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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
29/32

4


群青色の空が埋め尽くされる程の星が出ていた。ずっと見上げていたら目が回りそうになる。


こんな夜は星読みが捗るのだが、残念なことに体力が残っていない。


今日は諦めて眠ることになりそうだ。


佑真も泉桜の隣に立って夜空を見上げた。瞳に星が映り込んで、もう1つの小さな夜空が出来ていた。


「椿もきっと辛かっただろうな」


ぽつりと呟いた。


つう、と長く尾を引いて流れ星が横断した。誰かが流した涙のようにも見えて、佑真は軍刀の柄を握った。


泣くな、と涙を拭ってやることはもう出来ないのだ。


      * *


葵の母親が泉桜の家へやって来たのは、翌朝のことだった。


本当ならばこの日は子供達がやって来る筈だったのだが、その姿はどこにもない。


代わりに気まずそうな顔をした葵の母親が1人で扉の前に立っていた。


「とりあえず上がられます?」


泉桜が扉の前から軽く体をずらして部屋に通そうとした。


「いえ!……ここで結構でございます」


つっぱねた葵の母親は、語気を強めてこう言い放った。


「御姫様、申し訳ありませんがここが安全になるまで子供達を来させることは出来ません」


「どういうことでしょう」


葵の母親はちらりと部屋の奥からこちらを伺っている佑真を見た。


日陰よりも暗い瞳に知らず寒気を覚える。


「昨日御姫様の家の前で起こったことを聞きました。……別に私達は村にやって来たそちらにいらっしゃる元軍人さんがやったとは思っていませんよ」


でも、と葵の母親は訴える。


「でも、今回の悪戯だってその軍人さんを巡ってのことのように思えるのです。御姫様はご存知ですか?村の人達は今でもその軍人さんを受け入れた訳ではないのですよ」


それは泉桜とて充分に承知していた。村人達の態度はあからさまに佑真を恐れ、嫌悪していた。


今回の事件は、佑真を気に入らない誰かが嫌がらせとしてやったことだと葵の母親は考えているようだった。


「ですが、例えそうだったとしても、今回のような方法をとることは間違ったことでした」


「御姫様の仰る通りです。ですが、道理がいつ何時も通ると思っているのならばそれはとても危険なことではないのでしょうか」


とにかくこれは母親達全員の総意なのです、と葵の母親は目を伏せた。


今はこれ以上話すことはない、と明確に

拒絶されてしまった気がして、泉桜は言葉を失くした。


と、そこへ聞き慣れた子供の声が割り込んできた。


「なんでだよっ、母ちゃん!」


喚きながら走ってきたのは、葵だった。


「御姫様のところに行っちゃダメって何でだっ!」


走ってきた勢いのまま、母親に体当たりをする。母親は軽くよろけた。


追い討ちを掛けるように、葵は母親の太腿辺りを何度も叩いた。


なんでだよぅなんでだよぅ、と半分泣きながら容赦なく手を繰り出す葵を、泉桜が止めようとした時だった。


「ここに来ちゃダメって言ったでしょっ!?」


甲高い声で叫んだ母親が、葵の頭を打った。


葵は遂に大粒の涙を流して泣き始めた。


耳の奥にきんと響く泣き声に、佑真は軽く顔を顰める。


啞然とする泉桜に、そういうことですから、と母親は言い残して去っていった。


引き摺られて戻っていく葵は、それでもまだなんでだよぅ、母ちゃんの馬鹿、と叫び続けていた。


泣き声は姿が消えてもずっと耳の奥に響いていた。


泉桜は戸口で突っ立ったまま動かない。


やはり俺は異物なのだな。


佑真は軍隊に所属した時から言われ続けていた言葉を思い出す。


人殺しの為の道具。感情のない人形。化物。俺達と同じと思うな。代わりは幾らでもいる。立派に死ねると思うな。


「俺」


自然と口から言葉が滑り出ていた。


「ここを出ていくよ」


はっと泉桜が振り返った。


日陰の中でも白いと分かる肌が、今は蒼白になっていた。


絶句する泉桜に、佑真は自嘲した。


「俺はやはり貴方達とは違う。貴方は俺を人間だと言ったが、俺の本性は鬼だよ」


殺戮や暴虐をへとも思わない化物なのだ。


「待って」


いやいやと何度も首を振った泉桜は、佑真の前に座った。どん、と音を立てて膝をつく。


「そんなことない!そんなこと、絶対にない!」


「あるよ」


生まれた時からーー生まれる前からそういう生き物となるように作られたのが、少年兵なのだ。


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