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狼は春を唄う  作者: ほたる
砂敷村(さじきむら)
22/32

3


そうだな、と暢は感慨深く答えた。


暢は泉桜と佑真を自分の屋敷へ案内した。暢の家は集落の纏め役を担っていた。暢はその家の1人息子なのである。


屋敷は門から1番遠い場所に建っていた。


他の家と比べると随分大きく、立派な屋敷だった。造りも古く、佑真が見たことのない形の家だった。外に面した部屋全てに木の戸が付いている。それら殆どは開け放たれていて、中の様子が筒抜けだった。それぞれの部屋では子供が遊んでいたり、女達が語らったりしている。


家への入り口は正面から見て1番右端にあった。一際大きな木戸のついた入り口もぽっかりと口を開けていた。中からは石造りの玄関が見えていた。


天井は低く、要所要所に立った漆喰色の柱に支えられていた。同じ色の床はひんやりと冷たい。所々に傷が見て取れたが、よく磨き込まれており、とても綺麗だった。


きょろきょろと見回してばかりいる佑真に、暢が廊下を歩きながら得意げに語った。


「ここは戦前に建てられた屋敷でさ」


戦前といえば110年も昔のことである。


「何度か空襲にもあったんだけど、その度に集落の人達が協力して直してくれた」


羽多子は大きな町だったのだが、人が流出したり、亡くなったりして少しずつ縮小していった。今では高齢化が進み、近い未来には消滅してしまうであろうと言われている。


「俺が最後の顔役になるのだろうな」


暢は悲しそうに肩を落とした。いつかは消えてしまう故郷へ諦念と寂寥の念が見て取れた。


屋敷の中で1番奥の部屋に着くと、暢は顔を引き締めて床に座った。


「砂敷より御姫様とお連れの方がご到着です」


控えめな声音で言うと、中から低い声が応じた。


「入れ」


暢が開けると、そこには暢とそっくりの壮年の男が座っていた。入り口に背を向け文机で作業していた男は、振り返ると泉桜に平伏した。


「よくぞおいでくださいました」


「こんにちは。ご無沙汰しております、司様」


名前を呼ばれ顔を上げた壮年の男は、この集落の現顔役であった。


司は暢とそっくりの顔で気弱そうに微笑むとお元気そうで何よりです、と言った。


「司様もお変わりなさそうですね」


「それはもう。御姫様に頂いた薬草のお陰で頭痛も良うなりました」


「良かったです」


3人は部屋の中へ通された。司の部下らしい若い男が茶と座布団を用意した。泉桜と佑真の分はこの部屋の上座へ用意された。


「長きに渡る戦争も終わり、ようやく安心して暮らせそうですな」


「そうですね。しかしまだ、残存兵の脅威が残っておりますから。必ずしも安全とは言えないのが実情ですわ」


泉桜の口調がいつもより大人びていて、佑真は落ち着かない。熱いお茶を啜りながら横目で盗み見た泉桜は、防空壕の前で見せていた弱々しさが全く感じられない。堂々としていて、聡明さが滲み出ている。村で大人達と相対する時と同じように屈託なく笑っていて、茶を飲む姿も上品だった。


暢も門の前で見せたようながさつさは微塵も感じさせていない。控えめに司の隣に座り、神妙に話を聞いている。


佑真は自分が余りにも場違いな者である気がして、外に出たくなった。一介の少年兵であった自分はちょっとした作戦会議にすら出たことはない。


しかし泉桜の傍を離れて行動することは出来ない身なのだ。佑真は極力まで己の気配を消しつつ、話が終わるのを待つことにした。


世間話はすぐに終わり、泉桜と佑真は客間へと案内された。これからここで集落の人達に、ちょっとした診察を施すらしい。


司と離れると、暢はまた泉桜の扱いを元に戻した。客間の床にどすんと座って、がさつに頭を掻き毟った。


「ったく疲れるぜ」


「そんなことで顔役になれるの」


からかい混じりに泉桜に言われて、暢は少しむっとした。しかし目の前の少女が自分より年下で村長をしていることを思い出すと、また項垂れた。


「姫御前は女優になれるぜ」


「女は女優って昔の人は言ってたらしいわ」


ふふん、と泉桜は鼻を鳴らした。




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