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夜の枯れ木の森はとても不気味だった。
幹についた瘤が人の顔に見える。不格好に伸びた貧相な枝が、生者に縋り付く亡霊の如く手を伸ばしている。
月はようやく東の空から登ってきたところで、木々の間からその存在を知らせていた。
泉桜と佑真はそれぞれ片手に松明を持って、砂敷村への帰路を辿っていた。
焔の色が闇を溶かしている。
佑真は松明を少し上へ持ち上げて、森を観察した。
「この森の木をこんな形にしたのは貴方だったのか」
木々は変な形に刈り込まれている。お陰で森の奥までよく見ることが出来た。
「そうよ。櫓からこの森全体がよく見渡せるようにあえてこの形にしたの」
前方に見える櫓を指差しながら泉桜は言う。
櫓にも煌煌と松明の灯りがついていた。中には自警団の男が2人立っていた。
「また襲われて1から村を作り直すのは大変だから」
「羽多子の水路といい、この森といい……。貴方は何でも知っているのだな」
しみじみ感心した風の佑真に、泉桜は困ったような呆れたような微妙な顔になった。
「何でもは知らないわよ。……でも、そうね」
火の爆ぜる音の中に、軽く笑った泉桜の吐息が混ざる。
「私は色々な人から色々なことを教えて貰える立場にいる」
とても幸せなことね、と。
幸せ、という表現は佑真にとってあまりに遠いもので分からない。
少し疲れた顔で微笑む泉桜を見て、自分の中に”幸せ“があったかどうかを問いかけてみる。しかし、到底見つけられそうになかった。
椿はどうだっただろう。
腰に佩いた軍刀の柄に無意識に触れながら、彼女なら幸せが何なのか知っていたのだろうな、と思った。
ぴたりと泉桜が足を止めた。
考え事をしていた佑真はそれに気づくことが出来ず、数歩先でようやく振り返った。
「どうした」
「何か、変」
「変?」
泉桜は行先にある村の方を見据えて、警戒心顕に眉根を寄せた。
「何か、剣吞な感じが」
何だそれ、と佑真が不思議そうに泉桜と村の方を交互に見た。
「大したことでは無い気がするけど」
戸惑いながら泉桜は歩調を強めて歩き始めた。佑真もそれに付き従いながら、彼女には不思議な勘が働くことを思い出していた。
泉桜がこんなにも警戒しているのなら、何かが起きているのかもしれない。
何があっても対応出来るよう、佑真はじっと神経を張り巡らせた。
村は一見して普段通りに見えた。しかしこの時間に感じられる団欒が今日は息を潜めている。いつもよりも小さな話し声や生活音を佑真の耳は捉えていた。
きょろきょろと辺りを見回していると、役所の扉が勢いよく開いた。
「御姫様お帰りなさいませ」
「ただいま。何かありましたか?」
出迎えた男はちらりと佑真を見ると、言い難そうに口を開いた。
「御姫様の家の前にね……」
「私の家?」
「いや!もしかしたら他の動物の仕業かもしれないし!」
泉桜と佑真は顔を見合わせた。佑真も意味が分からないようで、首を傾げている。
「どういうこと?」
男は観念したようで、はぁと疲れを深いため息に乗せて吐き出した。
「実は、御姫様の家の前に……」
* *
泉桜の家の前には、幾人かの自警団の男達が集まっていた。
松明の灯りに照らされた横顔は、どれも困惑と不安が張り付いている。
「ただいま」
泉桜が声を掛けると、男達はのっそりと振り返った。
「御姫様……」
そのうちの1人が呆然と泉桜を呼び、ついで隣に立つ佑真を見ると目を逸らした。
男達の間から、小さな何かが転がっているのが見えた。
夜目の利く佑真にはそれが何なのかすぐに分かった。
恐る恐る近づいていった泉桜は、びくっと体を強張らせた。
「やだ、鳥の死骸じゃない」
泉桜の拳程しかない小さな小鳥がばらばらになっていた。胴体と頭が綺麗に切断されている。頭の隣には、2本の足が並べて置かれていた。
黒い血の跡が点々と落ちている。夜風に吹かれて、鳥の羽毛が寒々しく震えていた。
「御姫様……」
誰かが気遣わしげに泉桜を呼んだが、泉桜は小鳥の死骸を見下ろしたまま動かなかった。




