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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
27/32

4


落ちている血の量からして、ここではない別の場所で殺されて、わざわざ泉桜の家の前に放置されたのだと分かる。


他の動物が偶々落としていったのではない。間違いなく人の手によるものだ。


「こりゃ刃物で斬られた跡だぞ」


「刃物って言やぁ……」


男達は後ろで棒立ちになっている佑真を振り返った。


表情1つ変えない不気味な元少年兵の腰元には、今日もしっかりと軍刀があった。


「お前がやったのか」


佑真を睨みつけながら言ったのは、村人達を集めた話し合いの折、十和と言い争っていた男だった。


おい、辞めろ、という声が漣のように広がる。しかし男は止まらなかった。


「散々御姫様にお世話になっておいて、こんなことするのだな」


この恩知らずめ、と嘲った男に佑真は淡々と答えた。


「俺は知らない」


「あ?」


掴みかかろうとする男に他の男達が止めに入る。佑真は全く動じなかった。


「俺は今日、この人と一緒にいた。そのようなことをする暇は無かった」


男は簡単に笑い飛ばすと煽るような口調で捲し立てた。


「知るか、そのようなこと。お前は鬼の子だろうが。俺達には出来なくても鬼なら出来るだろ?なぁ、鬼の子さんよ」


「辞めなさい!」


佑真の方へ伸びた手をぱしりと叩き落とした泉桜は、冷たい表情で男を見据えた。いつもほんのり浮かべていた笑顔が完全に剥がれ落ちている。温度という温度が消え去った氷のような無表情と、感情が喪失した瞳に、気づけば他の男達も硬直している。


後ろ姿しか見えない佑真も、彼女の静かな怒りを感じて息を呑んだ。


急に、涼やかな秋の虫達の声がとても煩く感じられた。


「込山さん、彼を疑うのは自由だけど、彼を誹謗中傷するのは違うでしょう」


「し、しかし……」


「刃物ならどの家にもあるし、こんな小鳥の命1つ奪おうと思えば誰にでも出来るのよ」


「我々が何故御姫様に対してこんなことをするのか!あり得ません!」


「佑真くんにだってないわ」


込山と呼ばれた男は苛立ちを堪えるようにぎりぎりと歯軋りをした。


「そいつは俺達とは違うでしょう!貴方様が怖がる様子を見て面白がっているのではないか!」


「分かってないようだからもう1度言うけど」


泉桜はすっと目を細めた。


「佑真くんのことを込山さんがどう思うかは自由よ。だけど彼のことを言葉で貶めようだなんて、私が許さない」


腰に佩いた大切な形見。


“椿”のことを話してくれた夜。


空を見上げる遠い目。儚い横顔。


たまに魘されると、彼は何度も何度もこの言葉を口にした。


椿、いくな。椿、ごめんなさい、ごめんなさい、と。


本当はずっと前から致命的に傷ついているのだ。本人が感知していないだけで、本来ならばもう少しも動くことが出来ないほどに。


そんな人をこれ以上傷つけるような真似は、私が絶対にさせない。


荒々しく風が吹いた。泉桜の長い髪が巻き上げられて、別の意思を持った生き物のようにゆらゆらと空を泳いでいる。


見つめ合うこと、数秒。


耐えきれなくなった男の1人が込山の肩を叩いた。


「お前も言い過ぎだ。謝れ」


そうだそうだ、と他の男達も口々に言う。込山は俯いていたかと思うと、誰の耳にもはっきりと分かる程盛大に舌打ちした。


そして強烈に泉桜を睨みつけた。


憎悪と嫌悪で目が煌々と光っている。眉間に深く刻まれた皺と、わなわなと震える口元で顔が歪んでいる。松明の灯りの中で不気味に浮かび上がったその顔は、彼の方が余程鬼らしかった。


込山は己を掴んでいた男達の手を振り解くと、1度も振り向くことなく居住区の方へと歩いていった。


暗闇に溶けていく後ろ姿に、泉桜は不吉な予感がした。


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