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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
30/32

4


「貴方がこの村の為に色々なことを学び村人達を救っていた頃、俺は如何に効率的に破壊工作をして、多くの敵兵を殺せるかばかり考えていた」


そしてそれを実行に移していたのだ。


「俺は貴方が作り上げてきたものも、きっと壊してしまうよ」


「……」


口を開きかけたまま、泉桜は固まっていた。悲しそうに眉尻を下げ、何かを訴えかけてくる淡茶の瞳に胸が痛む。


佑真はふと懐かしむような気持ちになって、泉桜の頬に触れた。


不思議だ変だとばかり思っていたが、それは椿に対しても常々思っていたことだった。


何故今まで思い至らなかったのだろう。


「貴方は椿にとても似ている」


顔とか体つきはまるで違うが、同じものが通っているのだ。


だからここではーー彼女の傍ではいつもより気を緩めて生活出来た。


彼女は椿が生きられたかもしれない、もう1つの人生の住人だ。


ならば、望むことはただこれだけ。


「どうか平凡に……」


そこで佑真は言葉が詰まった。


平凡では物足りない。その平凡は椿にとってーー今目の前にいる彼女にとってどんなものであって欲しいか。


佑真は頭をフル回転させて、ようやく絞り出した。


「幸せになって欲しいのだ、泉桜」


いつも村人達に囲まれて楽しそうに笑っていた彼女は、自分さえいなければ今も変わらぬ生活を送っていただろう。


このように嫌がらせを受け、信頼関係を築いていた村人達と言い争うこともなかった筈だ。


佑真は穏やかな心持ちで泉桜を見つめた。


俯く泉桜の顔は髪に隠れて見えない。


この先村を出てどうなるかは分からないが、この少女が何処かで幸せに暮らしているのだと思えば、それだけで安らかな気持ちになれる気がした。


それじゃあ、と立ち上がりかけた佑真は、信じられない程強い力で床に引き戻された。


「言いたいことはそれだけ?」


両手で服の袖を掴んだ泉桜の方から、押し殺したような低い声がした。体からゆらゆらと何かが立ち昇っている。


怒りだ、と気づいた時には泉桜は泣きながらこちらを睨みつけていた。


「こんな時に何よっ!こんな時に限って、初めて名前呼んで、そんなこと言って!」


そんなん反側やろ、と聞き慣れない訛りで泉桜は吐き捨てた。


どすん、と拳を佑真の胸に叩きつける。体は痛くも痒くもなかったが、胸の奥の深いところを貫かれた気がした。


「泉桜……」


「言っておきますけど、私佑真くんに怒ってる訳ではないから」


こんな幼稚なことをする誰かさんに怒っているのよ、と泉桜は乱暴に目元を擦った。


「探すわよ」


「は?」


「こんなことした犯人を探すのよ!どうしてこんなことしたのか聞き出して、叱ってやる!」


髪が逆立っているように見えるのは、目の錯覚ではないだろう。


目をぱちくりさせて間抜けな顔の佑真を、泉桜は苛立たし気に見上げた。


「貴方もね、こんなことで出て行くとか言わないの!もし動機が貴方に全く関係ないことだったらどうするのよ!」


「はい。ごめんなさい」


反射的に謝ると、泉桜は呆れたように溜息をついた。そしてよそよそしく目を逸らすと、ぼそぼそと言い訳がましくのたまった。


「もしここで佑真くんが出て行ったら私はそれこそ気に病んで、幸せになんかなれないわよ」


「そうか?」


そういうものか、と覗き込んでくる佑真に耐えきれなくなって泉桜は背を向けた。


誤魔化すようにつんと取り澄ました表情で、


「だからここにいなさいよね」


「……わかった……」


泉桜の勢いに負けて、佑真は渋々納得したようだった。


泉桜はほっとしてとろりと笑ったが、咳払いをすると、顔を引き締めた。


幸せになって欲しい、なんて。


あんな優しい顔で言われたらどきどきする。


耳が熱い。脈打つ音がうるさい。


背中に佑真の視線を感じながら、泉桜は暫く後ろを振り向けなかった。




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