客人の傍らに軍刀が静かに寄り添っていた。その柄に彫られた椿の紋様を見て家主は切なくなった。


時折この客人は魘されるのだ。その時必ず彼は誰かを呼んでいる。椿、椿、と。


きっと彼にとって大切な人だったのではないか。


世間は元少年兵のことを鬼の子だなんて呼ぶ。でも家主はそんなことは無いと強く確信していた。彼らは人だ。でなければーー。


雨上がり、村の外れで発見された客人は全身傷だらけで意識が無かった。でもその軍刀だけはやけにしっかりと握り締められていたのだった。



     * *


あれから客人は眠り続けた。正確に言えば時々は起きていたのだが、ぼおっとしていて虚で、言葉も発さず、反応もほとんど無かった。ただ、口元に水の入った碗を近づければ飲むし、野菜を煮込んだ出汁を近づければ口にした。


家主はただの出汁から擦り下ろした野菜を混ぜたものへと食べ物を変えたりしながら、客人の看病に励んだ。


自発的な行動が殆ど見られない客人を見て、もう永くはないのではないかと言う村人もいたが、家主は首を横に振り続けた。恐らく安心して体を休められる場所を探していたのだろうと家主は言う。そしてここならばと思ってくれたのだろう、と。


客人がはっきりと意識を取り戻したのは、1週間後のことだった。目を覚ますとあの時とは違い、部屋の中は真っ暗だった。冷たくて寂しい隙間風が、部屋の中に忍び込んできていた。家主の姿は何処にもない。体を起こした客人は右肩に違和感を覚えて寝巻きを脱いだ。包帯が巻かれていた。妙に突っ張る感じがする。どんな怪我を負ったのか気になったが、包帯を巻き直すのが面倒でまた寝巻きを着直した。


扉についた格子窓から小さく夜空が見えた。散りばめられた星々の姿も。うっすらと差し込む月明かりが、宵闇を白く照らしていた。外には人の気配があった。


客人は傍らにあった軍刀を片手に立ち上がり、玄関に並べられた軍用靴を履いて、その扉を開けた。


外には十和とわが立っていた。今日も槍を構え、いきなり空いた扉から距離をとっていた。


「お前か」


警戒するように睨みつけてくる十和を客人は無視して辺りを見渡した。


「あの子は?」


「あの子?」


客人の問いを繰り返した十和はすぐに合点がいった。


泉桜みおのことか」


「みお?」


それが家主の名前だったのか、と客人は1人で納得して頷いた。


「その、泉桜と会いたい」


何を言ってるんだ、と言わんばかりの顔をした十和は益々警戒して客人を見据えた。


客人は無表情だった。夜空のような群青の瞳が静謐な光を宿していた。人形のような生気のない様子は何処と無く不気味で、何故か少し悲しくさせる。




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