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泉桜の来訪を知った人々は、客間へ次々にやって来た。
純粋に薬を求めてやって来る者もいれば、単なる世間話に来た者もいた。中には遊んで欲しいと強請る子供もいて、客間はあっという間にごった返した。
佑真はぽつんと入り口の前に立ってその様子を眺めていた。
矢継ぎ早に話しかけられながら、泉桜はその中心でにこにこしている。屈強な男達にも対等に渡り合っている。どっと笑い声が起こるたびに、部屋の梁が震えるようだった。
「凄いよ、姫御前は」
いつの間にか隣に来ていた暢が、佑真に話しかけた。
「初めて来た時もああやって皆のこと虜にしちまった」
悔しそうに、どこか羨望すら感じさせる目で泉桜のいる方を眺めながら、暢は言った。
「この集落で姫御前を嫌うやつは1人もいない」
佑真は再び泉桜へ目を移した。小さな体は、時々大人達の中へ消えてしまう。泉桜を中心にこちら側とは違う空間が出来上がっていた。
いつも笑わない老爺が今日は笑っている。
人見知りの酷い子供が、今日は泉桜の隣に座っている。
「この前ボヤ騒ぎがあったのですが、御姫様の助言通りに水路を整備していたから、大した騒ぎになりませんでした」
いやはやと語る若い男に、泉桜は怪我人は出なかったの、と問いかけている。火傷をした者がいると知ると、泉桜はその人を自分の前に連れて来るよう命じて、薬を施していた。
「あの人は不思議な人だ」
佑真はこの集落に来て初めて口を開いた。
「お前喋れたのか!」
人形か何かかと思ったぞ、と暢はかかと笑う。
「ま、あれだな。どういう経緯で姫御前のところへ来たかは知らんが、お前もすぐに人間ぽくなるだろうさ」
何せあの泉桜だ。佑真の言う通り、彼女には不思議な力がある。泉桜と関わった人は皆元気になるのだ。
「どういうことだ」
佑真の問いに暢は変な顔をした。驚いているとも困っているともつかない、或いはどちらも混ざった、変な顔を。
「お前知らねえの」
彼は本当にどういう経緯で泉桜の元へやって来たのか……。
しかしそれを聞くほど野暮な暢ではない。また追々聞けたらな、程度に思うだけだった。
暢はにぃ、と悪戯っ子と同じ笑みを浮かべた。
「あいつ、この辺りでは北の賢狼と呼ばれているのだぜ」
賢き狼と書いて、賢狼。
泉桜はその明晰な頭脳で数々の困難から人々を救って来た。
砂敷は北の外れ、旧街道の1番奥にある村だが、今でも泉桜を頼って訪れる者は少なくないという。
そんな泉桜のことを讃えて、人々は北の賢狼と渾名した。
「狼……」
その外見はあまりに幼く、柔らかな雰囲気で脆そうでもある。大人の手1つでどうにか出来てしまいそうな少女に狼の名は似合わない気がして、佑真は首を傾げた。
今に分かるさ、と暢は言う。
「あいつは周りの人間と、少し違う」
頭の出来なのか、科学では計り知れない超能力的なものなのか。
それは最早誰にも分からないことだった。
* *
血を撒いたような夕暮れの街道を佑真と泉桜は歩いていた。
泉桜の手には卵やら鶏肉の燻製やらがどっさり抱えられていた。全て集落の人達の貢ぎ物だ。
「持とう」
佑真はそれらを奪い取った。遠慮する間も無く全て取られてしまった泉桜は、もう、と口を尖らせた。
「佑真くん病み上がりだよ。そんなことしなくて良いのに」
でもありがとう、と泉桜は少し照れながら言った。
歩く先に、長く影が伸びている。空が明るい分、闇が濃い。
陽の光が赤く照り映えて、泉桜の表情が上手く見えない。
この時間のことを人は誰ソ彼時と呼ぶ。
この人は誰なのか。
分かっているのに、分からなくなる時間のことだ。




